第41話 時子の初陣
題名の話数と本文『ニューロンレシーバ』の呼称が間違っていた箇所があるので修正しました。
「行ってきます」
「時子ちゃん、いってらっしゃい」
両津時子は叔母の秋山由季に見送られて東京・新宿の近くにある秋山家を出る。
真っ青に澄み渡った青空。
高層ビルのそのまた向こう側まで見渡しても、雲11つ見当たらない。
今は午前8時半。それでも前日に引き続き気温は20℃に届こうとしている。
前日の『ザ・フール』騒ぎから一晩が過ぎた。
月曜日であるが、ゴールデンウィークの祝日であるので学校は休みだ。
そのため今日の時子の服装は制服ではなくグレーの薄手のパーカーに紺色のキュロットスカート、それに白のスニーカーという私服姿だ。
胸には真っ白な箒型のバッチがついており、昨日受け取ったばかりのエナジーシリンダーが腰元に下げられ、それが銀色に光っている。
休みと言うのに朝早くから出かけているのは、望の家に行って仮想空間で信二から譲り受けた様々なMAGICSの特訓をして、夕方には時子のスイーパー登録記念として3人で食事へ行く事になっているのだ。
明日には両親の約束で実家へ帰ることになっている。もし今日を逃すと信二達と実際に会えるのはGW明けになってしまう。
「今日は特訓してから3人で食事に行くなんて、すごく楽しみです。」
高校に入学した時はこんな風に信二、望と一緒にスイーパー活動が出来るとは思ってもみなかった。それがこうして自分のために食事会を開いてくれると言う事で、ウキウキした気持ちを抑えることが出来ない時子。
時子は表通りに向かっている。裏通りはエンボに遭遇しやすいので危険を避けるためだ。
「でも・・・・・・私も昨日からはスイーパーの一員になったんだし、多少のエンボなら対応できるでしょうか?」
そんな事も一瞬思ったが、首をブンブンと振ってすぐにその思いを打ち消す。
「いえいえ、まだ私は仮想空間のなかでしかMAGICSを発動していません。信二さんや望さんがいるならともかく、一人だけのときは今まで通りなるべくエンボを避けるようにしなくてはダメですね」
そんな時、そんなに遠くないところから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃぁぁぁぁぁっ! だれか、たすけて!」
時子がまわりを見渡すと、彼女の右手の方から小学校低学年くらいの小さな女の子が何かから逃れようと必死に走ってくるのが見えた。
そして、その後ろから豚の顔をした男が現れた。2mは優に超える大きさ。服は着ておらず、腰にボロボロの布を巻きつけているだけの姿。大きく張り出した腹の肉が垂れ下がり、ボロボロの布に覆いかぶさっている。右手には直径5、6センチくらいの鈍く銀色に光る鉄パイプのようなものを持っている。
「あれはたしかオーク! エンボレベルⅡだったはずです。あの女の子を狙っているんですね! 私が逃げたらあの子はオークに捕まってしまいます。とはいえゴブリンやスライムならともかく、レベルⅡは厳しいです・・・・・・」
女の子を助けるべきか、見過ごすべきかと一瞬考える。
「でも、私はスイーパーです。まだ実戦の経験が無いとしても言い訳にしかなりません。すごく怖いですが・・・・・・」
悩みはしたが、時子は女の子を助ける事に決める。
「コール コモンコンソール!」
時子は信二に自分のニューロンレシーバへインストールしてもらったばかりの『コモンコンソール』を発動する。このMAGICSはチャージタイム不要でコールした瞬間に発動する。これで時子を中心とした半径100m以内の地図が時子の脳内に展開され、エンボや人間等の位置が把握できるようになる。また、敵・味方・中立を判別できるようになり、これによりスロットを使ったMAGICSの即時発動が可能となる。
時子の脳内地図には、女の子を示す黄色い点とその奥にいるオークを示す赤い点が点滅している。
「まだ朝の早いうちなのが幸いしました。辺りには他の人はいないみたいです。エンボも1体だけのようです。これなら私でも・・・・・・」
そうしているうちにもオークは女の子との距離をどんどん縮めている。
「じゃあ、行きます。コール!『ファイアボール』!」
時子がMAGICSをコールした瞬間に、彼女の右手から火の玉が生まれて豚男に向けて飛んでいく。
豚男はブモーと叫びながらその場に立ち止まり鉄パイプを振り回す。
時子が放った火の玉は、豚男の鉄パイプに当たって上空へと跳ね飛ばされてしまった。
「くっ、あっさり弾きますか・・・・・・でも足止めはできました!」
豚男が足を止めている間も女の子は泣きながら時子の方へ向かって走ってくる。
「たすけてぇー!」
時子へ飛び込む女の子。時子は女の子へ話しかける。
「いいですか? まだあのエンボから逃げ切れてはいないです。ここは私があれを食い止めますから、あなたはここから走って逃げて下さい。あと踏ん張りです。出来ますね?」
早く豚男へ対応しなければならない時子は少し焦り気味だったため、少し冷たい対応になってしまった。それでも幼いながらも状況を把握した女の子は時子の言う事に従う。
「わかった。がんばる」
「いい子ですね。あともう少しですからね」
時子は女の子の頭を撫で、背中をポンと押し出す。
女の子は一生懸命走り出した。
「よかった。さて、あとはアレをどうするか、というところなんですが・・・・・・」
考えている暇は1秒たりとて残っていない。豚男は鉄パイプを振り上げ時子へのっしのっしと歩いて来る。
「コール!『ライトニング』!」
時子はそう言って右手の人差し指を豚男がもつ鉄パイプに向ける。
すぐさま人差し指から稲妻がほとばしり、鉄パイプに命中する。
「ブモーッ!」
鉄パイプを持つ手にビリビリッと電流が流れ、豚男は思わず武器を手放してしまう。
「上手くいきました! これであのエンボのリーチが短くなりました!」
すかさず時子は右手の人差し指を豚男に向けたままMAGICSを連発する。
「コール!『ライトニング』!」
「コール!『ライトニング』!」
「コール!『ライトニング』!」
時子の人差し指から生み出された稲妻はすべて豚男に命中する。
豚男は雷撃を受け、皮膚のところどころが焦げ付いているが、倒すまでには至っていない。
仮想空間内の練習を含めたとしても発動経験が乏しい時子のMAGICSではまだ威力が不足しているのだ。
「ブモー!!!」
豚男は痛みに怒り狂い、時子に猛然と向かって来た。
このままでは時子は豚男に捕まってしまう。
「あんなに命中したのに倒れないんですか! それならもっと!」
時子は続けてMAGICSの発動にかかる。
「コール!『ライトニン・・・・・・』きゃぁっ!」
しかし、ついに豚男の手が時子の右手に届いてしまう。時子はMAGICSを発動することができなかった。
そのまま時子は豚男に右腕を掴まれ、そのまま地面に引き倒されてしまう。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
地面に倒されて悲鳴を上げる時子を見て、豚男はニタァと笑い、そのまま時子の腰の辺りに跨った。
豚男は時子を殴りかかろうと右腕を振り上げた。
その時だ。
『キィィィィィン!』
空から甲高い音が聞こえ始め、それが時子と豚男がいるところに向かってグングン近づいてくる。
異変を感じた豚男は振り上げた右手をそのままの位置で止め、音のする方を凝視する。
時子も同じように音のする方に顔を向ける。
上空から青白く光る何かがグングン近づいてくる。接近してくることで、時子にはそれが何なのかがわかった。
「し、信二さん?」
髪の毛が逆立ち、青みがかった銀色に変わっている。それでもあの凶悪な顔つきは司馬信二そのものであることがわかる。
「この野郎ぉぉぉぉっ! 何て事ををしやがるっっっ!」
信二は両腕の肘から両こぶしまでをピッタリと合わせ、自分の頭をガードする。地面がグングン近づいてくるが、スピードを全く落とす気配がない。このまま豚男めがけて突っ込むつもりのようだ。
「うぉぉぉぉぉっ! 死ねぇぇぇぇぇッ!」
まるで悪役の様なセリフを吐きながら豚男に突撃を仕掛ける。
『ゴッ!』
辺りに鈍い音が響き、信二の体は豚男のみぞおちのあたりに突き刺さる。
「ぐぷぅ」
豚男はくぐもった声を出してそのまま仰向けに倒れ込む。信二はMAGICSを解除したらしく、いつの間にか青白い光が消え、髪型も黒へと戻り、いつもの癖ッ気のある髪の毛へ戻っている。豚男に激突した後、勢いを殺し切れなかった信二はそのままバウンドして跳ね飛ぶが、再度地面へ着地する瞬間にくるっと回って受け身を取り、すぐにその場に立ち上がる。
「両津さん! まだ終わってねーぞ! その豚野郎に止めを刺すんだ! 思いっきり燃やしてしまえ!」
「えっ! あっ! はい! わかりました!」
急に信二からの指示が飛んできたので把握するのに一瞬間が空いたが、時子は信二の言葉を汲み取りその場に立ち上がってMAGICSの発動体制をとる。
時子は両方の手のひらを豚男に向ける。
「コール!『ファイアボール』!」
時子の両手から生まれたファイアボールは仰向けに倒れ、息も絶え絶えとなっている豚男目掛けて飛んでいき、すぐに豚男の胸元に命中する。その炎は胸から頭に向って燃え広がっていく。
「グモォォォォォォーッ!」
断末魔を上げる豚男。その声はやがて弱くなり、やがて静かになった。すぐに胸から上が焼けただれたその体全体から光が生まれ、辺りは眩しさに包まれる。
その光は時子と、それから信二のエナジーシリンダーに向って吸い込まれていく。
豚男ことエンボレベルⅡ、オークが討伐された瞬間だ。
信二が時子に駆け寄ってくる。
「両津さん! 大丈夫か? 怪我はねーか?」
「え、ええ。凄く怖かったけど信二さんのおかげでどこにも怪我はありません。それよりも退院したばかりなのに大丈夫ですか?」
「ああ、俺はもう大丈夫だ。それよりも間に合ってよかったよ。ホント危機一髪だったな」
「ええ、本当に助かりました。でも、どうしてここがわかったんですか?」
「俺は外にいるときは常に『コモンコンソール』を発動しているんだ。そうしたら味方を示す青とエンボを示す赤の表示があったから、すぐに飛んできたんだ」
「あのう、『コモンコンソール』は半径100mではなかったでしょうか?」
「ちょっと改造したんだよ。通常は半径1kmで味方とエンボだけを表示するんだ。ちなみに味方は望と両津さんの2人な」
「いつの間にそんな事ができるようになっていたんです? それに『|グラビティコントロール《重力制御》をあんなに完璧に使いこなして・・・・・・でも、本当に助かりました。本当に、本当にありがとうございます!」
時子は信二に向って深々と頭を下げた。
「両津さん、こー言う時はそうじゃなくてさ」
信二はそう言うと彼の手のひらを上に向け、両手を時子に差し出す。
「ほら」
信二が時子に促してくる。時子はそれを察して信二の両方の手のひらをパチンと叩き、今度は自分の両手の手のひらを上に向けて信二に差し出す。
信二もそこに向けてスパンといい音を立てて軽く叩いた。
「さて、どーだった? 望もそーだが、うちのメンバーはどうして初陣からこんなにキツい相手に当たるんだろーな?」
「本当に怖かったです。一時はもうダメだと思いました。けれども、こうして無事討伐することが出来て、なんだか自信につながりました!」
「それは良かった! これからガンガンエンボを討伐していこーな!」
そんな時、時子の背後から幼い声が聞こえて来た。
「おねえちゃんたち、助けてくれてありがとう!」
時子が振り向くと、そこには豚男に追いかけられていた女の子が立っていた。
「ああ、さっきの女の子! 無事でよかったです! 痛いところはないですか?」
「うん! だいじょうぶだよ! おねえちゃんたちがあのこわいバケモノをやっつけてくれたから!」
「そうですね。もう大丈夫ですよ。でも、どうしてこんなところに? ご家族の方は?」
「うん、パパ、ママとおでかけしたんだけど、うれしくってはしっているうちにまよっちゃったの。そしたらあのバケモノがあらわれて」
そんな時、遠くの方から里香、里香と叫ぶ声が聞こえて来た。
「あっ、パパだ! パパ、あたしはここにいるよ!」
里香と呼ばれた小さな女の子がそう叫ぶと、近くの路地から30代くらいの男女が現れた。
「パパ、ママ!」
「里香、どこに行っていたの? ずいぶん探したぞ」
「うん! おねえちゃんたちに助けてもらったの!」
里香の両親は時子と信二に礼を言うと、3人で手をつないで歩いて行った。
「無事助けることが出来て良かったです」
「ああ、そうだな。初陣の勝利、おめでとう! こんな風に人助けが出来るのもスイーパーの醍醐味なんだよな」
「本当にそう思います。スイーパーって、怖いですがとってもやりがいがありますね」
時子の言葉に、信二が頷いた。
「さて、望さんも待っているでしょうし、早速行きましょう」
頷く信二ともに、時子は並んで歩いて行くのだった。
次回もどうぞよろしくお願いします。




