第39話 真相に迫る(4)
川添真凜の部屋で彼女の首吊り死体を発見した溝口澪、十日町紬、LMOS総務一課 佐藤課長、そして雨宮瑞穂。
部屋の住人が中央で首を吊って死んでいるというのは極めて異常な事態ではあるが、紬たちが予想したようなエンボの出現といった荒々しい事態は発生していない。周囲は不気味な程静寂に包まれている。
「どうやらエンボが襲ってくることは無いようだな。容疑者が死んでいるとは残念だ。これで何もかも迷宮入りか」
ひとまず戦闘は避けられたという安堵感はあるものの、事件の真相は闇の中へ閉ざされてしまったことに落胆を覚える紬。
「そんな・・・・・・自ら命を絶つくらいなら、最初から『ウォッチマン』をけしかけるなんて事をしなければいいのに! こんな奴に青葉先輩は・・・・・・」
川添の身勝手なふるまいに怒りがこみ上げる瑞穂。叫びたくなる衝動を必死で抑える。
「川添さん。あなたは一体どうしてこんな事を・・・・・・LMOS職員として頑張りたいと話していたのは嘘だったんですか?」
佐藤課長はそう言って肩を落とした。
「みんな、勝手に何を言っているの? この事件はこれが幕引きなんかじゃないわ。むしろここが始まり。データの収集と解析をかけるから、みんなは今いる所から動かないで!」
「そうか、まだ終わっていないか! いよいよ『ザ・ハーミット』の出番だな。頼むぞ、澪!」
澪は紬に向かって軽く頷くと自分の両手を胸元に当てる。MAGICSの発動準備に入るのだ。
「コール『トレーシング』!」
「ターゲッティング "This Place"!」
「チャージ!」
澪の両手から青白い光が生まれ、それが少しずつ大きくなる。
「エクスキューション!」
澪から生まれた青白い光がじわじわと同心円状に広がっていき、その光は部屋の隅々へと達した後にフッと掻き消え、辺りは元の静寂に戻る。
「トレーシング終了、これから解析に入るから、みんなは暫くそのまま待機していて」
「あのう、溝口さんは何をしているんですか?」
瑞穂が紬に問いかける。
「今のMAGICSで、この部屋の中の状態をすべてデジタルデータに落とし込んだんだ。クローゼットや押し入れの中も、何もかも全てだ」
「えっ! 私も今の光を浴びましたが、まさか?」
「もちろんだ。君のスリーサイズはもちろん、今朝君が食べたものも分析次第で丸わかりだな」
「そんな、恥ずかしい・・・・・・」
瑞穂は顔を真っ赤にしているが、紬が畳みかけるようにこう話す。
「今更だ。澪に同行する以上、自分のプライバシーなんて無いものと思え。私はもう慣れた。それから佐藤課長、貴方も同じだぞ」
「やっぱり、そうですよね・・・・・・今のお二人の話で覚悟を決めるしか無いと思ったところでしたが」
「気が散るから静かに。トレースしたデータは絶対外には漏らさないから安心なさい」
澪が目を閉じたままそう言った。静かな話し方だが、威圧感が半端ない。一行は口を閉じ、澪の分析結果を待つ。
それから数分過ぎたところで、澪が目を開ける。
「今持っている情報を分析した結果からかいつまんで話すわね。この件、相当根深いわ」
一同はゴクリと唾を飲み込み、澪の話を待つ。
「まず、川添さんが亡くなってからは大体12時間くらい過ぎたところね。死因は見ての通り頚部圧迫による窒息死。この部屋への出入りは我々以前だと24時間程前に本人が帰宅しているだけで他人が出入りした痕跡は一切無いわ。よって、分析結果としては彼女は自殺した、ということになるわね」
「それならばやはり、『ウォッチマン』を使役した事がバレそうになり、逃げきれないと思った、と?」
紬が澪の言葉を聞いてそう尋ねるが、ここで佐藤課長が口を開く。
「それだとすると、どうして今日なんでしょう? そう思うなら、『ウォッチマン』が司馬さんや本田さんに討伐された時点で考えるのでは?」
澪が頷きながら話を続ける。
「その通りだよ、佐藤課長。おそらく彼女は、昨日までは普通にやり過ごせるものと考えていたのではないだろうか」
「それは何故だ?」
紬が問いかける。
「彼女は昨日外出した時に、吉祥寺駅前の商業施設であのロープを購入している。タンスの一番上の引き出しにレシートが入っているから、それを見ればわかる。後で商業施設の監視カメラを見ることで追加の証拠になるだろう」
「溝口さん、それは川添が命を絶った手段であって、動機に対する答えでは無いと思いますが」
佐藤課長の問いかけに澪が答える。
「それは佐藤課長のおっしゃる通り。話はここからよ。今のトレーシングで彼女のニューロンレシーバの通信履歴を確認したけど、全ての履歴が削除されていたわ」
「それじゃあ、そこから先は何もわからないと言う事では?」
澪の言葉に瑞穂が反応する。
「ニューロンレシーバの履歴を消しても、サーバの通信ルートを辿ればその内容を辿る事など難しくはないわ」
そこで澪は一息入れて、更に話を続ける。
「彼女のメッセージ送信先の中には、『ザ・フール』と言う名前が残っているのだけど、川添さんはそこに向けてスイーパー達の情報を流している様ね。更に彼女の銀行口座情報を照合すると、『ザ・フール』への連絡後に必ず『ザ・フール』を名乗る振込人からの送金があるわ」
「では、その『ザ・フール』と言う人物が黒幕なんですね?」
瑞穂が澪にそう尋ねる。
「断定は出来ないけどその可能性は大きいわね」
「それで澪、肝心の『ザ・フール』が何者なのかもわかったのか?」
「残念ながら、川添さんが送ったメッセージは途中で途絶えているのよ。どうやら『ザ・フール』と名乗る相手はニューロンレシーバを使わずに仮想PCのメーラーを使ってやり取りしていたようで、しかもその仮想PCは削除されているわ。今回の『トレーシング』で追えたのはここまでよ」
「そうか、その『ザ・フール』という奴は、名前とはうらはらに、随分知能が高くて慎重な様だな。澪、そんな奴の尻尾を掴む事は出来るのか?」
「黒幕の存在を確認し、偽名とは言えその名前まで掴んだのよ。時間はかかるかもしれないけど、やりようならいくらでもあるわよ」
澪は静かに、しかし力強くそう言った。
「一昨日の夜に『ザ・フール』からメッセージが送信されているわ。今後情報の提供は不要、もう用済みなのでこれまでのやり取りを公表する、と通告されているわ。川添さんはそのあと何度もメッセージを送っているけど、何の反応も無いわね」
「酷い! 用済みだからってそんな事・・・・・・」
瑞穂が絶句する。
「いきなり退路を断たれた川添さんはこの様な行動に出たと言う事か」
「そう・・・・・・なんですね。例え逃げても3日としないうちに見つかるでしょうから。自業自得と言えばそれまでですが、急に追い詰められてどんな思いだったのでしょうか」
佐藤課長がしみじみと言ったが、ここで気持ちを切り替えたのか顔つきを変えて澪に問いかける。
「さて溝口さん、そろそろ警察にも通報した方が良いと思いますがいかがでしょうか?
きっちりスイッチを切り替えて事務的に行動するあたり、佐藤課長もやり手だと言う事なのだろう。
「そうね。ここから先は警察にお願いする事としましょう。川添さんもいつまでもこのままでは可哀想だわ」
澪がそう言ったところで瑞穂が澪に食いかかる。
「溝口さん! この人が可哀想ですって? この人が青葉さんの情報を漏らさなければ、青葉さんはあんな事にはならなかったのに!」
まだまだ精神的に未熟な瑞穂はそう簡単に気持ちの切り替えが出来ない。
「雨宮さん、少し落ち着きなさい。川添さんの件はほんの氷山の一角に過ぎないわ。用心深い『ザ・フール』が何故こんな大それた事をしたのか。そもそも『ザ・フール』は誰なのか。一つずつひも解いて行く必要があるのよ。もしかすると、川添さんも被害者の一人なのかも知れないわ。もっと視野を広げて物事を見る必要があるわ」
そう澪にたしなめられる瑞穂。そう言われるとトーンダウンせざるを得ない。
その時、佐藤課長が何かの手続きを終え、その内容を伝えて来た。
「皆さん、ただ今警察に連絡をしました。彼らが到着次第引継ぎを行ったのち、我々は撤収しましょう。社用車を呼んでいますのでそちらで戻りましょう」
そういうと紬がホッとした顔で言った。
「佐藤課長、助かるよ。私も家に帰って子供たちの相手をしないと。いつまでも旦那に任せておくのは申し訳ないからな」
佐藤課長の素早い手配に従い、彼らはLMOS本部へと戻ったのであった。
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「・・・・・・と言う事だ」
LMOSに戻った瑞穂が澪、紬、佐藤課長と別れた所で信二達と合流し、すぐさま彼女が体験した出来事を話して聞かせる。
時子も登録者講習を終了し信二達と合流している。彼女の胸元には真っ白な箒型のバッジが付いている。今日から時子もスイーパーの一員だ。
「・・・・・・それはまた大変だったな。雨宮、首吊り死体なんてエグいのを見ちまって、トラウマになるんじゃねーか? 大丈夫か?」
信二は自分が現場にいることを想像し、全身に鳥肌が立つのを感じた。それだけに瑞穂の事が心配になってそう尋ねた。
「確かに・・・・・・最初は衝撃のあまり悲鳴をあげてしまったよ。でも溝口さんの対応が本当に凄かった。スイーパーランキングNo2は伊達じゃなかったな」
「一歩も動かずに証拠を集めて黒幕を突き止めるなんて、それじゃ警察はいらないよね!」
望が感心したようにそう言った。
「そ、それでも『ザ・フール』の正体をつかめないなんて・・・・・・どれだけ用心深いんだろうか」
佐用隼がそう言うと、時子も同調しつつ発言する。
「そうですね。でも、『ザ・フール』の目的が見えないですね。MAGICSの発表を妨害することが目的なんでしょうか?」
「そーなんだよ。それが目的なら回りくどいにも程がある。でも、そうじゃねーなら動機が不明だよな」
「しかし、『ザ・フール』の出方次第では第二、第三の『ウォッチマン』が現れるかもな。私達としては引き続き用心が必要と言う事か」
そう言った瑞穂に信二が応える。
「とにかく、『ザ・フール』の尻尾をつかむまでは、何があっても対応できるように、しっかり鍛えておいた方がよさそーだな。それからみんな、くれぐれも用心な」
信二の言葉に一同が頷く。
「それでは、私達はこれで。また何か新しい情報が入ったら連絡してもらえると有難いけれど」
瑞穂と隼がさっと立ち上がり、そう言い残してLMOSを後にする。
「さて両津さん、スイーパーになった記念も兼ねてこれからメシ、という事だったけどこれからどーする?」
信二の問いかけにちょっと間をおいてから時子が答える。
「ええっと、ちょっと今日はこれからご飯、という感じではなくなってしまいましたよね。別の機会にまたお願いします」
「あたしも今度がいいな。だけど、うやむやにはしないでよね! 近いうちに必ずだよ!」
「ああ、もちろんだ。男に二言はねーさ」
今日のところはこれで解散とする信二達であった。
次回、1話だけ紬と澪の話を挟みます。