第38話 真相に迫る(3)
今回は残酷表現がありますのでご注意下さい。
『ウォッチマン』の黒幕についての打合せは終わり、溝口澪、十日町紬、LMOS総務一課 佐藤課長、そして雨宮瑞穂の4人がLMOSエナジー納品カウンター係の職員である川添の自宅へと向かった。
LMOS総務部長 田上蓮二は社内にて待機となった。
信二と望も時子の登録者講習が終わるのを待つためLMOSに残っている。
「まさか、『ウォッチマン』に黒幕がいるなんてこれっぽっちも思ってなかったんだけどな」
1階ロビーで時子を待っている信二が一緒にいる望へ話かける。
「うん。だけど、黒幕がいるんなら警察に通報する必要があるんじゃないの?」
「そーかもな。もともとエンボが引き起こす事件は警察じゃなくてLMOSが担当することにはなっているんだけれども、それはこれまでエンボが自然にサイバー界から具現化したモンスターであって、人が絡んでいないってのが前提だったからな。だから今のところはLMOSが動いているんだ」
「ふうん。今までは誰かが故意にエンボを呼び出したりする事は無かったの?」
「多分無いと思うぞ。大体、エンボがサイバー界に存在しているのを見た事のある奴が1人もいねーってんだからタチが悪い。どーやっているのかは知らねーが随分巧妙に隠れているんだろーな」
「よくわかんないけど、どこにいるかもわからないエンボを呼び出すなんて無理、って言うことなんだね」
「そのとーり。逆にサイバー界から自分の好きなタイミングでエンボを呼び出す事が出来るんだとしたら、それは相当な難敵になりそーだ。十日町さん達なら後れを取ることはねーとは思うが、雨宮が少し心配だな」
その時、信二達が初めて見る顔の少年が話しかけて来た。
「司馬・・・・・・信二君、だね。ち、ちょっと、聞きたい事があるんだけど・・・・・・」
彼は信二と同じ年代に見える。信二よりも少し背が高く、体つきはほっそりしている。さらっとした髪を左右に分けていて中性的な顔つきはとてもよく整っている。
白の襟付きシャツに薄手でジップアップのグレーパーカーに細めの黒デニムパンツに黒いスニーカーという恰好はその細身の体によく似合っている。
だが、目線がおどおどしておりとても気弱そうなのが残念な印象を与えている。
「その前にお前は誰だ? どうして俺の事を知っている?」
「あっ、ごめん・・・・・・僕は、佐用隼。瑞穂ちゃん・・・・・・いや、雨宮瑞穂の友人です。今朝雨宮・・・・・・さんと一緒にここへ来たんですが、彼女の姿が見えなくなって・・・・・・今、瑞穂・・・・・・雨宮さんの事を話しているようだったので・・・・・・」
佐用隼と名乗る少年ぼそぼそした話し方でそう言った。
「ねえ信二、彼とはあたしと話をしていいかな? アンタ初見だと怖い顔だから、あたしが彼と話すのがいいと思ったんだけど」
一瞬信二は嫌そうな顔をしたが、彼は首を縦に振った。
「という訳で、今日はあたしもコイツと一緒にいたからあたしが答えるよ。雨宮さんはさっきまであたし達と一緒だったんだけど、ついさっき十日町紬さん達についていったよ」
「そう・・・・・・ですか。どこに向かったのか、わかりますか?」
「聞いた話だと、吉祥寺に向かったみたいだよ」
「ありがとうございます・・・・・・じゃあ、僕もそっちの方へ、行ってみます」
「ちょっと、佐用君! 雨宮さん達はまたここに戻ってくると言っていたから、雨宮さんに会いたいなら今から追いかけるよりここで待っている方がいいよ!」
「えっ? そう、ですか・・・・・・それでは・・・・・・ここで一緒に待たせてもらって、いいですか?」
「いいも何も、あたしがそうしたら、って言っているんだけど?」
「おい、望! お前も言い方がキツくなってるぞ!」
「ああ、ゴメン! 別に佐用君を責めるつもりとかじゃないよ!」
「いえ、大丈夫、です。お気に、なさらず」
こうして成り行きで佐用隼も一緒に人を待つ事にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
川添の自宅は吉祥寺駅から10分程度の商店街を抜け、さらに少し歩いたところにある。辺りは割と一軒家が多いが、その中に散在している低層階の賃貸ワンルームマンションの1室がそれである。
「よし、到着だ。やはり交通機関を使った方が早いだろう? 佐藤課長も私達に気を使ってくれたのかも知れないが、社用車だと渋滞に巻き込まれるかも知れないからな」
紬がそう言うと、佐藤課長がかしこまった態度になって答える。
「しかし、高位スイーパーの方に電車を使っていただくなど、大変申し訳ないのですが」
紬は手を振り、笑って答える。
「私はプライベートでは4歳の息子と2歳の娘の母親だ。自転車にも乗るし、買い物をするときは電車だって乗る。全く気にすることはないさ。澪だって似たようなものだろう?」
話を振られた澪は静かに答える。
「そうね。私は1人身だから紬とは違うけれども、自動車を持っていないし、もっぱら移動はバスや電車ね」
「そう言っていただきありがとうございます」
佐藤課長はそう言って頭を下げる。
「それにしても川添真凜。年齢は32歳だったな。私より一つ下、いい大人が一体何をやっているんだか」
紬がため息をついてそう言った。
「ですが、川添は風邪をこじらせて寝込んでいるだけなのかも知れません。彼女はこれまで勤務態度は至って真面目で、今日を除くと欠勤どころか遅刻だってこれまど一度もありませんでした」
佐藤課長がまだ信じられないという顔つきでそう言った。
「ここに来るまでの間に彼女の近辺を調べてみたけど、どうやら彼女にはそこそこ大きい借金があるらしいわ。何が原因なのかはもっと調べてみないとダメだけど、少なくとも全くのシロという訳では無いと思うわ」
澪がそう話すと、佐藤課長は残念そうな表情を顔に浮かべ、下を向いた。
「まあ、無駄話はこの辺りで止めておこうか。マンションのオーナーには澪から連絡してもらっているから、早速入ってみるぞ。それにしても、もしもの事があればオーナーにとっては災難ではあるな」
紬はそう言いながら背中のケースをいったん下ろし、中から槍の前半分を取り出してから再びケースを背負う。屋内の活動となるので、長い槍ではかえって動きに支障が出てしまうためだ。
「オーナーの方には捜索令状データを送信しています。建物の破損等についてはLMOSで補償しますのでそれでご理解頂いていますが・・・・・・」
佐藤課長が済まなそうにそう言った。
「ある程度は仕方の無いことだ。もし川添が『ウォッチマン』を使役する黒幕であるなら只では済まないだろうからな」
一行はこぢんまりとしたエントランスの前に立つ。澪がニューロンレシーバー経由でオーナーに連絡を取ると、エントランスの自動ドアが静かに開いた。
「それじゃ入るぞ。ここからは何が出るかわからないからな。充分用心してくれ」
紬が先頭に立ち、佐藤課長、瑞穂、最後に澪の順となって中に入っていく。
「川添の部屋は301号室だったな。エレベータはもしものことがあると閉じ込められる。階段から行くぞ」
小さなエントランスホールの脇に階段へ向かう扉がある。紬はその扉を開け、極力音を立てないようにするため慎重に階段を上っていく。一行もそれに倣って進んでいく。
一行は301号室の前に到着した。川添は彼らに気が付いていないのか、はたまた不在なのか、中はしんと静まりかえっている。
『水道も電気もメーターは回っていないわ。もしかするとここには居ないのかもしれないわね』
澪から一行に対し、ニューロンレシーバーを通してメッセージが入った。
『ここからは念のため声を出さないようにしましょう。連絡はニューロンレシーバー経由で』
澪からの追加メッセージを見て一行は静かに頷いた。
『部屋へ入るドアのロックも既に外してもらった。突入タイミングは紬に任せるわ』
再度、澪からのメッセージ。一同は静かに頷く。
『それでは、みんな私の後に並んでほしい。私の後から澪、佐藤さん、最後に雨宮さん。私が最初に突入するから、その後について動いてくれ』
紬がそうメッセージを送り、一同が頷いたのを見てドアノブに手を掛け、一気にドアを全開にしてダッと中へ入っていく。一同もそれに続いて部屋の中へ突入する。
「LMOSだっ! 川添真凜!『ウォッチマン』を使役し、スイーパーを殺害した容疑でこの部屋を捜索する!」
紬のよく通る声が部屋の中に響き渡るが、あたりはすぐに静寂が戻る。しかしそのつかの間の静寂を若い女性の悲鳴が打ち破る。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
部屋の中を見た瑞穂が自分の口元を両手を塞ぐが、そこから大きな悲鳴が漏れる。両ひざがガクガクと震え出す。
「うそ、です。こんな事って・・・・・・」
佐藤課長が体の中から絞り出すようにそう呟いた。
百戦練磨の紬、平静を装う澪も声こそ出さないが、内心呆然としている。
川添は部屋の真ん中で天井から結ばれたロープで首を締め付けられてその場に力なくぶら下がり、息絶えているのだった。
せっかくつかんだ手がかりは途切れてしまうのか。
続きは次回をお待ち下さい。