第37話 真相に迫る(1)
2回目の|グラビティコントロール《重力制御》のテストを行った後の土曜日。信二、望と『ウォッチマン』との戦いから3週間が過ぎ、世間はゴールデンウィークへと突入したところだ。
信二はこの日いよいよ退院を迎える事となり、信二の母である愛梨が病室にやって来て息子の身支度を整えている。
「信二、忘れ物は無いわね? 一度病院を出てからここに戻ってくるなんて恥ずかしい真似をしないようにね。」
信二は愛梨に持って来てもらった黒色のリュックサックに今まで来ていたパジャマやその他身の回りの小物をしまい込んでいる。もちろん望から借りている仮想空間へのサインインデバイスであるヘッドホンも忘れてはいない。
「ああ、もう忘れ物はねーよ」
「それにしても、信二がここにいる間はほとんど毎日望ちゃんと時子ちゃんがお見舞に来てくれていたわね。それから何度か久我君や江沢さん、日暮さんも来てくれていたし。高校に入ってからは女の子とも仲良く出来るようになったみたいで母さんも嬉しい限りよ」
「そーだな。望と両津さんがここに来なかった日は仮想空間で会っていたから、アイツらとは実質毎日会っていた事になるよ。正直、嬉しかったよ」
「そうね。信二、あの2人やお世話になった人達にはちゃんとお礼をしないとだめよ? いったん家に帰ったらお礼のお菓子を買いに行くから、あなたも一緒に来なさい」
「うっ、分かったよ」
こうして信二は無事退院したのだった。この後愛梨の買い物についていく羽目になったが・・・・・・
◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、日曜日。時子がLMOSでスイーパー登録を行う日だ。信二と望も時子に付き添う約束をしており、登録者講習を行うLMOS本部のロビーで朝8時45分に待ち合わせの約束をしている。
今日はまだ5月の始めだというのに朝から既に20℃に達している。
信二は半袖の白いTシャツにかなり色の落ちた紺色のジーンズを履いて外に出る。約束の時間よりも少し早めに到着するように出発したのだが、彼がロビーに到着するとそこにはもう時子が到着していた。
眼鏡におさげなのは鉄板であるが、薄い水色のブラウスにふくらはぎくらいまである長めの白いスカートをはいている。清潔感がある雰囲気になっている。
「おはようございます。信二さん、退院おめでとうございます。早速ですが今日は付き添いに来ていただいてありがとうございます」
「両津さん、早いな。約束の15分前だぞ。俺が一番乗りになるつもりで出てきたんだけどな」
「いえいえ、付き添いをしていただく人より後に来るなんて、恐れ多いです」
「両津さんは真面目だなぁ。あっ、これ入院していた時、見舞いに来てくれたお礼だ。受け取ってくれ」
信二はそう言って持ってきた紙袋から2回りほど小さい紙袋を取り出し、時子に渡そうとする。
「信二さん、これは受け取れませんよ。それこそ本当に恐れ多いです」
「いや、受け取ってくれないと困るんだよ。渡せないまま家に帰ったりしたら、家で母さんに殺されるからな」
「うーん、そう言うことなら・・・・・・本当にありがとうございます」
そう言って紙袋を受け取る時子。
「それでは、帰ったら早速いただきますね。でも、信二さんのお母さんがそんなに怖いようには見えませんが」
「俺の母さん、見た目はほんわかしてるんだけど、怒るとマジで怖いんだよ。大声を張り上げて怒鳴るとかはないんだけど、1つ1つダメ出しされて、それは何故だ、本当はどうするべきなんだって細かいところまでずーっと追及して来るんだぜ。」
「あー、それならありそうですね。むしろ怒鳴られるよりキツいですね。ちなみに望さんに怒られるのはどうですか?」
「いやー、考えてみたら望とは喧嘩はしょっちゅうするけど、悪い事をして叱られるってのはなかったな。このまえ仮想空間でアイツに変な体勢をしてしまった時も怒られなかったもんな」
「そうですね。私もすごく優しくしてもらっていますよ」
「やっぱりそーだったんだな。望は遠慮なしでズバっと言ったりするからムカっと来ることもあるけど、行動に表裏が無いから信用できるんだよ。口は悪いが根はやさしいしな。スキンシップが多いからちょっと戸惑うところはあるが、悪気はねーみたいだしな」
「あっ、それわかります。話が盛り上がって来ると、かなり顔が近くなるんですよね。望さんとってもかわいいですし、男の人があれをやられると結構ドキドキしちゃったりしませんか?」
時子がそう言って眼鏡の位置を直す。ちょっと信二を試すような訊き方だ。大人しそうに見えて意外とやり手だ。信二は一瞬ドキリとしたが、なるべく顔に出ないよう注意しながら答える。
「そー言えばそーだな。何かこう、距離が近いんだよな。安心できる距離を簡単に超えてくる感じがするよ。でもアイツ、スイーパーになってからは活発に動いているけど、幼馴染を亡くしてまだ半年くらいだろ? 内心辛いところがあるだろーし、誰かと付き合ったりとか、そー言うのはねーと思うぞ」
「そうなんでしょうか? 端から見ているといい感じに見えるんですけどね」
「そう見えるもんなのかね。俺としては望の事情を聞いているし、スイーパー活動をしていく上でのパートナーしては大切にしたいと思っているけど、付き合うとかそう言う気持ちにはならないんじゃねーかな」
信二と時子がそんな話をしていると、望もロビーにやって来た。
グレーのスエット生地のワンピース姿。フードがついていて袖は先が広がった七分丈、裾は膝下10cmくらい。
春らしく解放感があって、若々しい恰好だ。
「もー、信二も時子ちゃんも早いって。なんだかあたしだけ遅刻したみたいになってるじゃない?」
「望だって全然遅刻じゃねーだろ。まだ約束の5分前だぞ。そういえば望、これ見舞いのお礼な。家に帰ったら食ってくれ」
「ありがとー。そういえば退院おめでとうね。それにしても、信二って意外と気が利くんだね。でもお菓子を持ってきてくれても今日のゴハンはチャラにはならないからね!」
「わかってるよ。お菓子は見舞いの礼であって、メシは俺の失態の詫びだからな」
「それならよろしい。で、時子ちゃん、今日は頑張るんだよ?」
「おうおう、望だってスイーパーになったのはホンの3週間前だぞ? 先輩ヅラしてんじゃねーよ。それに両津さん、スイーパー登録時に試験はあるが、あれは実は危険な思想の持ち主をはねるためと聞いたことがあるぞ」
望に向けてそう言った後、時子に向けて話を続ける。
「スイーパーは銃器とか剣みたいな武器を持てるし街中でMAGICSをぶっ放しても犯罪にはならねーから。物を壊したら弁償させられるけどな」
「それは聞いたことがありますが、答え方を間違ってそれに引っかかったりしないかと思うとやっぱり緊張しますよ」
「時子ちゃん、そう思っているいるなら大丈夫だよ。胸を張って正々堂々と回答すればいいんだからね」
「だから、お前ホント偉そうだな。さて、受付が始まる時間だ。両津さん、そろそろ行った方がいーぞ」
「そうですね、分かりました。それでは信二さんと望さんはすみませんがしばらくこの辺りでお待ちください。行ってきます」
時子は2人にペコリと頭をさげて、スイーパー登録の窓口へと進んで行った。
「行っちゃったね」
「ああ。まあ、両津さんならこんな所でつまづいたりはしないだろ」
「そうだよね。あの子なら大丈夫だよ!」
そんな風に信二と望の2人で話しているところに、大人の女性2人が彼らの近くを通りかかる。
「あっ、あの人は!」
信二が片方の女性に見覚えがあった。
真っ黒なストレートヘア。
長身で細身の30代前半くらい、少し勝気な顔つきをしている美人。
胸元には虹色に輝く箒型のバッジをつけている。
「十日町紬さん! スイーパーランク3位、『ザ・チャリオット』だ!」
以前新宿御苑でエンボレベルⅣのコカトリスを一撃で葬った槍の達人だ。今も背中に背負っている細長いケースにあの時の槍が納められているのだろう。
「えっ? あの人が『ザ・チャリオット』? 上位ランクのスイーパーなんて初めて見たよ! とってもステキな人だね! ところで隣の人は誰?」
紬の隣にいる女性は彼女より拳1つ分くらい背が低い。薄めの二重まぶた、真っ直ぐすっと通った鼻。小さめの口元。化粧はしているかどうかわからないくらいに留めている。美人ではあるのだが、これといって特徴がなく、印象が薄い。
「いや、知らねーな。誰なんだろう? バッジもつけてねーみたいだし」
信二たちがヒソヒソ話していると、紬が信二の方を向いて話しかけて来た。
「君はあの『ウォッチマン』を倒した司馬信二君だな。じゃあ隣の子が本田望さんか! LMOSでは話題の中心になっているぞ。思ったより見た目は普通だな。そういえば信二君、君は以前どこかで会った事がないか?」
覚えて貰っていた事に少し興奮する信二が答える。
「はい! 司馬信二と言います! 去年の夏に、新宿御苑で十日町さんがコカトリスを討伐する現場にいました!」
「司馬君といえばもしかして先日の『ウォッチマン』を討伐したという? 大怪我をしたと聞いたが、もう大丈夫なのか? それにしてもあの時の少年だったとはな」
「ええ、お陰様で! ちなみに隣の方は?」
「こちらは私の友人で溝口澪だ」
「LMOSの関係者の方なんですか?」
望が澪に尋ねる。
「そうよ。立場上、詳しくは話せないけれど」
感情のない彼女の目線が、これ以上は尋ねるなと言う確固たる意思を伝えて来る。
「そうなんですね。わかりました」
望は澪が発する静かな威圧感に押されあっさり引き下がる。
ここで紬が話題を切り替えようと話しかける。
「ところで澪、今日の件だが丁度良いし、彼らにも話を聞いて貰うのはどうだろうか?」
「そうね。どうせ後で公開される情報だし、構わないわ。どう? 貴方達も来る?」
「それほど長い時間でなければ構いませんが、一体どのような話ですか?」
「1時間程で終わるわ。貴方達が討伐した『ウォッチマン』だけど、どうやら裏でアレを操っている存在がいる様子。この件でLMOSに確認したい事があるのよ」
「なん・・・・・・だって! 黒幕がいるってのか? 一体誰なんだよ!」
思わず丁寧な口調が消え去ってしまう。
何故なら信二にとって衝撃的な情報だから。祐輔の敵討ちは終わってなんかいない事がわかったのだ。
「その話、私にとっても重要な話です! どうか私もご一緒させて頂けないでしょうか!」
突然誰かが信二の背後から切羽詰まったような口調で話しかけて来た。信二が振り返ると、そこには信二達と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
「お前は雨宮瑞穂! どうしてここに?」
信二のランクアップ試験で対戦した相手。どうして彼女がここにいるのだろうか。
『ウォッチマン』を操る黒幕の存在が!
続きは次回にて。