第35話 空を飛ぶ(2)
最初の|グラビティコントロール《重力制御》のテストを行ってからさらに1週間が過ぎた。
信二から修正完了との知らせを受けた望は再び時子を連れて自分の家の仮想空間へ学校の制服ままサインインを行った。
「よし、早速やろーぜ」
先に仮想空間へサインインをしていた信二。
パジャマ姿のまま、望たちが来るのを今か今かと待ち構えていた。
「ねえ信二、相変わらずせっかちだよね? 待たせて申し訳ないとは思うけどさ、そんなにせっつかなくてもいいんじゃないの?」
「そうは言っても、すぐに確認したいじゃねーか。今回はいきなり火ダルマにならねーように、いろいろ工夫したからな」
「それはそうだけど・・・・・・まあ、早いところ見たいってのもあるしね。早速見せてもらうよ。時子ちゃんもいいかな?」
「ええ、勿論です。むしろ望さん、私も今すぐ見たいです」
「えぇ? 信二はともかく、時子ちゃんもせっかちなの?」
「自分がこれまで温めてきたものが今まさに実を結ぼうとしているんです。普段はともかく、一刻も早くその成果を確認したいじゃないですか。さあ信二さん、よろしくお願いします」
「よく言った、両津さん! じゃ行くぞ。コール! |グラビティコントロール《重力制御》!」
信二は前回と同じく、両手を自分の胸に当ててそう言った。
「ターゲッティング、自分、(0、0、0.1)!」
信二の体が一瞬白い光に包まれる。
「チャージ!」
信二の両手から光がこぼれ始め、それが徐々に大きくなる。ここまでは前回と変わらないように見える。
「エクスキューション!」
信二がMAGICSを発動した瞬間を望と時子は息をのんで見守っている。
すると、信二の体が青白く光りはじめ、『キーン、キーン』と金属をこすりつけるような甲高い音がし始める。
やがて信二の髪の毛が黒色から青白い銀色へと変化していき、それとともに癖のある髪の毛がふわっと浮かび上がる。
程なくして信二の体そのものがふわりと浮かび上がる。
それをみた時子が嬉しそうに声を上げる。
「信二さん、成功ですね! うまくエネルギーを変換出来ていますよ!」
しかし、信二はそのままゆっくり空へ向かって動き出していく。
「やばい! 何とかしないとこのまま空に落ちちまう! 望か両津さん! 俺の足をつかんでくれ!」
信二の声にいち早く反応した望が信二の両方の足首をつかむ。
「良かった、間に合った! それにしても上に引っ張られるなんて不思議な感覚だね。信二、あたしがアンタの足を掴んでいるうちになんとかして!」
「サンキュ、望! それじゃすぐに止めるぞ! 強制終了!」
信二がそう言うと、信二の髪色が元に戻り光と音が消えた。
そして次の瞬間信二にかかる重力が元通りになる。
「まずいっ! 信二が落ちて来るっ! うわっ!」
望はとっさに信二の足首を離し、その場から逃げようとするが、足が地面に引っかかって仰向けに倒れ込む。そこに信二が覆い被さるように落下した。
信二はなるべく望の上に体重をかけない様にしようと両手を望の脇の下あたりに着地させる。
しかし勢いを殺しきれず、信二の頭が望の左胸のところにバスっと入り込んでしまった。
「あふぅ」
思わぬ衝撃で望が変な声をあげてしまう。
まるで信二が望の胸元に吸い付いている様な体勢になり、図らずともブラウスの上からでもぷにゅっとした柔らかさを感じてしまう。
更に悪い事に望が転んだ時に足を広げてしまい、彼女の太ももの付け根あたりに信二の両膝をつく格好になってしまった。
はたから見ると、信二が望に覆い被さって彼女の胸元に顔をうずめている様な大変けしからん格好になっている。
余りにもいやらしい光景に、時子は自分の顔を両手で覆ってしまった。しかし、指の隙間から2人の痴態を覗き見るのも忘れない。
「ちょっと信二、何やってんの? 早く離れて!」
信二にのし掛かられる形となった望が叫ぶ。
それで極めてまずい体勢になっている事に気がついた信二。
彼はすぐさまガバッと起き上がり望から離れる。
そして腰が抜けたようにヘナヘナと座り込む。
信二の顔からは火が吹き出しそうなくらい真っ赤になっており、その顔を下に向けている。
望は信二に文句を言おうと立ち上がり、信二に近づこうとしたところ、信二は恥ずかしそうに俯いている。
そんな信二の姿を見た望はふう、とため息をついてからこう言った。
「あーもう、わかったわかった。どうしてアンタの方が乙女みたいになってんの? 今のは事故だから。ノーカン、なかった事にするから」
「いや、しかし今のはその・・・・・・」
「あたしがいいって言ってるからいいの! ねえ、時子ちゃん?」
両手で顔を覆ったままの時子に話を振る望。
「え? あっ、その・・・・・・問題ありません」
時子は手を顔から離して答える。
「ほらね? さあ、しっかりしなさいよ、信二!」
望はそう言って座り込んでいる信二に手を伸ばす。
「ああ、わかった。本当にすまなかった」
信二は望の手を取って立ち上がる。
「じゃあ、今度の週末は信二の奢りね。時子ちゃんの分もだよ」
望はぐい、と顔を信二に近づけてそう言った。信二のパーソナルスペースに気がつかないのは相変わらずだ。
「なっ! んー、まあ・・・・・・そーだな。それでチャラだからな!」
「うん、よろしくね。で、さっきのMAGICS、成功なの?」
「重力を操る事が出来る、と言う点では成功。でもそれだけで全然使えねーと言う点で失敗だ」
「使えないって? さっきはちゃんと浮かんだでしょ?」
「望さん、今回は空を飛ぶ事を目指しましたが、今のままだとダメなんです。一度重力加速度の向きを変えると、更に向きを変えるためにその都度チャージしなければならないんです。それだと空を自由に飛ぶなんて事は出来ません」
「両津さんの言う通りだ。|グラビティコントロール《重力制御》を実現することに気がとられて重要な事がスッポリと抜けちまっていたよ。ちょっと考えればわかる事なんだけどな」
「そうですね、でもどうすればいいでしょうか? 一度向きを決めた後、次の方向転換までのリードタイムをどうやって短縮すればいいんでしょうか」
「それなら重力加速度を任意に変換出来るよう組み込んでしまえばいーかもな。最初のチャージタイムを多めに取ればいけそうだ。早速今夜からロジックを整理するさ」
「でも、そんな事をしたら、精神力を垂れ流す事になりませんか?」
「そーだろうな。並のスイーパーなら4、5秒でスッカラカンだ」
「それだと厳しいですね。もっと省エネな方法を探さないといけません」
「そーだな。まだまだ無駄なロジックはありそうだから見直ししておくよ」
「そういえば信二、仮想空間でアンタと戦闘訓練をする様になってから、MAGICSを使える回数が増えたみたいなんだけど、気のせいかな?」
「望も気がついていたか。MAGICSは使えば使うほど脳内のシナプス構造が変化して効率よく発動出来る様になる事がわかってるんだけどさ」
そこまで信二が話したところで時子が言葉を続ける。
「そのシナプス効率化がここ仮想空間でも有効、と言う事ですね?」
「どうやらその様だ。他のスイーパーは仮想空間なんて持ってねーだろうし、とんでもなく大きいアドバンテージを持った事になるな。なんせ作りかけのMAGICSなんて現実世界じゃ危険過ぎて簡単に発動できねーよ」
「それじゃ、|グラビティコントロール《重力制御》ってやつも、ここで使いまくれば上手く使える様になるし、使える時間も伸びるって事なんだね?」
「そー言う事。俄然やる気になって来るだろう?」
「もうすぐ自分の思い通りに空を飛べる様になるんですね。楽しみです」
「そうだね! ここでうんと鍛えて、モリモリ強くなろう! ところで信二、アンタそろそろ退院だよね?」
「ああ、実際の体の方もほとんど治って来たぞ。今週末には退院出来そうだ」
「それは良かったです。それなら信二さんと望さんにお願いがあるんですが」
時子の話に信二と望が合槌を打つ。
「私、今度の週末にスイーパー登録をしようと思っているんです。実家の両親にはもうOKを貰っています。それで、お二人には一緒に来て頂ければ嬉しいなと思いまして」
「うんうん、全然構わないよ? いいよね、信二?」
「おい、勝手に話を進めるんじゃねーよ」
「信二さんはやっぱり駄目でしょうか? 病み上がりでも有りますし・・・・・・」
「いやいや、もちろん行くよ。さっきの話でメシを奢る事になってるしな」
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「それはこっちのセリフだ。両津さんのお陰で新しいMAGICSが出来上がりそうなんだ。これからもよろしく頼むよ」
「あたしも嬉しいな。これからは3人で頑張ろうね!」
こうして時子もスイーパー登録が終わり次第、信二たちと共に活動する事が決まったのだった。
次回は、時子のスイーパー登録です。しかし話は思わぬ方向へと進んでいくことになります。
続きもどうぞよろしくお願いします。