第33話 病室にて(2)
すみません、遅くなりましたが今日の分を投稿します。
信二が目を覚ました次の日。
今日も望と時子は信二の見舞いに来ており、その日学校で勉強した事を伝えに来ていた。
「信二、アンタのエナジーシリンダーを返すね」
望は『ウォッチマン』を討伐した際に信二のエナジーシリンダーを回収しており、この日自分のものと合わせて換金してきたのだった。
「おお、サンキュー。さっき討伐報酬が振り込まれたのを見たけど、望はどう思う?」
「ランクⅢエンボの討伐報酬は15万円だから、あたしたち半分で分け合って87,500円だったよ。お小遣いとしてはかなりの額だけど、あれだけ危険な目に遭ってのこれと考えるとちょっと・・・・・・」
「だろー? あれだけ死ぬような思いをして報酬が10万に届かねーんだぜ! つくづく割に合わねーよな! 俺なんか腹には穴が空いて3日昏睡。望だって首と右腕に切傷。一歩間違うと首が吹っ飛んでるからな」
右手で首をスーッと斬るジェスチャーを取りながらそう言って嘆く信二だが、望も全くもって同感である。頷く望の横で時子がこう意った。
「そうだったんですね・・・・・・約9万円と言うとなかなかの額だと思ったんですが、そう聞くと少なく感じますね・・・・・・」
「だろー? それに数日しか袖を通していない制服がオシャカだぜ? 休日まで制服で外出したのが失敗だったよ。さすが私立の制服だけあって結構高かったと母さんが言っていたのに、もう1回買わなきゃならないんだぞ? クソ高いLMOSの医療保険に加入していたおかげで治療費は何とかなるけど、休んでいる間はエンボの討伐を出来ない事を考えると完全に赤字じゃねーか! LMOSに言ってゴネたら制服代くらい払ってくれねーかな?」
憤慨する信二に望がこう提案する。
「ねえ信二、制服なら伝手があるんだけど、今度アンタが退院するまでに持って来てあげようか?」
「マジで? それは助かるけど、どー言う伝手だよ、それ?」
「去年まで旭が着ていた制服があるんだ。男子は中学と高校のデザインが一緒だから、問題ないと思うよ?」
「おいおい、ちょっとその制服、重すぎるぞ? 主に精神的な意味で! それにお前の幼馴染の制服が赤の他人に使われるんだぞ? なんとも思わねーのか?」
「望さん、その幼馴染の人って、どんな人なんですか? 今まで話題にもなっていませんでしたが」
何も知らない時子が何気なく望に尋ねる。
「うん、旭って言うんだけど、去年病気で亡くなっちゃったんだ。すっごい頭が良くってさ」
「運動神経もよかったらしーぞ。おまけにこの間写真を見せてもらったがめちゃくちゃイケメンだぞ? こんな癖ッ気で目つきの悪い俺なんかとは比べ物にもならねーし」
自重気味にそう言う信二へ時子が反論する。
「そんな、信二さんだってカッコいいじゃないですか! そんな事を言わないでくださいよ」
熱くなっている時子を尻目に望が信二に自分の肘をツンツンとつつきながら突っ込む。
「おっ? 信二さん、モテモテじゃないですか? それじゃここからは若い者同士、おまかせだね」
顔を真っ赤にして下を向く信二と時子。それを見た望はニヤニヤしながらヒラヒラと手を振って病室を出ていこうとする。
しかし時子がガシッと望のブレザーの端をつかんで引き留める。
「そう言って場を荒らしたまま退場するなんて許しませんよ?」
「場を荒らしたのはあたしじゃなくて時子ちゃんだと思うけどなあ。まあ、いっか」
望はそう言って信二のベッドのところに戻ってくる。
二人きりになるのがキツいと感じた信二と時子はひとまず安堵する。
場の空気を変えようとした信二が望に尋ねる。
「だけどさっきの制服の話、本当にそれでいーのか?」
「丁度この間、葵さん・・・・・・えっと、旭のお母さんの事なんだけど、その葵さんと旭の制服の話をしていて、バザーに出そうかという話をしていたんだ。うちの学校って、特待生なんかは割と経済的にギリギリの家もあるみたいで、結構重宝されているんだよね。だけど、知らない人に渡すよりも知っている人の方がいいと思ったの。もちろんこの話は葵さんに相談してから、だけどね」
「そー言うことなら、遠慮なくお願いしよーかな。だけど、こうやって高レベルのエンボとの戦いでいちいち服がダメになるのは懐的に痛てーよな・・・・・・何かいいアイデアはないもんかな」
そこで時子がアイデアを思いつく。
「それなら、仮想化・具現化技術を使って、戦闘用の服を出す仕組みを考えてみたらどうですか? それなら服の汚れや破れが出たとしても、いったん仮想化してから具現化すれば元通りにすることも出来るんじゃないでしょうか」
「あっ、それ正義の味方みたいに変身するやつ? ほら、ヒーローものとかで背景がいろいろ変わって光がピカッとなるとコスチュームが変わるやつ」
「おいおい望、コスチュームって言っちまってるじゃねーか。戦闘用の服が欲しいんであって、戦隊ものごっこをやりたいんじゃねーからな?」
「でもさ、そういうコスチュームを着ているスイーパーだっているでしょ? なんか仮面みたいなのをかぶってバイクに乗っているおっさんとか、アイドルみたいなフリフリのコスチュームを着て戦っている女の人達とか」
「俺はそんなコスプレ趣味はねーからな? でも変身するのは着替える手間がなくていーかもな。今後の課題だな」
「うん、折角だから是非よろしくね!」
ニコっとした顔をする望に対して信二は真面目な顔つきに戻って話題を変える。
「それはそうと望、学校で俺のことは話題になっていなかったか?」
「うーん、久我君が信二のことを気にしていたみたいだよ? ほら、あたしも怪我をして包帯を巻いているからさ」
「そうか・・・・・・入学からわずか一週間で病院送りだもんな。ただでさえ編入生だっつーのにこの時期に学校へ行けないとめちゃくちゃ浮いてしまうぞ。高校こそは普通の生活を送ろうと思っていたからな」
信二の呟きにも似た話を聞いた望と時子はなんとも言えない微妙な表情になる。それでも望は気を取り直して彼を元気づけるための提案をする。
「信二の中学時代がどうだったのか気になるけど、それはまた今度聞かせて。それより明日は何人かここに連れてきてあげよう!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
その翌日。
望が彼女の友人である江沢愛子と日暮遥、信二の友人である久我悠二を連れて見舞いに来てくれた。今日は遠慮したのか時子は来ていない。
「それにしても司馬、入学してから僅か1週間で死にかけるとはどれだけ人生ハードモードなんだ?」
「知るかよそんなの。俺だって出来れば平穏無事の生活をしてーよ」
「ねえ司馬くん!調子はどうなの!?」
愛子が興味本意で聞いて来た。
「いやあ、腹の傷がまだちゃんとふさがっていないからベッドから降りる事が出来ねーけど、それ以外は大丈夫だな」
「ふーん。でも、最近充実しているって聞いたよ?」
「ん? 確かに今、両津さんに借りたものを使って開発中だから割と忙しいけどな」
信二の答えを聞いた遥が何やら妄想しているようだ。
「・・・・・・女の子に借りたモノで夜な夜な忙しく・・・・・・司馬くん、一体何を?」
「日暮さん? 一体何を想像している? ただのMAGICSの開発だからな? 別にいやらしいことでもなんでもねーからな?」
「ほうほう、司馬君はなにかいやらしい想像をしたってことじゃん? このむっつりスケベ! 毎日自分の病室に2人も女の子を連れ込んで何をしているのかなぁ?」
愛子がニヤニヤしながら追い打ちをかける。
「おい望、コイツら一体何のためにここへ来たんだ? さっきから変な方向に話を持っていこうとしてねーか?」
「信二の言う通りだよ! 愛子と遥は2人そろって変な事を言わないでよ。まるであたしと時子ちゃんが信二と何かしているみたいな言い方になってるよ!」
信二に指摘された望が面倒なことに巻き込まれそうな雰囲気を感じ愛子と遥に抗議する。
「だけどさ、望って学校では信二、信二って結構言っているじゃん? 司馬君が入院してからは両津さんともごにょごにょやっているし」
「ま、まあそれはここで話していても仕方ないんじゃないか? 今日は司馬の様子を見に来たんだし。割と元気そうで何よりだよな?」
これ以上もめるのは面倒だと久我が強引に話の方向を変える事をを試みる。
「それより司馬と本田さんで『ウォッチマン』の討伐に成功したんだろ? ニュースでもCランクの少年とDランクの少女の2人が達成したと言っていたよ。名前は出ていなかったけど、これ司馬たちの事だよな?」
久我の問いかけを聞いた望がどうするの、と信二に問いかける目線を送る。別に隠す理由も無い信二は『ウォッチマン』との戦いを久我、愛子、遥に話して聞かせる。久我は目をキラキラさせて、愛子と遥は時々キャッと言いながらも興味津々で信二の話を聞き入った。
「何だよその少年マンガみたいな展開は! うらやましいなあ」
久我がうっとりした目をしながらそう言った。
「おいおい、久我、勘弁してくれよ! 奴の最後の攻撃だけど、狙って来る場所が俺の腹じゃなかったらアウトだったんだ。もうそんなギリギリの勝負なんて懲り懲りだぞ!」
信二のぼやきに遥が発言する。
「そうだね。司馬君の言う通りだ。それにしても司馬君も望も凄い体験。所でこの話ってクラスのみんなにはしてもいいかな? 結構みんな気にしてる」
「別に俺はどっちでもいーよ。望はどうする?」
「あたしも信二がいいって言うなら構わないよ」
「わかった。それじゃ、相手から聞かれたときには今日聞いた話をするから」
そう話す遥に向かって信二は頷いた。
「所でさ、ここに来る時、新宿駅前で集まってなんかやってるのを見たけど、あれって何だったんだろうね?」
愛子が何か次の話題を振るべく発言する。
「ああ、『リターン トゥ ネーチャー』っていう組織みてーだな。『R2N』って言う略称らしいぞ。人類の生産活動を停止し、地球に自然を取り戻せとか言ってるヤツな? 俺にとっちゃそんな先の話より今日、明日のメシの方が重要だけどな」
「司馬君はすこし世の中を知った方がいい。温室効果ガス削減を謳いだしてかれこれ50年、それなのに今ではこの関東も真夏は40℃越えが当たり前、去年はついに45℃も出る始末。約束を破った人間たちが好き勝手した結果こそ今のこの有様だと言う事」
「遥、R2Nについてやたら詳しいじゃん? 興味あるの?」
「別にR2Nに対して興味があるわけじゃない。だけど、世の中がどういう風潮なのかを知らないと、どこかで失敗するから気を付けた方がいいよ」
「うーん、確かにそーかもな。俺は今まで好きなことはいくらでも時間を惜しまずにやって来たけど、そうでないものも目を向けた方がいいのかもな。すぐには直せねーとは思うけど、これから気を付けるよ。ありがとな、日暮さん。それから望、今日はみんなを連れてきてくれてありがとな」
「うん、信二がそう言ってくれて良かったよ」
そうやって望がニコっと笑って信二へ答えたところに、愛子が信二と望の会話に首を突っ込んできた。
「ところでさっきから気になっていたんだけど、どうして望と司馬君はそうやって下の名前呼びなわけ? いつからそうなの?」
愛子にそう指摘された信二と望はお互いの顔を見合わせる。
「あれ? そーいやそうだな。いつからだっけ?」
「確かに! どこかで信二に下の名前呼びされてウザいと思った事もあったけど、すっかり慣れちゃったね!」
信二と望はお互い頷きあっている。
「聞きたいのはどうしてアンタたちがそうやって下の名前で呼び合ってるのかって事!! ねえ、アンタ達付き合っているの!?」
愛子が鼻息を荒くして2人を問い詰める。
「な、何を言ってんだ? そんな事ある訳ねーだろ。な、なあ、望?」
こう言う話になるだけでも動揺してしまう恋愛経験皆無の信二。それに対し冷静に対応する望が答える。
「うん、スイーパーになりたてのあたしにとっては大事なパートナーだけど、それは仕事上の話であって恋愛感情とは別かな」
それでも懐疑的な目線を送ってくる愛子に対して信二は説明を試みる。
「ほ、ほら、エンボと戦う時って結構掛け声が重要でさ、『本田さん』とか言ってるとタイミングが合わなくなるんだよ。自然と下の名前呼びになるぞ?」
それに望も同調する。
「そうだよね、考えてみれば『ウォッチマン』のときから名前で呼ぶようになって、それからこんな感じかな」
これを聞いた久我、愛子、遥の3人は信二と望から少し離れてヒソヒソ話をする。
「なあ、2人ともくっついていないと言ってるけど本当か?」
「今は本当みたいだけど・・・・・・」
「すぐにくっつくんじゃん?」
「しーっ。江沢さん、声が大きい」
「私も時間の問題だと思うな」
「そうだよなあ。でも、隣のクラスの両津さんもあいつらに絡んでるんだろ? なんだか面白いよな」
「だよね! 面白い!」
「だから愛子、声大きいって」
「とにかく、これから変化を見逃さないように注意だぞ?」
「うん、わかった」
「了解ッ!」
「愛子、だから声が大きい」
「おーい、何が了解だって?」
愛子の声に信二が反応する。
「いや、なんでもないさ、こっちの話だ」
そんな他愛のない話に終始した1日だった。