第32話 病室にて(1)
『ウォッチマン』との戦いで傷ついた信二はしばらく入院生活を送ります。
そんな彼の見舞いに訪れたのは。。。
「ん・・・・・・ん? ここは・・・・・・どこだ?」
信二が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
「よかった・・・・・・信二、このまま目を覚まさないかと思ったわ。 気分はどう?」
信二の母親である愛梨が信二の顔を覗き込みながら彼に話しかけた。
「えっと、母さん、ここはどこだ? うっ!」
信二はそう言って起き上がろうとするが、腹部に激痛が走る。
「信二、あなたはお腹に大怪我をしているのよ。無理をしないで、そのまま横になっていなさい」
そう言われた事で、信二は気を失う直前の出来事を思い出す。
「そうだ!『ウォッチマン』! あの野郎はどうなった?」
「信二、大丈夫だよ。アンタがキッチリ倒し切ったんだよ」
二っと笑いながら愛梨の後ろからひょっこりと顔を出す望。紺色のブレザーに青地のチェック柄のプリーツスカート。学校の制服姿だ。だが首元に包帯を巻いているのが痛々しい。
「望、どうして制服なんだ? さっきは私服だっただろう?」
「今日はもう水曜日。しかも午後4時だよ。学校が終わったから見舞いに来てやったんだぞ。美少女が2人もお見舞いに来ているんだから有難く思いなよ」
「そうよ信二。あなたが『ウォッチマン』を倒してから3日が過ぎたのよ。あれからこうして望ちゃん達は毎日お見舞いに来てくれているんだから」
「マジ? あれから3日だって? ついさっきまで戦っていたよーな感じなんだけどな。それから望『達』ってどー言うことだ?」
信二がそう言ったときに、病室の入り口からピョコっと顔を出す眼鏡とおさげ姿が見えた。
「こ、こんにちは。両津時子です。2度も助けていただいて、ありがとうございました」
「そうだった! 怪我はないか?『ウォッチマン』に襲われていたんだもんな」
「私は怪我をしていませんが・・・・・・信二さんこそ、大怪我をされているじゃないですか。私が不注意だったばかりにこんなことになってしまい、本当にすみません!」
「『ウォッチマン』に遭遇するなんて、不注意とかそう言うのとは別だと思うぞ? あれに遭遇しても誰も命を落とさなかったんだから万々歳じゃねーか。そういえば望は大丈夫か? 首に包帯してるし、他にも何か所か斬られただろ?」
「うん、あたしは大丈夫。もう少し大人しくしていれば痕も残さずに治るって」
望は時子にニカッと笑ってそう答える。時子は心配そうな顔つきながらも望に微笑みを返し、そして頷いた。
信二が昏睡している間におそらくそう言う話は何度もして来ているのだろう。望と時子の間にはそれなりに人慣れした雰囲気が出来ている。
「それより凄いよ! あたし、スイーパーになってわずか30分で危険度レベルⅢのエンボ討伐に成功したんだから! もちろん主役は信二だけどね」
「そーか、そうなるな。スイーパーになって初陣が『ウォッチマン』だなんて、ついているんだかないんだか」
「ホント、どっちなんだろうね? でも信二、『ウォッチマン』を討伐出来て良かったね! お父さんの仇を討ったんだから」
「そうですね。私も信二さんのお父さん・・・・・・祐輔さんの事は聞きました。祐輔さんに助けていただいたお礼を言いたかったんですが」
「前にも言ったと思うけど、それは気にしなくていーんだよ。父さんも俺も、それからそこに居る望もスイーパーなんだ。スイーパーはエンボから一般人を守るのが仕事だからさ」
「信二の言う通り! これからもあたしたちに任せて! 時子ちゃんや愛梨さんの安全はあたし達が守るんだから!」
「おいおい、スイーパーになりたてのペーペーが偉そうじゃねーか」
「ベッドから動けない人に言われてもねぇ。それにしても信二、わざと『ウォッチマン』に腹を狙わせるなんて無謀すぎるよ。せめて事前に教えてよ。あのときは本当に死んじゃうかと思ったんだからね!」
「いや、あの作戦を事前に話していたら、望の方が無茶をするんじゃねーかと思ってさ。それに今の俺達の実力だと、あーでもしないと勝てなかったからな」
「うーん、それはあるかも。あたしも何度か危ないタイミングがあったよね。一緒に戦ってくれたのが信二じゃなかったら、あたしも今頃はお空の上だよ」
「とにかく、俺達はもっと強くならなければならねーって事だ」
「そんな信二に渡したいものがあるんだ」
望はそう言って大きなヘッドホンを信二に渡す。
「このヘッドホン・・・・・・お前ん家の仮想空間のサインインデバイスじゃねーか。これがどうしたんだ?」
「うん、旭が残してくれたマニュアルを読んでいたら、うちの仮想空間に遠隔ログインすることも出来るんだって。どうせここにいても寝ているだけなんだから、これでトレーニングしようよ! 信二も前にサインインした事があるから、怪我をする前の状態で入れるみたいだよ」
「それはうれしーな! 体を動かすことはしばらく無理そーだと思っていたから、スゲー助かるよ!」
「望ちゃん、それって大丈夫なの? 体を変な風に動かしたりはしないの?」
信二と望が盛り上がって来ているのをみて心配になった愛梨がストップをかける。
「大丈夫です。仮想空間にサインインしている間は、現実世界では寝ているのと同じですから」
「うーん、本当かしら? あんまりやりすぎないで頂戴ね」
「わかったよ、母さん」
満面の笑みで愛梨に答える信二。
さらに文句を言おうとした愛梨を抑えたのは時子だった。
時子はずっと話すタイミングをうかがっていたが、その機会がなかなか訪れないことから思い切って声を出したのだ。
「あのう、ちょっとよろしいでしょうか・・・・・・信二さんに見てもらいたいものがあるんですが」
時子はそう言うとカバンの中から4、5冊のノートを取り出し、それを信二に渡す。
「ん?『重力操作についての考察』だって? これを両津さんが?」
「え、ええ。もともと物理学が大好きで、一般相対性理論と量子重力理論を勉強してきたんですけど、これに物質の仮想化・具現化技術を組み合わせたら、低位のエネルギーで重力波を発生できるんじゃないかという事に気が付いたんです」
「そうか! 物質を具現化する際のエネルギー省力化技術に注目したのか! 重力波の操作は何となくイメージしていたけど、必要なエネルギーが莫大過ぎてどうにもならねーと思っていたんだよ」
「そこです。仮想化・具現化技術は、低位エネルギーで物質を生み出す、あるいは消失させるというものです。これは既に実現化されている技術ですからね。これを応用すれば行けるはずです」
「なるほどなるほど! 両津さん、このノート、少しの間借りてもいーか?」
「もちろんです! このノートに目を通してもらえるなんて、とっても嬉しいです!」
時子は両手を握りしめながらピョンピョン跳ねて喜んでいる。
「時子ちゃん、今の話はチンプンカンプンなんだけど、要するにどう言う事?」
「そうですね、いろんな事が出来ますが、端的に言うと空を飛べるようになります」
時子そう答える。それに信二が話を付け足す。
「飛ぶって言うか、どちらかというと『落ちる』だな。重力の向きと大きさを変えるんだ。それで自分の体を決めた方向に落ちるように仕向けることで見た目は空を飛んているように見えるだろーな」
「空を・・・・・・飛べる? 何それ! 超面白そうじゃない! すぐに作ってよ、そのMAGICS!」
望は鼻息を荒くして信二に詰め寄る。
「そーだな。幸い時間はたっぷりあるからな。これを作って、それから仮想空間でテストだな。これは望の言う通り、面白くなって来たぞ」
ニヤリとする信二を見た愛梨が釘を刺す。
「色々やるのはいいけど、夜更かしはしないようにね。怪我の治りが遅くなるわよ」
「分かったよ。でも、これはやりがいがありそうだな。両津さん、望、ありがとな」
やる気に満ち溢れている信二なのであった。