第26話 両津時子(1)
今回と次回は少し時間を巻き戻して物語が進みます。
ウォッチマンに襲われていた両津時子。彼女はどうしてこんな場所に来ていたのか。
それを紐解くため、話を4月8日、達芝学園入学式の日まで遡る事にする。
両津時子は高校受験で見事達芝学園の入学試験に特待生として優秀な成績を収めて合格し、この日を迎えていた。
新潟県のとある田舎に実家がある彼女は、東京は新宿に居を構える親戚である秋山家に部屋を借り、ここから学校へ通う事になったのだ。
入学式のこの日は、時子の両親も上京してきており、親子3人で入学式に臨もうとしていた。
時子は新入生代表として挨拶を行うことになっている。
時子は高校一年としてはかなり背が低く、手足も細くて子供っぽい体型をしている。おさげに牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡とあっては高校の制服であるブレザーにチェック柄のスカートもいまいちしっくりと来ていない。
そんなパッとしない見た目の時子でも両親の目から見るととても眩しく映っている。
学校へやって来た時子達一行。彼女の父親、翔太が門のそばに立つ守衛へカメラを渡す。門の横に時子を真ん中にして並んで立つ3人。
守衛がパチリと写真を撮り、カメラを翔太へと返す。
「ちゃんと撮れているみたいね」
母親の凛がカメラの映像を見てそう言った。
「そうだな。今日は時子が新入生代表で挨拶する晴れの日。今の写真と挨拶する時の写真は家へ帰ったらすぐ飾ろう。でも、時子がいないとこれからは寂しくなるな」
ニコニコしていた翔太だが、これから娘の居ない生活が始まることを思い出し肩を落とす。
「でも、GWには帰って来るでしょ? ねえ、トキちゃん?」
凛が時子にそう尋ねる。
「ええ、そのつもりです。新幹線に乗ればすぐ帰れますから、大丈夫ですよ」
時子が翔太にそう言って勇気づける。
「そうだな。いつかはそういう日が来るんだもんな。時子はそれが少しばかり早いだけ。父さんが気を落としていちゃだめだよな?」
自分自身を説得しているようにそう言いきかせる翔太。
「そうよ、あなたがしっかりしないと時子がとまどってしまうわよ」
凛が翔太にそう言った。
ふいに翔太が思い出したように時子にはなしかける。
「それとな時子、お前は視力がすごく悪いんだから、外で眼鏡を外さないように注意するんだぞ」
「お父さん、最近必ずそれを言いますよね。ちゃんと気を付けますから、大丈夫ですよ」
「絶対だからな? 外で外すのは絶対だめだぞ?」
その時、近くから声が聞こえてくる。
「お姉さん、もっと弟さんの近くに寄って!」
時子がそちらの方へ目を向けると、癖ッ気の強い髪の毛の少年と、その姉と思われる2人が別の生徒に写真を撮ってもらっているところだった。
その少年を見た時子は昨年の夏にエンボの襲撃から助けてもらった時の出来事が蘇る。
「あっ、あの人はたしか司馬信二さん! あの人も同じ学校だったんですね」
時子が信二の姿に驚いてそういうと、翔太が時子へ尋ねてきた。
「時子、あの少年は知っている人なのかい?」
「え、ええ、私が去年夏期講習へ行く途中、エンボ(エンボディドモンスター)に襲われた所を助けて貰った人です」
時子がそう答えると翔太は驚いたようだった。
「何と! 時子の恩人にここで会えるとは! 時子、早速お礼を言いに行かないと!」
翔太は時子と凛を連れて信二のところへ向かおうとするが、信二達は別の生徒と話をしており、そのまま校舎の方へと進んでいった。
時子たちがまごまごしているうちに、信二は姿を消してしまった。
それでも、信二の姉と思われる人物が残っていたので、せめて彼女へ礼を言おうと翔太は話しかける。
「あのう、司馬信二さんのお姉様でいらっしゃいますか?」
彼女は少し驚きを見せながら答える。
「いいえ、私は信二の母の愛梨と申します。失礼ですが、信二のお友達でしょうか?」
「何と! 失礼しました、お母様でしたか! 何とお若い! イテッ!」
そこで凛が翔太の手をつねりあげながら愛梨に話しかける。
「去年のことですが、私達の娘、時子が息子さんとお父様に助けて頂いているんです」
愛梨はキョトンとした顔つきをしたが、すぐに何かを思い出したようだ。
「えっと、たしか両津時子さん? 私の主人が申しておりましたよ。とても礼儀正しい娘さんだったと」
そこで時子が勇気を出して一歩前へ進み、愛梨へ話かける。
「ありがとうございます。私が両津時子です。祐輔さんと信二さんにお会いして何かお礼をしなくてはとは思っていましたが、連絡先を聞きそびれてしまい何も出来ずに・・・・・・」
それを聞いて愛梨が両手をフルフルと振って答える。
「いえいえ、エンボに襲われている人を助けるのもスイーパーの仕事なんですから。特段気にしなくてもよかったんですよ」
「そうおっしゃっても、こうしてお会いすることが出来たのですから、何かお礼をさせていただけませんでしょうか」
そう言って一歩愛梨に歩み寄る時子たち。その迫力に圧された愛梨は少々たじろぎながら答える。
「そ、それでしたら連絡先をお伝えしますので、また別の機会とさせていただけませんか?」
それを聞いた翔太はニューロンレシーバを通して愛梨とお互いの連絡先を交換する。
「ところで今日は祐輔さん、お仕事なんですか? こちらにはいらしていないようですが・・・・・・」
時子が愛梨にそう尋ねると、愛梨は寂しそうな顔つきになる。
「私の主人は・・・・・・去年の秋に亡くなりました。『ウォッチマン』をご存知でしょうか? あの人はそのエンボと戦い、敗れたんです」
「そんな事って・・・・・・ニュースチャンネルを通して『ウォッチマン』の事は知っていましたがまさかそんな・・・・・・」
時子は驚きのあまりそのまま言葉が詰まる。翔太と凛もそのまま固まっている。
「ですが信二は元気にやってますから、どうかお気になさらず」
愛梨はそう言って時子達をフォローする。それを聞いて翔太が気を取り直してこう応える。
「ご主人のようなスイーパーが命がけでエンボの脅威から守ってくれる事でを私達はこうして生活を送る事が出来ています。本当に有難うございます」
翔太はそう言うと愛梨に頭を下げる。凛と時子もそれに倣う。
「有難うございます。でも、もう大丈夫ですから。あの人もこうして守られた人がこうして生活を送っているであれば本望だと思いますよ」
そう言って愛梨も頭を下げる。そんなやり取りを繰り返しているうちに、時子たちも愛梨も笑い出してしまう。
「ふふっ。こうして頭を下げ合っているより会場に向かいましょう。今日は子供達の晴れの日なんですから」
愛梨の言葉に頷く3人。
「あっ、そろそろ教室に行かないと。お父さん、お母さん、また後で。それから愛梨さん、本当に有難うございました」
ぺこりと一礼して時子は教室へと向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それから2週間が過ぎた。
「信二さんとは違うクラスになった事もありますが・・・・・・タイミングが合わなくて話どころか挨拶すら出来ないとは・・・・・・」
引っ込み思案な時子は入学以来、信二のいるクラスへ行く事が出来ずにいる。違うクラスとは信二は2組、時子は1組とすぐ隣だ。だがどうしても一言挨拶をする勇気が出ない。そんな時、同じクラスの生徒同士で気になる話をしていることに気がついた。
「そう言えばさ、2組の司馬って奴がスイーパーをやっているらしいんだけど、今度の日曜にランクアップ試験を受けるらしいぞ?」
「へー。でもランクアップ試験って合格者が数%しかいないって言うし、どうせうまくいく訳がないだろ?」
「そうだよな。そんな凄い奴、この特設クラスならともかく一般クラスにいる訳がないよな。それよりあの本田さんがその司馬と一緒にいる事が多いみたいだぞ?」
「マジで? あの藤丸旭の幼馴染の本田さんが?」
「そうなんだよ。あんな事があってから人が変わったみたいに落ち込んでいたのが、この新学期から元気を取り戻しているみたいだぞ? あの司馬が上手いことやってるんじゃないかって噂だ」
「そうなのか? 本田さん、結構可愛いから結構狙ってたんだけどな。流石にあの後すぐ声をかけるのはどうかと思って様子を見てたけど、とんびに油揚げをさらわれたって感じだな」
「全くだよ。あの司馬って奴、髪の毛ぐちゃぐちゃで凶悪そうな顔つきをしているクセに結構やり手だったって事か。多分スイーパーって事でポイント稼いだんだろうな」
「成程ね。それなら今度のランクアップ試験で化けの皮が剥がれるってもんだろ」
「だな。まあ、ここはお手並み拝見って所だな」
時子はその話を聞いて心にチクリと刺さるものを感じた。
去年の夏、司馬親子にエンボの襲撃から助けて貰った時から信二の事がなんとなく気になっていたのだ。
「最初は怖いと思いましたが、ちゃんと良くしてもらいましたし、こんな事ならもっと早く声をかけておけば良かったんでしょうか」
そう呟いた時子は顔をふるふると振った。
「いえ、どうせこんなちんちくりんな私なんか声をかけても相手になんかしてくれないですよ」
そう言って時子はずんと沈み込む。
「でも、ランクアップ試験を受けるのなら信二さんの応援に行きたいです。その時は私のこれまでの成果を見てもらうんです」
そうしてなんとか自分を勇気づけ、今度こそ行動しようと決意する時子なのだった。
次回もどうぞよろしくお願いします。