第25話 ランクアップ試験(2)
「・・・・・・瑞穂ちゃん、瑞穂ちゃん! 大丈夫?」
瑞穂が目を覚ますと、彼女の相方である天童つばさが横たわる瑞穂を抱きかかえていた。
「ランクアップ戦は? くせっ毛で目つきの悪いアイツとの戦いはどうなった?」
「瑞穂ちゃん、残念ながらあいつ・・・・・・司馬信二くんって言う名前らしいけど、彼のカウンターパンチをもろに食らってしまったんだ」
「そうか、MAGICSではなく拳でやられたか。なあつばさ、世の中にはいろいろ強いヤツがいるんだな」
「うん、そうだね。僕らなんてまだまだ弱い。そして世界は広いって事だよ」
その時、『バトルスペース』の状況を示すディスプレイに信二の姿が映っていた。信二に特に消耗している様子は見られず、怪我もしていないようだ。それに対し対戦相手は黒こげになって横たわっている。
進行役が2人のスイーパーを呼び出している。どうやら信二は5人抜きを成し遂げたらしい。
『バトルスペース』から離脱した信二が瑞穂とつばさを見つけて彼女たちに歩み寄る。
「何だ? 敗者をけなしにでも来たのか?」
瑞穂は悔し紛れに信二に噛みつくように言った。
「いや、結局のところ今回一番強かったのはお前だったよ。戦いの順番が逆だったら、それこそ俺の5戦目にお前が出てきたら危なかったかも知れねーな。雨宮瑞穂、お前の名前は覚えておくよ」
信二の意外な言葉に一瞬固まった瑞穂だが、そんな彼に言葉を返す。
「そうか、わかった。今回は私の負けだ。だが、次に戦う事があるならその時は負けないからな!」
「おう。その時は返り討ちにしてやる。お前も次回のランクアップ戦は無事勝ち抜けるだろうが油断はするんじゃねーぞ」
信二は瑞穂に右手を差し出してきた。瑞穂は立ち上がってその手を取り握手をした。
「ああ、当然だ。ランクアップおめでとう、司馬信二」
「ありがとう。お前もがんばれよ。雨宮瑞穂」
これが信二と瑞穂、つばさとの初めての出会いだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
信二が試験を終えてランクアップの手続きを終え、緑色のバッジを受け取ったところで望が信二のところにやって来た。
「無事にランクアップ出来たみたいだね! やるじゃん!」
望は信二へ白色のバッジを見せた。
「おう、ありがとな。お前も無事手続きが終わったんだな。これでめでたくスイーパーになったんだ。でも気を引き締めないとな」
信二が望へそう言ったとき、望の視線が信二の脇へとずれる。
「うん! あれ? 雨宮さん?」
信二が望と話しているところにその背後から雨宮瑞穂と天童つばさがやって来た。瑞穂が望に話しかける。
「そういうお前は本田望だな? 司馬信二とはどういう関係だ? 付き合っているのか?」
「ちょっと、コイツとはそういうのじゃないからね! それより雨宮さんはコイツと知り合いだったの?」
「さっきランクアップ戦で当たった相手だ。残念ながら私の負けだったよ」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
望が微妙な顔つきをすると、瑞穂は少し顔つきを険しくしながら話す。
「今回は巡り合わせが悪かっただけだ。別に私がこの男に劣っているという訳ではないからな」
つばさはそういう瑞穂を横から肘でつつきながら言う。
「瑞穂ちゃん。ここでそんな強がりを言っても仕方がないよ。それよりこっちの子と知り合いみたいだけ2人はどういう関係なの?」
「本田望とは直接会ったことはないが、彼女は徒手空拳の使い手でな。中学では空手の大会で敵なしだったので注目していたんだが、中3の時の戦いではあっさり予選落ちしていたんだ。一体どうしたのかと思っていたんだが、こうしてスイーパーを目指していたんだな」
本当の所は少々事情が異なっているが、瑞穂が良い方へ受け取っていると思った望は特に否定しないままに話を続ける。
「そういう雨宮さんだって、こうしてスイーパーになっているじゃない?」
「そうだな。元々私の先輩を追ってスイーパーになったんだが・・・・・・」
そう言うと瑞穂は目線を下に落とし言葉を途切ってしまう。それに気づいたつばさが瑞穂をフォローするため言葉を続ける。
「今はね、僕たちでその先輩のために『ウォッチマン』を追っているんだ。あっ、僕は瑞穂ちゃんの相棒で天童つばさ。望ちゃんって言うんだね。まあ、よろしく」
つばさは自分の事を僕と言うようだ。可愛らしさの中に幾分ボーイッシュな感じもする彼女ならそういう言い方でも違和感は少ないかも、望はそう思った。
「そうなんだ、よろしく、つばささん。で、『ウォッチマン』って言ったけど?」
「うん、瑞穂ちゃんの先輩が『ウォッチマン』の被害者なんだよ。それで瑞穂ちゃんはその仇討ちをしようとしているんだ」
それを聞いた信二が反応する。
「それなら、『ウォッチマン』をどちらが先に仕留めるか、という勝負もあるみてーだな」
信二の発言に望が補足する。
「コイツのお父さんもあの『ウォッチマン』の被害に遭っているんだ。仇を追うのは一緒ってことになるんだね」
それを聞いた瑞穂が信二に顔を向けて応える。
「そうか、そうと聞いては負けていられないな。司馬には悪いがあの獲物は私が頂く。その時は邪魔をするなよ」
瑞穂は同じ仇を追う人間が他にもいるということを知って気合を入れなおす。
「その自信はどこから湧いてくるのかわからねーが、そういう事にしておいてやるよ。邪魔しないのはお互い様、先に見つけた者勝ち、恨みっこなしだからな」
信二はそう言って瑞穂に向かって拳を突き出す。瑞穂はそれに応えるように自分の拳を信二のそれにコツッと当てた。
「わかった。お互い全力を尽くそう。それではこれで失礼する」
「じゃあね。司馬くん、本田さん」
2人は別れのあいさつをして去っていった。
「何だか思ったより感じのいい2人だったね」
「ああ、そーだな」
「さて、改めてスイーパー登録おめでとう」
「うん、ありがとう。それでさ、今日これからあたしん家で1戦やっていかない?」
「いいね。じゃあちょっと寄らせてもらおーかな。だけどその前にどこかでメシでも食っていかねーか? 何か腹が減ってきたんだけどさ」
「わかった。それじゃそこらへんをぶらぶらしておいしそうなお店を探そうよ!」
「そうだな、そうしよう」
2人はLMOSを出て新宿の街をぶらぶら歩く。
すると、ここで信二の『サーチ』に反応があった。近くの路地でレベルⅠエンボが出現している。
「なあ、近くでレベルⅠのエンボ(エンボディドモンスター)が現れているみたいだ。一般人が襲われているかもしれねーから様子を見にいくぞ!」
「いいね!スイーパーになってすぐに戦えるなんてワクワクするよ」
「おいおい、これは遊びじゃねーからな! 気合を入れろ!」
「わかった!」
『サーチ』が示した地点に急いで移動する2人。そこは新宿の街中だと言うのに人気のまったくない静かな場所だった。
しかしそこには手提げカバンを抱きかかえて道端にうずくまっている眼鏡を掛けたおさげの女の子が1人。そして今にも彼女を襲おうとしている凶悪な顔つきをした小人が古びた剣を持って飛びかかろうとしている。
「ギリギリの間に合ったって所か。あの女子、どこかで会ったことがあるような?・・・・・・っと、おい、奴の左手を見てみろ!」
信二ゴブリンを指さながら望に話しかける。その時、ゴブリンに襲われている女の子が叫ぶ。
「『ウォッチマン』です! ダメです! 早く逃げないと私に巻き込まれますよ!」
信二はその女の子を見て思い出す。
「お前、両津時子って言ったっけ? そういえば母さんがウチの学校に入って来たと言ってたな・・・・・・っと、そんな事言ってる場合じゃねーぞ! えっと、両津さん! 今から助ける!」
時子と信二の再会。それは信二の宿敵との衝突と同じタイミングで訪れたのであった。