第18話 望と旭(5)
何と旭がついに・・・・・・
一体望はどうなってしまうのでしょうか。
『旭が、ついさっき息を引き取ったの』
ニューロンレシーバを通じて望の頭の中に直接届いてくる旭の母、葵からの声。
望は意味のあるものとしてその言葉を認識するのに時間がかかった。
本当の所、望は心の奥底でそんな可能性がある事を危惧していた。しかし絶対耳に入れたくない言葉だけに知らず知らずのうちに拒否反応を示していたのだ。
『え? 息を引き取った? 旭・・・・・・が? だって、昨日は・・・・・・うそ、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
望は自分の頭の中に何かよくわからない物が詰め込まれてくるような気がした。すぐに頭の後ろの方から『パン』と何かが弾けるような音が聞こえた。いや、そんなような気がした。
暴走した望の感情はあっさり彼女の処理限界を超えてしまう。オーバーフローした望の心はショートし壊れてしまう寸前にブレーカーが落ちる。
望が気がつくと、自分の部屋のベッドに横たわっていて、望の母親の心音が側におり、心配そうに望の事を見守っていた。
「気がついて良かった。母さんも旭くんの事を聞いたよ。のんちゃんも昨日までずっと旭くんの見舞いに行っていたからねえ。ショックなのはわかるよ」
「あっ、お母さん、今何時?」
「今は午後2時だよ」
「もうそんな時間? 学校は?」
「それは母さんが学校に連絡しておいたから大丈夫。旭くんはもう藤丸さんの家に帰って来ているよ」
「それじゃ、すぐ行く!」
「のんちゃん、待ちな。あんた、朝から何も食べていないんだから。そのまま藤丸さんの家に行って、ぶっ倒れたらどうするんだい?」
「う、うん。分かったよ」
遅めの昼ごはんを食べてから藤丸家へと向かう。望の家、本田道場から歩いて数分歩いた所に旭の家、藤丸家はある。
旭の家は都心の一等地にあるにもかかわらず門構えがしっかりとした邸宅だ。しかし、どことなく家はひっそりとしている。
インターホンを押すと、葵が門の所まで出迎えてくれた。まったく休めていないのだろう、目の下の隈がすごい事になっている。
「望ちゃん、いらっしゃい。さっきは突然あんな事を言ってごめんなさい。望ちゃんにとっても大変な事ですもんね。旭のいる所へ案内するからついて来てもらっていいかしら?」
「分かりました。それじゃあ、お邪魔します」
旭は8畳ほどの畳の間の上へ敷かれた布団に横たわっていた。
謎の病気のせいで頰はこけてしまっているが、はた目で見るとただ眠っているだけに見える。
昨日、旭とはじめてキスをした。
切なくもあったが、幸せでもあった。
あの時は彼と自分の心が1つになったと思っていた。
その心の半分が、永遠に失われてしまった。
望は崩れるようにして旭の側へ座り込んだ。
「旭・・・・・・どうして? 大丈夫って、言ったじゃない!」
だけど望は、本当は旭が言った『大丈夫』の意味を理解していた。だから、あの時旭からそう言われた時に泣いてしまったのだ。
葵が部屋にやってきて、すっと望の横へ座った。
「旭はね、昨日の夜に『吹っ切れた』って言っていたのよ。望ちゃんに、ありがとう、そしてゴメンと言っておいてと・・・・・・あの子、自分でなんというか、覚悟みたいなものができたみたいね」
「やっぱり、そうだったんですね」
「旭は私にお休み、って言ったのよ。だから私もお休み、って言ったのよ」
「はい・・・・・・」
望は短く頷いて話の続きを促す。
「あの子はそのあとすぐに眠ったの。生まれたばかりの頃みたいに、ゆっくり胸を動かして」
葵は旭のおでこに手を置いて、愛おしそうに何度も頭を撫でる。
「こうして目をつぶっていると、小さいころの面影があるのよね。旭は小さいころからあまり手のかからない子だったのよ。それなのに・・・・・・」
そこで葵は少し言葉を詰まらせ・・・・・・そして話を続ける。
「昨日の夜だって、久しぶりに安らかな寝息を立てていたから私も安心して家に帰ったの。休む支度をして、さあ横になろうかしらと思ったところに病院から連絡が入ったのよ」
葵は望に顔を向けて話を続ける。
「病院についたら、あの子はもう息を引き取っていたの。ええ。あの子はただ眠っているだけのようだったわ。ねえ望ちゃん、旭の顔を見てくれるかしら?」
望は葵の問いかけに応じて旭の顔を覗き込む。
「スッキリとした顔をしていますね。なんだか少し笑っているみたいですね」
「でしょう? これからこの子の葬式やら何やらで大変だと言うのに人の気も知らないで。まったくどうしようもない子よね」
「まったくです」
葵はふっと寂しく微笑んでから旭の姿を眺め、それから望の顔をしっかりと見つめてこう言った。
「あのね望ちゃん、この子が寝る前に言った言葉を伝えるわね」
「え?」
望は驚いた顔で葵の顔を見て、それから覚悟を決めたという風に言葉を葵に返す。
「・・・・・・はい・・・・・・お願いします」
葵は望の両肩を優しく包み込むように支え、一つ呼吸を置いてから旭の最期の言葉を伝える。
『幸せになれ、望なら大丈夫だ』
葵の口に重なって、旭の声が聞こえてきた。少なくとも、望はそう感じた。
「何よ、それ。言われなくても幸せになってやるんだから! 旭のバカァ!」
それから望は旭の側でワンワンと大声で泣いた。
もう向こう何年かの涙を全部使い切るくらいの勢いで泣いた。
葵もそれにつられて泣いた。
泣くのに疲れ果てた2人。
頃合いを見て、葵は望にあるものを差し出した。
「データカード? 何が入っているの?」
「旭が考えたMAGICSのアイディアが詰まっているそうよ。ちゃんと中身を理解できて悪い事に使わない、信頼できる人を見つけてこれを渡して欲しいんだって。旭の後継者を探せ、って事みたいね」
「どうして直接あたしに渡してくれなかったんだろう?」
「直接渡すと、望ちゃんにお別れを言う事になるから嫌だ、って言っていたわ。この子は意外とわがままだったみたいね」
「本当ですね。旭、いなくなってから人をかき回すなんて酷いよ! あたしはね、旭がいなくなってもめげないんだから! 結構先になると思うけど、いつかそっちに行くまで待っててね!」
「望ちゃん、私からも言わせてちょうだい。どうか、旭の分も幸せになってね。望ちゃんは私の娘みたいなものだからね」
「ありがとうございます、『お母さん』」
「望ちゃん・・・・・・ありがとう」
葵は望をそっと抱きしめた。
ねえ旭、今まで本当にありがとう。
バイバイ、また会う日まで。
大好きだよ・・・・・・
旭を失った望。
次回はその後の話となります。