第17話 望と旭(4)
望と旭は仲直りできるのでしょうか。
望が駆け出して行ってしまい、病室には旭が一人残されている。
どうしてあんな事を言ってしまったのか?
望はただ自分の事を心配してくれていただけななのに。
自分が病気になってからと言うもの、最初の頃は望以外にも見舞いに来てくれた人は何人かいた。
だけど、これまで一日も欠かさず、暑い日も土砂降りの日も顔を見せに来た子は望だけだった。
母親でさえ、仕事で来ることのできない日があったと言うのに。
幼馴染だからといって、思った事をズバッと言ってもいいとは限らない。
つい自分の気持ちだけを考えて、言い過ぎてしまった。ただ自分がどうなるのか自分ですら分からず、怖かったのだ。
折角快方に向かったかと思いきや、その反動のせいかまともに話せない日が続いた。その時は誰が来ているのかうっすらとはわかる。しかし体が重く、意識が遠すぎて身動き一つ出来ない。
目を開けようとしても、視界はほんの少ししかない。
なんとなく、その視界がすべて閉じられた時こそ自分の最期の時、と言う感覚があった。
死。
自分がこの世から消える。
今でもやりたい事などまったくできていないが、それでも周りの人に何かを伝える事ができる。でも死んでしまうと自分というこの存在が消えてなくなってしまう。
それがただただ恐ろしい。
それがすぐ目の前に迫っている。
原因のわからないこの病気だが、おそらく自分はこのまま回復する事などないだろう。
死ぬ事に対する覚悟なんか全然できていないのに。
怖い。
自然と涙が出てきて、嗚咽が漏れ始める。
助けて。
だれか助けて!
せめて、だれか側に居てくれ!
◆◆◆◆◆◆◆◆
「旭!」
旭の病室に戻った望が見たものは、彼女が想像していたものと全然違う光景だった。
きっと膨れっ面をして、話もしてくれないんだろう。
そういう覚悟はしてきたつもりだ。
でも、あの冷静でそれでいて強い旭が泣いているなんて。
小さい頃はすぐケンカになり、泣いて、泣かせてという関係だったが、小学校高学年にもなるとそんな事はなくなった。
その旭が泣いている。
望は旭の側に駆け寄った。
「望?」
「うん」
「怒って帰ったんじゃ?」
「そうなんだけど、旭の事が心配になったんだ」
「望」
旭は弱々しく望に手を伸ばしてきた。
「望!」
「旭!」
望は旭に抱きついた。旭も望の体に手を回し、お互いを抱きしめる格好になった。
「望、俺は怖いんだ」
「うん」
「俺はこのまま消えてしまうんじゃないかと思って」
「うん、怖いよね、寂しいよね」
「そうなんだ。何にもない真っ暗な穴が開いているような気がするんだ。そこに落ちて、帰って来られないような気がするんだ」
「うん」
「望、ありがとう」
「うん」
「今、望にこうして抱きしめて欲しかったんだ」
「大丈夫だから。あたしはここにいるよ」
「ああ、あったかいよ」
「大丈夫。ねえ、旭、ずっとこうしていたい」
望は旭をぎゅっと抱きしめた。
「俺も、ずっとこうしていたい」
旭も望を精一杯の力で抱きしめた。
暫くずっとそのままお互いを離すまいと抱きしめ合って、それから少し離れてお互いの顔を見つめる。
そして、お互いの唇を重ねる。
そのまま貪るようにお互いの舌を絡め合う。
このまま一つになりたい。
旭に自分の力を分けてあげたい。
抱きしめあったまま、口付けを交わし続ける。
やがて旭は望の、望は旭の顔を見たくなり、口を離す。この一瞬、間違いなく旭と望は気持ちが一つになった。
「望」
「うん」
「俺、大丈夫だから」
「うん、わかった」
この時、望の目は涙でいっぱいになる。彼の気持ちが痛いほどに伝わってきたから。
「あたしは・・・・・・」
それから何も言えなくなり、2人はもう一度抱きしめあった。
空はいつのまにか暗くなっていた。
お互い、ずっといつまでもこうしていたかったけれど、そろそろ面会時間も終わりだ。
名残惜しさを残しつつ、望は旭の病室を後にした。
病室を出るときに、望は旭に小さく手を振った。
旭は穏やかな顔で望に手を振り返した。
旭はとても優しい顔つきをしていた。
それを見た望は、少しの安堵と大きな不安を感じながら旭の病室を後にした。
次の日の早朝、旭の母親の葵から望にニューロンレシーバの通話要求通知が入った。
たまたま早起きしていた望が応答しニューロンレシーバをアクティブにすると、葵の憔悴しきった声が望の脳内に届けられる。
『望ちゃん、落ち着いて聞いてね』
「はい・・・・・・」
『旭が、ついさっき息を引き取ったの』
仲直りできたと思ったとたん、衝撃的な連絡が!
続きは次回にて。