第16話 望と旭(3)
病気になってしまった旭。望はどうするのでしょうか。
家に帰った望は葵に言われた通り風呂へ入り、着替えを済ませる。
そこで旭の母親である葵から病院の場所を知らせるメッセージが届いた。
望は直ぐに向かうと返事をして旭がいる病院へと向かう。到着すると、葵がちょうど診察室から出てくるところだった。
「望ちゃん、旭は今検査中なの。暫くしたら出てくるみたいだけど、どうやら入院する必要がありそうね」
「えっ? そんなに悪いんですか?」
「それが良く分からないんだけど、どうやらふつうの風邪じゃないみたいなのよ。少なくとも今日無理をしたのが原因ではないらしいから望ちゃんは気にしないでね。で、これから旭の着替えとか身の回りのものを用意して来るから、申し訳ないけど望ちゃんはここにいて欲しいの」
「それは構いません。何かあったらメッセージを飛ばしますね?」
「ありがとう。それじゃ急いで行ってくるわね」
それから葵が旭の身の回りのものを持って来て、それから暫く待った頃、ようやく旭が診察室から出てきた。旭はそのまま病室へ運ばれて行った。検査を行った医師が2人を診察室へと呼んだ。
「あたしもいいんですか?」
「ええ、一緒に聞いてくれる?」
「分かりました」
診察室へ入ると小さな丸椅子へと座るよう医師から勧められたので、2人はそれに従った。医師はすぐ説明を始める。
「今のところ、旭くんの病気が何かは判明していません。心拍数がかなり多いですが血液検査の結果、特に異常な値は出ていませんでしたし、ウイルスや病原菌も見つかりませんでした。また、臓器にも別段悪いところは見当たりません」
「では、なぜあんなに熱が出ているんですか?」
「それがまったくわからないんです。もっと大きな病院で精密検査をしてみないとなんとも言えません。これから近くの大学病院へ紹介状を書きますので、そちらで精密検査を受けられる事を推奨します」
「分かりました。すぐそのようにしたいと思います」
それから葵は旭と望を連れて大学病院へ行き、旭の精密検査を受けさせた。しかし、そこでも原因を特定する事はできなかった。旭はそのまま入院する事になり、葵と望はいったん家へ帰る事となった。
望は旭との関係が一歩進むかと思った矢先、それどころではない事態になってしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
10月になった。
旭はあれから体調が良くなる事は無く、病院のベッドから起き上がる事ができずにいる。望は学校が終わると見舞いに行き、その日学校で起きた出来事を旭に話して聞かせた。
でも、ずっと意識がないままという時もあって、ベッドの横に座って旭を眺めているだけとなる事もあった。
頰がこけ、手足がすっかり細くなってしまった旭の体。望は旭をこんな風にしてしまった正体不明の病気の事が憎くてたまらなかった。
しかし、望にできる事は旭が一日でも早く回復するよう祈る事だけだった。
そんなある日、いつものように望が旭のところに行くと、幾分元気そうな旭の姿があった。
今日はベッドの背を立て、何かをじっと考えている様にしている。どうやらニューロンレシーバを使って仮想コンピュータにアクセスし、何やら作業をしている様だ。
「旭、起き上がって大丈夫なの?」
「ああ、今日は熱もだいぶ下がっているし、少し調子もいいんだ。今のうちに少しでもMAGICSを作っておきたくてね」
「このまま良くなるのかな? 今までずっと辛そうだったから良かったよ」
少し未来が開けて来たのかと、思わず涙ぐむ望。
「おいおい、こんな事で泣くなよ。それだと俺が全快した時にはどうなってしまうんだ?」
「うん、ごめん。こんなに元気そうな旭を見るのが久しぶりだったから」
「望にも随分迷惑をかけてしまったよ。今月武道大会があるんだろう? そっちの調子はどうなんだ?」
それを聞いた望はしまった、という顔をする。それでも何とか誤魔化そうとする。実は試合に出たものの、1回戦で敗退してしまったのだ。
「あー、うん、そのまあぼちぼちかな」
「その調子だと、やらかしたみたいだな・・・・・・」
「・・・・・・うん、ごめん」
「いや、俺に謝る事なんかないさ。俺がこんな事になったせいで随分心配をかけてしまっているんだよな。むしろ謝るのは俺の方だ。本当にごめんな」
「旭は謝らなくていいんだから。それよりも早く良くなってね」
「ああ、もちろんさ。俺はさ、元気になったらスイーパーの登録をしようと思うんだ」
「スイーパー? あれって結構危険みたいだよ? この間も近くでエンボ(エンボディドモンスター)にスイーパーが殺されたってニュースが流れていたよ。親子スイーパーの父親が殺害されたって・・・・・・」
「分かっているよ。だけど、せっかくMAGICSを開発したんだからエンボを討伐したいんだ。もし良かったら望も一緒にやってみないか?」
「うーん、どうしようかな?」
「望だったらかなりいい線まで行くと思うんだけどな。なんか『鬼姫』って言われているらしいじゃないか」
「やめてよ、そんな酷い名前。誰が言ってるの?」
「ははは、秘密だよ」
「ひっどーい、そうやってバカにして!」
「やっぱり、そっちの方がいいな」
「何が?」
「最近、望が優しくってさ。いや、誤解しないで欲しいんだけど、そうやって突っかかってくるのが久しぶりだったからさ」
「あっ、そう言えばそうかもね。で、旭と一緒ならいいよ」
「何が?」
「スイーパー! 自分で振っておいて忘れるってどう言う事? だいたい『何が?』って、あたしの言い方をマネしないでよ!」
「ははは、ごめんごめん」
「そう言えばさ、うちの道場にあたし達と同学年のスイーパーが通うようになったみたいなんだ。ちょっと見てみたけど、癖っ毛で目つきが悪かったよ。でも、MAGICSを自分で作ってるんだって」
「へえ。俺の他にもそんなヤツが居たんだな。やっぱり俺も負けて居られないな」
「うん、その意気込みが大切だよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
しかし、次の日から旭の具合は極端に悪化する。起き上がる事はおろか、話す事すらままならない状態が続いた。ようやく話す事ができるようになったのは1週間程が過ぎていた。
「望、人って死んだらどうなるんだろう?」
「旭、そんな弱気になっちゃダメだよ。ちゃんと直してスイーパーになるんじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ。つい死ぬって事も考えてしまうんだよね」
「ダメだよ旭、心を強く持って! 必ず治るんだから!」
「あのさ、そうやって俺の気も知らないで能天気に治る治るって言わないでくれるかな? こっちは病名すらわからない変な病気にかかっているんだぞ?」
「ひどい!毎日こうやって励ましているのに!」
「だいたい毎日来てくれなんて言ってないよ!」
「ねえ旭、今日はどうしたの?」
「なあ、もう放っておいてくれないかな? 本当はこんなに骨と皮になった俺なんて気持ち悪いとか思っているんだろう?」
「落ち着いて、旭!」
「うるさいよ、そうやってガチャガチャしてさ。私は元気が有り余っています、みたいな。目障りなんだよ、出て行ってくれないか?」
確かに来てくれとは言われていない。だからって、あんまりな言い方なんじゃないだろうか?
望は悔しくて、寂しくて涙をボロボロこぼし始めた。
「分かったよ、もう来ないから。その方がスッキリするんでしょ? さよなら、旭!」
望は駆け足で旭の病室を立ち去った。涙でボロボロになったまま、そのまま病院の外に出て家に向かおうとする。
「本当に人の気持ちも知らないで! 旭なんてくたばっちまえ!」
でも、それを口に出した事をすぐに後悔する。
「うそうそうそ! 神さま! 今の無しね!」
どうして旭はあんな事を言ったんだろう?
望は立ち止まって考える。
ここ最近ずっと寝込んでいた旭。
すっかり細くなってしまった旭。
望は急に旭の事が心配になった。
さっきはカッとなって出てきてしまったけれど、旭に言われた事を考えてみる。
顔を合わせるたびに頑張れ頑張れとは言うけれど。
弱気になるなと励ますけれど。
原因すら分からない病気に蝕まれて行く中、一体何を頑張ればいいと言うんだろうか?
そう考えてみると、やっぱり無神経に接していたのだろうか。
幼馴染だから何を言っても大丈夫と言う傲慢な気持ちはなかったか?
このまま帰るんじゃなくて・・・・・・
「今すぐ戻ってちゃんと謝らないと!」
望は回れ右をして旭の病室へと向かった。
近しい人とは言え言っていい事と悪い事はあると思います。
果たして望は旭と仲直りできるのでしょうか。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。