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第15話 望と旭(2)

望と旭の夏の一日です。

時期的には丁度信二が女の子を助けた頃の話となります。

 8月。

 真っ青に澄み渡った空。

 ここから遠くに見えるもくもくと発達している入道雲。

 あたりに響くやかましい蝉の声。

 夏。

 (あさひ)(のぞみ)にも夏が来た。


 ここ東京は連続5日間も酷暑日が続いている。

 本来、受験生は勝負の夏と呼ばれる時期。

 しかし、中高一貫校の為エスカレーター式で高校進学ができる為、少なくとも今年は受験から無縁の2人だ。

 今は朝6時。


「旭!プールに行くよ!」


 まだ半分寝ぼけている旭が半ギレで応える。


「おい望、朝っぱらから何を言っているんだ?」


「だ・か・ら、プールに行こっ! なんだか暑いし、こんなに天気がいいんだよ? これで泳ぎに行かなくて何をするの?」


「俺はそんなつもりなんてないからな!」


「じゃあ、これを見て考えな!」


 望は今、旭の部屋に来ている。来ていたTシャツと短パンを脱ぎ捨て、中に来ていた水着を旭に晒す。望にとって最大の攻撃のつもりだった。


「・・・・・・で?」


 もう少し寝て居たかった旭は思わずぶっきらぼうに答える。旭に冷たくあしらわれた望は旭の想像外の対応にビックリした。

 普段だとすぐに反撃する所だが、今回旭にそんな対応を取られる事などまったく想像しておらず、驚きのあまり目から涙がこぼれ出た。その状態で自分なりに平静を保とうとして答える。


「うん、今の冗談だから。全然気にしないでいいから」


 望はいそいそと脱ぎ捨てたTシャツと短パンを着込み、自分の家に帰ろうとする。望を傷つけたと気がついた旭は、一気に眠気が吹っ飛び必死に望をフォローしようとする。


「望!ゴメン! 今考え事をしていた! プールだな! 今すぐ行こう! どこのプールだ?」


「大丈夫。旭の考え事を邪魔しちゃったんだよね。うん、全然気にしていないから大丈夫。また今度来るね」


 夏休みに入ってからというもの、毎日旭の部屋に来ていた望が今度また来る、等と言い出すので、旭はすっかり怖くなってしまった。


 目線が微妙に合っていない望に対し、旭は慌ててタンスから自分の水着を引っ張り出して望に見せる。タンスから一発で水着を引き当てた自分を心の中でファインプレーだと褒め称える。


「ほら! 本当は俺だっていつ望から誘われてもいいように水着を用意していたんだっ! さあ、すぐに準備して出かけようっ!」


 それを聞いた望はすっかり元気を取り戻す。


「プール、プール、嬉しいな。旭の奢り、嬉しいな」


「ふう、なんとか機嫌が直ったか」


 ボソッと呟いた旭の声に望が反応する。


「旭、今なんか言った?」


「いえ、滅相もございません!」


 旭と望は都内のとあるプールに来ている。最初はウォータースライダーに乗り、望はギャーギャー言って滑り降りて来た。旭は少々引き気味だ。


 今は波が出るプールの中。望は旭に足が届くかどうかギリギリのところまで連れて来られていて、波が来る度に飛び上がることで顔が水面下に沈む事から逃れている。

 とはいえ最初は望もそれを面白がってやっていたのだが、だんだん疲れて来たので旭の腕にがっしりしがみついて溺れるのを防ごうとした。


 旭の腕は丸太のように太い・・・・・・という訳ではないが、それなりに筋肉が付いており、望は自分にはない逞しさを感じた。

 旭としてもまた望がぴったりくっついて来る事で、それほど豊かではないとはいえ、両胸の柔らかさを意識させられる事になる。

 彼もそれなりに落ち着いているとはいえ年頃の男の子、そういう刺激に慣れている訳ではない。

 このままではプールから出られなくなる恥ずかしい事態になる予感がしたので、プールの浅瀬に移動し望を引き剥がした。


 なんとか最悪の事態を免れた、と一息ついた旭に、もっと彼にしがみついていたかった望が噛み付く。


「ちょっと、どうして急に引き剥がすのっ!」


「あのさあ、望も少しは年頃になって来た事を自覚して欲しいんだよな。俺だって、あのままくっついていられたら冷静になれないぞ」


 最初は何を言っているのか分からずにポカンとしていた望だったが、旭の言いたい事に気がついた望は顔を真っ赤にする。


「ご、ごめん。ちょっと気をつけるよ」


「ああ。とはいっても、本当は俺も悪い気分ではないんだけどな。流石にたくさん人がいるところでは照れくさいというか・・・・・・」


 珍しくしどろもどろになっている旭。そんな彼を見た望は少し照れくさく感じるも、それより何より大変嬉しかった。 彼から見て自分はただの幼馴染であるだけで、それ以上のものではないのかな・・・・・・と思っていたから。


 はっきり言われた訳ではないが、少しは脈があるのかなと思った。

 何しろ旭はスポーツ万能、成績優秀、見た目イケメンのスーパーマンだ。

 それに対して望は格闘術の嗜みがあり、運動神経は人並以上。しかしそれは女らしさからほど遠いものだ。


 彼女は絶世の美女という訳でもないし体つきがグラマーでもない。

 成績だってごく普通。彼はそんな自分とは随分差があるよな、と感じていたのは事実。

 嬉しさでニコニコしていると、旭は黙って望の頭を撫でて来た。そんな旭の行動が望をドキドキさせる。今日は望にとって最高の一日になると思った。


 昼になって、フードコートで焼きそばとお好み焼きを買ってきて2人で食べた。

 そんな何気ないやり取りをしながらも望は連と共にある未来を信じていた。

 連と一緒ならどんな事だって乗り越えられると思った。


 自分がどれだけ旭の役に立てるのかはわからないが、それでも自分のできる事ならどんな事だってしようと思った。

 そんな未来を考えると身の引き締まる思いがする。けれども、それよりも何よりドキドキしてくるし、ワクワクしてくるし、そしてとても幸せな事だと思った。


「望、何だかすごくだらしない顔をしてるぞ。ほっぺにキャベツの切れ端がついてるし」


 旭が望のほっぺたについているキャベツを彼の右手でちょいとつまんで望の口に放り込んだ。


「あっ、うん・・・・・・ありがと」


 そんな夏休みの1日がゆっくりと過ぎていく。それが一転するのはこの後の事だった。


 一休みしてからもうひと泳ぎしようとした時に空の雲行きが怪しくなり、あたりは一気に暗くなって来た。

 すぐに雨が降り出して来て、やがてそれは土砂降りに変わった。やむを得ず、ここでプールを切り上げ、早めに帰る事とした。

 

 黒く厚い雲に空が覆われてしまい、辺りは薄暗い。車が通り過ぎるたびに2人はライトに照らされる。傘を持って来ていなかったので、プールから最寄りの駅まで走っていく。


「おわっ!」


 濡れた路面に滑ったのか、途中で旭が転んでしまった。


「旭、大丈夫?」


 望は旭に手を差し伸べる。旭も望に手を伸ばし、2人はしっかり手を握った。


「ああ、ごめんな。すぐ立つよ」


 望の手を借りて立ち上がった旭。その時、望は旭の手が物凄く熱い事に気がついた。慌てて旭の額に手を当てた。


「ねえ旭、すごい熱!」


「え? そうなのか? さっきから急に疲れた感じがし始めたんだけど」


「濡れたままだと酷くなっちゃう! 辛いだろうけど、急いで駅に行くよ!」


 そのまま手を繋ぎ、望が旭を導く様な形で進む。急ぎたいけど、旭が辛そうなので走る訳にもいかない。少しの距離でもタクシーをと思ったが、あいにく流しのタクシーは通らない。


 なんとか駅へ着いた時には旭は肩で息をする状態だった。急いでさっき自分の着替えの時に使ったバスタオルを取り出す。少し気が引けたが、他に使える物がないので背に腹は変えられない。


 そのバスタオルでずぶ濡れの旭の体を拭く。

 服が湿ったままなので完璧ではないが、拭かないよりはマシだ。自分の体も拭いて、電車に乗る。

 幸い、電車では2人分の席が空いていた。そこへ座ると、旭はすぐに眠ってしまった。でも、息は浅く辛そうだ。


 望は旭の母親の(あおい)にメッセージを送り、最寄りである飯田橋駅まで迎えに来てもらうようお願いした。勿論着替えも用意してもらうようにお願いしている。

 葵からは、


『わかった、車を付けておくから駅に着いたらメッセージを頂戴』


 とすぐに返ってきた。

 途中乗り換えをして飯田橋駅に着いた。いつのまにか雨は上がり青空になっていた。あたりは蝉のうるさい声に包まれている。


 旭はとても辛そうだ。望は葵へ駅に着いた事をメッセージで知らせる。改札口へ行くと、そこで葵が待っていた。


「おばさん、ごめんなさい。旭の調子が悪いのに気がつかないまま連れ出してしまって」


「望ちゃん、それは気にしなくていいから。もう自分の体調ぐらい自分で見ないとね。それよりこちらこそ心配かけてごめんね。望ちゃんもまだ服が乾いていないわよ。病院へ行く前にあなたの家まで送って行くから、旭を連れて車に乗ってくれる?」


 望は旭を連れて葵が運転して来た車へ乗り込む。葵は旭へ着替えを渡す。辛そうにしながら着替えをする旭を望が手伝った。着替えが終わったところで車が動き出す。


 駅から望の家まではそれ程離れていない。車はすぐに望の家である本田道場に到着した。


「望ちゃん、病院に着いたら直ぐ連絡するから。疲れていないなら来てくれるかな?でも、お風呂でも入って、着替えてからにして頂戴。望ちゃんまで風邪を引いたら目も当てられないから」


「分かりました。今日はすみませんでした」


「ううん。本当に望ちゃんは気にしなくていいの。今度謝ったら怒るからね!」


「はい、ありがとうございます」


 望が車を降りると、そのまま車は病院へ向かっていった。

 望は走り去る車を見つめながら、旭の病状が深刻なものではない事を必死に祈っていたのだった。


一体旭はどうなってしまうのか?

次回もどうぞよろしくお願いします。

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