第14話 望と旭(1)
ここから何話かにわたって望と彼女の幼馴染、藤丸旭の話となります。
話は信二と望が出会った時からちょうど1年前の4月8日まで遡る。
逹芝学園中等部、1学期の最初の日。
この日は始業式のみのため、午前中で終わりとなる。
「旭、一緒に帰ろっ!」
「わかった。ちょうど昼だし腹も減ったな。望、何か食べて帰ろうか?」
「うん! 実は行ってみたかったところがあるんだ」
「ん?」
「新宿駅西口の近くに新しいラーメン屋ができたんだけど、それがすっごく美味しいんだって。どう? 興味あるでしょ?」
「まあ、それなりかな」
「じゃあ、そこに行く?」
「いいよ、そこにしよう。店の場所はわかるのか?」
「うん、バッチリだよ!」
「それじゃあ、行くか」
「うん!」
3年1組の藤丸旭と3年2組の本田望は家が近くにあり、家族ぐるみの付き合いがある。それこそ2人は赤ちゃんだった頃からの付き合いだ。
小さい頃は同じくらいの背格好だった2人だが、今では随分と背の高さに差がついて来ている。旭の身長は今では170cmを超えたところだが、まだまだ止まる気配を見せていない。顔つきも随分大人びて来ており、それでいて少年アイドルと張り合えるくらいのイケメンだ。
しかも成績も優秀で、中学校に入学してからと言うもの定期試験では1番の座を他人に明け渡した事がない。運動神経も抜群で、球技、陸上、水泳、武道となんでも卒なくこなすスーパーマンだ。
そんな幼馴染を持つ望は、旭の事を誇らしく思っているのだった。とはいえ、そんな気持ちを出すと恥ずかしいので普通に振る舞う様にしている。
「いやー、気になってはいたんだけど、このところずっと旭が忙しそうにしてるし、あたし1人でラーメン屋に入るのもちょっと気がひけるから行けないでいたんだよね」
「別に1人でいけばよかったんじゃないか? 望の親父の恵達さんとあれだけタメを張る望なら、絡まれても対処くらいできるだろ?」
「それはひどいよ、旭。ああいった男ばっかりのところに行くと、なんか凄く視線を感じて嫌なの!」
「そっか、望みたいなチンチクリンでもそういうのは気になるか」
「チンチクリンって言うな! これでも少しは成長しているんだから!」
そう言って望はまだまだ発展途上の胸を張った。
「分かった分かった。随分頑張ってるね。・・・・・・これでいいか?」
「もういい! 旭のバカ!」
すると旭は望の顔を覗き込む様にして近づき、そして右手で望の頭を撫でて来る。
「ごめんな、少しやりすぎたよ」
突然旭が接近し、大きな手で自分の頭を撫でられた事で望はドキドキしてしまう。
「わ、分かったわよ。許してあげる!」
「あ、ああ、ありがとな。で、ラーメン屋はどっちだ?」
「うん、この先を進んで左に曲がったところだよ」
暫く進んで左に曲がると、望の言った通りの場所にそのラーメン屋があった。5、6人ほど行列ができていたので、2人はその最後列に並ぶ。
旭の前に立った望はくるっと振り返って連の方を向いた。
「あのさ旭、15歳の誕生日おめでとう!」
「あ、ああ、ありがとう。急にどうした?」
「ここは誕生日プレゼントであたしの奢りね!」
「あ、ああ、ありがとう」
「あはは。さっきから『あ、ああ、ありがとう』って言ってばっかりだね。今日はたくさん食べて大きくなりな!」
「望に言われなくたってそうするさ。俺だって大人になったら親父の後を継がなきゃならないし、その前にできる事はやっておかないとならないからな」
旭の家は日本三大財閥のうちの1つ、藤丸グループを束ねている。旭の父であり現当主である藤丸翔はその先代から受け継いだ地盤をしっかりと固めつつ、さらなる進歩を目指している。そこで目を付けたのがMAGICSの開発だ。
現在MAGICSのトップシェアを誇るのは雨宮製作所だ。この会社は日本で最大の財閥である六ツ星グループとの結びつきが強く、結果今のMAGICSは六ツ星の独壇場となっている。
世界に目を向けても六ツ星グループと雨宮製作所のMAGICSはその独創性・品質・コストとも他の追随を許さない状況だ。
ちなみに三大財閥のもう1つは出海グループだ。こちらはMAGICS開発の面では藤丸グループよりもさらに立ち遅れている。
藤丸グループとしても六ツ星の牙城を切り崩そうと画策している。まず、スイーパー向けMAGICSと言う派手なものを導入して宣伝効果を高める。そうしてから視力支援モジュールや聴力支援モジュールなどの身体機能支援モジュールの販路を拡大しようとしている。
そんな中、旭は13歳のときに『ジェネレータ』という独創的かつ画期的なMAGICSの開発に成功した。
MAGICSをかけた対象者の体重に比例し発電を行うことができるというものだ。MAGICSの対象は人間だけでなく、他の動物にも適用可能であることが判明する。
翔はグループ会社の研究所に『ジェネレータ』の検証をさせたところ、牛が一番効率よく発電できることを発見する。現在藤丸グループでは北海道に『発電農場』を建設し試験発電を行っている。
余談だがLMOSではスイーパーがエンボ(エンボディドモンスター)討伐時に得られる具現化エネルギーを買い取り、電力に変換する事業を展開しており、一定量の供給を行っている。それでも日本国内の電気使用量をカバーするには程遠く、従来の発電所はそのインフラの老朽化が著しく、電力事情はまさしく破綻寸前となっていた。
そんな折、『発電農場』はすでに発電量が大規模な火力発電所に匹敵するまでとなっており、これまでの不安材料を払拭するものとして期待されている。
という感じで、旭は藤丸グループの時期当主でありながら最年少のMAGICSデベロッパー(開発者)として開発面でも多大な期待を寄せられている。
店に入った旭と望はラーメンを注文する。旭は餃子とライスも注文した。
「いいよ、どんどん頼んで」
「いいよって言ったって、これで打ち止めだよ」
そう言っていると、お待ちかねのラーメンがやって来た。見た目は普通の醤油ラーメンに見える。
少し平べったい、モチっとした食感の麺。スープは鶏ガラと魚介系が合わさっていて味わい深い出来になっている。
上に乗っているチャーシューもしっかり煮込まれていてダシの味が染み込んでいる。ぱらっとまぶしたネギがいいアクセントになっている。
奇をてらったところはないが、そのため飽きが来ず、すぐに食べに行きたくなってしまう様な仕上がりになっている。
「うん、美味しいね!美味しいよ!」
「確かに。脂っこくないからするする食べられるぞ。このスープの旨味が絶品だな。それにしても望、表現が絶望的に貧弱だな」
「うっさいな、奢ってるんだからそこは放っておいてよ」
「ははは、分かった分かった。ごめんな?」
「まあ、いいけど」
ラーメンを食べ終わった2人は店の外に出る。
「いやあ、美味かったよ。望、ご馳走さん。本当にありがとな」
「うん、どういたしまして。私の時のお返しも期待しているからね!」
「望の誕生日は12月25日だからなあ。どうしたものかな?」
「ちゃんと考えてよ! 期待しているからね!」
「そうだな、ちゃんと考えておくよ」
「絶対忘れないでね!」
「さて、熱いものを食べたから何か冷たいものを飲みたいな。望、ちょっとそこらでお茶でもしないか?」
「なにそれ旭、それって何だか下手くそなナンパ師のセリフみたいだね! あははっ」
「何だよ、馬鹿にするなら真っ直ぐ帰るぞ」
「あっ!ゴメンゴメン! 今のは無しね!」
その後2人は近くのコーヒーショップでコーヒーフロートを飲んで、しばらく他愛のない話をしてから家へ帰った。
もちろんここは旭の奢り。貰ったらすぐお返しをするというあたり、見た目だけでなく行動もイケメンな男である。
望は旭とずっとこんな感じで付き合っていくものだと思っていた。流石に大学は学力の差があるので別の所へ通うとしても、高校はこのままエスカレーター式で登っていくので一緒のところへ通うし、成人したらもしかして一緒に暮らす事となるかも・・・・・・とも思っていた。
旭と一緒になって、やがて子供も生まれて家族が増える。旭にはそのあたりどう考えているかを聞いた事はなかったけれど、少なくとも望はそれで悪い気はしなかったし、むしろそうなりたいと願っていた。
そんな望の思いに暗雲が立ち込んで来るのは、その年の夏休みが始まったばかりの頃だった。
次回も望と旭の物語が続きます。
どうぞよろしくお願いします。