第11話 父の仇
父を殺したゴブリンは一体何者なのか?
父を失った信二は一体どうするのか?
今回の内容をどうぞご覧ください。
祐輔の突然の死から1週間が過ぎた。
新宿の外れにある小さな斎場で通夜と葬儀が営まれ、祐輔は小さな骨壺に入って司馬家へと帰って来た。
リビングの脇にしつらえられた祭壇が当面の間祐輔の居場所となるのだ。突然祐輔を失った愛梨と信二であったが、悲しみや戸惑いを抱えながらも新たな生活をスタートせざるを得ないのだ。
少しづつではあるが彼らが日常に向おうとしている、そんなある日の朝。信二はリビングで目玉焼きをトーストの上に乗せ、それを急いで頬張っている。
愛梨は信二の朝食を終わるのを待ちながら朝食の後片付けを行っている。
ふと信二が朝のニュースチャンネルを見ると、祐輔がしていた腕時計と思われるものを身に着けているゴブリンが映された。
間違いない、祐輔の命を奪ったあのゴブリンだ。
『昨夜10時頃、港区でスイーパーがゴブリンと見られるエンボディドモンスターに殺害される事件が発生しました。』
「あいつ! くそっ、また出やがったのか!」
ニュースによると、Cランクのスイーパーがあのゴブリンに殺されたらしい。
殺されたスイーパーは大学に通う女性だと言う。
彼女は新しいMAGICSを開発し、まさに今日発表を行う予定であったと言う。
信二はそのニュースを聞いてふと何かが気になった。
しかし、そこに愛梨が蛇口を止めて台所からリビングにやって来たことから考える事を止めた。
愛梨がニュースを見てやりきれないような表情で呟いた。
「可哀想に。これから活躍するはずだったんでしょうに・・・・・・」
ここで画面が記者会見の場面に切り替わる。その画面を見た信二が思わず叫ぶ。
「あっ、あの人は佐藤課長じゃねーか!」
LMOSの上層部と見られる人たちが4人並んでおり、同じタイミングで一礼する。
その中には信二たちが先日会った佐藤課長も含まれている。
佐藤課長の上司と見られる男性が束になったマイクへ向かって説明を始める。
『このゴブリンは先日新宿でスイーパーを殺害している個体であると確認されました。LMOSではこのゴブリンを特異種に認定し『ウォッチマン』と命名しました。エンボディドモンスターレベルはⅢとします。一般市民の皆さん、及びランクC、ランクDのスイーパーは『ウォッチマン』と遭遇した場合は速やかに退避しLMOSへ通報願います。当所所属の高位ランクスイーパーに対して『ウォッチマン』の調査、討伐を依頼しております。討伐完了まではご心配をおかけしますが、今暫く御辛抱下さい』
「ふざけんな、何が『ウォッチマン』だ! あれは父さんの時計じゃないか! LMOSも随分ふざけた名前にしやがってっ!」
信二がニュースを見て怒りが湧きあがるが、そんな彼を見た愛梨は冷静な声でこう言った。
「そうは言ってもまずは注意喚起が大事じゃなくて? アレの存在を知っていればとっさの時に対応出来るのかも知れないわよ」
「だけど! それにしたって『ウォッチマン』だなんて酷い!」
怒りが収まらない信二に愛梨が話しかける。
「母さんだって、あのネーミングについて思うところはあるわよ? でも、見た目はほとんど普通のゴブリンなんだし、少しでも特徴を捉えるのであれば『ウォッチマン』という名前は有効なのかも知れないわ。」
愛梨は話を続ける。
「それよりももし貴方たちがアレに出会ったらと思うと恐ろしいわ。報道でもLMOSがアレの調査に動き始めているんだから、貴方はいつも以上に気を付けて頂戴ね」
それを聞いた信二が答える。
「それは母さんも一緒だろ?」
「そうね。母さんももちろん外に出るときは気を付けるわ」
「そうしてくれ。残念だけど、今の俺には奴を倒す実力がねーのはわかってる。だけど、出来れば奴はこの俺の手でっ!」
ぐっと握り拳を握り、信二が話を続ける。
「いままでは先手必勝でMAGICSを撃って来たけど、それだけだと駄目だって事がわかったからな。直接攻撃出来るような武器を買う金もねーし、格闘術がいいんじゃねーかと思ってんだ。近くの道場でいいところがないか探している所だ」
それを聞いた愛梨が心配そうな声で信二に言った。
「信二、くれぐれも無茶はしないようにね?」
「もちろんだよ。折角父さんに救ってもらった命、絶対無駄にはしねーよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
2件目の『ウォッチマン』の報道から数日が過ぎたある日の朝。ニュースで『ウォッチマン』による3件目の被害者が出たとの報道があった。
今度の被害者は40代男性スイーパーだという。
「また出やがった! しかし、人を殺してすぐ消えちまうんだから、どうやったら奴の尻尾をつかめるんだ?」
信二はニュースを見て憤っている。もちろん、愛梨も気持ちは一緒だ。
その日の夕方、愛梨と信二が家へ帰って来て暫く経った頃にインターフォンを鳴らす音が聞こえた。
愛梨がインターフォン越しに玄関を確認すると、そこにはLMOSの佐藤課長の姿があった。
1週間程前に彼女から訪問の連絡があったのだが、時間通りぴったりだ。彼女の几帳面な性格がうかがい知れる。
それを見た愛梨は佐藤課長を家の中へと案内する。
リビングに通された佐藤課長は、案内された椅子に座るなりこう言った。
「本日はお時間を頂きましてありがとうございます。ゴブリンの異常種の件と、司馬さん達の今後のことでご説明させて頂きます」
話を進めようとした佐藤課長に対して信二が口を挟む。
「なあ佐藤さん、あの異常種が『ウォッチマン』だなんて納得行かねーよ。おふざけが過ぎるんじゃねーか?」
「申し訳ございません。ネームドモンスターの命名については、多くの人に対して最もインパクトを与える事が出来る名称とすることが通例です。今回も、弊所の会議において賛成多数にて決定したものです」
「そんなの説明になってねーよ。どうして俺たちの神経を逆撫でするような事をするんだ?」
その時愛梨が信二に向かって声をかける。
「信二、そのくらいにしておきなさい。佐藤さんの立場も察しなさい」
そう諫められた信二がテーブルの上で両手を合わせている佐藤課長の手を見る。
彼女の両手は強い力で握りしめているらしく、指先の色が少し変わっている。
平静を装っている彼女の顔を見ているだけでは気が付かないが、ここへ来るのに相当な覚悟を持って来ているようだった。
そのことにようやく気が付いた信二は姿勢を直して改めて口を開く。
「佐藤さん、ゴメン。俺も熱くなっていたみてーだ」
信二の言葉に愛梨はすぐに信二を叱る。
「信二、すみませんでしょ?」
「す、すみませんでした」
信二は少し恥ずかしそうにしながら佐藤課長に謝罪した。
「お心遣いを頂きまして大変恐縮ですが、どうかお気になさらず。大変不快な思いを強いてしまったのは私どもの方なのですから」
これを聞いた信二がさらに口を開こうとするが、愛梨が信二の口を塞いで言った。
「こちらこそお気遣いいただきありがとうございます。あのモンスターの名前の件は結構です。それより、もう一つの話を伺ってよろしいでしょうか」
「ありがとうございます。それでは、もう一つの話をいたします。祐輔さんの補償の件についてですが、活動中に殉職されたスイーパーの御子息については、大学卒業までの学費について無利子・無担保で貸与させていただく制度がございます」
「なんだ、くれるんじゃねーのか」
「こら、信二!」
「お構いなく。学費は貸与となりますが、スイーパー活動による収入分は貸与分から差し引かれる事になっています」
「おいおい、それじゃ強制的に返済させられるだけじゃねーか。父さんが死んでベーシックインカムが減ってしまうんだ。スイーパーの収入から天引きになっちまったら俺たちたちまち干上がってしまうじゃねーか?」
「いえ、そうではありません。エナジーシリンダー買取などの報酬はお渡しします。その上で報酬分と同額を貸与分から控除するという仕組みです」
「じゃあ、俺が学校に通っているうちは報酬が倍になるのと同じじゃねーか?」
「その通りです。在学中のスイーパー活動となる分、なるべく負担を軽減出来るようにする仕組みです」
「他に条件はねーのか? 例えば学校を卒業した後の就職先がLMOS一択になるとか」
「ございません」
「わかった。条件は悪くないみてーだけど・・・・・・母さん、どう思う?」
「スイーパーを続ける必要があるというのが気になるけれど。佐藤さん、もし信二がスイーパーを辞めた場合ははどうなるのかしら?」
「その場合、学費は卒業された後に返済義務が発生します」
「わかりました。信二、心配ではあるけれど、ここはあなたの思う通りにしなさい」
「それなら当然スイーパーを続けるよ。でも佐藤さん、スイーパーを続けるなら、もっと俺自身が強くならないと。何か体を鍛える場所はねーかな?」
「ご判断、ありがとうございます。体を鍛えられるのであれば千駄ヶ谷にある『本田道場』が良いと思います。そこでは徒手格闘術の指南をしており、対人・対エンボのどちらにも対応出来るようになると言われています。よろしければ紹介状を準備いたしますがいかがですか?」
「もちろん頼むよ。それじゃ決まりだな」
「わかりました。申請書類をお渡ししますので、郵送で構いませんのでご提出下さい。本田道場の紹介状もすぐに準備します」
「あとさ、佐藤さんに渡しておきたいものがあるんだ」
「どのようなものでしょうか」
信二はデータカードを自分の机の引き出しの中に閉じているファイルから取り出し、佐藤課長に渡す。
「『サーチ』のソースコードだ。これがあれば、今より安全にエンボを討伐できるはずだ。是非スイーパーのみんなに広めて欲しい」
「よろしいのですか? MAGICSの著作権を放棄する事になりますよ?」
「構わねーよ。これはもともと父さんと話して決めた事なんだ。エンボに殺される被害者が1人でも減れば父さんも喜ぶと思うんだ」
「わかりました。それでは頂戴します」
信二が公開した『サーチ』のおかげで、スイーパーの遭難事故は各段に減少する事となるのであった。
信二は正しい事と考えた事を実行し、また自らを鍛えるため行動を始めます。
次回はそんな信二に新たな出会いが。
どうぞ次回もよろしくお願いします。