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第10話 遭難(3)

今回は一部残酷な表現がありますのでご注意下さい。

 佐藤課長が飯山に動画の再生を指示する。

 祐輔の最期の様子が映し出される。


 ゴブリンは後ろから羽交い絞めしようとしている祐輔の顔面めがけてジャンプし頭突きを食らわす。不意打ちを食らった祐輔は思わず両腕の力を緩めてしまう。

 その隙にゴブリンが祐輔の手を降り解き、数メートル離れた場所まで飛び跳ねるように移動し、そこで改めて祐輔と対峙する。


 祐輔はすかさずMAGICS(マジックス)の発動準備に入る。ターゲッティングを行った事により、ゴブリンの体が一瞬白く光る。

 しかしゴブリンは構うことなくボロボロに見える剣を構え、祐輔に飛びかかって剣を振りかぶり、右上から左下に振り下ろす。

 MAGICSのチャージに集中し動きが取れない祐輔はその剣戟をもろに食らい、鮮血をまき散らしながら真後ろに倒れ込んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 衝撃的な映像を見た愛梨が思わず叫ぶ。

 しかし、本当の惨劇はここからだった。

 ゴブリンは仰向けに倒れ込んだ祐輔へ馬乗りになったかと思うと、ボロボロに見える剣を祐輔の腹に突き刺した。

 その瞬間、祐輔の体がビクッと跳ねる。それからゴブリンは剣を抜いては刺し、刺しては抜いてを何度も繰り返した。その度に祐輔の体はビクンビクンと跳ねたが、だんだんその動きは弱くなり、やがて剣がその体に突き刺さっても何の反応も示さなくなった。


「酷い、なんて事・・・・・・ああ祐輔さん、痛かったでしょう、苦しかったでしょう・・・・・・あぁぁぁぁっ!」


「何でだよ! 何でこんなことになるのか分かんねーよ!」


 愛する人に対するあまりにも酷い仕打ち。2人は思わず声を上げてしまう。しかしまだこれでは終わらない。


 何度剣を突き刺されてもピクリともしなくなった祐輔に興味を失ったのかゴブリンは立ち上がり祐輔から離れようとした・・・・・・かに見えたが、ゴブリンは剣を振り上げ、祐輔の首元目掛けて躊躇なく振り下ろす。音は聞こえるはずもないのに、「スパン」という幻の音が2人の頭に響き渡る。

 祐輔の首はくるくると回転しながら放物線を描きながら飛んでいき、ボトりと道の上に落ちた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 2人は泣きながら絶叫した。

 信じられない。

 ゴブリンに敗北するだけでは足りず、まさか首を刎ねられてしまうとは。

 しかし、ゴブリンの悪魔の様な所業は続く。


 ゴブリンは立ち上がり、祐輔の左手にはめていた銀色の腕時計を外し、自分の左手にはめた。そして自慢気にこちらの方、つまり監視カメラを見てVサインを出した。


「チックショォォォ! 殺す! 絶対あいつを殺す!」


 信二は暴れ出し、頭の中に展開されているゴブリンが目の前にいるのと錯覚しているのか何もない空間に殴りかかろうとして、それを愛梨に止められた。


 ゴブリンは祐輔の頭を拾う。その瞬間、ゴブリンは体が光り出し、その光が消えるとともに祐輔の頭部と共にその姿が消えた。


「えっ? 祐輔さんは?」


 愛梨が立ち上がる。


 映像には、祐輔の首のない遺体が残っていた。


 どうやら動画はここまでの様だ。

 飯山が情報共有端末のリンクを解除した。


「ご主人のご遺体はLMOS(エルモス)まで搬送しております。愛梨さん、信二さん。祐輔さんとご対面なさいますか?」


 佐藤課長が何の感情もこもっていない声で愛梨と信二に問いかける。


「おい! 何でそんなに他人事なんだよ! 父さんがあんな事になっているのに!」


 信二が熱くなって佐藤課長に突っかかっていくが、愛梨がそれを住んでのところで止める。


「信二! やめなさいっ! 佐藤課長の立場を考えなさい!」


「だって、この人は血も涙もないロボットみたいなんだぜ! あんな目に遭った父さんのことをまるで割れた皿を片付けるみたいに・・・・・・」


 愛梨は信二の頬をパチンと張った。


「痛えっ、何すんだよ母さん!」


「信二、落ち着きなさい! スイーパーになる以上、こういう事態になりえることだって知らなかった訳ではないわよね? これ以上佐藤課長を困らせるんじゃありません!」


 しかし信二はなおも佐藤課長に突っかかろうとするが、佐藤課長の姿を見た途端その動きをピタッと止めた。彼女は両手をぐっと握りしめ、両肩を強張らせている。事務的に対応しているのは、そうしないと彼女の方が崩れてしまうから。

 大変な目に遭った家族を前にして彼女が先に崩れ落ちてしまう訳にはいかない。2人のことをしっかり支えなければならない。信二は彼女からそうした決意を感じとり、牙をむくのを止めた。


「・・・・・・ご、ゴメン」


 佐藤課長に頭を下げて謝罪した信二はいったん自分の席に座る。


「信二・・・・・・」


「それにしても何なんだよ、アレ。父さんがとっさに俺を逃がしてくれなかったら、きっと俺も父さんと同じ目にあっていたんだろう?」


 信二はそう言うと自分の両手をぐっと強く握りしめる。


「母さん、俺さ・・・・・・」


 信二はそう言ったきり黙りこむ。そして暫くしてから覚悟を決めたように話し出す。


「俺さ、あの映像を見て、ほっとしたんだよ。自分は首を刎ねられずに済んだって。許せねー、ぜってー自分が許せねーよ。父さんがあんな目に遭ったのに。それなのに・・・・・・そうだよ、俺はただの役立たずだ」


 信二が握りしめた両手の拳がぶるぶる震えている。


「信二・・・・・・」


 愛梨はそんな信二の手を取り、それから信二に優しく話しかけた。


「信二、あなたは役立たずなんかじゃないわよ。ここにこうしていてくれるだけで充分よ。もし信二もあちら側に行っていたら、それこそ母さんは耐えられないわ」


「母さん・・・・・・」


 信二はそれだけ言うと頭を下げ、両手の拳をぎゅっと握りしめた。

 それを見た愛梨は佐藤課長に顔を向ける。


「佐藤さん、すみませんでした。それでは主人のところへ案内いただけますか」


「分かりました。それでは参りましょう」


 愛梨と信二は飯山に軽く会釈をし、佐藤課長の後をついていく形で部屋を出た。佐藤課長の後ろを2人が横に並ぶ形で進む。

 一行は階段を降りて地下へと降りていく。

 

 地下と言っても1階と同様、LED蛍光灯の光が明るく照らしている。それでいて陰気な雰囲気を持つ廊下を佐藤課長は進んでいく。辺りには彼女のハイヒールが『カツ、カツ』と硬質な音を響いている。

 信二はやがてやって来る望まぬ対面のことを考えては心を重くする。彼は何となく母親の顔を見る。

 愛梨は息子の不安そうな目線に気が付き、彼の肩の上に小さな手を置く。

 何となく嫌な雰囲気をまとった廊下を進む一行。

 まるで無限廻廊を進むような感覚を覚える。

 階段を下りてどのくらい進んだのか。

 ほんの数秒しか過ぎていないのか、もう何日も歩き続けているのか。

 時間の感覚がおかしくなっているような気がする。


 やがて佐藤課長は両開きの扉の前で歩みを止め、愛梨たちの方を見た。

 信二は扉の上に『霊安室』というプレートがついているのを確認した。


「こちらです。お入りください」


 佐藤課長が片方の扉を開いて愛梨と信二を通す。

 部屋の中は薄暗くなっており、奥に簡単な祭壇があり、線香の煙とお彼岸の時にしか嗅いだことのないあの香りが広がっている。

 祭壇の手前には寝台がおいてあり、その上に白い布がかけられている。

 白い布は人型のような形に盛り上がっている。その盛り上がりは入り口の方に向って2つに分かれている。そうか、入り口に足が向けられているんだ。祭壇に頭が向いているんだ。

 頭・・・・・・そう、父さんの、頭。


 愛梨は寝台を挟んで左に、信二は右に分かれて部屋の奥へと進む。佐藤課長はそれを見ながら部屋に入り、扉を閉める。


「佐藤さん、ここに祐輔さんが?」


 恐る恐る、といった感じで佐藤課長に確認する愛梨。


「はい。どうかご確認ください」


 務めて感情を殺してそういう佐藤課長。愛梨と信二はお互いを目を見て頷き、祐輔を隠している覆いを外す。


 ・・・・・・やっぱり、駄目だった。


 愛梨と信二はその場で金切り声をあげ、そして嗚咽を始めた。そこに横たわっていた首のない遺体は、つい数時間前に家を出たときに着ていた服と同じものを身につけていた。

 右手の親指の辺りに、祐輔が小学生の時につけたと話していた傷痕があった。

 左手の薬指には、愛梨がつけているそれと同じ形の指輪がはめてある。

 それは顔が分からなくても間違いなく祐輔であるということが分かってしまった。

 祐輔と愛梨、そして信二の慎ましくも幸せだった生活は、こうして突然終わりを迎えたのだ。


 佐藤課長はそれを見て声をかけるでもなくその場にただ立っていた。両手を強く握りしめ、しかしそれでいて何の感情も出さないよう細心の注意を払い、彼らのことを見つめているのだった。

大事な人を失った信二はどのような行動をとるのか。

次回以降もご覧頂ければ幸いです。

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