第1話 スイーパー親子鷹(1)
本日2話目、本編1話目です。
よろしくお願いします。
「行ってきます」
「時子ちゃん、いってらっしゃい」
両津時子は叔母、秋山由季に見送られて東京・新宿の近くにある親戚の家を出る。
真っ青に澄み渡った青空、シュワシュワというセミの声。
高層ビルの向こう側にはムクムクと入道雲が湧きあがっているのが見える。
時子はあまり人混みの多い所は気疲れしてしまうので、大きな道から一本外れた道を進んでいる。
今は午前8時半。それでも気温はすでに35℃に達しようとしている。
「はぁ、今日も朝から暑いですね・・・・・・東京は8月に入って昨日まで3日連続で酷暑日、どうやら今日で4日連続になりそうです」
西暦205X年の日本。
数年前から気象庁では最高気温が40℃を超える日の事を『酷暑日』と定義する事になっている。
時子はそんな中、高校受験に向けた夏期講習会の会場へと向かっていた。
極度のド近眼で分厚い眼鏡をかけ、2つ結びのおさげにした地味な恰好。背は150cmくらいで手足も棒のように細い。
白のポロシャツにピンク色のショートパンツと白のスニーカーに大きな学習カバンという格好は小学校6年生くらいの女の子といった見た目であるが、これでも中学3年生だ。
「それでもお父さん、お母さんが無理して送り出してくれたんだから、頑張らなくちゃ」
彼女は新潟県のとある町に暮らしている。
だが成績優秀な時子の将来を考えた両親は東京に暮らしている母方の親戚の家を頼り、こちらの夏期講習へと通わせているのだ。
そんな時子が進む方向に突如異変が起こった。
『カッ!』
あと数分で講習会の会場に到着できるというところで、時子の行く手を遮るように3つの光の柱が現れる。それはすぐに消え去り、代わりに小学校低学年くらいの大きさである人型の怪物が3体現れた。
背は小さいが、目は異様に吊り上がり、鼻はおとぎ話に出てくる魔法使いのように尖っている。何より先の尖った耳元のあたりまで裂けた大きな口からは何本か抜け落ちてガタガタになった歯が見えており、可愛さのかけらもない醜い存在だ。
4本の指からは尖った長い爪が伸びており、腕を振り回されると大怪我をするのは間違いなさそうだ。3体ともみすぼらしいボロボロの布切れを身に着けている。
「あれは・・・・・・ゴブリン? そんな・・・・・・」
RPGなどのゲームで序盤に登場するモンスター、ゴブリン。現実世界へと出現するようになったモンスターは『エンボディドモンスター』、通称エンボと呼ばれている。
10年前に『大暴走』と呼ばれる事件が発生。それ以来エンボの発生により物的・人的被害が恒常的に発生する事態となった。
エンボによる被害のことを称して『エンボ禍』と呼び、日本全国で見ると1日に数十人の死者とさらにその数十倍の怪我人が発生している極めて深刻な社会問題の1つとなっている。
「同時に3体のエンボなんてそんなこと・・・・・・今朝のニュースではエンボ禍の死者は最近減少傾向にあるって・・・・・・」
ゴブリンは危険度レベルⅠに属する最弱の部類に入るエンボだ。
最弱とはいえ決して侮れる存在ではない。それでも華奢な体の時子であっても対抗する方法が1つだけ存在する。
時子は3cmくらいのカプセル型で虹色に輝くペンダントをを握りしめる。
「お父さんに貰ったこの護身玉なら・・・・・・」
時子は護身玉と呼ばれたカプセル型のペンダントを首から引きちぎろうとして、そして思いとどまる。
護身玉は一般市民がエンボに襲われたとき、対抗するための唯一の手段だ。
安全ピンを抜いてエンボに投げつけると小規模の爆発を起こすようになっている。
しかし、これまでエンボは単体で出現する事がほとんどで、同時に3体出現するのは聞いた事が無い。
それゆえに時子は護身玉を使う事をためらってしまう。
「でも、これはエンボ1体分の威力しかないものですし・・・・・・やっぱり早く逃げなくちゃ!」
時子はいままで歩いてきた道を引き返すように走り始める。
「せめて家の中に入ることができれば、何とかなるはずっ!」
「グ、グギャギャッ!」
ゴブリン達は何かを叫びながら走り始めた時子を逃すまいと彼女の後を追い始める。
「こ、怖いっ! 誰か、たすけてっ!」
必死で走る時子の後ろを3体のゴブリンが追いかけていく。
どうやらゴブリン達は本気で走っている訳ではなく、獲物をじっくりと追い詰めて行くように彼女の後を追っていく。
「ギャッ、ギャッ、ギャッ!」
ゴブリン達はまるで彼女をからかっているかのような声を出し、徐々にその距離を詰めていく。
「はっ、はっ、助けっ、きゃっ!」
しかし運動が得意でない時子は何もないところで躓き、転んでしまう。
「ギャッ、ギャッ、ギャーッ!」
追いついたゴブリン達は時子を取り囲み、大騒ぎしている。
命がけの鬼ごっこはどうやらゴブリン達に軍配が上がったらしい。
「い、いやーッ、誰か、助けてーッ!」
思わず叫んだ時子。その正面にいるゴブリンが、長く鋭い爪をもった右手を振り上げ、時子目掛けて振り下ろそうとする。
時子は両手で顔をおさえた。
その瞬間、時子から見て左の方から何か大きな塊のようなものが飛び込んできて、ドスッと右手を上げたゴブリンに衝突したように感じた。
「グビッ!」
その衝撃でゴブリンはどうっと吹き飛ばされた。
「間一髪ッ!」
時子が顔を見上げると、癖ッ気が強い髪の毛の少年が1体のゴブリンをすっ飛ばしたあと、グルンと地面を1回転しその場に起き上がる所が見えた。
時子が塊だと思ったのはその少年だったらしい。
白い丸首のTシャツ、膝に穴の空いたジーンズ。
胸元には小さく銀色に光る金属プレートのついたネックレスが見える。
腰には銀色の筒がぶら下げられている。
足元は履き古されている青いスニーカー。
Tシャツの胸元には白い色をした箒型のバッチがついている。
目元が吊り上がっていて獰猛な雰囲気を纏っているが、まだ少し幼さが残っている。だいたい時子と同じくらいの年齢だろうか。
そう思って時子が少年を見ていると、さらにもう一体のゴブリンが吹っ飛ばされる。
どうやら少年には仲間がいるようで、その人物が二体目のゴブリンに体当たりしたらしい。
「父さん、ナイスだっ!」
少年が叫ぶ。
時子がもう一人現れた人物を見る。
こちらも癖ッ気のある髪で、少年より少しだけ背が高そうに見える。
緑色のポロシャツとグレーの短パン。
少年と同じくポロシャツの胸元に白い箒型のバッチと金属プレートのネックレスが光り、腰には銀色の筒がぶら下がっている。
優しそうな目元は少年とは異なっているが、それ以外の顔の輪郭や鼻、口元等は少年と同じような印象を受ける。
「信二ッ! 気を抜いちゃだめだぞっ!」
「ああ、分かってるよ!」
次話も投稿します。
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