前世と今世と
「やっぱりみんな綺麗な顔立ちだなぁ〜……」
さすが、君色のゲーム舞台の中だ。
髪色も瞳の色も様々で、目鼻立ちも幼いながらに整っている子がたくさんいる。
美男美女に将来なるであろう金の卵が、教室、廊下、クラスメートの輪の中にいるとは、実に感慨深い。
新入生代表を務めた蒼木 戒くんも、冷静なところはあるが、濃紺の髪に藍色の瞳が映える美男子だ。
記憶は確かではないけど、蒼木 戒……攻略対象の一人だった気がするんだよね。生い立ちも物語も思い出せないけれど。
乙女ゲーム補正か、わたしの容姿も前世より遥かに可愛くなってる気がする。
外をのぞき込もうとするしぐさをすれば、黒髪のショートヘアの少女と目が合う。
前世では考えられない、カラコンなしの群青色の瞳をした少女、目鼻立ちもくっきりしている所謂美人さんだ。黒髪なのが残念だけれど、日本人のわたしとしては寧ろ違和感なしで大満足だ。
当社比70%増し位には可憐な容姿になった自分の姿が、窓ガラスに映っていて――思わず目を背ける。
席順はいたってシンプルで、窓側の席から名前順だ。
必然的にわたしははじめの方になるので、蒼井と蒼木の席は前後という形に。
ひとつ後ろの席――新入生代表を緊張感なく堂々たるスピーチで終えた蒼木 戒くんの周りにはいつも人だかりが。
女の子たちだけでなく、同性の男の子たちからの人気も高いみたいで、こういう人を人気者というんだろうな~と、感じる日々である。
そして、優しい両親。真面目そうに見えて意外と涙もろいお父さん。しっかりしているけど、娘には優しいお母さん。一人娘のわたし。蒼井家の日常は、なにものにも代えがたい。
学校から帰宅すると、母の美味しい手作り料理がまっている。
父は、学校での何気ない出来事を聞いては感情移入して表情をコロコロ変えながら、終始飽きずに最後まで聞いてくれる。優しい家族だ。
何気ない日常が、【君は何色を選ぶ?】――略して君色の世界にわたしは生きてるんだと実感させられる。画面越しに攻略していた前世とは違うんだ……と。
「海さん、ごきげんよう」
ある日の下校前の時間。
「麗華さん、入学式以来ですね!お元気にされていましたか?」
「わたしは、大丈夫ですわ。ただ、その……友人の様子が最近、ちょっといつもと違って戸惑っていますわ」
入学式の自己紹介以来の薔薇園 麗華さんは、あの時の華やかなイメージが薄れて少し目の下に隈が浮かび、疲労困憊といった様子でわたしに語りだす。
「もしかして、あの時一緒にいた方のことですか……?」
「えぇ……」
麗華さんは、力なく頷く。
わたしの教室がA組。麗華さんとそのご友人の教室はB組。
「彼女、春瀬 香澄とは、昔からの親友で親同士も仲が良くて、かけがえのない友人です……でも、最近、彼女がわたしのことを避け始めて――」
「きっかけとかいつからそうなったかは覚えていますか?」
「きっかけは、わかりませんわ。気づいたら、そうなっていました。時期的には、ちょうど先週の月曜日からだったと思いますわ。普段は、笑顔がよく似合う子なのに笑うことも、挨拶もしなくなってきて……」
「ふむふむ……」
「次第に学校で過ごすのも憂鬱になってきたところで、海さんなら相談にのってくれるかなと、思いまして」
「……無理して笑う必要も、無理して取り繕う必要もないですよ。泣きたいときには泣けばいいし、悩み事があったらはきだすことも大事です」
「ありがとう……ございます…………っ」
わたしは普段持ち歩いていたハンカチをそっと麗華さんに差し出す。
彼女は、感極まって眦から溢れ出るとめどない涙を拭う。
あぁ、懐かしいな……この感じ。
よく失恋した友達を宥めるときにわたしが話をうんうん聞いては、最後には満足そうに笑っていた記憶が。
「わたし、諦めませんわ! 香澄さんの気持ちを取り戻すために……いいえ、わたしが心の底から笑えるように、自分の気持ちを隠すことをやめようと思います」
「その意気です!香澄さんもきっと麗華さんのことを忘れたわけでも、ましてや友達をやめたわけでもありません。親友の絆なんてそう簡単には壊れたりしないんですよ?」
「では、わたし達は今日から親友ですわね!」
「そうそう!」
「「香澄さんを取り戻すぞー!おー!!」」
麗華さんという心強い親友ができた歴史的瞬間。
わたしは、ここが乙女ゲームの世界だと思いつつも、中身は25才OL【女性】の逞しい精神力で、次々と乗り越えていく序章に過ぎない。
着々と周りのキャラと交流を深めていくうみちゃんです。