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海辺にて









 「・・・・・最近、ロヴィを街でよく見かける、という話を聞く。一緒に居るのは、俺ではない男性だ、とも。それに・・・その男性と、かなり親し気だ、とも」


 その日。


 久しぶりに遠出をしよう、と言われ訪れた海岸で、ヴィルヘルムが苦い顔で言うのを、ロヴィーサは不思議な思いで聞いた。


 まるで、婚約者の浮気を疑うような発言だが、それはヴィルヘルムにとって好都合の筈、と首を傾げ考えたロヴィーサは、とりあえず真実を告げる。


 「それは、兄さまね」


 「え?エルネスティ、か?」


 余程驚いたのか、ロヴィーサの答えを聞いたヴィルヘルムが大きく目を見開いた。


 そうすると、幼い頃の顔立ちを思い出す、と懐かしく感じながら、ロヴィーサは、こくりと頷く。


 「そう。最近、よく一緒に行動しているから」


 近く営業を開始する店は、エルネスティとロヴィーサの共同経営、ということで話が決まった。


 大元の事業主は大きな商会を持つふたりの父、クラミ伯爵で、新規店の経理は主にエルネスティが担当し、ロヴィーサが商品を開発、制作する。


 なので、と当然のようにエルネスティは自分に一任されていた権利をロヴィーサと二分したい、と父クラミ伯爵に申し出た。


 ロヴィーサは、共同経営でなくとも、と辞退したけれど聞いてはもらえず、それどころか、エルネスティは、ロヴィーサがより働きやすいように、と店舗の奥に広い作業場まで設けてくれた。


 初めて作業場を見た時は、その広さに眩暈がしたロヴィーサだが、当然の先行投資だと言って余裕の表情を見せる父と兄に、ロヴィーサは改めて気持ちを引き締め、この事業に取り組んでいる。


 結果、エルネスティと頻繁に出歩いている、のだが、ロヴィーサは、まさかそれが噂になっているなど思いもしなかった。


 しかも、兄妹で歩いているにも関わらず、まるで不貞をしているかの噂に悪意を感じ、ロヴィーサは眉を顰める。


 「そうか。エルネスティなのか。なんだ、そうか。余りに意味深に言うから・・・なんだ、そうなのか。良かった。本当に良かった」


 ロヴィーサがヴィルヘルムではない他の男としばしば出かけている、という噂を聞いて気が気では無かったヴィルヘルムは、その相手がロヴィーサの兄であるエルネスティだったという事実に心の底から安堵した。


 「へんなヴィル」


 難しい顔だったものが安堵の表情になり、そして一気にいつもの表情へと変わったこと。


 それ即ち、噂が真実ではなく、街歩きも不貞などでなかったことを残念に思っている様子が微塵も無いことを不審に思いつつ、ロヴィーサは、そのヴィルヘルムの笑みに心が和むのを感じ、先ほど感じた嫌な感じが浄化されるような気持ちを覚える。 


 「安心しろ。誤解をしている連中にも、ロヴィは兄妹で街歩きをしているだけだった、と伝えておくから。もちろん、噂の根源にもきちんと忠告しておく。嫌な思いをさせて悪かった」


 頭を下げつつ言ったヴィルヘルムは、その噂の”根源”を思い出し、必ずきつく忠告しようと心に決めた。


 その”根源”は、エルネスティの事を知っており、彼がロヴィーサの兄だということも知っている人物なのだから。


 「ううん。ヴィルが謝ることじゃないもの」


 心からそう言ったロヴィーサと微笑み合い、手を繋いで海岸を歩けば、優しく穏やかな気持ちが満ちて、とても幸せな気持ちになった。


 海は静かに凪いで、波音が優しく響いている。


 空は青く、水平線を見れば空と海が一体化しているようにも感じられ、ロヴィーサは心が洗われるような爽快感を覚え、隣を歩くヴィルヘルムを心からの笑顔で見つめれば、その優しい瞳がロヴィーサを見つめ返す。


 「気持ちのいい風だな」


 肩ほどの美しい金色の髪を幅広の布で結んでいるヴィルヘルムは、前髪を風に靡かせ、凛とした雰囲気を漂わせている。


 その姿は、理想の貴公子、と謳われるに相応しいとロヴィーサは思う。


 「ロヴィは、きっともっときれいになるな」


 思わず見惚れていると、突然ヴィルヘルムにそう言われてロヴィーサは思わず立ち止まった。


 「それは、ヴィルでしょ」


 一体何を言い出すのだ、とロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムが眩しそうにロヴィーサを見る。


 「いいや。ずっと見て来た俺が言うんだから、間違い無い。来年にはもっときれいになっている。だって、毎日きれいになっていくからな、ロヴィは」


 照れた感じではあるものの、ヴィルヘルムにロヴィーサを揶揄する様子はない。


 「いや、だからそれはヴィルだ、って。既にして、理想の貴公子、って二つ名持っているじゃない。女の子たちにも評判いいし」


 密かに、とは言え好きな相手に真顔で、もっときれいになる、などと言われ、溢れ出す嬉しさを隠すかのようにロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムの顔が判り易く歪んだ。


 「その言われ方は、好きじゃない」


 「え?そうなの?女の子たちは、みんなそう言ってうっとりしているけれど?」


 だからきっと、ヴィルヘルムが密かに恋する相手だって、憎からずヴィルヘルムを想っているだろうに、とロヴィーサは思う。


 「その他大勢・・・周りに言われても、ちっとも嬉しくない」


 周りが、自分の容姿の事で騒いでいることは知っているヴィルヘルムだが、そもそもロヴィーサにしか興味が無い。


 彼女がそう思ってくれなければ、ヴィルヘルムにとっては意味が無い。


 「ふうん。なんか、勿体ない」


 「何がだ。大体、俺の婚約者はお前だろうが」


 「それは、そうなんだけど」


 今は、でしょ?


 とは心のなかだけで付け足したロヴィーサは、ヴィルヘルムが心のなかで『お前にとっての理想の貴公子はどんな奴なんだ』と問いかけ、それを音にしないよう、ぐっと呑み込んだことを知らない。






お互いに、可愛い、格好いい、と思い合っているカップルです。


 

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