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不要の決意









 「ヴィルの胸像・・・いいかも」


 教会で、孤児院の子ども達や近所の子供たちと共に絵を描き、簡単な木彫り人形を作って遊んでいたロヴィーサは、ふと思いついて呟いた。


 婚約を破棄されることになって傍にいられなくなっても、そうすればヴィルヘルムを偲ぶよすがにもなるに違いない。


 本当なら、本物と同じように動くヴィルヘルム人形を造れれば一番なのだが、それでは犯罪の域にも達してしまうため不可能。


 けれど、胸像なら何ら問題は無い。


 本人にばれなければ。


 これは作るしかない、と思いついてからのロヴィーサの行動は早く、早速その日、両親に頼んで彫刻の教師を頼むと、基礎からきちんと学び始めた。


 そして教師も驚く才能を見せたロヴィーサは、すぐに色々な素材や道具を自在に扱えるようになり、然程時間も経たないうち、念願のヴィルヘルムの胸像に着手できることになった。


 まこと、愛の力は偉大である。


 「胸像、といっても、余り大きなものは駄目よね。どうしようかな」


 最初は、自室に置くくらいの大きさ、と考えていたロヴィーサだが、そうするともれなく家族や使用人、訪ねて来た友人などにばれてしまう。


 今はそれでも構わないが、やがて婚約破棄となった折には不都合が生じることになりそうだ、とロヴィーサはひとり考え込んだ。


 それに、できればずっと手元に置いて、持ち運びも出来るようなものがいい、と思考を巡らせていたロヴィーサは、ふと視界に入ったペーパーウェイトを見て、にやりと笑った。


 「ペーパーウェイトなら、持ち運びも出来るし、最高」


 そうして、ヴィルヘルムの胸像ペーパーウェイトを作る、と決めたロヴィーサだが、それはとても難航する作業となった。


 まず、一般の胸像よりずっと小さい為、固定して作業するのも難しく、そのうえ顔の造形など神経を使う細かな作業が続く。


 最初は上手くいかず、嘆くことも多かったロヴィーサだが、やがて愛用の道具を巧みに扱って満足のいくペーパーウェイトヴィルヘルムを造りあげた。


 「やったわ」


 七色に輝く石で彫られたヴィルヘルムはとてもきれいで、ロヴィーサはうっとりとそれを眺める。


 「ヴィルは、恋するひとと上手くいっているのかな」


 会う回数を減らそう、と宣言してからも、ヴィルヘルムは月に二度は必ずロヴィーサを誘うし、折々の花や贈り物も届く。


 それに対して、ロヴィーサもヴィルヘルムにお返しをするし、手紙の遣り取りもある。


 そして、月に二度の誘いならば、と断ることもなくなった。


 「ヴィルって、まめよね。それに、家が決めた婚約者である私に対しても誠実。ほんと、ヴィルの秘密の恋を知らなかったら、私も未だに勘違いしてただろうな。でも、相手のひとはどう思うんだろ。まだヴィルの片想いだから平気なのかな」


 密かに想う相手がいるのに、公の婚約者であるロヴィーサのことも蔑ろにしない。


 そんなヴィルヘルムは、茶会やパーティでもロヴィーサのことをきちんとエスコートしてくれるし、その最中にも、ロヴィーサ以外の女性に目を奪われるようなことは無い。


 むしろ、共通の友人も多いことから、ふたりはかなりの確率でずっと一緒に行動している。


 そんな状態で、世間はまさかヴィルヘルムが、ロヴィーサ以外の女性に密かに恋している、などと考えもしないだろうと思い、ロヴィーサは不安になった。


 「いざ婚約破棄、となった時、相手の方とヴィルに批判が集中しないといいのだけれど」


 ロヴィーサ自身は、どんなに胸が痛もうともヴィルヘルムの恋を応援し、成就した暁には誰より祝福するつもりでいる。


 しかし、世間的に問題無く婚約状態を継続している自分がいるのに、いきなりその婚約を破棄し、他の女性を選んだヴィルヘルムは糾弾されてしまうかもしれない。


 そうなれば、社交の場から遠ざけられる結果となってしまうだろうことは想像に難くない。


 「私に、何が出来るかな」


 ヴィルヘルムが秘密の恋を成就させて尚、貴族社会でその地位を失わないために。


 「私が、自立できていればいい、ってことよね」


 ロヴィーサも、結婚より自立を望むので、ヴィルヘルムとは婚約を破棄ではなく、円満に解消した、とすればいいのだ、と、ロヴィーサはひとり決意の表情で頷いた。





虹色に輝くヴィルヘルムペーパーウェイトを見つめながら、レターセットを用意するロヴィーサ。


その手紙の宛名もヴィルヘルム。


しかして、幸せに羽ペンをはしらせるロヴィーサは知らない。


「「「お嬢様、今日もお幸せそうです」」」


使用人達が、そう言って微笑ましく見守っていることを。



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