努力の方向性
「ロヴィ。これから休日は、月に一、二度会う程度にしないか?」
ヴィルヘルムにそう提案された時、ロヴィーサは即座に頷いた。
そもそも、ヴィルヘルムの恋の成就を願って会うことを拒否し始めたのは自分なのだから、文句の言い様もない。
「俺、頑張るから」
強い瞳で言い切るヴィルヘルムを見たロヴィーサは、その決意をヴィルヘルムが恋する相手に本気となった証拠と受け取り、笑顔で頷いた。
「うん。頑張って。応援、しているからね」
「・・・ありがとう」
ロヴィーサの言葉に驚いたように目を見開いたヴィルヘルムは、次に輝く笑顔を浮かべて真っ直ぐにロヴィーサを見つめて来た。
逸らされることなく、やわらかに温かくロヴィーサを見つめ続けるその瞳。
それが、自分の恋を祝福してもらえるからだ、と判ってはいても、そんな笑顔で見つめられては祝えるものも祝えなくなる、と複雑な気持ちになりながら、ロヴィーサもまたヴィルヘルムを見つめ続けた。
「やはり、一番問題なのは槍、だな」
鍛錬の後、ヴィルヘルムはそう呟いて新しく祖父から贈られた槍を見つめた。
武道も苦手ではないが、どちらかと言えば魔法に特化した訓練をしてきた為、ヴィルヘルムは槍をきちんと習ったことが無い。
元より、騎士志望の学友は、剣、弓、槍と使いこなすのを知ってはいたが、いずれは領地と家の事業を引き継ぐ予定のヴィルヘルムは、向いていないと感じた槍をそれ以上鍛錬しようと思っていなかった。
剣と弓が扱えれば充分、と。
必要無い、と判断したのは、特にヴィルヘルムが総合闘技大会に興味が無かった、ということもある。
その大会は、ヴィルヘルムも、もちろん素晴らしいものだと思っていたし、勝者は凄いとも思っていた。
だが、自分には縁の無い大会。
ヴィルヘルムにとって、総合闘技大会とはそういうものだった。
あの日、ロヴィーサの呟きを聞くまでは。
ロヴィーサが、総合闘技大会で上位を狙えるほどに強い、何処かの強い騎士に惹かれているらしい。
その事実は、ヴィルヘルムに熱い闘志を呼び起こした。
ロヴィーサが惹かれるその騎士に負けない成績を残して、ロヴィーサを振り向かせたい。
ロヴィーサが無視できないくらい強い男になりたい、いや、なってみせる。
そう誓ったヴィルヘルムだが、今年参加するには無理がある。
まずは、己を鍛えてから。
冷静に己が実力を判断したヴィルヘルムは、断腸の思いでロヴィーサと会う時間を削り、本気で鍛錬に臨むこととした。
待っていてくれ、ロヴィ。
最近になって、ヴィルヘルムと距離を置こうとするようになったロヴィーサ。
ヴィルヘルムからの休日の誘いを断ることも増えたし、誘う回数を減らす、というヴィルヘルムの言葉にも、特に揺らぎなく頷いたロヴィーサ。
それは、ヴィルヘルムにとって悲しい事実だったけれど、ロヴィーサは、頑張る、と言ったヴィルヘルムに、応援している、と言った。
その瞳に宿っていた裏の無い真心。
それが、ヴィルヘルムを支える力になる。
槍の鍛錬に力を入れ始めたヴィルヘルムに、槍の名人と謳われた祖父は大層喜び、自身で選び、これぞ、という槍をヴィルヘルムに贈ってくれた。
父は、総合闘技大会を目指す、と突然言ったヴィルヘルムに、『他者に目を向けさせないくらい強い男になれるさ、お前なら』と言い、母は、『ロヴィーサも、もっと貴方に夢中になるわ!釘付け大作戦ね!』と、ときめている様子だった。
何となく、ヴィルヘルムの出場理由がばれているのが面映ゆいが、致し方ない。
いや、応援している、と言ってくれたロヴィーサにも自分の気持ちはばれているのだろうから、外野など気にしている場合ではない、とヴィルヘルムは気合を入れ直した。
来年。
総合闘技大会において爪痕を残し、ロヴィーサの心を手に入れる。
ヴィルヘルムの強い意志は、揺らぐことがなかった。
箔付けにもなるし、努力は無駄にならないので、まあ、いいのかな。




