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創立祭 2








 羽虫が蜘蛛の巣に飛び込んで来るようなもの、って判っているのかしら?


 


 思うロヴィーサとヴィルヘルムの前まで辿り着いたマーッダ男爵令嬢は、そんなロヴィーサの心配など不要な様子で不遜にふたりを見比べ、そしてヴィルヘルムへと視線を向けた。


 「モント伯子息様。わたくしのエスコートを断っておいて、何故、とお伺いしてもよろしいですか?」




 わたくしのエスコートを断っておいて、って・・・ええ!?


 それって私より優先されてしかるべき、ということ?


 恋人でもないのに?




 余りのことにロヴィーサは思わず、それはないでしょう、と冷静に言いかけ、慌てて口を噤んだ。


 「何故、と疑問に思う方が可笑しいと私は思うが。あの時も言ったはずだ。ロヴィが居るのに、何故貴女のことをエスコートしなければならないのか、と」


 「家が決めた婚約者でも、ですか?」


 「当然だろう。それに誤解があるようだが、ロヴィとの結婚は私自身が望んでいることだ」


 


 凛としたヴィル格好いい!


 それに嬉しい!


 嬉しいけれど、そうするとヴィルの恋は?


 本当にどうなっているのかしら。


 あ、恋じゃないけれど結婚はする、とか?


 ということは、狙うはやっぱり第二夫人?


 でも、ヴィルって二股とかできるタイプじゃない、のよね。


 それに、ヴィルには密かに想うひとがいる、っていうこと自体、矛盾が多すぎて何ともはや、だし。




 どうやらロヴィーサにこそ想う相手がいる、と思っているらしいヴィルヘルムの数々の言動を思い出し、ロヴィーサは自身の考えに限界を感じる。


 「ドレスもお贈りにならないのに?」


 「あ、それは父が譲らなかったせいです」


 ひとり考え込んでいたロヴィーサは、マーッダ男爵令嬢の言葉にいち早く反応してしまってから、まずかったかとヴィルヘルムを見あげた。


 確か今日は、任せておくように言われたのに、とロヴィーサが思うも、ヴィルヘルムは嬉しそうに大丈夫だよ、と目で合図してくれて、ほっとすると同時にとても幸せな気持ちになる。


 「本当は私が贈りたかったのだが、義父上もなかなかに頑固でね。それでも、揃いにすることは許してもらえたし、双方の母の尽力で素晴らしいデザイナーに頼むことも出来た。どなただか、判るかい?」


 楽しそうに言うヴィルヘルムに、マーッダ男爵令嬢は面白く無さそうに鼻を鳴らす。


 「知るわけありませんわ」


 「そうか。マダム ジョゼーなんだよ。そういえば、君のドレスもそうだ、と言っていたようだけれど、あれ、おかしいな。確か、マダム ジョゼーはこの創立祭で受けたのは私とロヴィの衣装だけだ、と言っていたように思ったけれど。ロヴィ、違ったっけ?」


 殊更に無邪気を装って言うヴィルヘルムに、ロヴィーサも調子を合わせる。


 「いいえ?マダムは確かにそう仰っていたわ。それでお母様たちが、わたくし達に感謝なさい、って」


 「だよね」


 「な、何よ。わたくしが嘘を言ったとでも」


 「そんなことは言っていないよ。私達の認識と違うから不思議だと思っただけで。ああそうか。今回新調したものではない、とかなのかな?」


 そういうこともあるよね、と鷹揚に頷くヴィルヘルムの前で、マーッダ男爵令嬢は自身の手を強く握り締めた。


 「クラミ様は、モント伯子息様に相応しくありません」


 そして、憎々し気にロヴィーサを睨みつけるマーッダ男爵令嬢をヴィルヘルムは冷たく鼻で笑う。


 「何を言い出すかと思えば。私の方が、ロヴィに相応しくあらねば、と努力している最中なのに」


 それなのに、ね、とロヴィーサを見遣る視線はとてもやわらかで温かい。


 「ヴィル」


 「でも必ず、ロヴィが見過ごせない男になるからね」


 「そんな。私こそ、ヴィルの隣に立つに相応しい、って言われるよう努力するわ」


 「ロヴィ」


 互いに誓い合い、微笑み見つめ合うふたりは、そっと手を取り合い。


 「あー、おふたりさん。はいはいそこまで。こんな所でふたりの世界を構築しないように。場所、考えようね」


 というミーカの声に、はっと我に返った。


 「ミーカ」


 ヴィルヘルムが、その悪友の名を呼んだ時には、既にエルナとハンナがマーッダ男爵令嬢からロヴィーサを護るように立ち、にっこりと笑みを浮かべている。


 そして、軽い笑みを浮かべながら、その目が少しも笑っていないミーカと、装うつもりもなく冷たい表情を浮かべるサウリ。


 「そちらのご令嬢もさ、よく判ったでしょ?このふたりは、お互いのことしか見てないの」


 「ですが、努力しなくてはモント伯子息に相応しくなれないのであれば」


 「君の方が、ヴィルヘルムに相応しい、って?」


 「そうですわ。わたくしの方がずっと相応しいです」


 ミーカの言葉に、マーッダ男爵令嬢は堂々とした態度で言い返す。


 「君、マーッダ男爵の娘なんだって?そういう性格は、父親そっくりだね」


 冷たいサウリの言葉に、マーッダ男爵令嬢の顔に血が上った。


 「なんて失礼な!わたくしの父は、騎士団で重要なお役目をいただいていますのよ?貴方如きすぐに」


 「すぐに?何か処罰をするって?無理だよ。だって、君の父親は重要な役目になんて就いていないし、私達の方が君の父親より立場が上なんだから」


 「なんですって?学生の分際で何を偉そうに」


 「確かに未だ学生でもあるけれどね。卒業してすぐ、特務隊に配属が決まっているから、既にそちらにも籍がある。君の父親も知っていることだよ。それゆえに、親の身分があるといいですね、なんて言っているんだから」


 淡々と言うサウリに、マーッダ男爵令嬢は益々顔を赤くした。


 「そんなの嘘ですわ。お父様は騎士団でも立場が上で、だからこそ幾度もモント伯子息様をお誘いになって」


 「共に訓練したことも無い、何の接点も無いのに誘われて、迷惑なんだ。君からも、やめるように言ってくれないか」


 揚々と語ろうとしたマーッダ男爵令嬢の言葉を遮り、ヴィルヘルムは心底嫌そうにそう言った。


 「迷惑、って。そんな、お父様が折角誘ってあげていらっしゃるのに、そのような言い方は」


 「何で私が、マーッダ男爵に誘ってもらって感謝しなくてはならないんだ?」


 「だ、だってそうすれば、モント伯子息様の騎士団での評価だってあがって」


 「心配せずとも、君の父親よりヴィルヘルムの方が評価は高い。ついでに言えば、爵位だってヴィルヘルムの方が高いのだから、そのような上からの物言いも失礼だ」


 「大体さあ。創立祭で揃いの衣装だよ?君の入り込む余地なんて無いって」


 冷たくマーッダ男爵令嬢を睥睨するサウリの肩に腕を乗せ、ミーカが無理無理、と首を振る。


 「そうですわ。それにロヴィーサより貴女の方がモント伯子息様に相応しい、などということも絶対にありませんわ」


 「そうよ。なんてったって、モント伯子息様は、ロヴィーサを象ったペーパーウェイトをそれはもう、後生大事にしているのよ?それにロヴィーサだって、モント伯子息様からもらった短剣を最強のお守りだと言って、今日だってドレスの下に仕込んでいるくらいなんだから!」


 「ハンナ!」




 それ言っちゃう!?


 そりゃ、嘘じゃないけれど!


 私がヴィルに執着しているのも、短剣を身に着けているとヴィルに護ってもらっているみたいで心強いのも本当だけど、それ言っちゃ駄目なやつだから!


 内緒ね、判ったわ、は何処に行ったの!?


 


 思いがけないハンナの暴露に、ロヴィーサは慌ててその口を塞ごうとするも間に合わず。


 「最強のお守り、か。嬉しいけれど、今日は私が居るのだからロヴィの最強の護り手は私だよね?」 


 嬉しさを隠そうともしないヴィルヘルムにまでそう言われ、ロヴィーサは真っ赤になった。


 「本当に、おふたりはお似合いですわねえ」


 「ええ。こちらまで、幸せな気持ちになりますわ」


 「実は自分も、婚約者を象ったペーパーウェイトを造ってもらったのです。あれはいい」


 「あら、わたくしもですわ!」


 「わたくしは、今日のドレスをマダム ジョゼーに頼もうと思いましたの。でも、駆け出しの頃から応援してくれている大切なお客様に頼まれた二着だけ引き受けるから、って断られてしまって」


 「お衣装、本当に素敵ですわ」


 真っ赤になったロヴィーサを大切そうに腕に囲うヴィルヘルムの周りで、他の生徒達も一斉に話し始める。


 「マーッダ男爵令嬢が、今日はモント伯子息様にドレスを贈って貰ってエスコートもしてもらう、と言うのを聞いた時には驚きましたが、偽りだったのですね」


 そうしてひとりの令嬢に声を掛けられ、ロヴィーサは頷いた。


 「ええ。わたくしも驚いたのですが、ヴィルがすぐに否定してくれて」


 「当たり前だ。ロヴィがすぐに言ってくれてよかった。嬉しかったよ」


 口づけそうな近さでヴィルヘルムに甘やかすように言われ、ロヴィーサは益々赤くなる。


 「会話は大事、ということですわね。ところでその、モント伯子息様がしていらっしゃるタイリングなのですけれど、あれはもしかして”リナリア”の新商品ですか?」


 言われ、ロヴィーサは首を緩く振る。


 「いえ、新商品、ということではなく。その、個人的な贈り物、と言いますか」


 「これは、個人的にロヴィーサが、私のために、造ってくれたものなのです」


 言っているうちに恥ずかしくなったロヴィーサが、ちらりとヴィルヘルムを見れば、隣に立つヴィルヘルムが、それはもう嬉しそうにそう言った。


 「何その、私のために、の部分の力の入れ方」


 ミーカがやってられない、とばかりに茶化すも、ヴィルヘルムは一向に怯まない。


 「素敵ですわ。愛する方のためにだけ作成する。クラミ様。それを聞いて尚、お願いがありますの。わたくしも、婚約者にそのようなタイリングを贈りたいのです。モント伯子息様、お許しいただけまして?」


 令嬢は、途中からヴィルヘルムに向け、はっきりとそう言った。


 「造るのは、私ではありませんよ?」


 それに対しヴィルヘルムは即答を控え、ロヴィーサへと視線を向ける。


 「ヴィルこそいいの?こういう形で商品化が決まるの、嫌じゃない?」


 ヴィルヘルムを媒体に、商品を周知させようなどと考えもしなかったロヴィーサだが、この状況はそういうことになってしまうだろうと、それを心配して言えば、ヴィルヘルムがそれを払拭するような笑みを浮かべた。


 「嫌じゃないよ。まあ、これを譲れ、と言われたら即刻却下だけれど、そうじゃないからね。それに、ロヴィの才能が評価されるのは凄く嬉しい」


 「まあ!それでは、よろしいのですね!?」


 嬉しそうに両手を胸の前で組む令嬢を前に、ロヴィーサはもう一度確認するようにヴィルヘルムを見、その瞳が心底了承しているのを確認してから深く頷いた。


 「はい。後ほど、材質やデザインについてお話しさせてください」


 「ええ!よろしくお願いしますわ!」


 「あ、あのクラミ様。わたくしもお願いしたいのですけれど」


 「わたくしも、よろしいでしょうか?」


 そして次々と話しかけられ、揃いの衣装を褒められ。


 「あら?そういえば、マーッダ男爵令嬢は?」


 ふと気づきロヴィーサが言った時には、その姿はどこにも見当たらなかった。


 「もうとっくに尻尾を巻いて逃げ出したよ」


 「ええ。それはもう、そろうりそろりと」 


 「明日から大変ねえ。もう噂になっているじゃない。嘘ついて人の婚約者盗ろうとした、って」


 「自業自得だ」


 そして、頼りになる友人四人が、楽しそうに食事をしながらロヴィーサにそう教えてくれ。


 「ロヴィ、ダンスが始まる。踊ろう」


 満足そうな様子でロヴィーサに手を差し伸べるヴィルヘルムと共に、ロヴィーサは楽しく幸せな時間を過ごした。





ブクマ、評価、いいね。

ありがとうございます(^^♪

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