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動揺







 「ヴィルヘルム様、どうなさったのですか?」


 「ああ、パウリか。いや、何でもない」


 初めてロヴィーサに休日の誘いを断られた、その衝撃のまま帰宅したヴィルヘルムは、専属従僕のパウリに声を掛けられるまで呆としていた己に気が付き苦笑した。


 「何でもないことはないでしょう。誰を誤魔化せても、俺は誤魔化せませんよ?」


 長い付き合いで、年の頃も近いパウリは、主であるヴィルヘルムに対しても遠慮が無い。


 「ちょっと、ロヴィが、な」


 「ロヴィーサ様ですか。近頃、益々お美しくなられて、って。まさか、喧嘩ですか?」


 どうせ、犬も喰わない、というやつでしょう、とにやりと笑うパウリに、ヴィルヘルムはため息を吐く。


 「喧嘩なんてしていない。ただ、休日の誘いを断られた、だけだ」


 「だけ、って。ヴィルヘルム様は、いつもどきどきする、と仰っていたじゃあありませんか。ロヴィーサ様をお誘いするとき、断られたらどうしよう、と。私は、いつも杞憂だと侮っていましたが。何か、特別なご用でもおありなのでしょうか?」


 ヴィルヘルムの、ロヴィーサへの一途な想いを知っているパウリは、一気に真剣な表情となって問いかけた。


 「判らない。だがしかし、俺が把握している限り、クラミ伯爵家に特別な客が来るような予定は無いし、伯爵家での所用、ということはないと思う」


 「ですよね。もしそうであるなら、こちらの、モント伯爵家にも何か連絡がある筈ですし」


 ロヴィーサの家であるクラミ伯爵家と、ヴィルヘルムの家であるモント伯爵家は、両親ともに仲が良く、ロヴィーサとヴィルヘルムが婚約してからは、既にして親戚づきあいを開始している間柄なので、何かあれば互いの家に連絡が行く、というのが通常となっている。


 だが、今回は、それも無い。


 「きっと、女性同士の集まりか何かがおありなのですよ」


 「それなら、ロヴィはそう言うだろう」


 「確かに、そうですが」


 「・・・あいつは、人気があるんだ。先だっても、どうしてロヴィの婚約者が俺なのだ、と詰め寄られた。俺がいなければ、ロヴィに婚約を申し込めるのに、だそうだ」


 先日の校舎裏でのことを思い出すと、ヴィルヘルムは嫌な気分が蘇り、苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。


 まして、あれが初めてではない、どころの回数ではないので、尚のこと。


 「まったく。俺が婚約者だというのに、諦めの悪い。婚約者なのだから、休日の度に一緒に出掛けるのなど、当たり前だろうが」


 「やっかまれている、のですね」


にやりと笑ったパウリに、しかしヴィルヘルムは苦い顔になった。


 「しかし、俺も奴らと同じなのかも知れない」


 「同じ、とは?」


 「俺が婚約者なのだから、お前等はロヴィと出かけられないとしても仕方無いだろう、と言い放って来たが。今回、断られた、からな」


 どんよりとヴィルヘルムが言えば、パウリは、ぱしんと強くその肩を叩いた。


 「なに気弱なことを言っているんですか。ロヴィーサ様の婚約者は貴方なんですから、マウント取りに行ったって当たり前ではないですか。それにしても、ロヴィーサ様の人気は噂にもなっています。ご幼少の頃に、ご婚約なさっておいて、本当によかったですね」


 パウリの言葉に、ヴィルヘルムは素直に頷いた。


 「ああ、まったくだ・・・しかし、ロヴィはそうは思っていないのかもしれない」


 ヴィルヘルムは、幼い頃からずっとロヴィーサだけを想っている。


 だから婚約した時は、これでずっと一緒に居られる、と嬉しかったし、絶対にロヴィーサを幸せに出来る男になろうと決意もした。


 その気持ちは年を追うごとに強くなっていて、ロヴィーサも同じように想ってくれている、と信じていたし、感じてもいたが、それは過ちだったのかもしれない、とヴィルヘルムは今日、初めて動揺した。


 「そのようなことは。ロヴィーサ様も、ヴィルヘルム様をお慕いしていると、俺は感じています」


 「だと、いいのだが。嫌な予感がするんだ」


 自信無く呟き、ヴィルヘルムは大きなため息を吐いた。







 校舎裏での場面。



 「だが、休日の度に一緒に出掛けているではないか」


 「(俺がロヴィの)婚約者なんだから(一緒に出掛けるのは当たり前なんだよ)、(お前等はただのその他大勢なんだから、ロヴィと一緒に出掛けられないとしても)仕方ないだろう!」



 言葉を端折ったばっかりに。

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