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誤解、曲解、勘違い







 「とても良くお似合いですわ!」


 創立祭を十日後に控え、モント邸では衣装の最終確認が行われていた。


 ヴィルヘルムとロヴィーサの衣装を手掛けたマダム ジョゼーは、満足の笑みで両手を胸の前で組み、並んで立つふたりを見つめている。


 「ええ。本当に素敵だわ」


 「本当に。後は、装飾品ね」


 ロヴィーサの母サンドラが言えば、ヴィルヘルムの母シリヤも頷き、何故か意味深な瞳をヴィルヘルムに向けた。


 「ロヴィ。これを」


 「わあ」


 ヴィルヘルムの合図で侍女が持参した布張りのトレイを見たロヴィーサが、感嘆の声をあげた。


 「俺が着けてもいい?」


 瞳を輝かせるロヴィーサを見、安堵の表情になったヴィルヘルムが、台の上からそっと首飾りを持ち上げ、ロヴィーサの前に立つ。


 その動きを受け、ヴィルヘルムに背を向けるように立ち直すと、ロヴィーサは長い髪をあげ、無防備にその白い首筋を晒す。


 「っ」


 その華奢さに息を呑んだヴィルヘルムは、背後で母が笑いを堪える声を聞いて正気返り、無事首飾りを着け終えた。


 「ああ、良く似合う」


 ロヴィーサの胸元で輝くサファイアを満足そうに見つめ、ヴィルヘルムは感慨深くため息を吐く。


 「本当に素敵ね。ありがとう、ヴィル」


 「ヴィルったらね、ドレスがああいうものなのだから、とかうんうん唸って考えたのよ」


 楽しそうに言うシリヤは、このことを早くロヴィーサに言いたくてたまらなかった、と黙っている間の苦悩を語った。


 「ふふ。ロヴィと同じねえ」


 こちらもまた、サンドラに楽しそうに言われ、ロヴィーサは気恥ずかしく感じながら侍女に件の品を持って来てもらう。


 「ロヴィ?同じ、って?」


 不思議そうなヴィルヘルムに、ロヴィーサは自作のタイリングを乗せた布張りのサルヴァを差し出した。


 「これ、私が造ったタイリングなの。創立祭で、ヴィルが着けてくれたら嬉しいな、って」


 「俺に?ありがとう。凄く嬉しい。もちろん、着けさせてもらう・・・ん?ここは?」


 瞳を輝かせ、喜び受け取ったヴィルヘルムは、タイリングにある空間に気づきロヴィーサに目を向ける。


 「そこには宝石を入れられるようになっているの。ヴィルが入れたい宝石を聞いてからにしようと思って。何がいい?」


 本当は、自分の瞳であるエメラルドを入れたいと思ったロヴィーサだけれど、何か支障があってはいけないと、この様な配慮をしてみた。


 尤も、今となってはヴィルヘルムから贈られた首飾りと耳飾りが、その遠慮を不要だと主張しているのだけれど。


 「エメラルドがいい」


 そしてヴィルヘルムの返事にも、一切の迷いは無く。


 「そうよね。むしろ、それ以外無いって感じよね」


 息子の答えに、シリヤもふむふむと頷いている。


 「でもね。ロヴィは、何か不安があるみたいなの」


 そう言ってサンドラは、嬉しそうにタイリングを手にするヴィルヘルムを見た。


 「お母様!?」


 そんなサンドラに、ロヴィーサは焦って声をかける。


 家でも、そんな素振りを見せたことは無いつもりなのに、一体何を言い出すのか、とロヴィーサは目を瞬かせてしまう。


 「だからね。一日も早く、そんな心配は要らない、って安心させてあげて」


 にっこり笑いつつも、力強く言ったサンドラに、ヴィルヘルムは大きく頷いた。


 「はい。ロヴィが不安に思うことなどないくらい、必ず頼れる男になります」


 「ありがとう・・・なんかちょっとニュアンスが違う気もするけれど。ああ、でもね。ロヴィ以外は勘違いなんてしていないから大丈夫よ」


 サンドラが、くすくすと笑えばシリヤも訳知り顔で頷く。


 「わたくしもサンドラから聞いて驚いたのだけれど。でも、まあ。貴方がロヴィを安心させることが出来たら、貴方の不安も無くなるわよ」


 「俺の不安、も?それに、ニュアンスが違う、とは?」


 呟くヴィルヘルムの横でロヴィーサも首を傾げる。


 ロヴィーサの不安は、ヴィルヘルムが密かに想う相手を第二夫人に、と望むのではないかということで、ヴィルヘルムの不安は、ロヴィーサに憧れの騎士がいるということ。


 それなのに何故、ロヴィーサの不安が解消すればヴィルヘルムの不安も解消となるのか。




 あ。


 もしかして、シリヤ様は、相手のご令嬢を知っている、のかしら。


 だから、私の立ち位置が保証されて私が安心すれば、ヴィルも安心できる、ってことね。


 なるほど、だわ。




 そうか。


 ロヴィの不安が消えれば、俺の不安も消える。


 つまりそれは、ロヴィが心揺れる相手より俺を選べば、ということだろう。


 ロヴィが、心から俺を選んでくれるような男になる。


 やはり、それしか道は無い。




 母親達の言葉を胸に、ヴィルヘルムとロヴィーサは、互いにそう納得したのだった。





「あの子たち、また勘違いしていたわね」


シリヤの言葉に、サンドラも頬に手を当ててため息を吐く。


「あれでどうして、相手が自分を想っている、って気づかないのかしら?」


「本当よね。お揃いの衣装を選んで、お互いの瞳の色の宝石を選んで・・・って。ロヴィーサは、そこも遠慮していたわね。本当にヴィルに想われていないと思っているって判って、わたくしの胸が痛かったわ」


「前は、そんな事無かったのだけれど。小さい頃に婚約して、今になって色々不安になってしまったのかしらね。ヴィルヘルムはもてるから」


「ロヴィーサだってそうでしょう。ヴィルってば、ロヴィーサに近寄る男は徹底的に払い落としているもの。羽虫、とか言って」


「ロヴィは、ヴィルヘルムの出方を見ているような気がするのよね。何を言われても傷つかないように片肘張っているというか」


「ヴィルがロヴィーサに言うことなんて、愛の囁きしかないのに」


「何か、どこかで勘違いするようなことがあったんだと思うの。お茶会で怪我をさせられたから、その関係かと思ったのだけれど、それとも少し違うようだし」


「あの時は、本当に申し訳なかったわ。ヴィルに付き纏った挙句、ロヴィーサに怪我をさせるなんて」


「でもあの時、ヴィルヘルムは本当に心配してくれて。どうしてあれで判らないのかしら。ロヴィってば、莫迦じゃないくせに、すぐに思い込んで突き進んでしまうのよね」


「それは、うちのヴィルも同じ」


顔を見合わせ、ふたりの母は、ふふ、と笑い合った。


「「本当に、似た者同士よね」」



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