例え、一方通行の想いでも
「完璧。じゃないかしら」
店の奥に位置する作業室。
その作業台で、ロヴィーサは仕上がったばかりの品を満足そうに見つめた。
予期せぬ怪我で、七日ほどの作業の休養を余儀なくされたロヴィーサだったが、作品を作るのは絶対禁止、と難しい顔をした医師に言い渡されたその七日を過ぎたと同時、いそいそと作品作りを開始した。
再開記念に彫ったのは、先日、ヴィルヘルムが浜で拾ってくれた白い貝。
考えに考えて漸く決まった構成を元に、ロヴィーサは、それにヴィルヘルムの横顔を彫った。
これまでも、道具が完成してから宝石や貝に様々な装飾を彫って来たけれど、人を彫るのは初めてのこと。
そもそも貝にヴィルヘルムを彫りたくて始めたことだっただけに、練りに練ったデザインが実際の作品として完成した喜びは一入で、ロヴィーサは幾度も満足のため息を吐いた。
白い貝に凹凸だけで人物を表現したそれは、一見しただけではヴィルヘルムだと断定することは難しい。
しかし、その輪郭や髪型をよく見ればヴィルヘルムだと判る。
そのような作品。
「これをブローチに、したらヴィルの目にも触れてしまうわね」
ペーパーウェイトよりもずっと身近にヴィルヘルムを感じられる、と嬉しく思うロヴィーサだが、その加工次第ではヴィルヘルム自身に見られてしまう。
それは、やがて婚約破棄される身としてはまずいのではないか、とロヴィーサは考えた。
いや、婚約破棄はもうないのかもしれないが、ヴィルヘルムが第二夫人を迎えるのならまだ少し様子を見た方がいいとは思う。
「ペンダントにしようかな」
鎖を長くすれば人目に触れることも無いし、ずっと着けていられる、とロヴィーサは嬉々としてそれをペンダントへと加工し始める。
「でもまさか、エスコ親方にも奥方の横顔を貝に彫ってほしい、と言われるとは思わなかったわね」
先日、貝に人物を彫るつもりだと話ししたロヴィーサに、エスコ親方が柄にもなく照れながら、奥方の姿を彫った貝が欲しいと言った時には驚いてしまったロヴィーサだけれど、ほっこりとした気持ちにもなった。
「エスコ親方が装飾品を身に着ける、かあ。私も何かヴィルに贈りたいな。でも、ヴィルは装飾品、嫌いなんだよね」
家紋の入った指輪を嵌めることさえ嫌がるヴィルヘルムを思い出し、ロヴィーサはひとり微笑む。
「でも、創立祭のパーティの盛装で何か贈れたらいいな」
揃いの衣装とすることに決めて、話し合いも進んでいるお互いの盛装を思い、ロヴィーサは思案に暮れた。
「装飾品嫌いのヴィルでも、邪魔に思わず着けられるもの・・・タイリング?」
盛装のデザインにもそれなら合わせられる、とロヴィーサはヴィルヘルムにはサプライズで贈ることを決め、早速素材の吟味をはじめた。
「え?エスコ親方、今なんて?」
ある日、恥ずかしそうに”リナリア”にロヴィーサを訪ねて来たエスコ親方に、ロヴィーサは首を傾げた。
「ああ、だからな。つまりその、嬢ちゃんに作ってもらったペンダントを、かみさんに見つかって、だな。その、自分も欲しい、と言われたんだ。だから、その、今度はちゃんと支払いするから頼めないかと思って、だな」
「かしこまりました。奥様のものには、エスコ親方を彫ればいいのですね?」
そうロヴィーサが言えば、エスコ親方は更に真っ赤になって頷いた。
この時、微笑ましくエスコ親方を見つめたロヴィーサは知らない。
こののち、『想う相手を身に着けることが出来る』という口こみが広がって、人を彫り込んだ貝細工が爆発的に売れ、当然のようにヴィルヘルムの知るところとなることを。