ふたりでランチ
「お待ちください、モント様!今日こそはランチをご一緒に」
「断る」
わあ、ヴィルってば容赦ない。
昼休憩前。
使った教材を片付ける役を指名されたヴィルヘルムを待つロヴィーサに、聞こえて来た会話。
やっぱり、教室に居ればよかったかな。
ヴィルヘルムは、ロヴィーサに座って待っているように言ったのだけれど、教室で待っているよりも、とすれ違わない程度に不意打ち待ち合わせを企んで動いて来てしまったのがよくなかったか、とロヴィーサは自分の姿が見えないよう、壁に張り付いてふたりの動きを感じ取る。
すっぱり令嬢の誘いを断ったヴィルヘルムは、真っ直ぐロヴィーサの居る方へ歩いて来るようだが、他の足音はしない。
ヴィルヘルムだけなら、と出ようとしたロヴィーサは、そこで再び別の苛立つような足音を聞き、慌てて壁の出っ張りの蔭に隠れ直した。
「モント!お前、どういうつもりなんだよ!いっつもいっつもクラミ嬢と一緒に居て!家同士が決めた婚約だと言っていたじゃないか!」
その言葉に、あの日の校舎裏での記憶がよみがえり、ロヴィーサは緊張と哀しみに震える。
そうよね。
ヴィルは、そう言っていたもの。
「ああ、そうだ。俺とロヴィの婚約は、家が決めた正式なものだ」
俯き、自分の足先を見つめていたロヴィーサの耳に届いたのは、けれどそんな力強いヴィルヘルムのもので。
そこには、家の決めた婚約だから仕方ない、という響きは微塵も無くて。
むしろ、自分の正当な権利だ、と主張するようで。
「失礼する」
そう言うヴィルヘルムの声には、相手に付いて来るなという威嚇さえ感じる。
「ヴィル」
ロヴィーサの前まで来たヴィルヘルムにロヴィーサが声を掛ければ、驚いたようにヴィルヘルムが目を瞠った。
「ロヴィ!何かあったのか?」
「ううん。ヴィルを迎えに来ただけ」
へへ、とロヴィーサが笑えばヴィルヘルムの表情も緩む。
「そうか。じゃあ、今日は何か買って裏庭で食べないか?少し、話ししたいことがあるんだ」
そしてされた提案に頷きながら、ロヴィーサはヴィルヘルムの話があるという言葉に動揺した。
ロヴィーサは、ヴィルヘルムに密かに想う相手がいると思って来た。
しかし、ヴィルヘルムの様子を見ていてもそのような相手は見当たらないし、自分への態度も変わらない。
もしかして、第二夫人としてそのひとを迎えるつもり、なのかしら?
だとすれば、自分に対する態度が変わらないのも頷ける、とロヴィーサは背筋を正して覚悟を決めた。
「よし、これなら誰も入れない」
裏庭にある幾つかの四阿。
そのひとつにロヴィーサと共に陣取ったヴィルヘルムは、防御の魔法を四阿ごとかけると、そう言って笑った。
「防音、防御、って。これからランチするだけなんだけれども!?」
ロヴィーサが、大仰に過ぎる、と驚きを隠さず叫べば、ヴィルヘルムは目に見えて拗ねる。
「大げさなものか。今朝だって、あんなに密着して牽制していたのに、ふたりも突破しやがって」
「牽制・・・突破、って。ヴィル、何かと闘っているの?」
きょとんとしたロヴィーサが問えば、ヴィルヘルムは大きく頷いた。
「ああ。学園ではいつだって臨戦態勢でいないと、すぐ攫われてしまうからな」
「攫われる・・って何を?」
「ロヴィを、だよ」
「え?」
真っ直ぐ、笑いの無い瞳で見つめられてロヴィーサは固まってしまう。
「ロヴィ。お前が、俺との婚約を不本意に思っていることは知っている。しかし俺はお前と、お前だけと生涯を共にしたいと思っている」
「っ」
先ほど、話がある、とヴィルヘルムに言われ、それが第二夫人を迎えたい、という話に違いないと覚悟を決め、それでも嫉妬や動揺を隠せるかどうか、と昼食を選ぶ気にもなれないほど緊張していたロヴィーサは、ヴィルヘルムのその予想外の言葉に目を見開いた。
ヴィルヘルムは、この婚約を望んでいないのはロヴィーサだと言う。
「え?婚約破棄したいのは、ヴィ」
「婚約破棄!?そこまで具体的に考えているのか!?誰か、相手がいるのか!?やっぱり騎士か!?」
しかし、その疑問を最後まで音にすることなく、ロヴィーサはヴィルヘルムの物凄い剣幕に遮られ、その有り得ない内容にぶんぶんと首を横に振った。
「相手なんていない!ってか、騎士ってどこの誰のこと!?それに相手がいるのはヴィ」
「そうか。まだ、憧れの段階か」
ヴィルヘルムはほっと息を吐くも、誤解をしている。
「憧れもなにも、私は」
「ロヴィ。俺は、絶対に婚約破棄なんてしたくないから、させない。でも無理矢理なんて望まないから、お前が俺を無視できないような男になってみせる」
憧れの騎士なんていない、とロヴィーサが否定するより早く、ヴィルヘルムは堂々と宣言した。
私から婚約破棄を希望されたら、嬉しい、のではないの?
それに、私だけと人生を共にしちゃったら、第二夫人にもできないのだけれど。
思いつつ、ヴィルヘルムの凛々しさに見惚れ言葉にできないロヴィーサの手を、傷を避けつつもヴィルヘルムはしっかりと握る。
「手始めに、次の総合闘技大会に出ようと思う」
きっぱりと言い切るヴィルヘルムに、ロヴィーサは目を見開いた。
「ヴィルは、興味無いと思っていた」
ヴィルヘルムくらい実力があったなら、自分も参加してみようとも思えたのに、と思って来たロヴィーサは、ヴィルヘルムが総合闘技大会に出場しようと考えたことも無いことを知っている。
「事情が変わったからな」
「事情?」
「ああ。俺は、騎士にも負けない男になりたい」
言い切るヴィルヘルムに迷いは無い。
ロヴィーサは、そこにヴィルヘルムの本気を見た。
「騎士にも、か。確かに、いつも大会の上位に残るのは騎士様が多いものね」
呟き、そしてロヴィーサは気づく。
「それで、騎士の特別訓練に参加していたの?」
「ああ。出来る限りの研鑽を積んで来た」
心もとなかった槍も、自信をもって挑めるようになった、とヴィルヘルムは自分の手を見る。
「たくさん、努力して来たんだね」
その、豆が幾度も潰れ、固くなった皮膚にそっと触れてロヴィーサが言った。
「ああ。だが、そのためにロヴィと居られる時間を減らしてしまった」
それだけは悔いが残る、とヴィルヘルムはため息を吐く。
「でも、開店祝いに来てくれたし、海にも一緒に行ったし」
「ロヴィはそれで充分なのかも知れないけれど、俺はもっと一緒に居たいんだ」
え?
あれ?
この流れで、第二夫人の話に、なるのかな?
この流れで?
ヴィルヘルムの言葉を不思議に思ったロヴィーサは、無防備にヴィルヘルムを見あげ、その吸い込まれそうなサファイアの瞳に囚われた。
「俺は、ロヴィが憧れる騎士に負けない男に、必ずなってみせる」
しかし、うっとりとヴィルヘルムの目を見つめていたロヴィーサは、聞こえた言葉に首を傾げる。
「憧れる騎士?」
「いいんだ、恋情でなく憧れなら。だが、頼むから俺がその騎士を凌駕するまで待っていてくれ・・・駄目、か?」
不安に揺れるサファイアの瞳。
それを見つめ、ロヴィーサは首を横に振った。
「だ、駄目ってことない、っていうか、あの」
「良かった。それなら、その。大会で、応援に来てくれるか?俺の」
そもそも、そんな騎士はいない、と言いかけたロヴィーサの言葉を遮り、ヴィルヘルムはロヴィーサの目を覗き込み、期待と不安に揺れる瞳でそう言った。
「もちろん」
「ありがとう」
迷うことなく言い切ったロヴィーサに、ヴィルヘルムは晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
「えっと、それなら。ヴィルの剣帯と槍飾り、私が造ってもいい?迷惑じゃなければ、だけれど」
総合闘技大会に出場する者の多くは、お守りとして剣帯や槍飾りを新しく付け直す。
先日見たヴィルヘルムの槍には、まだ何の飾りも無かったはず、と思い出しつつロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムの顔が目に見えて輝いた。
「迷惑なんてあるわけない。凄く嬉しい。ありがとう、ロヴィ」
この様子なら、いるはずの第二夫人候補の彼女に造ってもらう予定もないのだと確信出来て、ロヴィーサもほっと息を吐く。
「頑張って造るからね」
「ああ。それで、その。それは、他の誰かにも造るのか?」
武具に付けるものなのだから、闘神をモチーフにしたものにしようか、けれどそれでは安易だろうか、などと考えて始めていたロヴィーサは、無意識に首を横に振った。
「他の誰か?ううん。ヴィルだけよ。ヴィルの方こそ、他の誰かから何か貰う予定、ある?」
剣帯と槍飾りは私が造って大丈夫として、とロヴィーサが確認の為に聞けば。
「あるわけない」
それはもう、不機嫌な声が返った。
「そっか。じゃあ、他の物も出来るだけ造りたいな。いい?」
伝統としては、矢羽根の一本にも美麗な装飾を施す。
それも手掛けたい、ヴィルの髪を束ねる物も造りたい、とロヴィーサの希望は膨らんで行く。
「それは、嬉しいけれど。仕事もあるんだから、無理しなくていい」
「無理はしないから大丈夫」
任せて、とロヴィーサが胸を叩けば。
「でも無茶はする、も無しだからな」
ロヴィーサの性格を知り尽くしているヴィルヘルムが、幸せそうに苦笑した。
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