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羽虫退治









 「ロヴィ。今日のランチは、絶対一緒に、ふたりきりで、食べよう」


 ロヴィーサが、今日から学園への通学を再開するという日、ヴィルヘルムは行きの馬車のなか、真剣な瞳でそう言った。


 「ランチは、いつもヴィルと食べていると思うけれど?」


 そんなヴィルヘルムに対し、ロヴィーサは何を今更、と首を傾げる。


 「そうだけど。今日は特に危険な気がするんだ」


 隙あらば、とロヴィーサとのランチタイムを画策しようとする輩は多く、ヴィルヘルムはいつも羽虫退治に勤しんでいる訳なのだが、ロヴィーサが怪我をして休んでいる間、それはもう多くの見舞いの品が届いた。


 そのなかには、心の籠った手紙も多かったと見受けられ、ヴィルヘルムは今日のランチタイムをロヴィーサと共に、と企む輩が常よりも更に多いだろうと予想している。


 「危険、って。ヴィルがどこぞのご令嬢のお誘いに乗らなければ大丈夫でしょうに」


 けれど、ヴィルヘルムの苦労を知らないロヴィーサは、呑気にそんな発言をした。


 「俺は、どこぞの令嬢の誘いになど乗らない。だから、ロヴィも気を付けるんだぞ?」


 「いや。だからヴィルが私と食べる、って言ってくれるならヴィルと食べるし」


 いつも、虎視眈々とヴィルヘルムを狙う令嬢達の視線に敏感になっているロヴィーサは、ヴィルヘルム次第だ、と苦笑する。


 「なら、約束しておこう。絶対にふたりでランチ、だ」


 「いいけれど。どうして今日に限ってそんな念押しをするの?」


 「どうして、って。見舞いの品やら手紙やら花やら。たくさん貰っただろうが」


 あの下心の数々が何故判らない、とヴィルヘルムは頭を抱える思いでロヴィーサを見た。


 「いただいたわよ?それが・・って。あ、そういう心配?大丈夫よ。今日は未だお届けできていないけれど、きちんとお返しも考えています」


 「違う。そういう問題じゃない」


 それの何がランチと結びつくのか判らない、と首を傾げるロヴィーサの両肩にヴィルヘルムはそっと手を置く。


 「男を見たら狼と思え。奴らは下心満載の危険人物だ」


 肩に手をおきながらも、ロヴィーサの傷が痛まないことを確認してくれるヴィルヘルムを、やっぱりヴィルは優しい、などと嬉しく感じていたロヴィーサは、その真摯な表情での言葉に絶句した。


 「・・・・・それって、ヴィルも?」


 そして、暫し沈黙した後でロヴィーサが呟いた言葉に、ヴィルヘルムは慌て出す。


 「ああ、それはもちろんそう・・・っ、いや、そうなんだが・・・というか、ロヴィに限ってはむしろ俺が一番・・いやいや、俺はロヴィを護る騎士でもありたいと思っていて、だな。看病狼にだってならなかったし・・・いやしかし、かなり葛藤はあったし、まったく下心が無いかと言われればそれはその」


 「そ、そうなんだ」


 しどろもどろで話すヴィルヘルムからは、ロヴィーサのことをまるで女として見ていない、などという硬質さを感じられず、ロヴィーサとしては恥ずかしくも嬉しくなった。


 「いや、だからって襲ったりは・・っ!」


 かたんっ


 その時、馬車が大きく揺れ、咄嗟にロヴィーサを庇ったヴィルヘルムはロヴィーサに覆いかぶさるような形となり。


 「申し訳ありませんっ!大丈夫でしたか!?」


 焦った声で御者が確認に来るまで、ふたりはそのままの状態で固まっていた。








 「クラミ嬢!お怪我はもうよろしいのですか?」


 いつも通り、いやそれ以上に丁寧なヴィルヘルムのエスコートで馬車を降りたロヴィーサは、いつも通り、より更に密着しているヴィルヘルムと共に教室へと向かう途中でそう声を掛けられ足を止めた。


 「これは。おはようございます、エロネン伯子息様。もうかなりいいのです。ご心配くださってありがとうございます。丁寧なお見舞いも嬉しかったですわ」


 「ああ、おはようございます。貴女の姿が見えたので、思わず。挨拶もせず、失礼しました。ところで、今日のランチ」


 「クラミ嬢!心配していました!」


 エロネン伯子息が好機とばかり切り出そうとしたところで、別の男子生徒が割り込んで来た。


 「おはようございます、クッコ男爵。この度は、素敵なお見舞いをありがとうございました」


 既に男爵家当主となっている一学年上のクッコにも、ロヴィーサは丁寧な挨拶を返す。


 「おはようございます。クラミ嬢、是非今日のラン」


 「おはようございます、クッコ男爵。今は私がクラミ嬢と話をしていたのですが?」


 そこへ、にこやかながら目が少しも笑っていないエロネン伯子息が口を挟む。


 「エロネン伯子息」


 「そのような、邪魔者に対する目を向けられても困ります。まあ、私も同じ気持ちですが」


 「エロネン伯子息、クッコ男爵。ロヴィを早く座らせてやりたいので、お先に失礼します」


 ばちばちと火花を散らすふたりに軽く礼をすると、ヴィルヘルムはロヴィーサの手を引いて歩き出した。


  「「あっ」」


 後方で声をあげるエロネン伯子息とクッコ男爵は、振り向いて微笑みと共に会釈をしたロヴィーサの姿に目を奪われ、声を奪われている間にその姿が視界から完全に消え、今日も好機を生かせなかった事実に落胆するも。


 「ちゃんと、僕の名前を憶えていてくれた」


 「微笑んで、会釈、って。かわいい。やっぱり可愛い」


 幸せな気持ちも満載だった。





ブクマ、評価、ありがとうございます。

読んでみたい小話、裏話など、ありましたら。

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