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心捉える言葉








 「俺の役目を取らないように」


 そうしてまた、しれっとして食事を再開させたヴィルヘルムを見つめ、ロヴィーサは小さく息を吐く。


 「でも、パレン嬢が『ヴィル様』って言った時は、本当に驚いたな」


 ぽつりとロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムの眉が不機嫌に寄った。


 「ああ。あれは心底不快だった。幾度言っても直さない、なんて本当に言語を理解しているのか、と疑いたいほどだった」


 「ヴィルが、そう呼んで欲しい、って言ったんじゃなくてよかった」


 それが本当に嬉しくて、ロヴィーサは自然と微笑んでしまう。 


 「当たり前だ。ロヴィ以外の女になんて、絶対呼ばれたくない」


 「・・・幾度も呼ばれたの?」


 少し、ちくりとする痛みを胸に覚えて、ロヴィーサはヴィルヘルムの目を覗き込んだ。


 「ああ。だが俺は、そのことを甘く見ていた。俺が気持ち悪いだけだ、とな。それを、ラハティネン様が正してくださったんだ」


 ラハティネンに指摘されるまで気づかなかった自分にため息を吐きたい思いでヴィルヘルムが言えば、ロヴィーサが首を傾げる。


 「ラハティネン様が?・・・あ。それってもしかして、パレン嬢が騎士団の訓練見学出入り禁止になった時の?」


 ライラが言っていたことを思い出しロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムが驚いた表情になった。


 「どうしてそれを・・・誰かに聞いたのか?」


 すわラハティネン様か、と緊張するヴィルヘルムの前でロヴィーサがふんわりと笑う。


 「今日のお茶会でね、クルムラ伯爵令嬢に教えてもらったの」


 同じ伯爵家で、今までもパーティなどで会う機会はあったけれど挨拶する程度だった彼女と、これからはもっと親しく出来そうだ、と嬉しそうに微笑むロヴィーサにヴィルヘルムもほっと胸を撫でおろした。


 「クルムラ伯爵令嬢・・・そうか。確かシミラ伯子息、騎士団所属の方の婚約者だったな」


 「そうなの?だから、詳しかったのね。私は何にも知らなくて」


 「俺もだ。あの日だって、ラハティネン様に周りがどう見るか考えろ、と指摘されて初めて、俺にもその気がある、と周りも思いかねないと判ったんだからな」


 「そうね。私も、何も知らずにいて、彼女がヴィルって呼ぶのを聞いたら、勘違いしたかも」


 助かった、としみじみ言うヴィルヘルムの前で、ロヴィーサが考え込んで言えば、ヴィルヘルムが真っ青になった。


 「そうなのか!?いや、そこは怒れよ」


 私の婚約者をなれなれしく呼ばないで、くらいは言って欲しいとヴィルヘルムが望むも。


 「だって、ヴィルが望んだことだ、って言われたら?私には、判断つかないじゃない」


 ロヴィーサは、それが真理だと訴える。


 しかしヴィルヘルムは、ロヴィーサのその考えを全否定した。


 「いや、怒っていい。俺は、ロヴィ以外の令嬢にそんなこと、絶対に、未来永劫、言わないから」


 「え?そうなの?」


 「当たり前だ!」


 「いたっ!」


 ぴこんっ、とロヴィーサの額を強めに弾いたヴィルヘルムの前で、涙目になったロヴィーサが不服そうに額を押さえる。


 「莫迦なこと言うからだ。大体、モント伯爵家としてパレン子爵家に正式に勧告したにも関わらず、少しも反省しないどころか、ロヴィにまで手を出しやがって。あの女、どうしてくれよう」


 ふつふつと湧く怒りのままにヴィルヘルムが呟けば、ロヴィーサがからかうような笑顔になった。


 「勧告のことなんて、少しも気にしていないようだったわよ?だってね、私が今回の”リナリア”の件で正式に訴える、って言ったときに言っていたもの。『どうせパパがお金を払ってくれるから放免されるし、パパはあたしを責めたりしないから』って」


 「・・・・・ロヴィ。もう一回、言ってくれ」


 その言葉を聞き、落雷を受けたかの如く一瞬震えて固まったヴィルヘルムが、ロヴィーサの手を優しく取ってそう言った。


 「え?何か、重要なことがあった?」


 「あった」


 「どのへん?」


 「あの女が、何て言ったって?」


 真剣に問うヴィルヘルムに、ロヴィーサも表情を改める。


 「えーと・・・『どうせパパが』」


 「もう一回!」


 「え!?未だ何も」


 「いいから、今の言葉をもう一回!」


 「『どうせパパが』」


 この短いひと言に、それほど重要なことがあるのか、と考えるロヴィーサの前でヴィルヘルムが弾かれたようにロヴィーサをそっと、けれどしっかり抱き寄せた。


 「ああ、ロヴィ!」


 「ちょっとヴィル!?どうしたの!?」


 突然、突き抜けたように喜びを表現されるも、ロヴィーサには何が何だか判らない。


 「だって!ロヴィがパパって言うの、初めて聞いたから!」


 「そこなの!?」


 何か重要なことが、と緊張したロヴィーサは気が抜けた思いでヴィルヘルムを見た。


 「ああ。ロヴィがパパって言うのいいな。凄く可愛い」


 「いやいや。今のは、パレン嬢の真似をしただけで」


 「あんな女のこと、思い出させるな」


 折角の幸福に水を差すな、とヴィルヘルムはロヴィーサの頬をつつく。


 「それ、むしろ本題だからね?」


 「ああ。子爵家が金で解決できる、という話だろう?今回、クラミ伯爵家への賠償金は相当なものになるだろうに、余裕なのは娘が物知らずだからなのか」


 「金額はさておき、過去にもそういうことがあった、ってことよね?」


 「その言い方だと、そうだろうな。しかし、おかしいよな。あの家、産業を持っているわけでもないし、領地を持っているわけでもないのに、かなり贅沢な暮らしをしていると有名だからな」


 「そうね。商会を持っているわけでもないし、収入源って何なのかしらね」


 考え込んだふたりは、自然と前かがみになり。


 こっちん。


 額と額がぶつかった。


 「そ、それについては、俺も調べてみるよ」


 「そ、そうね。私の方も、こちらでの取り調べ内容の他に余罪が無いか、調べてみるね」


 そうして慌てて離れたふたりは、互いに目の縁を染め。


 それでも何だか離れがたくて、もう一度、そっと額を寄せ合った。







『父上、母上。暫く泊まり込みでロヴィーサの傍にいたく思います』


ひとり息子から飛んで来た魔法通話回路を開いたモント伯夫妻は、ロヴィーサがヴィルヘルムに付き纏っていた女に怪我をさせられたと知って顔を青くした。


『それで?ロヴィーサの怪我の具合はどうなの?』


『傷はかなりの深さで、もう少し場所が悪ければ手を自由に動かせなくなっていた、と医者が』


『『なっ!』』


『幸い、それは回避できましたが、ロヴィも怖い思いをしたばかりです。何より俺が心配で、傍に居たいのです』


『うちはもちろん構わないけれど、アールトやサンドラは何と言っていて?』


『クラミ伯爵夫妻は、父上と母上の了承が取れれば構わない、と』


『判った。私達も、近く見舞いに行く。こちらも付き纏われていた被害者とはいえ、お前に執着したことで起きた事件だ。こちらの経緯もきちんと説明しよう』


『よろしくお願いします』


『ナイフを投げつけられるなど、相当怖かっただろう。しっかり支えてあげなさい』


『はい。父上』


『ちゃんと看病するのよ?看病狼になんてならないでね』


『はい、は・・・はっ!?看病狼!?』


『看病狼とは、言い得て妙だな。流石シリヤ』


『そうでしょう?』


『ふたりとも、俺を何だと・・・しませんよ、そんなこと』


『自信ありげだな。鋼の理性で頑張れよ』




そんな、両親のからかいで終えた通信。


しかしてその後、ヴィルヘルムに待っていたのは、熱に浮かされるロヴィーサを案じつつも、そのなまめかしさに心乱されるという窮地だった。

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