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茶会にて~決着~







 「ロヴィ、無事か!?」


 「いっ・・つぅ!」


 その場の状況を見、青くなって飛び付くようにロヴィーサを抱き締めたヴィルヘルムは、痛みに呻いたロヴィーサに驚いて身体を離した。


 「ごめんっ・・って!この怪我!それにドレスもこんなに裂かれて・・・貴様、ロヴィに何をした?」


 ロヴィーサを大切に抱き込み、ヴィルヘルムはマイサを鋭く睨みつける。


 「ロヴィーサが悪いのよ!あたしの邪魔ばかりするから!」


 冷たいサファイアの瞳に睥睨されるも、マイサは、自分は悪くない、と、怯むことなく言い切った。


 「貴女の言う邪魔とは、わたくしが真実を申し上げたこと、でしょうか?」


 「ロヴィ?何があったんだ?」


 一見冷静に言葉を発しているロヴィーサの、その瞳に強い怒りを見つけたヴィルヘルムは、その背をそっと撫でながらロヴィーサの顔を覗き込む。


 「こちらの方が、”リナリア”はご自分のお店で、その商品を企画、制作しているのもご自分だ、と仰いましたの」


 「なっ!」


 瞬間、視線だけでマイサを射殺しそうな強さで睨みつけたヴィルヘルムに、マイサは首を懸命に横に振った。


 「だって!そう言えば、みんなが媚びを売って来て、令嬢達の間でも注目されて。そのお蔭で、今日だって侯爵家のお茶会に呼ばれることができて!だから、これからもっと上位貴族にも認められるようになる、って思ってて。そうしたらヴィル様の隣にもいられるようになるはずで・・・全部、全部これからだったのに!ロヴィーサが!」


 ぐっ、と唇を噛み締め、マイサは憎しみの籠った瞳をロヴィーサに向ける。


 「ああ。今日わたくしが貴女を招いたのは、わたくしの大切な友人に関することで、貴女が下位貴族の間で嘘を言って歩いている、という情報を得たからなのよ、パレン子爵令嬢」


 そういえば、と、ついでのように言うマリッカに、マイサは虚を突かれたようになる。


 「え?・・・それって、どういう」


 「ここに居る方たちはみなさん、”リナリア”が何方のお店で、その素敵な商品の数々を企画、制作しているのが何方なのか、きちんと把握していらっしゃいますわ。もちろん、わたくしも」


 「把握している、って・・・知ってたってこと!?っ!あたしを騙したのね!」


 「騙す、だなんてとんでもない。わたくしは、貴女に真実を教えてさしあげただけですわ」


 激昂したマイサが、きっ、と睨み上げるも、静かな怒りを込めて言うマリッカの瞳は揺らぎもしない。


 「な、なによ・・・」


 マリッカの視線に圧されたマイサは、きょろきょろと辺りを見回し、その腕にロヴィーサを大切に抱き締めるヴィルヘルムを甘えるように見上げた。


 「ヴィル様。ロヴィーサの怪我、深くて完全には治らないかもですわ。つまりロヴィーサは傷も」


 「黙れ犯罪者。命ある限り、私の婚約者はロヴィ唯ひとりだ」


 「え?・・・いたっ」


 


 それでは密かに想う方は?




 という思いが咄嗟に声になってしまい、ロヴィーサは慌てて唇を両手で押さえようとして、手首の痛みに呻き、ヴィルヘルムの腕に優しく囲われる。


 その一連の動作は、まるでロヴィーサが照れた故のようにも見え、周囲の雰囲気を和やかなものに変えた。


 「まあ。ロヴィーサ様、おいたわしいけれど、お可愛らしい」


 ライラが頬を染め言うのに、うんうん、と力強く頷く令嬢達。


 「眼福、ですわ」


 マリッカも満足そうにヴィルヘルムとロヴィーサを見つめ、護衛騎士に押さえ込まれたマイサを冷たい眼差しで見下ろした。


 「っっむぅぐっ・・・!!」


 そんなマリッカに言い返そうとしたマイサだが、護衛騎士によってかまされた猿轡がそれを許さない。


 「モント伯子息様。この度は、ロヴィーサ様に怪我を負わせる事態となってしまいましたこと、主催者として心よりお詫び申し上げます」


 ヴィルヘルムとロヴィーサに近づきマリッカが言った言葉に、護衛騎士も処罰を待つ姿勢を示すけれど、ヴィルヘルムはロヴィーサと瞳を合わせると、静かに首を横に振った。


 「顔をあげてください、マンニスト侯爵令嬢。連絡をいただけたこと、感謝申し上げます」


 ヴィルヘルムがきちんと礼をする横で、ロヴィーサもそれに倣う。


 「護衛騎士の方への処罰など、わたくしは望みません。マリッカ様、どうぞわたくしの願いを叶えてくださいませ」


 言葉に、護衛騎士が驚いたようにロヴィーサを見、マリッカを見た。


 本来、護衛対象が怪我をするなど有ってはならないことで、そのようなことがあれば、護衛騎士が厳罰に処されるのは自明の理。


 「今回は、ロヴィーサ様のお優しさに甘えましょう。ありがとうございます、ロヴィーサ様」


 そうしてマリッカが礼をする後ろで、護衛騎士も最上級の礼をとる。


 「これからも、マリッカ様をよく護ってくださいね」


 顔馴染でもある護衛騎士に向かって言ったロヴィーサに、護衛騎士は深くお辞儀をして下がった。


 護衛騎士には処罰も無かったことで、その場の雰囲気が柔らかいものになると、マリッカはロヴィーサへと近づき手を伸ばす。


 「ロヴィ。痛むでしょう・・・ほんとにごめん・・ごめんね」


 マリッカが涙ぐむ瞳を向けて、優しくロヴィーサの肩を撫で声を詰まらせた。


 「マリッカのせいじゃないわ。むしろ、感謝しているの。私、こんなことになっているの知らなかったから」


 心からロヴィーサが言えば、マリッカは幾度も頷いた。


 「わたくしも、許せなかったの。それに、こんな怪我まで」


 「マンニスト侯爵令嬢。私もロヴィーサの怪我が心配です。なので、このまま退席させていただいても構わないでしょうか?」


 ロヴィーサの腕を幾度も撫で唇を噛み締めるマリッカに、ヴィルヘルムは遠慮がちに声をかける。


 何といってもここは侯爵家であり、自分は伯爵嫡男の立場であることを弁えるヴィルヘルムにマリッカは笑顔を見せた。


 「ロヴィをお願いします」


 「お任せください」


 「え・・ちょっ・・・ヴィル!?」


 マリッカに笑顔を返したヴィルヘルムは、ロヴィーサの手首に滲む血を見ると再び真顔になり、ひょい、とロヴィーサを抱き上げ、ロヴィーサに驚きの声を、そして周りの令嬢達に黄色い声をあげさせる。


 「じっとしていないと、また出血が酷くなるぞ」


 ヴィルヘルムがロヴィーサに顔を寄せそう囁いた時、令嬢達は再び小さく叫び、そうしてヴィルヘルムがロヴィーサを抱いたまま自分達へと向き直るのを、きらきらとした眼差しで見つめた。


 「皆様。本日は、ありがとうございました・・・ほら、ロヴィも」


 「今日は、お騒がせして申し訳ありません。お嫌でなければ、これからも仲良くしてくださいませ。そして、このような格好でのご挨拶、お許しくださいませ」


 


 『皆様。本日は、ありがとうございました』


 って、お世話になったから間違ってはいないのかもしれないけれど、端的すぎて、なんか婚約とか結婚披露パーティみたいじゃないの、ヴィル。




 などと思っていたロヴィーサは、ヴィルヘルムに促され、下ろしてくれるよう目で訴えるも、敢え無く却下され、仕方なく抱かれたままでとれる最大の礼をする。


 「体勢は、まったく気になさる必要ございませんわ。むしろ眼福というものです」


 「同感ですわ。そして、こちらこそ仲良くしていただきたいですわ」


 「わたくしもですわ」


 「わたくしも、今度またゆっくりお話ししたいです」


 「では、また仕切り直しのお茶会をいたしましょうね」


 口々に言う令嬢達に、マリッカが彼女達を見回し言えば、全員が大きく頷いた。


 「ロヴィ。じっくりきちんと怪我を治してね」


 「ありがとう、マリッカ」


 「マンニスト侯爵令嬢。お礼はまた、改めて」


 そう言って颯爽と歩き出したヴィルヘルムは、ロヴィーサを横抱きにしているにも関わらず、まったくぶれることが無い。


 「ヴィル、下ろして。自分で歩けるから」


 「怪我しているくせに、何を言う」


 「怪我しているのは、腕なんだから歩ける、って」


 「だ・あ・め。動いたら、また酷く出血するかも知れないだろう?」


 「だから、って」


 「それに。怖かっただろう?もう大丈夫だから、力抜いていいぞ」


 「・・・ヴィル・・・」


 そんな会話をしながら、心寄せ合い馬車へと向かったふたりは知らない。


 「ああ、なんて甘い・・・!」


 「素敵ですわぁ」


 「本当にお似合いのおふたりですよね」


 「ああっ・・お声が、聞こえなくなってしまいました・・・」


 ヴィルヘルムとロヴィーサが去った後で、令嬢達が頬を染めながら口々にそう騒めいていたことを。





「皆様、今日はごめんなさい。そして、ありがとうございました」


ロヴィーサとヴィルヘルムを見送った後、改めて頭を下げるマリッカに、令嬢達は一斉に首を横に振った。


「お顔をあげてくださいませ。お役に立てて、何よりでしたわ。わたくし達、本当に”リナリア”のファンなのですもの」


そして、ライラの発した言葉に大きく頷く。


「仕切り直しのお茶会、楽しみにしております」


「そうね。その時は、あの方はいらっしゃらない訳ですし」


マイサのことを、あの方、と表現し、令嬢達は戸惑うように顔を合わせた。


「ええ、そうね。それにしても、あの方、聞きしに勝る凄さでしたわね」


しみじみと言うマリッカに、令嬢達も頷き合う。


「まさか、この国で一番仲のいい婚約者、と名高いおふたりに割り込もうとするなんて」


「クラミ伯爵令嬢が邪魔をする、だなんて、お門違いも甚だしいですし」


「モント伯子息の溺愛ぶりを、ご存じなかったのかしら?」


「「「有名ですのにねえ」」」


奇しくも同じ言葉を全員が同時に呟き、令嬢達は顔を見合わせて笑い合った。






ブクマ、評価ありがとうございます。





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