茶会にて~会戦~
「皆さま。本日はお集まりくださりありがとうございます。近しい年齢の女性同士、楽しい時間を共に過ごしましょう」
主催者であるマンニスト侯爵令嬢マリッカの挨拶で始まった茶会は、和やかな雰囲気のなか進行していった。
今回の茶会では、庭のあちらこちらでお茶を楽しめる工夫がされており、令嬢達は自由に行き来しながら交流を深めている。
「まあ。その耳飾り、とても素敵ですわね。失礼ですけれど、”リナリア”のものではありませんこと?」
「ええ、そうですわ。もしかして、そちらのブローチも?」
令嬢が集まれば、当然のように今話題の装飾品の話に花が咲き、笑顔の輪が広がっていく。
その話題の中心が自分の作品とあって、ロヴィーサは照れ臭くも嬉しい気持ちを感じていた。
「ふふ。大人気ね、ロヴィ」
からかうようにつついて囁くマリッカに、ロヴィーサも本心を隠すことなく頷く。
「実際に身に着けている方に、ああやって喜んでもらえるの、本当に幸せ」
自分の作品を嬉しそうに身に着けてもらえる。
その幸福を噛み締めていたロヴィーサは、しかし次の瞬間驚きに目を見開くことになった。
「皆様。わたくしの作品を喜んでくださって嬉しいですわ。わたくし、そちらの品々を企画、作成しました、パレン子爵家のマイサでございます」
茶会を楽しむ人々のほぼ中央に立ち、そう言って鮮やかに微笑んで見せたマイサに驚くロヴィーサの隣で、マリッカが、くい、と口角をあげる。
「まあ、自分から首を絞めるなんて。本当に御しやすいお馬鹿さんね」
扇の蔭で楽し気に笑いながら、マリッカがロヴィーサに囁く。
何故マイサが自分も居るこの場でそのようなことを言い出したのか、そして何故マリッカがマイサのことを、自分の首を絞める、御しやすい、と言っているのか。
謎だらけになってしまったロヴィーサは、混乱したままに辺りを見渡した。
「え?このお品は”リナリア”のものですよ?」
ひとりの伯爵令嬢が、怪訝な目をして自分の耳飾りに触れ、マイサに言う。
「ええ。わたくしのブローチも”リナリア”のものですわ」
そうして次々、多くの令嬢が自分の品は”リナリア”のものだと訴え、惑うようにロヴィーサとマイサを見比べた。
「ああ、なるほど」
その視線で、ロヴィーサは今日お茶会に来ている令嬢達、マイサ以外の全員が”リナリア”の持ち主が誰なのか、誰がその商品を手掛けているのか知っているのだと理解し、故にさきほどマリッカが『自分から首を絞めた』と言うに至ったのだと知る。
「マリッカ、ありがとう」
マイサが騙りをはたらいたのだ、と言っていたマリッカ。
恐らくはロヴィーサが知らない多くのこのような場で、マイサは”リナリア”が自分の店であり、その商品の開発、制作をしているのは自分だと言っていて、それを知ったマリッカが今日という場を設けてくれたのだと理解したロヴィーサは、そう言ってマリッカの手を握った。
まさかこれほど堂々と、多くのひとの前で言い切ると思っていなかったロヴィーサには、成し得なかったこと。
「仕上げは任せるわよ」
「ええ。任せて」
ひそやかにマリッカと会話を交わしたロヴィーサは、マイサが憎しみを込めた目で自分を見ているのに気づき、不思議に思いつつも凛と胸を張る。
パレン嬢は、私が”リナリア”の経営者で商品開発をしていることを知らない。
それに、私達は今日が初対面。
なのになぜ、これほど憎しみを込めた目を向けられるのか、判らないけれど。
でもきっと、次に言う言葉は。
「ですから、その”リナリア”がわたくし、マイサ パレンの店なのです・・・まあ、ロヴィーサ。貴女もわたくしの作品を身に着けているのね。御贔屓ありがとう、というところかしら?」
ロヴィーサが予想した通りの言葉を音にしたマイサは、勝ち誇ったようにロヴィーサに声をかけた。
皆が欲しがる装飾品の作者が自分だと知れれば、羨望の眼差しを独占できる。
そう思っていたマイサは、これまでと違い、皆の視線には自分への羨望など無く、しかも何故か彼女達の視線の先にロヴィーサがいるのを見て、苛立ちと戸惑いを強めていた。
彼女達が、何故ロヴィーサを見るのか判らない。
判らないから、苛々する。
けれどその苛立ちを何とか押し隠し、自分の方が優位にいるのだとロヴィーサに知らしめるため、ロヴィーサを下に見た発言をする。
「パレン子爵令嬢。わたくし達、今日が初対面ですわよね?ですからご存じないのかもしれませんけれど、我が家は伯爵の地位を賜っております」
初対面の子爵令嬢に呼び捨てにされ、店や作品を自分のものだと言われたロヴィーサこそは、眉を顰めたいのを懸命に堪えて問いかけた。
「ヴィル様を惑わす悪女なんて、呼び捨てで充分よ」
「ヴィル様?」
「ヴィルヘルム モント様よ!あの方に相応しいのはあたしなのに、あんたが邪魔をするから!」
乱れる言葉で言われた内容に、ロヴィーサはマイサを凝視してしまう。
この方が、ヴィルが密かに想う令嬢?
一瞬そんな思いが過るも、礼儀には殊の外気を遣うヴィルヘルムが、このような礼儀知らずに惹かれる訳はない、と気持ちを持ち直した。
「ちょっと何とか言いなさいよ!騎士団への特別訓練にだって幾度も見学に行ってるのよ、あたしは!」
「それで、多くの方々の前で、そのモント伯子息に愛称呼び名前呼びをすることを諫められ、モント伯爵家から勧告を受けて謹慎処分となり、騎士団からも出入り禁止を申し付けられた、のですわよね」
激昂するマイサに、ひとりの令嬢が静かに言い切り、ロヴィーサとマリッカへときれいな礼をした。
「これは。クルムラ伯爵令嬢」
「ライラ、とお呼びくださると嬉しいですわ、クラミ伯爵令嬢」
丁寧に礼を返すロヴィーサに、ライラは綻ぶような笑顔を向ける。
「まあ、羨ましい。では、わたくしのこともマリッカと呼んでくださいませ、ライラ様。もちろん、ロヴィーサの事も名前で。ね、ロヴィ?」
「ええ、もちろんですわ」
ロヴィーサの隣でそう微笑んだマリッカが、和やかに場を持ち、マイサへと目を向けた。
「それに。モント伯子息の婚約者が誰であるのかなんて、こちらにいる皆様は当然ご存じですのよ」
「な、なによ!そんなの親が決めた婚約で、ヴィル様だって迷惑してて」
「名前呼びをしないように、という厳重注意を受けたのではなかったの?」
声はとてもやわらかなのに、まったく笑っていないマリッカの瞳が冷たい。
そして同様に周囲の令嬢方の目もとても冷たく、ここにマイサの味方はいないのだと知らしめた。
「わ、わたくしを蔑ろにしたら、皆様にはもう”リナリア”の品は売りませんことよ?それでもよろしいの?」
切り札とばかりに再び取り繕うように言葉使いを直したマイサが言い、これでぐうの音も出まい、と挑発的な笑みを浮かべた。
「あの、先ほどから思っていたのですけれど。そのような虚偽の発言は罪になるのではありませんか?」
「詐欺のようですわよね」
しかし、ざわざわと令嬢に囁かれ、更に冷たい視線を向けられたマイサは、いつもとの勝手の違いに戸惑う。
いつもなら皆、マイサの機嫌を取ろうと媚びを売ってくるというのに。
先ほどの視線といい、何なのよ。
内心、苛々と面白くない思いで爪を噛むマイサは、その時ロヴィーサが動くのを見て動きを止めた。
「パレン子爵令嬢。わたくしが持つ店の名も”リナリア”と言いますの。偶然ですね」
静かな笑みを湛え、すぅ、と一歩前に出たロヴィーサが、穏やかな声でマイサに言う。
「なっ」
「わたくしの”リナリア”は、貴族街と平民地区の境にありまして、装飾品も多く扱っております」
声を荒立てることなく言葉を繋ぐロヴィーサに、マイサは真っ青になった。
「”リナリア”は、わたくしと兄の共同経営で、大元の持ち主は父ですの。そして、わたくしがしているのは、商品開発とその作成。偶然、ですね」
「なんであの店があんたの・・っ!」
「あの店、とは?それは、貴女のお店のことですの?」
じり、ともう一歩前に出たロヴィーサに、マイサが突然飛びかかった。
「”リナリア”よ!”リナリア”って店はひとつしかないでしょうに!なんて嫌味なの!やっぱりあんたなんてヴィル様に相応しくない!ああ、それにしても”リナリア”があんたの店だなんて!だけど、どうせ誰かに作らせてんでしょ!この詐欺師!」
そして、ロヴィーサの襟を強く締めあげ後ろに突き飛ばすと、テーブルからつかみ取った果物ナイフをロヴィーサに幾度も振り下ろす。
果物用とはいえ、切れ味を誇る逸品であるそれは凶器としても抜群の働きをし、ロヴィーサはドレスを切り裂かれながら、マリッカが他の令嬢達を遠ざける間だけでも、と、懸命にマイサを引き付け、その動きを避け続けた。
その間に護衛騎士がマイサとロヴィーサの間に割り込み、マイサの動きを封じる。
「わたくしは、自分で考え作品を生み出しています。それを偽るような真似、絶対にしません。己の誇りのために」
「っ!馬鹿にして!なんで”リナリア”まであんたのものなのよっ!これで上位貴族に繋がり持てて、ヴィル様の傍に居られるって思ったのに!」
「そんな偽りで、ヴィル様のお心が得られるとでも思ったのですか。今回の貴女の行動、とても許せるものではありません。ヴィル様と”リナリア”。わたくしの大切なものを、貴女は汚したのですから」
ロヴィーサが冷静にそう言ったとき、マイサの瞳が、ぎらりと光った。
「なら、二度と作れないようにしてやる!」
そして、マイサの手から、きらりと光る何かが飛んで。
ざしゅっ。
次の瞬間、嫌な音と共に顔を庇ったロヴィーサの手首から血が流れ出した。
そこには、突き立ったままのナイフ。
「はははっ!ばっかじゃないの!ナイフなんていっぱいあったでしょうが!」
痛みに顔を歪めるロヴィーサを、楽しくて堪らないと言いながら指さし笑い続けるマイサを、周囲の令嬢達は怯えたように見つめている。
「ロヴィ!」
悲痛な叫びと共にマリッカがロヴィーサの手首からナイフを抜き取ろうとして、騎士に止められた。
「出血が、ひどくなります」
そう言った騎士は、ひと言ロヴィーサに触れる許可を取ると、慣れた手つきで止血をし、ナイフを引き抜く。
「ふふふっ!これで傷物になったあんたは、ヴィル様に見捨てられるんだわ!いい気味!」
狂ったように笑い続けるマイサに、ロヴィーサは冷静な目を向けた。
「パレン子爵令嬢。今回の”リナリア”とその商品について騙った件、クラミ伯爵家として正式に訴えさせていただきます」
ありがとう、と応急処置を終えた騎士に礼を言い、ロヴィーサは静かにマイサに告げる。
「別にいいわよ。どうせパパがお金を払ってくれるから放免されるし、パパはあたしを責めたりしないから」
痛くもかゆくも無いわ、とマイサは下卑た笑いを繰り返す。
「ロヴィ!」
けれどそこへ駆け込んで来た人物を見て、マイサの瞳が一瞬で凍り付いた。
「なんで・・・どうしてここに・・・」
ブクマ、ありがとうございます。




