すれ違いのはじまり
「え?行けない?」
「そうなの。ちょっと都合つかなくて。ごめんね」
休日前、帰り支度を終えた教室で、いつものように誘いの言葉をヴィルヘルムから受けたロヴィーサは、そう言って両手を顔の前で合わせ謝った。
「それは、1日かかることなのか?」
「そうなの」
だから、他のひとを誘って大丈夫だよ、と続けそうになる口を、ロヴィーサは何とか堪え閉じる。
そこまで言ってしまっては、行けないというのがヴィルヘルムのための嘘だということがヴィルヘルムにばれてしまう。
そうなっては本末転倒、と、ロヴィーサは、むぐりと口を噤んだ。
「そう、か」
しかし、喜ぶと思ったヴィルヘルムは何故か気落ちした様子で佇んでいる。
「あの、ヴィル?」
「ああ、いやすまない。じゃあ、帰ろうか」
そう言っていつものように手を差し出すヴィルヘルムに、ロヴィーサもそれ以上何も言えずに従った。
本当ならここで、今日からは別々に帰ろう、と言うつもりだったのだが、ヴィルヘルムの様子に気を削がれ、ロヴィーサはその言葉を呑み込む。
結局、ロヴィーサはいつもの通りヴィルヘルムと手を繋いで馬車まで行き、ヴィルヘルムの家の馬車で邸まで送られ、また週明けに、といういつも通りの言葉、いつもは休日終わりに聞く言葉を前倒しで聞くこととなった。
「おかしなヴィル」
ヴィルヘルムは、ロヴィーサが休日の誘いを断っても嬉しそうではなかった、それどころかどこか寂しそうにさえ見えた。
それが、これまたいつも通りヴィルヘルムの家の馬車を見送るロヴィーサには不思議だったのだが。
「そっか。私の前で喜ぶわけにもいかないものね」
それならば、今頃馬車のなかで大喜びしているのだろうか、とロヴィーサは空を見あげてヴィルヘルムの美しく輝くサファイア色の瞳を思う。
「今から誘って、間に合うかな?どうか、ヴィルの恋が叶いますように」
そして、輝く夕星に、幼馴染の恋の成就を願った。
お星さまも苦笑されているに違いありません。




