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露店巡り








 「氷菓子が、あそこまで人気のあるお菓子だなんて、知らなかったわ」


 騎士団での特別訓練の帰り道。


 空になったバスケットを嬉しそうに持って、ロヴィーサが隣を歩くヴィルヘルムに弾けるような笑顔を向けた。


 「ああ。俺も知らなかった」


 一方のヴィルヘルムは、ロヴィーサが差し入れを配っていた時の、それはもう嬉しそうな、  有体に言うなら、でれでれそわそわしていた騎士達の様子を思い出して苦い表情になる。


 ロヴィーサが全員に配り終わるまで、一体何度『ロヴィは俺の婚約者だ!』と叫びたくなったことか。


 「訓練の後だから、冷たいものがいいかなあ、と思ったのだけれど。ヴィルはどうだった?」


 果汁を凍らせ、それを削ってまた凍らせて、を幾度か繰り返したものを最終的にひと口サイズに纏めたのはロヴィーサの発案で、これなら座って食べることが出来なくとも大丈夫、と胸張って言える自信作だったのだが、いかんせん、ヴィルヘルムの反応が気にかかる。


 喜んでくれてはいたけれど、と、ロヴィーサがヴィルヘルムの目を見つめれば、そのサファイアの瞳が驚いたようにロヴィーサを見つめ返した。


 「俺?俺の反応が、気になる、のか?」


 今日、あの騎士達のなかにロヴィーサの憧れの騎士が居るのかもしれない、と、その疑い筆頭であるラハティネンを含む全員を疑惑の目で見ていたヴィルヘルムは、ロヴィーサが自分の反応を気にしていたことに驚きを隠せない。


 「当たり前でしょ。私はヴィルの応援に行ったんだから」


 何を当たり前のことを、と、驚くヴィルヘルムを怪訝な目で見て、ロヴィーサは繋いでいるヴィルヘルムの手を軽く揺すった。


 「で、どうだった?」


 「嬉しかった。美味しかったのももちろんだけれど、加工に物凄く工夫をしてくれていて、それが凄く」


 騎士ひとりひとり丁寧にロヴィーサが配ったのは、ひと口サイズの氷菓子が三つずつ入った袋。


 その袋は、ロヴィーサの魔力で丸二日は冷凍状態を保てる、という優れもので、その場ですぐに食べられなかった騎士達も、嬉しそうに持ち帰ると言っていた。


 「良かった。味もね、ヴィルの好きな果物の果汁にしたの気づいた?」


 「ああ。そういえば、そうだった。そうか、あれってわざわざそうしてくれたのか」


 ロヴィーサの心づくしの氷菓子。


 それを向けられた相手は誰なのか、などという事も考えていたヴィルヘルムは、その相手が自分であったと知って、心があたたかなもので満ちていくのを感じた。


 「でも、なんかすごく安心した。私が行ったら、やっぱり邪魔なんじゃないかな、って思っていたから」


 そんな雰囲気は少しも無くて心底ほっとした、と言うロヴィーサに、ヴィルヘルムは訝しい目を向ける。


 「見学者などたくさんいるのだから大丈夫だ、と言っただろう?なんでそこまで心配するんだ?」


 「え、だって。ヴィルが嫌がるかな、って」


 もしも婚約者と密かに想う女性が鉢合わせしたら、とは考えないのか、それとも、そうなったら迷わず密かに想う相手の手を取るのか、と、そうなった状況を想像したロヴィーサは哀しい気持ちになった。


 ヴィルヘルムが、自分の目の前で自分以外の女性の手を取り、自分はひとり寂しくその情景を見つめる。


 考えただけでも辛い、とロヴィーサは思考を閉じるように目を伏せた。


 「そんな訳ないだろ。色々複雑な思いはあるが、また来て欲しいくらいだ」


 周りの騎士、特にラハティネンの存在が気にはなるが、ロヴィーサが見学に来てくれる、というのは予想以上に嬉しく力の入る事象だった、とヴィルヘルムは我ながら単純だと苦笑を禁じ得ない。


 「本当?私が行っていいの?」


 色々複雑、というところにヴィルヘルムの葛藤を感じるも、見学に行けるのは嬉しい、とロヴィーサが言えば。


 「ああ。もちろん」


 即座に、迷いない答えが返った。


 「じゃあ、また行きたい」


 「待っている」


 何となく照れ臭くなって、ふふ、と笑い合ったふたりは、手を繋いだまま昼下がりの街を歩き、やがて露店の並ぶ通りに出た。


 「ロヴィ。時間、平気か?」


 そうして、ヴィルヘルムがロヴィーサの顔を覗き込むようにして問えば、ロヴィーサは瞳を輝かせて了承の言葉を発する。


 「平気よ。ヴィルは?」


 「俺も平気。じゃあ、少し寄って行こう。ロヴィは何食べたい?」


 「何がいいかなあ。ヴィルは?あんなに動いたのだもの。お腹すいているでしょう?」


 立ち並ぶ露店の何処かで買い物をし、この先の公園のベンチで食べる。


 それが定番となっているヴィルヘルムとロヴィーサは、手を引いたり引かれたりしながら、露店を覗いて行く。


 「そうだな。やっぱり腸詰を挟んだパン、かな」


 「あれ美味しいよね!」


 ヴィルヘルムが、もう幾度も食べたことのあるそれを選べば、ロヴィーサも瞳を輝かせた。


 「じゃあ、ひとつはそれとして。ロヴィは?何がいい?」


 「どうしようかなあ。お菓子系は、さっき氷菓子食べたし」


 きょろきょろと周りを見、首を傾げて真剣に考えるロヴィーサを、ヴィルヘルムが優しい瞳で見つめる。


 「ゆっくり考えていいぞ」


 そして、ぽんぽん、と優しく頭を叩けば、暫くうんうんと唸っていたロヴィーサが、やがて意を決したように顔をあげた。


 「決めた。串焼きと迷ったけれど、今日は骨付き肉にする!豚の!」


 「何をそんな、決意表明みたいに」


 無駄にきりりとした表情を浮かべるロヴィーサが可笑しくて、ヴィルヘルムはその頬をつついてしまう。


 「もう。豚の骨付き肉、嫌なの?」


 頬をつつくヴィルヘルムの指を掴んでロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムは緩やかに首を振った。


 「いいや、むしろ食べたい。でも、骨付き肉だと半分に出来ないだろう?」


 基本、この露店で買った物はふたりで半分にして食べるのが習慣になっているヴィルヘルムが言えば、ロヴィーサがそれこそ決意したように力強く頷く。


 「うん、判っているわ」


 「俺は平気だけれど。そうするとロヴィには量が多いんじゃないか?」


 貴族よりも平民の方が圧倒的に多く来るこの通りの露店で売られている料理は、基本的に量が多い。


 しかも、骨付き肉のなかでもその重量を誇る豚を一本食べてしまえば、腸詰を挟んだパンを半分は食べられなくなるのでは、とヴィルヘルムは心配した。


 「うん。だからね、腸詰のパンは今日、三分の一にしてもらおうと思うの」


 「なるほどな。でも、それでも多くないか?」


 自邸で食べる肉とはサイズや脂身の量が違う、とヴィルヘルムは尚も心配するけれど。


 「多いかもしれないけれど、訓練後のご褒美は肉が一番、って聞いたから。重量があると尚いい、とも」


 「訓練後のご褒美、って。それって俺へのってこと?」


 「ここにいる該当者はヴィルしかいません~」


 笑いながら言うロヴィーサが、ヴィルヘルムの手をぐいぐいと引いて歩き出した。


 「訓練後の褒美には肉、なんて、いつ誰に聞いたんだ?」


 「ラハティネン様よ」


 ロヴィーサに手を引かれ歩きながらヴィルヘルムが問えば、ロヴィーサがあっけらかんと答える。


 「ラハティネン様?」


 要注意人物筆頭の名を聞いて、ヴィルヘルムの足が止まる。


 「そうよ?今日の帰り、ヴィルに何かごちそうしたいのだけれど何がいいでしょう、って相談したの」


 少し照れたようにそう言って笑うロヴィーサは可愛い。


 「そうなのか」


 「うん・・・あっ!」


 自分のために、そのようなことを聞いてくれたのか、としみじみ嬉しく、さぞかしラハティネンは複雑な心境だっただろう、と慮るヴィルヘルムの手を、ぎゅ、と握ってロヴィーサが声をあげた。


 「どうした?」


 「私、ラハティネン様にあんなこと聞いちゃって、しかも今日の差し入れはお肉じゃなくてお菓子だったわ。失礼だったかな?」


 「気にすることはない。そんなことを気にするような、狭量な方ではないさ」


 心配そうにヴィルヘルムを見あげるロヴィーサの肩を、ぽんぽん、と叩き、ヴィルヘルムはラハティネンの懐の深さを説く。


 「素敵な先駆者がいて、よかったわね」


 「ああ、本当に。心から尊敬できる方だ」


 ロヴィーサがラハティネンを褒めても、先の余裕があるからなのか、動揺も無い。


 そんな自分が嬉しくて、ヴィルヘルムはロヴィーサの髪に素早く唇を落とした。








『ありがとうございました』


『お邪魔いたしました』


ふたり仲良く並んでラハティネンに挨拶をし帰って行くヴィルヘルムとロヴィーサの背を見つめ、ラハティネンは深いため息を吐いた。


「はあ。あんなにしごいたのに、元気な奴」


大人げないと言われようと、ヴィルヘルムがロヴィーサから褒美を貰えると聞けば羨望を止められず。


あわよくば、ばてて寄り道など出来ないように、などというラハティネンの姑息な考えなど打ち破る勢いを保ったまま、ヴィルヘルムは訓練を終えた。


「入り込む隙は無い、か」


ヴィルヘルムを喜ばせたい、と瞳を輝かせて言ったロヴィーサを、ラハティネンは複雑な感情と共に思い出す。


ラハティネンが初めてロヴィーサと会ったとき、既にその横にはヴィルヘルムがいた。


ロヴィーサが幸せに笑っていてくれるのが嬉しい。


けれど、それが自分の隣だったらもっと。


「鍛錬が足りないのは俺の方、か」


それでも振り切れない想いを抱いて、ラハティネンはロヴィーサ手作りだという氷菓子を切なく見つめた。





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