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訓練見学と差し入れの氷菓子







 「「「ラハティネン様~!!」」」


 「こっち向いてくださーい!!」


 「「「シミラ様~!!」」」


 騎士団における特別訓練。


 その見学場所で、差し入れを入れたバスケットを胸に抱いたまま、ロヴィーサは色々な意味で圧倒されていた。


 まず、実際に戦場で使う武具を用いての訓練は騎士達の迫力が凄いし、見学場所は、その騎士達にかかる黄色い声が物凄い。


 初めて訪れたロヴィーサは、ひとり慣れないその状況に借りて来た猫のような心持になり、片隅でそっと訓練を見つめていた。


 「あ、ヴィル」


 しかして特別訓練生であり、自身の応援対象であるヴィルヘルムの姿が見えれば、段々と気持ちも向上し。


 「ヴィル!負けないで!」


 終には、柵から身を乗り出す勢いでそう叫んでいた。


 「あ」


 しまった、と思った時には周囲の視線はロヴィーサに釘付けとなっていて、ロヴィーサは赤くなりながらも、周りも叫んでいたのにどうして、と思わずにいられない。


 それは、前回マイサ パレンがヴィルヘルムを愛称呼びしたときの状況を知っている面々が、思わず取った行動だった、のだが。


 「ロヴィ!」


 彼等、彼女等は前回とは違い、満面の笑みでヴィルヘルムの愛称を叫んだ令嬢のものと思われる愛称を呼び返し、己の槍を大きく振ってパフォーマンスする、というヴィルヘルムの姿を見ることとなった。


 「やあ、クラミ嬢。よく来てくれたね。歓迎するよ」


 しかも、騎士団でも人気のあるラハティネンが、破壊力抜群の微笑みを湛えながら見学場所へ近寄って来るという初の事態に、周りはパニックになった。


 「ラハティネン様。お邪魔しております」


 そんななか、その状況が普段とは全く違う、ということを知らないロヴィーサは、ただひとり平常心で、侯爵令息でもあるラハティネンに貴族令嬢としての礼をする。


 「うん。応援があると、訓練にも一段と力が入るようだ。皆も、ありがとう」


 そして、如才無いラハティネンが周りの女性達にも微笑みかけたものだから、黄色い声と共に倒れる令嬢も出るほどの状況となり、ロヴィーサは呆然としてしまう。


 「ロヴィ!」


 その時、ラハティネンの登場で騒然となっている見学場所に、というよりもそこに居るロヴィーサ目掛けてヴィルヘルムが物凄い勢いで駆けて来た。


 「ヴィル!」


 「槍の扱いが、本当にうまくなったな、ヴィルヘルム。パフォーマンスまで出来るようになるとは、感慨深い」


 にこにこと言うラハティネンの瞳には、ヴィルヘルムを揶揄う色が浮かんでいて、ロヴィーサを意識して、普段やらないことをやった自覚のあるヴィルヘルムは羞恥に耳が熱くなる。


 そして、そんなヴィルヘルムのマイサに対するときとの雲泥の差に、周りはヴィルヘルムのロヴィーサへの並々ならぬ愛情を見て取り、微笑ましい表情になった。


 「ヴィルが、魔術だけじゃなくて、剣や弓も凄いのは知っていたけれど、槍もなんて!ねえ、いつのまに?」


 けれど、そんな事情を知らないロヴィーサは、瞳を輝かせてヴィルヘルムを見つめ褒め称えた。


 「お前だって、いつのまにか彫刻まで凄い腕になっていたじゃないか。それと同じだ」


 照れ隠しのようにヴィルヘルムがロヴィーサの髪を撫でれば、周りは瞳を凝らしてその仕草を見つめる。


 周囲のことなど忘れて見つめ合うふたりはとてもお似合いで、これでは確かにあのマイサ パレンなど入る隙は無いな、と、観覧者と化した周囲は納得し頷き合った。


 「ところでクラミ嬢。今は、ちょうど休憩となったところなのだが」


 ふたりの世界を構築するロヴィーサとヴィルヘルムの間に、果敢にも入り込むように言ったラハティネンに、ロヴィーサは胸に抱えたバスケットの存在を思い出した。


 「ヴィル、これ氷菓子なの。差し入れに、と思って持って来たのだけれど、どうしたらいいのかな?」


 「氷菓子か!もしかして、ロヴィの魔法で凍らせた、あれ?」


 「うん、そう」


 「そうか!それは楽しみだ」


 瞳を輝かせるヴィルヘルムが嬉しくて、ロヴィーサはバスケットを差し出す。


 「はい、どうぞ」


 「ああ、ありがとう。ロヴィ、こっちだよ」


 「え?」


 自分は、差し入れを渡すだけだと思っていたロヴィーサは、柵越しにヴィルヘルムに示され、きょとんと見返した。


 「見学者も一緒に差し入れを食べられる場所があるんだよ、クラミ嬢」


 微笑み言うラハティネンに、ロヴィーサは、でも、とヴィルヘルムを見る。


 「私も一緒で、いいの?」


 そんなことをしたら、密かに想う相手と上手くいったとき良くないのでは、とロヴィーサは周りを見るも、ただロヴィーサが遠慮をしていると思っているヴィルヘルムは、明るい表情で大きく頷いた。


 「もちろんだよ・・・んっっんんっ」


 そして、当然のように一緒に歩いて行こうとしているラハティネンに向かい、わざとらしい咳払いをする。


 「ですが、何故ラハティネン副団長まで当然のように付いていらっしゃるのでしょう?」


 柵越しとはいえ、ロヴィーサと歩調を揃えて歩き出しつつ、ヴィルヘルムが厳しい瞳をラハティネンに向けた。


 「私が居れば、個室を使えるぞ」


 「ぐっ」


 何やら楽しそうに言うラハティネンに、ヴィルヘルムが悔しそうな表情になる。


 「ヴィル!氷菓子、皆さんの分も、と思って作って来たから!数、充分あると思うの!もしもっと食べたい、っていうなら、いつでも作るし!」


 そんなヴィルヘルムを見たロヴィーサは、ヴィルヘルムが、好物である氷菓子を自分が確保できない可能性を慮っているのだと勘違いし、必死で説明した。


 「そうだな。俺は”いつでも”ロヴィの手作りを食べられるものな。氷菓子に限らず」


 ヴィルヘルムの腕を掴む勢いで言ったロヴィーサに、今度はヴィルヘルムが勝ち誇ったように言い。


 「婚約者特権、か」


 ラハティネンが、それはもう苦い顔で呟いた。





「何もひとりずつ、手渡さなくても」


騎士や訓練生ひとりひとりに、丁寧に差し入れの氷菓子を手渡すロヴィーサに、ヴィルヘルムが複雑な気持ちを隠せず呟けば。


「それに関しては、心の底から同意する。休憩後、少し絞るか」


にやけた顔でロヴィーサから差し入れを受け取る彼等に、ラハティネンは、休憩後もっと厳しい指導をしよう、と決意し。


「職権乱用はどうかと」


それに対しては、やりすぎだとヴィルヘルムが苦笑して返せば。


「心配するな。婚約者特権を持っているお前を一番鍛えてやる」


ラハティネンは、本気か嘘か判らない瞳で、にやりとヴィルヘルムを見たのだった。




結果。


ヴィルヘルムの能力は、更に進化した。

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