お兄ちゃんと一緒。
「ロヴィ」
ロヴィーサに案内されるままに来たヴィルヘルムは、しかしロヴィーサが入ろうとしているのが一軒の工房であることに気づき足を止めた。
「どうしたの?」
「ここ、俺が入るのはまずいんじゃないのか?」
言いつつ、ヴィルヘルムは扉に付いている、小鳥を象った関係者以外立ち入り禁止、のプレートを指さす。
「ああ。ここ、私の作業場だから大丈夫」
慎重な顔で言うヴィルヘルムにロヴィーサが笑顔で答え、慣れた仕草で鍵を開けると、どうぞ、と扉を開いた。
「そうなのか。そういえば、ここお前の店の裏側か・・・ああ、いや。でも俺は部外者だし」
改めて建物の位置関係を把握し、納得しかけたヴィルヘルムだが、自分は部外者なのだから、と足を進めようとはしない。
「ヴィルも関係者だから、平気」
「いや、確かに俺はお前の婚約者だが。ここ、お前の店関係の商品を作っている場所なのだろう?開発中のものとか、あるんじゃないのか?」
婚約者だからといって、仕事の機密に触れさせるような真似は、と言い募るヴィルヘルムに、ロヴィーサはやわらかな笑みを浮かべた。
「私の婚約者だから、じゃなくて、ヴィルは関係者だから、平気」
「え?別に、俺は出資などしていないが?」
必要とされれば幾らでも出資したのだが、との残念な思いも込めてヴィルヘルムが言えば、ロヴィーサがくすぐったそうに首を竦める。
「うん、そういうことじゃなくてね・・・って!ヴィル可愛い!そういう顔すると、小さかった頃の可愛いヴィルが帰って来たみたい!可愛い!!目がくりくりってして、ほんとすごくかわ・・・いたっ!!」
何故自分が関係者なのか、と、きょとんとなったヴィルヘルムにロヴィーサがはしゃいで言えば、すかさずヴィルヘルムのげんこつがロヴィーサの頭に落ちた。
「いーたーいー」
両手で自分の頭を抱え、ロヴィーサが涙目で訴える。
「加減はした」
「当たり前だよね!?自分の力の強さ、知っている!?」
ああ、本当に痛い、と目尻の涙を拭ったロヴィーサが、ヴィルヘルムを恨めしい目で見あげた。
「くだらないことを言うからだ」
「くだらなくないもん。それに、ただの真実だもん」
「なっ・・・真実、ってお前な」
「だって、本当に可愛かったんだよ?鏡があれば証明できるのに」
「そんな訳な・・って、ああ、もう。悪かった」
おざなりに言って、ヴィルヘルムがいじいじと言い続けるロヴィーサの髪を撫でれば、今度は髪が乱れたと言ってロヴィーサが苦情を述べる。
「ちょっとしゃがんで!ヴィルの髪も、わしゃわしゃするから!」
身長差があるため、やり返そうにも、思うようにヴィルヘルムの髪を乱せないロヴィーサが、ぴょんぴょんと跳ね、懸命に手を伸ばすも、ヴィルヘルムが少し背を反らせば、その手は空振りを繰り返すばかり。
「お前こそ、子どもの頃みたいで可愛い」
届かない、と懸命に飛び続けるなど、自分こそが可愛いのだと思い知れ、とヴィルヘルムはロヴィーサの額をつついた。
「何よ莫迦にして!どうせ私は小さいわよ!というか、ヴィルが大きいだけだからね!?私は平均・・・より少し小さいだけなんだから!」
平均より、やや小柄なことを普段から気にしているロヴィーサが悔しそうに訴える。
「莫迦になんてしていない。大体、大きくたって小さくたって、ロヴィはロヴィだろう。それに、他人を気にすることもない」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、やっぱりもう少し身長欲しかった」
「何か、切実だな。理由があるのか?」
動きを止め、しょんぼりと肩を落とすロヴィーサの目を覗き込んでヴィルヘルムが問えば。
「だって、ちょっと身長差ありすぎでしょ」
「身長差・・・誰と?」
「誰って、そりゃヴィ」
ロヴィーサが、その身長差を気にする相手。
それが憧れの騎士なのか、と身構えるヴィルヘルムに、ロヴィーサはするっとヴィルヘルムに決まっている、と言いかけ、寸でのところで口を噤んだ。
が。
「そんなの、ヴィルに決まっているだろう。お前が育ち過ぎたせいで、ロヴィはいつも言っているんだ。『ヴィルに釣り合う身長が欲しかったな』って」
「兄さま!」
「エルネスティ!」
突然聞こえた声に、ふたり同時に声をあげれば、エルネスティが気軽な調子で片手をあげる。
「よっ、ロヴィ、ヴィル。仲がいいのはいいことだけれど、せめて中に入ってからにしたらどうだい?」
からかうように言われ、ヴィルヘルムとロヴィーサは、自分達が未だ工房の入り口に立ったままでいる事実に気が付き、目を合わせて赤面し、慌てて工房の中へと入った。
「エルネスティ。さっきの、その。身長差、のことなんだが」
「んー?」
工房の一画に設置された応接セットに座ったヴィルヘルムは、落ち着きなく向かいの席に座ったエルネスティに声をかけた。
お茶を淹れて来るね、とロヴィーサが歩いて行った方を見れば、まだ戻る気配は無い。
「その、本当に俺のことで間違いない、のか?」
商品のデザイン画を見ているらしいエルネスティに囁くように聞けば、まるでヴィルヘルムを揶揄うような、にやりとした笑みが返った。
「何だ。違う、とでも言いたいのか?ん?俺じゃないかも知れない、自信が無い、って?」
「いや。だって、ロヴィに聞いたわけじゃない、し」
「そうか、そうか。でも、間違いないから安心しろ。なんたって俺は聞いたんだからな。『突進して抱き付いたとしても、ヴィルの顎にも掠らないと思う』って、しょんぼり言うのを」
エルネスティの言葉に、ヴィルヘルムの表情が目に見えて明るくなる。
「そうか。俺か」
「まあ、お前以外にもそういう相手がいる可能性も、あるがな」
意地悪く言うエルネスティに、ヴィルヘルムが目を眇めた。
「またそういう、上げて落とす意地の悪いことを」
「いや。だって、お前等見ていると面白くて」
「ひとをおもちゃみたいに」
ぶすっとしてヴィルヘルムが言っても、エルネスティはどこ吹く風。
ちっとも響いた様子は無い。
「お待たせー、って。何の話?」
そこへ、ワゴンを押したロヴィーサが戻り、ふたりへと笑顔を向ける。
「ああ。ヴィルとお前のことをちょっとな。それより、何か用事があって来たんじゃないのか?俺が居てまずいなら、席を外すが」
真面目な顔になって言うエルネスティに、ロヴィーサとヴィルヘルムは顔を見合わせた。
「俺は平気だけれど。ロヴィは?」
共同経営者であるエルネスティに秘密、ということは無いだろうけれど、とヴィルヘルムが問えば、ロヴィーサも笑顔で頷く。
「私も平気よ。ええと、ヴィルが気にしているのは、これ、だよね」
そう言って、ロヴィーサは受け取って来たばかりの箱を手元に引き寄せた。
「ん?何だ、それ。贈り物、か?ロヴィーサ。お前、ヴィル以外の誰かから贈り物を受け取ったのか?それで、ヴィルに問い詰められている、とかか?」
お互い想い合っているくせにすれ違う、というふたりが面白くて揶揄って来たが、これは本当に心配するべきなのか、とエルネスティがロヴィーサを見つめる。
「違うわよ。これ、エスコ親方の所で注文していた、あれ、よ」
エルネスティの言葉にロヴィーサが苦笑して答えれば、エルネスティの目が丸くなった。
「え!?あれを、こんな風に包んでもらったのか!?」
「包んでもらった、んじゃなくて、包んでくれた、のよ!女の子なんだから、こういうのがいいんじゃないか、って。工房の人達総出で」
目をきらきらと輝かせて包んでくれた人々を思い出し、ロヴィーサは遠い目になる。
「ロヴィ。その、あれ、とは何なんだ?俺が聞いてはいけないことなら、聞かないが」
そわそわとした様子でヴィルヘルムが聞けば、ロヴィーサがその可愛い包を開きながら笑顔で首を横に振った。
「ううん、平気よ。そのためにここまで来てもらったんだから。あのね、私がエスコ親方に注文したのは、細かい作業用の剣、っていうかナイフ?なの」
言いつつ、ロヴィーサはエスコ親方とその仲間達が造ってくれた、細かな場所への精緻な彫刻も可能な数種の刃物を取り出した。
「これは。かなり小さな刃だな。それに、色々な形がある。これで細工するのか?」
しげしげと刃物を見つめるヴィルヘルムにロヴィーサは頷き、エルネスティにも違う一本を手渡す。
「そうなの。貝殻や宝石に彫刻を施すのに、強度とか精密さとか色々必要で。それ専用に特注したのよ」
「貝殻に彫刻・・・初めて聞くな。だがしかしそうか。それで、あの工房に。エスコ親方は、細かい作業も得意だと評判だからな」
剣や槍などの他、投擲に使うような小型のナイフや暗器も、エスコ親方が造ったものは使い勝手の良さが段違いだ、というのは武器を実際に使う者や商品として扱う人間にとっては有名過ぎるほど有名な事実。
当然それを知るヴィルヘルムは、納得の表情で頷いた。
いやでも。
どうしてロヴィはエスコ親方のことを知ったのだろう。
もしかして、件の騎士に教えて貰った、とかなのか?
そしてすぐに浮かぶ、新たな不安。
「貝殻や宝石に彫刻、なんて発想が突飛だろう?まあそれでも、これまでもかなり細かな彫刻をして来たから、その道具で充分かと思ったのだが。ロヴィが、より小さな物により精緻な彫刻を施したいと言い出してね。俺がエスコ親方のことを教えたんだ。だから、安心していいぞ、ヴィル」
「ぐふっ・・っ」
にやりと笑ってカップに口を付けるエルネスティの言葉に、ヴィルヘルムは口にしたお茶を吹き出しそうになり、堪えたことで盛大に咽てしまう。
「何を安心・・・ってヴィル!大丈夫!?」
完全に気道に入ってしまったのか、涙が浮かぶほどの苦しさを味わったヴィルヘルムだが、そのことによりロヴィーサの気を逸らせたのは良かったと思う。
「へ・・へいき・・だ」
「無理しなくていいから。ゆっくり息して」
未だこほこほと咽ながらヴィルヘルムが言えば、ロヴィーサが優しくその背に触れた。
「そういえば、今年の学園の創立祭。お前等も、お揃いの衣装にしちゃったりなんかしたりするのか?」
寄り添い合うふたりを微笑ましく見つめていたエルネスティは、そう言って探るようにヴィルヘルムとロヴィーサを見つめる。
「創立祭・・・そっか、ダンスパーティ」
「ロヴィとお揃いの衣装」
ヴィルヘルムとロヴィーサが通う学園は、試験に合格した貴族だけが入学を許された学び舎で、季節ごとにパーティが行われる。
それは、一人前の貴族として社交していくための練習のようなもので、なかには制服で参加するような気軽なものもあるが、特別な位置付けを成されている創立祭ともなると話は大きく変わってくる。
他のパーティと比べても群を抜いて規模が大きく、学園外からの招待客も多く招かれる正式なダンスパーティのため、一年時からしっかりと盛装するのはもちろん、二年時ともなれば、エルネスティの言う通り仲がいい婚約者同士揃いの衣装で、などという貴族らしい試みをする者も出て・・こない、こともないが、それは稀である。
これが卒業記念ともなれば話が別であるが、創立祭では、エスコートする、であるとか、互いの色を身に着ける、というのが主流である、ということを卒業生であるエルネスティは当然知っている。
ヴィルヘルムとロヴィーサも、一年時の創立祭は経験済みではあるのだが、その辺りの情報には疎い。
揃いの衣装で創立祭に出たら、そりゃあもう、他は手出し不可能状態を宣言する、ってことなんだが、判っていないだろうな、このふたり。
エルネスティから見ても、決して鈍くは無いヴィルヘルムとロヴィーサだが、互いに互いしか見ていないため、婚活に勤しむ人々の間で飛び交う情報になど見向きもしない。
なので、このふたりほど創立祭でのお揃い衣装が相応しいカップルもいないだろう、とエルネスティはひとり満足気にカップを傾けた。
「ロヴィ。創立祭のドレスは、俺に贈らせてくれるだろう?それで、その。デザインも一緒に考えて、その。揃いに、とか。どう・・だ?」
視線を彷徨わせ、首を赤くしながら言うヴィルヘルムにロヴィーサの耳も赤くなる。
「う、うん。ヴィルが嫌じゃないなら、そうしたい、かな」
まったく。
これで相愛だって意識していないって、どういうことだよ。
そんな初々しいふたりを横目に、エルネスティはそっと優しい笑みを浮かべた。
からかったりもしますが、お兄ちゃんは見守り隊です。




