祝 開店
「開店おめでとう」
その日、ヴィルヘルムはロヴィーサの店の開店を祝うべく、真新しい店の扉を開いた。
「ありがとう、ヴィル。立派なお花も、とても嬉しかった。ほんとにありがとう」
店のなか、落ち着かない様子でそわそわとしていたロヴィーサは、ヴィルヘルムの笑顔にほっとしたように笑顔を見せる。
「気に入ってくれたなら、良かった」
開店祝いとはいえ、張り切って少し大きくすぎたかと不安に思っていた花籠が、店内で大切に飾られているのを見たヴィルヘルムは、嬉しい気持ちで花籠に並ぶロヴィーサを見つめた。
「とってもきれいで。何より、ヴィルの気持ちが嬉しかった」
にこにこと花籠を大切そうに見つめるロヴィーサは本当に可愛くて、ヴィルヘルムはこのまま閉じ込めてしまいたいような、たくさんの人に見せて自慢したいような、相反する気持ちに襲われる。
「へ、へえ。ペーパーウェイトか。これは使い勝手が良さそうだ」
そのままロヴィーサを見つめていると要らないことを言いそうで、ヴィルヘルムは慌てて方向を転換し、きれいに並べられた商品へと視線を移した。
「手に取って、重さを確かめてみて大丈夫よ」
ヴィルヘルムに並んで言いながら、ロヴィーサは、自室の机に大切に飾ってあるヴィルヘルム仕様のペーパーウェイトを思い出し、ひとり冷や汗を覚える。
商品として店に並べたものは、すべて花や蝶などをデザインしたもので、人物でさえないのでばれる心配も無いのに、とロヴィーサがひとり焦っていると。
「なあ、ロヴィ。これって、人物も彫れたりするか?」
まるで、ロヴィーサの心を読んだかのようにヴィルヘルムが言った。
「え?ええ!?なんでわかっ・・・っ!?」
焦りのままロヴィーサが叫べば、ヴィルヘルムが照れたように笑う。
「いや。ロヴィを象ったペーパーウェイトがあったら、仕事も勉強も捗りそうだな、と思って」
「!!!」
恐るべし婚約者。
自分と同じような思考回路に、ロヴィーサは驚きを禁じ得ない。
そしてロヴィーサは、驚き過ぎてヴィルヘルムが誰のペーパーウェイトを欲しいと言っているのか、その事実に気づけていない。
「その顔は、出来る、というか、既に造った、ということ、か。もう、誰かを彫ったんだな」
ヴィルヘルム仕様のペーパーウェイトを造ったことがばれてしまった、と焦るロヴィーサが、ひたすらこくこく頷くと、ヴィルヘルムは何故かとても悲しそうな顔になった。
「ヴィル?」
やはり、自分がヴィルヘルム仕様のペーパーウェイトを持っているのは不快なのか、と思うロヴィーサの前で、ヴィルヘルムが気合を入れて表情を戻す。
「ロヴィが誰を彫ったのか知らないけれど。俺は、ロヴィのペーパーウェイトが欲しい」
「え?私の?」
そこで漸くヴィルヘルムの要望を理解し、ロヴィーサは混乱した。
「ああ。ロヴィ仕様のペーパーウェイトを注文したい。どうしたらいい?」
「注文なんてしなくても、ヴィルならいつでも造る、けれど」
どうせなら、密かに想う相手仕様にすればいいのに、と思いかけたロヴィーサは、それでは自分に相手がばれてしまう、という事実に辿り着き、結果、ヴィルヘルムはロヴィーサ仕様で手を打ったのだろうという、明後日の方向の答えを導き出した。
「でも、これは商品だろう?この商品の特注品を頼むんだ。きちんとした方がよくないか?」
店内の他の客のことも意識した様子でヴィルヘルムが言えば、ロヴィーサとヴィルヘルムの会話に耳を澄ませていた周りが、慌てたように動き出す。
「もちろん、他のお客様でそういうご要望があれば、きちんと注文書を作成して、お受けするわよ」
頷いて、ロヴィーサはにっこりと店内を見回した。
「ヴィル!ペーパーウェイトの特注、たくさんもらえるようになったの!そこから、カーテンタッセルとかも!ヴィルのお蔭よ。本当にありがとう!」
「俺は、本当に欲しいものを欲しいと言っただけだ」
「それでも!ヴィルの発想のお蔭だもの!特注も出来るんですね、ってお客様に言われた時、はっとしちゃった!」
ヴィルヘルムの左腕に抱き付き、喜びを全身で表現するロヴィーサ。
その、きらきらと輝く瞳で見つめられて、ヴィルヘルムのなかに喜びが広がって行く。
「役に立てたなら、よかった」
抱き付かれると嬉しくて、でも凄く心臓は煩くて。
それでも、ロヴィーサを離れさせる、などという選択肢はヴィルヘルムには無い。
ロヴィ、大好きだよ。
その想いを込めて、ヴィルヘルムは、そっとロヴィーサの髪を撫でた。




