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思いついたら、即実行







 「この貝に、ヴィルを彫ったら素敵なのでは?ではでは?」


 その日の夜。


 入浴も終え、寝支度を整えてから、再びヴィルヘルムに貰った貝殻を嬉しく見つめながら、楽しかった今日一日のことを思い返していたロヴィーサは、突然天啓が降りたかの如くに閃いた。


 この貝にヴィルヘルムの彫刻を施し加工すれば、身に着ける装飾品に出来て、それこそいつでもヴィルヘルムと一緒の気持ちになれる。


 うきうきと、貝を見つめ、どのように彫刻を施そうか考えていたロヴィーサは、しかし、ここで大きな問題があることに気づいた。


 「今ある道具じゃ、大きすぎるわ」


 今ロヴィーサが持っている彫刻の道具で一番小さいものでも、かなり小さなものを彫ることが出来る。


 しかし、貝は繊細な素材なうえ、ヴィルヘルムを彫るのなら妥協はしたくないロヴィーサにとって、その道具でも大きすぎる。


 もっと緻密なものを自在に彫れる道具が欲しい。


 「作成依頼、しますか」


 そう決めると、ロヴィーサは早速、と立ち上がってガウンを羽織り、兄の部屋へと突撃した。








 「ここだわ」


 翌日、ロヴィーサはひとり一軒の鍛冶屋の前に立ち、緊張の面持ちでその店を見た。


 『お、お前な。兄とはいえ、俺だって一応男なんだぞ』


 昨夜、寝巻にガウン姿で居室を訪れたロヴィーサを、驚きの瞳で見つめつつも拒絶することなく迎え入れてくれた兄エルネスティを、ロヴィーサは感謝を込めて思い出す。


 確かに、ガウンを羽織っているとはいえ、貴族令嬢がそのような姿で男性の居室を訪ねるべきではないことなど、ロヴィーサも重々承知している。


 しかしロヴィーサは、ヴィルヘルムを貝に彫りたい、そしてそれを加工して装飾品として身に着けたい、故に、それを作成するための道具が欲しい、という己の気持ちを最優先とした。


 結果、夜、寝支度をしてから兄の部屋を突撃する、という暴挙になってしまったわけだが、ロヴィーサに後悔は無い。


 弾む心のままに、この貝にヴィルヘルムを彫りたいこと、加工して装飾品として身に着けたいこと、そのための道具が欲しいことをロヴィーサが伝えれば、エルネスティは少し考えてから、一軒の鍛冶屋をロヴィーサに教えてくれた。


 『そこの鍛冶屋の親方、エスコというんだが、その男は、この国で一番の鍛冶師だと言われているし、俺もそう思う。武器を得意としているが、細かな作業も巧みだ。相談してみるといい』


 そう言った兄は、『ただし、ロヴィーサがひとりで行って口説き落としてくること』と、宿題のように言い、楽しそうに笑った。


 恐らくは、共同経営となる自分への、兄の試験でもあるのだろう、とロヴィーサは緊張と共に気合を入れ、鍛冶屋の扉を開け、中の騒音に負けないように大きな声で来訪を告げる。


 「ごめんください!」


 精一杯お腹から声を出せば、鉄を鍛える音のなか、ひとりの男がロヴィーサへと近づいて来た。


 「ここは鍛冶屋だぞ?あんた、店、間違えていないか?」


 明らかに場違いなロヴィーサを見たその男は、怪訝な顔でロヴィーサに声を掛ける。


 「いいえ、間違えていません。今日は、エスコ親方にお願いがあって参上しました」


 凛とした声で言い、ロヴィーサは真っ直ぐな瞳で相手を見つめた。










 「あんた。彫刻や装飾品加工の為の道具を、俺に造れって言うのか」


 「はい。細かな作業もお得意だと聞きました。是非、お願いしたく思います」


 言いつつ、ロヴィーサは材料となるのが貝であるため、繊細な動きが可能な道具が欲しいことを伝え、参考としてこれまで己が作った作品を幾つかエスコの前に並べた。


 「貝を彫る。んなこと、聞いたこともないぞ」


 呆れたような声で言われ、ロヴィーサも苦笑する。


 「私も、聞いたことがありません」


 「自分も聞いたこと無いもん、造ろう、ってか」


 「はい、思いついてしまいましたので。けれど、その実現のためには親方さんのご協力が必須なのです」


 「俺じゃなくても、鍛冶屋はいるぞ?」


 「私は、親方さんにお願いしたいです」


 「ほう?また何で?」


 試すように言ったエスコの瞳が、きらりと光った。


 「こちらの皆さんは、生き生きと働いていらっしゃいます。仕事への誇りも、親方への熱い信頼も見えますし、何より造られた剣や槍が、とても幸せそうです」


 鍛冶屋の壁に掛けられていた剣や槍を思い出しロヴィーサが言えば、エスコがじっとロヴィーサを凝視する。


 「剣や槍が幸せ?」


 「はい。なので、私の道具も親方に造っていただきたいです」


 瞳をきらきらさせて言うロヴィーサを暫く凝視し続けたエスコは、やがて満足したように表情を緩めた。


 「あんたなら、道具、大事に使ってくれそうだな」


 そして、試すようにロヴィーサを見つめていたエスコは、やがてにかっと笑ってそう言った。


 「はい。必ず」


 そんなエスコに、ロヴィーサは上辺だけではなく、本当に大切に道具を扱おう、と改めて心で誓う。


 もちろん、今使っている道具もすべて含めて。


 「しかし、貝に彫刻する道具、となると、繊細な動きが可能なちっこい剣が欲しい、って言うようなもんだな」


 「そうなるでしょうか」


 最初、まるでやる気を感じられなかったエスコだが、ロヴィーサの話を聞き、参考にと持参した作品を見た途端、その目の色が変わった。


 「彫りたいのは、貝だけか?」


 「いえ。宝石にも彫刻を施すつもりでいます」


 「そうか。なら、一本だけじゃなくて、用途や素材によって変えられるよう、幾つか作った方がいいかもしれねえな。鋭角やら丸やら平のやら。大きさも変えて数本ずつ作った方がいいな。あんたのことだ。彫りたい柄だって複雑なんだろうし」


 ロヴィーサの作品を見ながら、エスコは既に道具の設計図が出来ているかの如く話す。


 「お願い、できますか?」


 「おうよ。ただし、この貝に彫る、って奴。俺にもひとつ、造ってくれ」


 願うような気持ちで問うたロヴィーサに、エスコは人の悪い笑みを浮かべ、そう言った。





エスコ親方は、無骨で無器用な愛妻家です。



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