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解決する誤解あれば、新たな誤解の種もある。







 「うわあ!美味しそう!」


 焼き立ての貝を前に、ロヴィーサは両手を胸の前で組んで瞳を輝かせた。


 「ああ、うまそうだ」


 ヴィルヘルムもそう言って貝を手に持ち、ロヴィーサと目を合わせる。


 「「乾杯!」」


 そうして、ふたり揃って貝をグラスのように合わせ、零れそうな程の汁気を楽しむ。


 それは、子どもの頃からの、ふたりが貝を食べる時の儀式。


 「美味しい!」


 「ははっ、子どもみたいだな、ロヴィ」


 「ヴィルだって!目が輝いているわよ?」


 笑い合い、揶揄い合って様々な海鮮料理を楽しむ。


 注文したものを、取り皿で分け合って食べるのも、いつものこと。


 「お、ロヴィ。この海老、凄く美味しいぞ、ほら」


 「このお魚、滋味深い、って感じがする。ヴィル、好きそう。食べてみて?」


 そして、互いに食べさせ合うのも、普段通りのこと。


 目を輝かせ、笑い合って心からふたりでの食事を楽しんでいるヴィルヘルムとロヴィーサは、そんな自分達を周りが温かい瞳で見守っているなど気づきもしないほど、ふたりの世界で幸せを感じていた。








 「お」


 食後、ふたりで浜を歩いているとき、ヴィルヘルムがふとそう言ってしゃがみ、何かを拾った。


 「どうしたの?」


 「これ。なかなかきれいじゃないか?」


 同じようにしゃがみ込んだロヴィーサにヴィルヘルムが見せたのは、白い貝殻。


 白く厚みもあるのに、角度によっては虹色に光るそれを、ヴィルヘルムはロヴィーサの手に乗せた。


 「本当。すごくきれい」


 「気に入ったなら、あげるよ」


 きれい、と言いつつヴィルヘルムに貝を返そうとしたロヴィーサにそう言って微笑んだヴィルヘルムは、自然な動作でロヴィーサに手を取り、共に立つ。


 「え?いいの?」


 「もちろん。ロヴィが好きそうだ、と思って拾ったんだから」


 小さな頃からきれいな貝殻を集めるのが好きなロヴィーサに、ヴィルヘルムが当然と頷いた。


 「ありがとう」


 大切に両手で包み、ロヴィーサは満面の笑みを浮かべる。


 そんなロヴィーサを嬉しく見つめ、ヴィルヘルムは再びロヴィーサの手を引いて歩き出した。


 さく、さく、と砂を踏む音と、穏やかな波の音がふたりの耳に優しく響く。


 「ロヴィ。今度は、何処か買い物に行こうか」


 歩きながらヴィルヘルムにそう提案されて、ロヴィーサは頷いた。


 「いいわよ。ヴィル、何か欲しいものがあるの?」


 当然のようにロヴィーサに聞かれて、ヴィルヘルムは目を泳がせる。


 「欲しいもの、は特にない、けど。その、噂の払拭・・・っていうのは建前で。エルネスティと街に行くなら、俺とでもいいじゃないか、というか、その」


 「噂の払拭?それは、しない方がヴィルには好都ご」


 「俺と街に行くのは嫌か?気乗りしない?」


 「そんな訳ないでしょ」


 「そうか。なら行こう」


 噂の払拭はしない方がヴィルヘルムには好都合の筈、と首を傾げながらも、何故か必死なヴィルヘルムに、ロヴィーサは真実を口にしてしまった。


 実際、ロヴィーサはヴィルヘルムと街歩きをするのが好きだったし、ヴィルヘルムが、今のようにほっとした表情で笑ってくれるととても嬉しい。


 ただ、益々ヴィルヘルムに惹かれてしまい、いざ婚約破棄となったその時、とてもではないが平静を保てそうもなくなってきていて、それはそれで心配ではあるが。


 「ヴィルは、私の噂が払拭された方が嬉しいの?」


 「当たり前だろう。騒いでいるのはごく僅かだが、見逃せるようなものでもない」


 深刻な表情で、ロヴィーサが浮気している、と訴えた令嬢を思い出し、ヴィルヘルムは眉を顰めた。


 「ありがとう。でも、それ多分すぐに払拭されると思う」


 新たな店が開店の日を迎えれば、誰もが判ること、とロヴィーサは思う。


 「ああ。心配せずとも、俺がきちんとしておく」


 しかし、ロヴィーサの言葉に力強く頷くヴィルヘルムに、ロヴィーサは少し困ったような笑顔を浮かべる。


 「それも嬉しいんだけど。あのね、兄さまと最近よく街に居るのは、ただ買い物しているだけじゃなくて。今度、一緒にお店を始めることになったからなの」


 ロヴィーサの父であるクラミ伯爵が大きな商会を持っていることは、事業の繋がりもあるモント伯爵家の後継であるヴィルヘルムは当然知っている。


 その商会が新しく開く店を兄エルネスティと共同経営することになり、商品開発と制作を担当するのだ、とロヴィーサに説明され、ヴィルヘルムは目を見開いた。


 「ロヴィが作った物を売る、ということか」


 「そうなの。それで、兄さまとよく街にいるのよ」


 今度開く店は、貴族と平民、両方が足を向けやすい立地にあるとあって、価格は色々なものを用意し、貴族も平民も入り易いような店構えを心掛けている。


 「そうだったのか」


 ロヴィーサから店の内装や商品のことを聞いたヴィルヘルムは、優しい瞳でロヴィーサを見た。


 「そうだったんですよ」


 それを受け、ロヴィーサは茶目っ気たっぷりに答えて笑う。


 この店が軌道に乗れば、ヴィルヘルムに婚約破棄されても何とか自活できる。


 そう思うロヴィーサが笑顔を見せれば、ヴィルヘルムが、ロヴィーサの手を、ぎゅ、と握った。


 「応援する。それにしても、ロヴィの作品か。昔からロヴィは絵が上手かったからな。絵を売るのか?それとも、始めたという彫刻の方?」


 「彫刻の方。カーテンタッセルとか、ナプキンリングなんかに彫刻をしているの。といっても私ひとりだと作れる数に限界があるから、職人さんにも教えるようにして」


 ロヴィーサが言えば、ヴィルヘルムが考える瞳になった。


 「絵は売らないのか?」


 子どもの頃からロヴィーサが描く絵を好むヴィルヘルムが言えば、ロヴィーサが笑う。


 「私の絵なんて売れないわよ」


 「そんなことないだろう。絵、そのものじゃなくても、絵を小物に描く、とか。まあ、ひとつひとつ描いたら大変だし、高価にもなってしまうだろうが、魔法で転写すれば安価で仕上げられるんじゃないか?」


 ヴィルヘルムに提案され、ロヴィーサは驚いたように瞳を見開く。


 「ヴィルってば、凄い。私の絵を使うかはともかく、その提案、兄さまにしてみてもいい?」


 「もちろん、構わない。でも採用してくれるなら、俺はロヴィの絵がいい」


 にっこり笑ったヴィルヘルムは、そこは譲れない、と笑わない瞳で言い切った。






ヴィルヘルムは、子どもの頃のロヴィーサの絵を今も大切に飾っています。



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