契約結婚なのに告白してきた男に殺意湧いた話
―――もう、女に構われるのはゴメンだ。決して私に惚れないことを条件に、契約結婚をして欲しい。
麗しのガラード・ヴィーラ伯爵から、そんな手紙が持ち込まれた。
エミリス・カートレット、つまり私に。
家格は同じだが、爵位に見あった貢献をするのに手一杯な我が家は大変貧乏だ。
ろくに恋愛もせず、男性に興味を持ったことがなく、金で協力してくれそうな、都合のいい女として認められたのだ。
都合のいい女である私は、サクッとその取引を受け入れた。
ガラード伯爵は素早く結婚の手続きまでし、今日の結婚式を迎えた。
―――そういえば、ガラード伯爵と会うのは今日が初めてね。
噂で、とんでもない美貌を持っているとは知っていたが、私はその美貌を実感する機会を持ったことは無い。
「花嫁衣装はもう着たか?」
ガラード伯爵から声をかけられる。顔は、ベールが邪魔で良く見えない。
「もう貴女も重々承知しているだろうが、私たちの結婚は契約結婚だ」
はいはい、もちろん分かっていますよ。
それはそうとして顔を見てみたい。
ベールを手で少しどける。
「決して、私に惚れるなんてことはしないで下さい。もう結婚するという事実は取り消せない段階に来ていますから」
ガラード伯爵は神妙な顔をして警告してきた。
顔を歪めたその姿すら美しいなんて、ありえるのだと初めて知った。
輝く黄金の髪は太陽を思わせ、端正な顔立ちは神の寵愛故だと確信させ、見るもの全てを魅了する魔性の男。
噂以上のとんでもない美貌を持つ男、それがガラード伯爵だった。
「―――好きです、一目惚れしました」
私は息を吐くようにそう言った。ほぼ無意識だった。
私の言葉にガラード伯爵は絶望し、溢れんばかりのため息とともにこう言った。
「結婚はもう取り消せません。離婚の為の理由が無いので。なので、別居しましょう」
結婚式当日の花嫁に向かって、花婿が言うセリフでは無い。が、仕方ない。約束を破ったのは私だ。
その日の結婚式は粛々と終わり、ガラード伯爵の言う通り別居生活が始まった。
朝、1人でベッドで目覚める。
おはようを言う相手はいない。
昼、妻としての最低限の仕事をする。
いくら奉仕しようと、褒めてくれる人はいない。
夜、夫が来ることすら期待できない。
当然お休みを言う相手はいない。
全て予想通りの、生活だ。契約結婚である以上、想定より上でも下でもない待遇。
唯一の誤算は私が夫に一目惚れしてしまったこと。
私は男性に興味がなかったのでは無い、イケメンにしか興味が無かったようだ。
悲しいし、私と同じ思いを相手にも持って欲しい。そう願っても、決して叶うことは無い。
―――惚れないことが条件の、契約結婚だしねー。
最早笑うしかない。
現状、ガラード伯爵は私の実家に援助をしてくれている。
ならば、私も想いを捨てられずとも、想いを押し付ける真似だけはしないと決めた。
ほとんど夫の顔を見ることはなく、最低限の妻の務めと社交をこなす。
愛されない妻として、中傷されたこともある。
しかしそれは最初から想定内だし、物理的な行動や、行き過ぎた中傷からはきちんと守ってもらえた。
―――ああ、なんて優しい人なのかしらっ!
こう考えられたら、私も割と幸せだった気がする。
しかし、そこまで頭が花畑な訳では無い。
―――ほんと、最初の契約に忠実だなぁ。
これに尽きる。
ガラード伯爵は自分の発言に責任をもって行動していた。
まかり間違っても、私に絆されたとかそういう話ではない。
この男は、男女の仲に興味は無い。
お飾りの妻として、ガラード伯爵に熱を上げる令嬢より、ごくごく僅かに近い私が頭に叩き込まれた真実だ。
―――それでも、報われなくても、私は諦めない!
とか物語のヒロインの様なガッツがあれば、結果は変わったのかもしれない。
しかし、私にそこまでの情熱は持ち合わせていない。
恋ができる人間だったようだが、恋に人生をかけられる人間ではなかったのだ。
ガラード伯爵への想いは、少女時代の美しい初恋とし、ゆっくりと確実に、歳をとって行った。
当たり前だが、私とガラード伯爵の間に子供はいない、後継者は分家の子息がなった。
麗しの伯爵様との契約結婚をしたにも関わらず、山なし谷なしの人生を終えた私。
そこそこ満足の人生だと、自然と思えた。
―――そのはず。
―――だったのにぃっっっっ!!
「何で結婚式当日に戻ってんのよ!!」
満足してるって、言ったでしょ。
どこの誰だか神だか知らないが、どうしてもう一度人生をやり直さなければいけないんだ。
悲惨な人生だった訳でもないけれど、別にもう一回体験したいとも思ってない。
「いえ、ポジティブに考えるのよ。人生二周目のアドバンテージでより良い未来を作りあげればいいのよ!」
未来で成功した事業や人、価値が上がるもの、それらを知る私は圧倒的強者なのだから。
そして、それらの知識を生かして動くことを想像し、即座に断念した。
「別にお飾りだろうが、ガラード伯爵の妻なのだから、衣食住は整えられてる。何でわざわざ頑張らなきゃ行けないのかしら」
私がやるべきことは、ガラード伯爵伯爵の良き契約者として過ごすだけ。
ガラード伯爵への想いは、長い年月をかけて既に風化している。
美貌への耐性はもうできているし、若造に心惹かれることも無い。
―――今の私なら、決してガラード伯爵に惚れることなく、余生を過ごせるのではないか?
私の未来は明るい。私は、晴れやかな気持ちで結婚式を終えた。
それが、1年前の話である。
「エミリス。私は、君を愛してしまった。契約の条件を言い出したのは、私だというのに、可笑しいだろう。それでも、私の気持ちを受け入れて欲しい。どうか、本当の意味で、私の妻となってくれないか?」
麗しの。
ガラード・ヴィーラ伯爵は。
そう言った。
「は?」
―――は?
―――は?
―――は?
―――そっちからはっ!!!
―――有りなのかよぉぉっっ!!!