PAGE6 AとB
AとBは高校の同級生だった。
それぞれに夢があり、卒業した後も連絡を取り合う仲だった。
役者になりたかったAと映画監督になりたかったBだが、現実はそう簡単ではない。
結局、互いにそれなりの企業に就職し、大人として働き始めた。
月日は流れ、Aは仕事の合間にゲームの実況などをして人気を得、それを専門にし始める。
Bは親友が当初とは少々異なるものの、夢を実現させたと喜んで協力をした。
時には裏方を、時には本業の不動産関係でAにとって住みよい部屋を探すなど、尽力した。
表向きにはそうだ。
実際、最初のうちはそうだったのだろう。
だが次第にその関係は歪んだ。
とある薬物をBが捌き始め、Aはそれに乗っかった。
そして……当初は、利益を生んだ。莫大な物だ。
二人はそれを分け合い、何食わぬ顔でAのファンや、知人のそのまた知人に広めた。
無論、それに乗っかりそうな人間かどうかは、Bが判断してのことだ。
それらの金を用いて警察や、その他隠蔽工作に関わりそうな団体にも金を出した。
目の前のノートには、その経緯が事細かに、写真付きで記されているのである。
おかしな話だろう?
実際、おかしな話だ。
行方不明になった二人は俺の目の前で肉塊となり、俺がノートに目を通している間中狂ったように笑い続けている。
ああ、ああ、そりゃ狂うよな、二人仲良く肉塊だ!
そしてそれを当たり前のように受け入れた俺もまた、おかしくなっちまっているに違いない。
(ああ、もう読みたくねえんだ。俺はきっと悪夢を見ている。ここから出なくちゃいけない。でも手が、目が、いうことをきかない!!)
ノートの記述はまだ続く。
おかしなことに、文字は次々と浮かびあがるようにして記されていく。
写真もまるで絵を描くように浮かび上がってくる。
ある日。
Aが良心の呵責に耐えかねて、手を引きたい旨を告げた。
奇しくも、あの食中毒での入院が原因だったらしい。
これまでのことを悔い、しかし罪を償うつもりはないので警察に行くつもりはないとBに明かす。
当然、それは受け入れられなかった。
『Aに薬を飲ませた』
Bの言葉だろうか?
記述が浮かぶ。
文字は乱れていて読みにくかったが、不思議と会ったこともない男の声が耳元で聞こえた。
「規定量よりも多く呑ませたんだ」
俺の耳元で誰かが囁く。いいや、誰かじゃない。Bだ。
そいつは笑っていた。楽しそうに。
「喉の渇きに似ててさ、ほしくてほしくてたまらないんだ。くれってねだったが手伝わなきゃやれないって言ったさ。その苦しみは俺もよくわかる」
正直なところ、この薬物は危険で捌ききれない量をBは抱え込んでいたようだ。
どこから入手したかはぐちゃぐちゃで読めなかったが、不安を抑えるためにB自身も使用していたらしい記述はなんとか読み取れた。
過剰摂取による急性中毒なのか、薬を欲しがりながら、Aが倒れた。
笑いながら『シャケフレークでメシを食うのは最高だよなあ!?』と虚空に向かって叫びながら、倒れた。
Bはそれを横目に見ながら、笑った。
か細い笑い声が聞こえていたから、その時に救急車でも呼べばよかったのだろうがBはそれをしなかった。
彼もまた、ただただ笑っていたのだ。
今、肉塊たちが笑っているのがそれとリンクした。
「滑稽だよなあ、みんなの人気者がさあ!」
嘲りと、どこか寂しげな声音が耳元で聞こえる。
だが俺の目はノートに釘付けだ。俺の意思じゃない。
見たくても体はまったくいうことをきかないのだ。
俺が俺でなくなる。
「Aをどうしていいかわからなかった。そんな時、思いついたんだ」
ノートに、ジワジワと見たことのない絵が浮かび上がる。
見たことはないが、俺はこれがなんだか知っている。
魔方陣ってやつだ。
「Aがさあ、酔っ払ってどっかの外国人から買ったらしいんだよ。で、シラフになってみたら怖くなってしまいこんだんだ」
バカだろう?
そう耳元で囁く声は笑った。
「生け贄が必要だから使えないってさ、悪魔なんているわきゃないのにな」
ノートに文字が浮かぶ。
それは、これまでの乱れきって読むのにも一苦労する文字とは違って、少しクセのある綺麗な字だった。
【もうどうしていいのかわからない。こんなものに頼るのは馬鹿らしいとわかっている】
そして写真が浮かび上がる。
魔方陣を描いたB、そこに寝かされたA、火の粉のように散る魔方陣と、残された肉塊。
肉塊が、動く。
ズル、ズル、隠れるように。
何から隠れようとしていたのか、わからない。
何を願ったのかも、浮かばない。
気づいたら、俺は自由を取り戻していた。
そのことに気がついてハッと顔を上げると、肉塊と目が合った。
やつらは、いつの間にか笑うことを止めていた。
にんまりと、肉塊に埋もれている二つの口が笑う。
びしゃ。
ピンク色の飛沫が、俺の視界いっぱいに広がった。