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PAGE3 写真

 この部屋を見渡した際、カメラに類するものは一つもなかった。

 では、この写真はいつ撮られたのか?

 わからないが、ぞくりとしたものを感じる。


(こいつぁ、なんだ?)


 わからないものは、わからない。

 わからないからこそ、恐ろしい。


 恐れれば恐れるほど、それは思考を鈍らせる。


(一旦、出直そう)


 このノートについてA本人ものであるか、この写真に写るのがBであるのか。

 いつ頃のものであるのか、日付通りなのかを知り合いにでも鑑定してもらえば何か掴めるかもしれない。


 気味の悪いものを感じつつも、俺は日記帳を閉じて顔を上げた。

 気づけば日が暮れ始めているではないか。


(……いつの間に)


 時間を忘れて読みふけっていたつもりはなかった。

 いくら一人だろうと、周囲に気を配っておくのは基本中の基本だ。

 だというのに、我を忘れるほどにこのノートに意識を持って行かれていたという事実にまたぞっとする。


「いけねえやな、ちぃと落ち着いて仕切り直しだ」

 

 俺は椅子から立ち上がる。酷く、気分が悪かった。

 こういう場所で得体の知れない感覚に襲われることはままあるが、今回は特に酷い。

 場所や雰囲気で人間の精神が左右されるのはまま(・・)あることだが、それでも今回は特に酷い気がした。


(万が一にも本物(・・)であった時のことを考えてあれこれ準備はしてきちゃいるが……)


 それでもこの空間は、何かおかしい。

 俺は首を左右に振って、場の空気に呑まれないように深呼吸をした。


「しっかし、シャケフレークねえ」


 随分と稼いでいい暮らしをしているようだというのに、庶民的なものがお好きなようで。

 俺よりは好きに飯も選べるご身分だろうに、何を好き好んでシャケフレークがあるなしを日記にまで書き込んでいるのやら。


 なんとはなしに、冷蔵庫に歩み寄り手を伸ばす。

 さっき見た時には、三つも瓶があったはずだ。それなのにないってのはどういうことなのか。


【シャケフレークがない】


「!?」


 冷蔵庫の扉を開けた先で目に飛び込んできたのは、そう書かれた紙だ。

 まるでドッキリ番組みたいに、冷蔵庫を開けたら目の前にそれが出てくるなんて誰が思う?

 だが問題は、そこじゃない。

 殴り書きのそれは、さっき見た時になかった。

 そう、なかったのだ。

 この部屋には俺しかいない。冷蔵庫の前には俺がいる。


(いつ? 誰が?)


 俺はいいようのしれない何かを振り切るようにその紙を引っつかむ。

 そしてぐしゃりと丸めて、丸めて、丸めて。

 小さな塊になったことに満足して俺はようやくそれを床に投げ捨て、冷蔵庫へと視線を向けた。


 この時。

 俺はどうしてこんなにも、苛立っていたのか、自分でもよくわからない。

 紙をくしゃくしゃにして丸めきって、なんの達成感があったというのか。

 それもよくわからない。


 気味が悪いってだけで、よしておけば良かった。

 そう思ったが、後悔ってのは先にはできないのだと知る。

 俺は紙を丸めて捨ててやったことに安心して、瓶をよく確認もせずに手に取ったのだ。


 俺は瓶だから(・・・・)きっとシャケフレークだと勝手に思いこんでいた。

 でもそれは、違うものだったのだ。


「え、あ? あ……?」


 俺の口から間抜けな声が出た。

 悲鳴を上げたかったのに、出なかった。理解が追いつかなかったとも言えるだろう。

 始め理解できなくて、瓶の中身が違うと気づいた頃には汗が噴き出していた。

 これが『自分の知るシャケフレークではない』と理解して、何か確かめようと覗き込んでしまったのだ。

 ピンク色の瓶、それだけでどうしてシャケフレークだと思ってしまったのか。

 人間の思い込みなのか、それとも俺がそうだと理解したくなかったのか、どちらかなんて今はどうでもいい。


 とにかく、そのピンク色(・・・・)は脳みそってやつじゃなかろうか。

 ゲームや資料映像なんかで見たことがあるだけだが、それっぽいものだった。

 ぐちゃぐちゃに刻まれて瓶に詰め込まれたそれが、脳みそのような形を留めていたってだけで本当は別の物かもしれないが、気色悪いことには変わらない。

 思わず俺は冷蔵庫の中に投げるように戻してしまった。

 ガチャンといやな音がしたが、もう気にしていられない。乱暴に冷蔵庫の扉を閉めた。


「な、なんだってんだ……!」


 ここは、ヤバイ。

 俺の頭の中で警鐘が鳴り響く。

 何が起きているのかなんて何一つわかっちゃいないが、調べ直すにしてもここは一旦出直すべきだ。

 そう、できれば知り合いでも警察でもいい、とにかく一人で何かをすべきじゃない。

 俺は誰にともなく言い訳するようにブツブツとそれらを口にしながら、玄関に向かった。

 そして、見てしまったのだ。


 真っ黒な、人のようで人ではない、なにか、を。


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