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Beginning

短めホラー連載です。

 ある日、一人の男が入院した。

 それはよくある食中毒であり、男は三日もすれば回復して退院していった。


 ところが、その男は退院したと友人に告げたその夜から、姿を消したのである。


「退院したから近いうちに食事に行こう、そう誘われたんです」


 その友人はそう語り、言葉を探すようにして、困ったように口を噤んだ。

 焦らせることもないので私はただ、その友人……依頼主(・・・)が言葉を続けるのを待つだけだった。


「アイツと連絡が取れないって気づいたのは、それから三日後でした。食事の約束をしようと、電話をかけても留守電にすらならなくて」


 自宅で仕事をしている彼の友人――わかりやすくその行方不明者をAと呼ぼう。


 彼の業務は映像処理で、防音性とセキュリティの高いマンションに住んでいるそうだ。

 Aは常に自宅で仕事をしており、その関係で電話は常にチェックしていたという。

 固定電話は契約しておらず、スマートホンを一台所持しているだけである。

 作業中で音を鳴らさない場合でも、ポケットに入れてバイブレーションなどにしているので折り返しの電話がなかったこともない。


 そんなAとの連絡が途絶えた、それは依頼主にとっても、仕事の関係者にとっても困った事態であった。

 Aと親しくしていた友人はまずAの実家に連絡をとったが、そちらも所在は知らずむしろ見つけたら教えてほしいと言われてしまったという。

 仕事の関係者もほうぼうを当たっているそうだが、今のところ見つからない。

 勿論、警察には連絡済みだ。


 警察が室内で何かあったのではないかとAの住まうマンションに、そこを管理会社勤務でAと依頼主の友人でもあるBの立ち会いのもと確認が行われた。

 

 しかし、やはり目立って何かがあるわけでもなかったという。

 

 室内は綺麗なもので、荒らされた形跡も争った形跡もなく、Aが常時使っているスマートホンは寝室で充電プラグに接続されたままベッドの上に放置されていた。

 着信履歴には依頼主や仕事の関係者、家族、それらの不在履歴とメッセージが残されていたがそれに応じた様子は一度もない。

 同様に、履歴を消したような形跡もなかった。

 

 普通に生活していたらしい痕跡はあった。

 台所のテーブルには、茶碗に盛られた白飯と、味噌汁があった。

 腐敗はしておらず、乾燥しきったそこから判断するに、失踪したのは退院したその日の夜らしいということはわかった。


 書き置きもない、入退院よりも前にトラブルはない、食事を採ろうとしていた段階で彼が日常生活を送ろうとする意思が垣間見えることから、何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとして警察は本格的に捜査を始めている。


「それで? 何故私の元に?」


「……それは……」


 聞いた話だけならば、単なる失踪事件だ。

 今も尚、警察が行方を調べているというし任せるのが無難というものである。


 少なくとも、依頼主はAとはただの友人関係であり、家族ではないのだ。

 それでも彼は意を決したように顔を上げて私の顔を真っ直ぐに見た。


「おかしいんです。彼と連絡がつかなかった日よりも前から、スマホはずっと寝室にあったっていうじゃないですか。そのスマホだって今はまだ警察が捜査のために保管しているはずなんです。それなのに……電話が、かかってきて」


「え?」


「それで、自分とは別の友人が……Bが彼の家に行ったんです。もしかしたら帰ってきたのかもしれないって」


「待ってください」


 情報を整理しよう。

 

Aは食中毒で入院し、その三日後に退院した。

 退院したその日、依頼主と電話で話している。

 さらに三日後に連絡がつかず、その後も音信不通のため警察による調査の結果、退院日に失踪し、争った形跡などはないものの不審な点が多いために事件の可能性を考え捜査が始まった。

 Aが放置していたと思われるスマートホンは、警察が保管している。


 それなのに、依頼主に電話が来た。

 そして部屋は彼が逸戻ってきても良いように保管されており、管理会社勤務で友人でもあるBが確認のためにその部屋に向かった。


「……失礼しました。それで、電話の内容は、一体どんなものだったんですか?」


「それが、ノイズばかりで……聞き取りづらくて、でも、腹が空いたって……」


「Bさんから連絡は?」


「いいえ……実は、Bも行方がわからなくなってしまったんです」


「なるほど、それで貴方は確認したくて私の元へ来られたということですね」


 私の問いかけに、依頼人は泣きそうな顔を見せてから、静かに頷いた。

 その肯定を受けて、私は立ち上がる。

 依頼人が持ってきたAの部屋の鍵と、マンションがどこにあるか記された地図を引っつかみ、依頼人へと手を差し出した。


「この高杉心霊研究所所長、高杉健吾が確かに調査依頼を承りました。どうぞ大船に乗ったおつもりでお待ちください!」


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