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悪なおじさん少女と優しい世界 9

 視界の奥で凶悪面の男がローグを圧倒。目の前の銀髪の令嬢が下級怪人を軽くあしらっている。舌を切断された白蛇怪人が激情のまま拳をふりかざしてもだ。また二本指でジャガー怪人の足を掴んだまま。軽く裏拳で対応。白蛇怪人の拳を令嬢の裏拳が跳ね除けていた。


 それどころか返しの掌底が白蛇怪人の顎を殴打。


 たった一撃で跳ね除けるように空へ舞う。令嬢が腰にさしたロングソードを引き抜き、ジャガー怪人の地上につく足。それをアスファルトごと突き刺した。


「!」


 怪人は悲鳴すらならない。


 やがて2本の指の万力が閉じていく。


 白ジャガー怪人の足を砕き、閉ざされた2本の指。飛び散った肉片が地上へ落下。肉片が地に着く前、拳が白ジャガー怪人の腹部を殴打。強烈なのだろう、一撃で悶絶するように意識を飛ばした様子。アスファルトとの固定も剥がれている。突き刺した足が切先にまけ裂けて固定が外れた。



「柔らかい」



 そう短くこぼす目の前の令嬢。


 そんなわけがない。人間が怪人を容易く倒すなどあり得ない。








「ゴミですな」


 ローグを圧倒する凶悪面の男も合わせて会話。目の前の怪人に集中せず、互いのことしか会話に含めない。あくまでお遊び感すら見えている。



「八千代の貴様らがなぜ!!」


 ローグの叫びを聞き、立野宮は再び言葉を失う。この令嬢も凶悪面の男も八千代だという事実。良くも悪くも最近の茨城情報は悪い方ばかり目立つ。



 高い金属音が響き渡る。鎌とロングソードの鍔迫り合い。そのくせ凶悪面のほうは余裕があるようだ。立野宮は耳を飛び済ませて会話を待つ。



「望むお方がいるから、ここにいる」


 振り翳したロングソードの一撃に、ローグが力負けをしていく。立野宮はこれでも上級魔法少女の一人。この戦闘の優位性がどこにあるか悟っている。ローグは得意の魔法も使えば良い。表に現れないだけで、吹き荒れる魔力は互いに発している。


 凶悪面もローグも互いに魔法を行使している。


 ローグは凶悪面の男の魔法行使を妨害。


 凶悪面の男は魔法を行使したくても、ローグに妨害されている。


 互いの魔法は妨害と阻止によって使えない。ならできることは一つだけだ。



 肉体言語による語り合いだ。


 凶悪面と戦闘を繰り広げるザギルツ側。ローグが反応を示す。


「望む方!?」


 戦闘の激しさと油断の鳴らなさ。そのうえでローグは怪訝そうな声をだしていた。


 凶悪面の男はその後答えず、戦闘が続行。でも答えがないわけじゃない。答えは立野宮の目の前にいる令嬢が発した。


「魔法少女フレイムスピアを保護すること、ボスの望みがそれです」



 令嬢が退屈そうに答えている。


 ローグをみて、自身の付近で這いつくばる下級怪人を見てだ。立野宮は絶句していた。



 明らかに退屈しきっている。その反応の薄さとは別にローグは真逆の反対だ


「ボス?まさか!!」


 ローグが確信を絶叫するかのように反復。感情が豊かだ。先ほどまでの余裕はどこにいったのか。



 退屈そうな八千代の勢力。凶悪面の男も銀髪の令嬢も強者ゆえの傲慢さがあった。しかし、態度も一変する。




 その原因はどこからともなく聞こえた声。



「他にも目的が」


それは別のところから届いた声。声の出度心は先ほど通ってきた路地だ。そこを通る気配も複数あった



「あなたたちを誰も殺さず、実力差を弁えさせること」


 再び同じ人間の声。


 この声によって劇的な変化が訪れた。


 声の発した場所に視線を送る。そこにいたのは美形の男女二名。でもだ。声の主ではない。その二名は明らかに職務と緊張を背負った表情を浮かべている。気配はまだある、二名の後ろに複数の気配もあった。


 その声が届いた時、令嬢が退屈さを消し直立した。真剣そうな面持ちへと表情をかえている。一気の変化に立野宮は言葉を失う。先ほどの声は若い女のもの。高すぎることもなく、低すぎることもない。そんな声一つで令嬢が変わってしまう。また目の前で先頭を広げる凶悪面の太々しさが消失。


 緊張感が二名から感じ取れていた。


 ぞろぞろと声の主がいるであろう集団が路地の先にいた、現在戦場となった場所へ展開。一人を紹介するように丁重に集団は避けていく。前方を先行していたものが左右にさけ、後方に数名の人間。男女2名ずつの容姿が優れたものたちを最後尾。装備を統一させているのか、ロングソードを腰にかけたものたち。



 そいつらは緊張して中心にたつものを重視。


 その中心にたつ異彩を放つ女性。

 無表情。感情が見えてこないほどの無機質さ。一つにまとめたポニーテール。ファッション性を無視したのか、化粧すらしていない。人前にたつ女性の嗜みをしていなかった。


 羽織る上着は安物のもの。藍色の革ジャンだ。それもボタンをしめず内部の黒の無地シャツ。それと合わせた黒のスカート。必要最低限の身だしなみ。そう感じさせるスタイル。


 そのくせ気配がない。


 道端にある石を見る目、無感情で冷徹さを消さない女性。自分と変わらない年齢。それでいて何の実力もない。魔力を一切感じず、溢れる生命すらもない。ただの弱者にしか見えなかった。


 立野宮自身がはっとして気づく。


 自分と同じ年齢の見た目だと。


 相手は女性と思っているが、大人と勘違い。


 少女だった


 その少女が一瞥すれば、視線を受けた銀髪の令嬢が空気を重くする。凶悪面の男も気配を固くする。それでいて周囲を囲む美形のものたちが緊張感を増す。


 目の前の少女は弱者だとわかる。


 一眼見て悟れるのにだ。


 なぜか動悸が止まらない。心臓が大きな音を立て出した。なぜに強者たちが従う理屈がわからない。この場の強者たちが従い、恐れた姿を見せていた。


 一気に心が沈む。自分との差にだ。人間としての力量にだ。生物としての強弱を無視した関係性。


 言葉にできない、格の差をわずかながらに見せつけられた。


 それでいて空気に合わないものを耳にした。


「お久しぶりです、ローグさん」


ザギルツの様子がおかしい。ローグが平静を崩し、乱れた魔力が場を包む、激しいほどの魔力の本流が生死を覚悟させた。



 鳥肌が立つほどに恐ろしい



「やはり貴様か!!!!!!」


 ローグが少女を見て急激に変化。慌てふためく様子へと姿を変えてしまっている。



「我々は理念を突き通しただけのはずだ!貴様たちの利害にもふれていない!!なぜ邪魔をする!!!!!」


 立野宮はローグの狼狽した姿に言葉を失った。魔法少女の天敵、魔法使いの悪夢と称されるザギルツ。そのローグがただの少女に飲まれている。


 自分と同じ年齢にみえるのに、あの人間に何があるのか


「邪魔?あたしはやりたいことをしてるだけです」


 意に介さない。とりつく島もない。平然と無表情を貫く少女。だが立野宮は少し後退りをしそうになった。呼吸が乱れ、動悸が激しくなる。


 上級怪人の眼光をうけてもだ


 平然として応じる姿。貫禄が違う。強者を前に弱者が取る態度ではない。


 この場の支配者は数秒で少女へ。ザギルツ優性の場は終わってしまった。


 誰もが異論を発しない。


 その支配者である少女が立野宮を一瞥


 道端に転がる石を見る視線。冷徹さを隠さない、徹底した無が支配者から感じた。



「フレイムスピアさん、追い詰められてますか?」


 静かに問われた。



「ザギルツに襲われて、フォレスティンと鵺にも狙われてる魔法少女さん。貴女は追い詰められていますか?」


 冷たい眼光が立野宮を貫く。体が凍ったように動かない。


「なんでこうなったと思います?」



 問われたことを答えなければいけない。立野宮は目線を支配者に合わせられない。無言でもいられず口だけは開けた。


「それは」


 口がもたつく。立野宮は答えは頭にあるが、言葉にできなかった。


 お前たちが罠をしかけたと。心が答えを訴えている。でも口に出すことはできなかった。


「わかっていて何より」


 それでいて支配者は語る。悟った様子を見せ、勝手にこちら側の内心を把握でもしたのか。


「貴女を騙した本当の黒幕」


 支配者は革ジャンのポケットに手をつっこんだ。くしゃくしゃと紙をつかむ音がポケットから外へ。漏れ出す音がやがて鮮明に聞こえだす。取り出したのは銀紙。銀紙に包まれたものを細い指がほどく。


 銀紙から姿を現したのはチョコレート。板チョコだ。


 その一角を指で折り、支配者は口へ運ぶ。咀嚼する音が反響。戦闘音も激しさを増すのにだ。立野宮の耳には咀嚼音しか聞こえなかった。


 咀嚼音が止まる。飲み込み終えたのだろう。ゆっくりと支配者は口を開いた。


「あたしです」


 そう告げられた。意外だった。高梨とかいうジャージ男の仕業だと思ったからだ。むしろ悪意満載のジャージ男のほうが考えそうなこと。もしくは大怪人二体を相手に煽り行為、勝利を収めたロッテンダストとかなら考えそうだった。どうせ絶望の中、上級魔法少女が弱者へ転落。社会の自己責任論に基づいて地獄を見せていく。


 そうした転落撃をみて愉悦にひたる。


 目的も企もなく、悪意のための行動をしていたと思っていた。だって社会全体がそういう傾向にあるからだ。


 誰かの失敗を過剰に叩くのが最大の娯楽。自己責任社会はそう歪んでしまっていた。


「貴女の転落を娯楽にするとでも?」


 また内心を呼んでくる。人の心でも読めるのか。いや人の心を読むにしてもだ、ただの人間に魔法少女の魔法障壁を突破できない。魔法少女の内面を読める魔法は存在しない。


 心理学の境地だろうか。


「あたしは人の心なんて読めない。読む気もない。」


 でも心理学はあくまで学問。人の心を完全に読めるほどの教育は存在しない。でも読まれている。この支配者は勝手に人の内面を読む技術があるのか。否定する支配者の姿を見れば見るほど、疑心暗鬼へと陥りそうだ。


 支配者は一枚の紙を広げた。チョコと一緒に取り出したのだろうか。


 それを見ながらか、口元は紙によって遮られ見えない。


「貴女のことをたくさん調べました。社会弱者に染まりたくない人って。誰かを叩く癖もあって、弱者のことを甘えん坊と思っている。弱者の家庭環境も自己責任、より優れた強者は環境がいいと思考を停止。好きな色は桃色、赤色。趣味は小さなマスコット集め、特に桃色のものを購入。趣味はカラオケでも歌っていない。たぶん人の気配を壁越しに感じたいタイプ。他に住環境は重視してる。マンションでもオートロック、魔法式防壁と盗聴対策もされてる、プライベートは大切にしてそう。選ぶマンションは冒険者ギルドと関係良好な企業を選択。近所付き合いはほどほど。その近所も魔法少女の身内の関係者。後輩の魔法少女には丁寧な対応を心がけていて、その理由もなんとなく予測」


 長い口調でこちらの情報を公開。


 人の心を見ることはできずともだ。プライバシーを調べて、性格の傾向を調べることは容易だと語られた。


「明かした情報は一部です。こんなふうに貴女が動いた痕跡はつかんでます、好むもの。今月に購入したものすらも調査しています。人の心は読めなくても、痕跡だけで多少は推測できます」


 調査されていた事実をだ。どうやってしたのか不明。


 自然と怒りはわかなかった。


 自分の価値を徹底的に探し出す。


 本当なら激情にかられる場面だろう。相手が後輩の魔法少女であっても、その他の組織の武力であってもだ。容赦無く報復している。敵対者の悪でも同じこと。


 それがなかった。無心とすら思う感覚。両目を見開き、相手を凝視する自分。


「フレイムスピアさん、提案があります」


 だって相手は人間じゃない。人間の姿をした化け物だ。


 上級魔法少女を相手に罠をしかける異常者。ヘタをすれば連盟すら敵に回す手法。用意周到に言い訳をいくつも展開させている。あの高梨というジャージ男もそう。ロッテンダストもそう、この場のザギルツを圧倒する冒険者みたいなやつらもそう。


 弱者のくせに強者の上にたつ。


 イカれた連中を支配している。


 弱者の支配者が化け物だった。


 あのザギルツが、あのローグが化け物をみて狼狽している。


 それが人間ができることか。


 ただの弱者が、同じ年齢にも見えるやつがだ。自分なら弱者に従わず、自己責任と切り捨てる。弱者の理想に従う気はない。


 これは世の常、今の社会の常識。


 自己責任、弱者が悪い。弱者は甘え、親の出来の悪さも本人、育った環境の悪さも自己責任。病気も障害も自己責任。


 その風潮の中、弱者が強者を従わせる。いかれた連中以上にいかれてる。


 そうじゃなきゃ、誰が従うものか。


「フレイムスピアさん、あたしたちと働きませんか?」


 ほら見たものか。立野宮は呆れてものが言えない。


 支配者の化物はふざけた提案をしてきた。上級魔法少女を罠に嵌めてだ。そんな被害者を支配下に収めようとしてる。


 何も報復を恐れていない。いや、報復されても鎮圧できる自信があるんだろう。その自信は見下すような冷徹さが証明。ザギルツは鎮圧されかけている。でも鎮圧をしていないのは遊びだからだ。見なくても気配でわかる。


 手心をもって、相手をしている。


 その理由は簡単。


 この提案、支配下に入れというを拒絶すればだ。その未来は想像に容易い。


「あたしたちと働くなら年収3億以上です。上級魔法少女なら格安の賃金。そこで補償を加えます。貴女を狙う勢力からの完全な保護。7大悪であっても、貴女を殺すことはさせない」



 手を取れば安全。


 手を取らなければ見捨てる。


 上級魔法少女は3億程度月給で稼げる。大きな仕事をすれば一週間程度の給料で稼げる。


 それを年収と言い張る時点。


 月給を年収に減額する取引。


 ほら、いかれてる。普通なら離反されるし、そもそも低賃金すぎて受け入れるのは普通じゃない。でも拒絶すらないと信じているのだろう。立野宮の内心は荒れかけていた。金も命もどちらも大切。自分の価値を低く売ることの無意味さ。自分の人生の重さは自身で決める。


 そう思えばだ、否定的な感情も沸き立つもの。


 この内心を把握したのか。


 少女の姿をした支配者。その異常な化物は次に問うてきた。



「命とお金どっちが大切ですか?」


 一気に心が凍りかけていく。冷えていき、己の現状を察せられる。あまりにも上手すぎる言葉選びだ。人の内心を掴むのはいい加減にしろと思う。感じる思いに、わずかに睨みつけかけた。


 だが周囲を護衛する勢力。全員が睨みつける前に殺気を飛ばしてくる。その瞬間、生きた心地がしなかった。


 命と金。


 命があって金がある。金だけあっても命がなければ意味がない。すべては命から通じる派生形態。人生なんて命があっての物種だ。


 立野宮は言葉に詰まった。紛れもなく命。命だけどもだ、相手に対し正直に答える勇気がなかった。




 その思考を遮るようにだ。



「やめておけ、耳を傾けるな」


 本来敵側の意見。こちら側を諭すような口調、その発声先は紛れもなくローグ。戦闘音の最中、魔法でも行使したのか、周囲を満たす音が静かに届いたのだ。


 激しい戦闘音が届く。ローグの防戦一方。それも手加減の中での防戦だ。


 立野宮の目で見てもだ。


 凶悪面の男は本気を出していない。そのお遊びにも本気で立ち向かう。そのローグが警告として、立野宮に情報を出したわけだった。


「貴様は魔法少女のまま死ねる。この幸福を捨ててまで、こいつらの駒になる気か?いばらの道どころじゃない。悪くはいわん、ザギルツに殺されておけ。人間として殺しやる」


 鎌での迎撃が間に合わず、相手の一撃を肩口から受けている。凶悪面の男のお遊びがすぎるのか、ローグに致命傷を与えない程度に剣撃を抑え込んでいるようだ。肩口を刻み、胸部へ至るまでには切っ先を引き上げる。


 悲鳴はない。


 苦悶という表情を白いカミキリムシが浮かべている。


 あのザギルツが。

 弄ばれている。


 そう魔法少女の天敵はだ。この場を支配する冒険者もどきたちに届かない。自分たちの敵は決して、この場の支配者の敵になりえない。


 そのボスが、自分と同じ年齢の少女。


 でも同じに見えない貫禄。


 無表情で、人を見るような目ではない。こちらを観察するような眼光が立野宮を貫く。その少女の見た目をした化物が再度とう。


「命とお金、どっちが大切ですか?」



 立野宮は目を閉じた。暗闇が視界を包み、逡巡。思いつめた悩みをまとめ、目を開く。


「命」


 化物である少女が懐へ手をのばす。皮ジャンに伸ばした手はやがて一枚の紙を取り出す。折りたたまれた紙を広げた。感情をみせず放り投げた。その紙は風に操作されたように立野宮のほうへ舞ってくる。その原因は周囲のものが魔法を使用。


 手元へ降りてくる。思わず握る。


 手にした紙へ自然と目が映った




 雇用契約書。上級魔法少女フレイムスピアを雇用するための提示条件。安全と保護。賃金年収3億以上。上級魔法少女としての最低賃金を補填するために福利を複数用意。八千代町に一軒家を提供。絶対的な安全を保証。別荘地として使用も可能。プライバシー完全保護。有給も一都三県と同様のものを支給、魔法少女連盟への所属は自由。ただし連盟とこちら側の仕事が被った際は、こちらを優先すること。


 その細かい条件などは記載されていた。


 最後の欄に署名欄。


 読み終えるころに、自身の目線付近上空を漂うボールペン。


「さあ」


 静かに問われ、ボールペンを取った。紙に記載しかけ手を止めた。目線をあげ、支配者の顔を見る。無表情で冷酷すら感じる無。



 フレイムスピアを、上級魔法少女を支配下に収めようとする化け物。


 その化け物は結果がわかったとばかりにだ。



 書くと思い上がったように目線を向けてくる。そして実際に書くつもりだ。



 その前に一つ尋ねた。


「私は殺されないのよね?」


 それは7大悪でなく。



 お前たちに。いや、お前にと化け物を見た。


 心が震え、体も冷えて仕方がない。立野宮は自身の勇気に感謝しながら問うていた。



 策略で謀略で消されないか。もしくは邪魔になって切り捨てられないか。その不安があった。


「貴女が生きようとする限り」


 本当にそうだろうか。その言い方では生きるのを諦めたらどうとでもなる。その言葉の裏に絶句しかけた。なら手段を選べば、諦める選択を取らせることも可能。


 この化け物なら容易だ。


 その不安を打ち消すかのように化け物は言うのだ。


「貴女が諦めない限り、あたしたちは手を差し伸べ続けます」


 人の心でも読んでいるようにだ。


 怪人よりも強い人間集団。それを緊張感持たせて率いて、ロッテンダストを武力として所有する。その所有する組織の長が誰よりも弱者。


 弱者で支配者で化け物。意味わかんない称号を重ね続ける少女と当てはめていいのか。


 立野宮が知る弱者とはだ。


 弱者は凶暴的で凶悪的だ。強い攻撃性を他者へ向ける習性をもつ。直接いえず、もしくは対等の関係ではいえない場合は無害。しかし自分が特定されないSNSやネットでは凶悪だ。対等な関係じゃない、客の立場であったときはレビューなどで物事を知ったかぶりで悪評をつける。店員に難癖すらつける。


 他人の成功も失敗もひたすら叩く。そのくせ本人は自分を高く評価している。表向き無価値な人間と言っているが、他人から言われたくないための先手をうってるだけだ。


 無個性で、人生に暇をしている。仕事は忙しいかもしれないが心は退屈。空虚な心の隙間を誰かの情報で埋め尽くす。


 叩いていることにすら気づかず、無自覚に他者を貶める。


 他人に時間を奪われ、他人に心すら支配されている。


 自分に向き合うことができない、他人にしか向き合えない哀れな存在。


 それが弱者だ。




 弱者の定義は広く知れ渡っている。



「言葉ならなんとでもいえるわ」


 強がりだ、立野宮は文句をつけたいだけだ。言葉とは裏腹に、実態は信じ込もうとしている。そう誘導されていて、心は負けている。


 単純に丸め込まれるのが癪に触る


 思考していた弱者の定義。それを勝手に化け物が察したのだろう。


「あたしが弱いから心配だというなら安心してください。自称繊細でもないし、優しさもない。無個性なのは否定しませんけど、他人の結果に一々反応するほど暇じゃありません。物事を知ったつもりの無個性な人たちよりは」


 目の前の化け物はいう。


「あたしのほうが人生を見ています。他人のことなんかどうでもいいって思ってます」


 そういうのは弱者であるけれど、個の弱さだけだ。


 人間としての弱さじゃない。


 これが強者を支配し、支配する弱さの頂点。


「他人のことどうでもいいなら、私のことすら」


 所詮自分も弱者。難癖つけるような口調になっていた。ただ支配者は続ける。



「あたしたちは貴女の命と居場所を保証します」


 心を読むなと強く思う。



 自分が弱者になって、弱い命の支配者が強者となる



 それが月給が年収にされるわけだった。


 たった一度の失敗。高すぎる報酬には罠がある。でも当時の自分は絶対に引っかかる。そう見抜かれて、罠にはめられた。支配者の化け物は本当に怖い。


 ただ味方ならだ。


 ちょっとだけ頼もしいかもしれない。


 脇での否定的な声。


「この女を甘く見るな!自分の末路をよく考えろ!!ただではすまん!!」


 ローグが絶叫したように自分のペンを止めようとする。


「わかってんの」


 わかっていて書いている。ペンを走らせていく。


 立野宮凛と記載。


「わたしのことお願い」



 そう化け物に願う。人間として生きて、人間として死ぬ。その考えは捨てたくない。


「もちろん、貴女はあたしの部下です」


 そういう化け物は無表情だった。感情すら薄すぎて、何も感じ取れない。こうもうまくことが運ばされると何も思い浮かばなかった。契約書は自然と空に舞い、ボールペンも手から自然と離れて空を待った。そのまま空中を浮遊し、化け物の元へ。


 開いた手のひらに落ちた書類。


 その書類を化け物は確認。


 「ローグさん、フレイムスピアさんはあたしの部下になったのでした。どうします?」


 契約書を二つにおり、自らの懐へしまう。少女の姿をした支配者。弱者の形をたもつ化け物がローグへと平然として尋ねる姿。



 ローグの様子は呆然した様子だ。契約は成され、もはやザギルツが動く口実がない。そもそも八千代の地方勢力が7大悪相手に脅迫するのが間違っている。非常識の出来事が多く、立野宮は無言だった。静かに成り行きを見守った。



「フレイムスピアを狙えば、貴様は動くのだろう?」


 ローグが諦めた様子で尋ね。



「もちろん。できる限り最善を尽くして」


 その物言いを平然と返す化け物。


 立野宮の出る幕はない。


 上級怪人を相手にしている時点で狂人そのもの。



「今回の件からザギルツは完全に手を引く。これでいいな?」



「助かります。あたしもザギルツを滅ぼしたくなかったので」


 立野宮は耳を塞ぎたくなるが、いかれた連中の会話を聞くしかなかった。ザギルツ相手に手を引かせ、なおかつ滅ぼすなどの単語が出ている。それをローグが否定しようとすらしていない点。


「貴様の怖さは一番知っている」


 そうローグが傷ついた体をもって、背を向けた。強い危機感を表す静かな言葉。


「貴様に一つたずねたい」


「どうぞ」


 ローグの背を冷徹な無で見守る化け物。


 この静寂な空気なのに重苦しい。立野宮は見守りながらも息苦しさを感じていた。


「六同社襲撃の際、なぜロッテンダストに邪魔させた?ザギルツは貴様の目論見に触れたか?」


 その問いにだ


 化け物はすぐ答えなかった。


 一瞬口ごもったかのように見えた。


 そして数秒の間をあけて、口を開く化け物。


「あたしは命令してません、部下が勝手にやったこと。でも責任はあたしにあります」


 意図せず、部下の自由行動。勝手な暴走がザギルツの妨害にもなった。ただ人類として、一都三県にとっては良い行動になったと言外に語る。


「信じろと」


「信じなくても、事実は変わりません。結果はどうであれ、過去はかえれません」


 疑惑をかけるローグに対し、化け物は続けてみせた。


 それにと化け物はいう。


「やり合いますか?納得ができないなら?できる限り最善を尽くしますけど?」



 殺伐とした空気が周囲から漂い始める。化け物が支配する強者たちによるものだ。




「冗談じゃない。貴様の部下の暴走だと納得してやる」



 その空気に飲まれず、ローグが手を引く形。そう勝敗は喫していて、どうなるのかも予測済み。ザギルツは化け物に勝てない。


 

 それがわかっているからだろう。


 ローグは踵を返したようだ。その際負傷した部下がローグへと放り投げられる。ローグの背へ衝突する前に見えない壁に阻まれた。空に浮遊したまま気絶した二体の怪人。銀髪の令嬢が転がった怪人どもを足で掬い上げて蹴り飛ばしたからだ。


 

 ローグが振り返ることはない。


「ちっ!!」


 強い舌打ちで反応を返したわけだった。部下を浮遊させたまま踵を返していった。路地の一つに入り、姿が消えていく。透明化の魔法だろう。立野宮の視力では追いきれない。



 ただ脅威は去った。



 自分を狙う脅威が消えた。その代償は高くてもだ、安全と安心を買えたのは安い。そう立野宮は自分を納得させた。



「あの」



 立野宮が化け物へ声をかけた。化け物はその声によって向き直ってくる。冷静な視線とこちらの視線が衝突。あまりにも無機質なものに数秒で負け、視線を逸らした。



 怖くて仕方がない。


 下を、地面を見つめて視線を逸らす己の姿。


 惨めだなと思いつつもだ。


 

 自分の勇気のなさ、心が完全に折れたための勇気がない。そんな立野宮の思いを化け物が察したのか。


「これからよろしくお願いします」



 化け物が礼儀正しく告げてくる。言葉だけだ。態度も姿勢もかわらない相手の様子。ただ一瞬だけ、こちらを気配る感情があったようにも思える。



 常識が通じるのかもしれない。


「よろしく」



 そう信じ込むしか立野宮にはなかった。

 

 


 

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― 新着の感想 ―
[一言]  わー平和な世界だー。  こんなにほのぼのできらきらぁ、ふわふわぁ、とした話しでピンク髪の少女まで出てきたのできららの小説化作品かと思いました。  窓ガラス……割れてる気がしますが。  (ネ…
[良い点] やったね院長、同じ年の女の子の仲間ができたよ! ほっこりするね。 勘違いモノの醍醐味である、勘違いしてくれる第三者の配置は良いですね [一言] 少し改行が多いかな スクロールが長かった…
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