表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/62

悪なおじさん少女と優しい世界 8

フレイムスピアこと、桃色髪の少女。立野宮 凛は絶望していた。暗い顔をして、外を歩く。人混みがある通りをひたすら歩く。人にぶつからないように、さりとて左目の負傷を隠すよう手で押さえながらだ。


 弱者となれば奪われる。



 悪の手によってでもいい。人間が率いる犯罪組織でもいい。もしくは失うものがない人間によってだ。尊厳すら奪われかねない。絶望しながら肉体も精神も他者が蹂躙する。弱みをみせないよう気を張った。



 殺気と呪詛をこめて、近寄りがたい空気を演出。不埒な人間を極力さけていた。



 警戒しながら立野宮は考えていた。




 いかれた男のことを思い返す。




 高梨と名乗るジャージ男。あの男によって左目は負傷。傷口が痛みながら外を歩いていた。魔法少女にならなければ常人。体内に満ちる魔力によって常人よりも傷口の癒えは早い。あと数時間もしないうちに傷口は再生する。回復魔法は得意でなく、自然治癒に任せている。また危機的状況になれば魔法少女化でもすればいい。完全とはいえないが、回復してくれることだ。




 万全じゃない、店を出たのは早すぎたか。




 そう思いながらもだ。出たことに後悔はない。






 あの男は危険だ。こちらを人間として見ていない。獲物として見ている。相手が男で、こちらは女。その性別によっての欲望があるなら良かった。






 だが違う。




 あの男はこちらを異性とすら見ていない。






 人間とすら見ていない。




 


 魔法少女化を阻止するほどの実力者。あの男の正体が何者かは不明。一つわかるのはロッテンダストと同じ組織の人間。




 組織の本拠は知っている。



 八千代町。




 悪名高き、茨城県。県西地域にして、悪に囲まれた自治体。茨城全土の社会インフラ崩壊。県全体は魔物や魔獣の繁殖地に指定。危険地域にも指定。他にもいろいろな用語で茨城全土が指定されていた。それでいて県内の自治体ごとに悪が入り混じっていた。悪の組織同士が自治体規模の勢力争いをしている。怪人ゆえの凶暴性が殺し合いを続行。



 戦争、殺戮、虐殺など当たり前。






 被害者は人間で弱者に位置付けられていた。




 その闘争の中で、唯一抵抗する人間勢力。






 それが八千代だ。



 八千代町全土を実力でわがものとしている。正当な権利をもってでなく、実行支配をしている。八千代の支配者を一都三県は承認をしていない。一部の自治体が承認しているのみだ。暴力で勝手に奪い取っただけの紛い物。




 そのくせ悪の組織よりも悪評が上回る。




 八千代は悪の組織よりも残酷だ。凶悪だ。怪人がしでかす暴力を、残酷な仕打ちで上回る。噂によれば拷問を怪人にし、悪が引くほどの残酷性を公開。また武力も周辺悪よりも強大。少数で多数を上回る質。




 過激な暴力を進んで行うためか、危険集団扱いまで認定を受けていた。周辺の悪が、八千代に目を付けられないよう気を遣っている始末。




 残酷性は7大悪が身をもって証明してみせた。




 

 大幹部ダスカルは外道魔法少女に敗北、おもちゃにされて逃がされた。




 大怪人ラフシアが外道魔法少女に敗北。窮地のところを同盟仲間に救助されている。






 崩壊前は名前すら表舞台に出てこない自治体。現在では悪評とはいえ表舞台に、特に裏社会では評判だ。




 そんな組織の外道魔法少女。大怪人相手に戦い、勝利する実力者。






 


 その名はロッテンダスト






 魔法少女が下手な悪の組織よりも外道。悪が認める外道とは何なのか。一都三県ですら外道と認識。




 ロッテンダストの上司、ジャージ男。そんな男と空間をともにすることなど心が持つわけない。






 同じ空気を吸うことすら危うい。反論すら述べる勇気すら生まれない。






 だから急いで逃げることを選択。




 言うつもりだった文句など、飲み物と一緒に呑み込んだ。






 あれは異常者。






 平気で人を傷つけ、自分たちの加害行為を被害者の責任とする。常識の範囲外にいる人間、それがジャージ男の本性。こちらが酷く心を痛めても一切配慮などなかった。




 常人は配慮する。




 相手が子供の場合、容姿の整った異性が相手であればだ。下心もあるだろうが、基本は抜きとしてもだ。配慮するし、心の隙を見せてくるのが常。ただ自己責任社会のために最近はそうでもない。だけどもだ、多少は感情一つぐらいみせてもいい。





 あの男は一切配慮をしなかった。






 魔法少女化して、実力の差を見せつけようとした。だが変化する前に行動を起こし、こちらを制圧。魔法少女にはなれず、弱者として傷を負わされた。眼球に手を置き、視力を奪おうとするあたりだ。生物の弱点を熟知しきっている。






 あの手際はただものじゃない。







(地方で生き残ってるやつは頭おかしい)




 思考しながら足を進めればだ。




 人ごみに体がぶつかりそうになる。相手は男。20中間ぐらいほどの男だ。髪を茶色くそめた、今時の男。その男がこちら側の様子に気づき、舌をなめずっている。






 弱者と。


 けが人と思われたのか。






 弱みを見せたら奪われる。






「…なめないでよ」






 魔力を殺気の代わりとばかりに放出。抑えていない自由の右目が相手を思い切りにらみつける。濃縮された魔力が相手へと突き刺さる。もちろん相手に被害はない。しかし相手は大きく震え上がった様子でその場を小さく飛び跳ねた。






 その後頭を何度も下げ、早歩きで去っていく。








 


 これが今の社会。






 男も女も関係ない。




 弱ければ狙われる。




 


 家族も友人も信用できない。新自由にして自己責任。血縁関係の不備ですら自己責任とされる地獄の中でだ。数十年前に蔓延した普通以上の人間が考えた、弱者切り捨て論。それは社会全体に望まれて侵食された。自覚なき弱者がのぞみ、弱者を切り捨てたい強者側も望んだ。






 誰もが自己責任を望み、かなえた社会。






 弱ければ殺される。強くても狙われる。負けた方が悪く、勝った方が正しい。勝者は常に勝者でなく、本気の悪意につき狙われていき、やがて陥落する。途中でエリート層が勝者となって、その支配構造を盤石とするために自己責任の緩和を望んだこともある。それは叶わない。






 暴力が正しい。




 非合法が正しい。




 合法も非暴力も正しい。






 状況次第で合法も非合法も容易に選択してしまう。正論は正論としてしか成り立たず、ルールを無視した行いすらも正しくなってしまう。




 世の中結果論が支配。






 間違いを容赦無く叩き、許さない社会。これが蔓延し、進化してしまった。間違いが永遠に許されないならば、許されないことを前提に動き続ける。




 更生する必要性が人々の意識から消えてしまった。





 全ては自己責任。






 


 強者は弱者を切り捨てる。弱者は弱者同士潰し合い、時に強者を数で引き摺り落とす。この連鎖を食い止めることは難しい。弱者が無謀にも暴走すれば強者も無傷じゃない。




 この連鎖を止める手段で思いつくのが一つ。それは悪の手を借りること。立野宮が比較的ましだと思う悪。




 




 その悪であれば奪い合いを止めれるかもしれない。





 7大悪




 フォレスティン。




 今の社会が平和を取り戻すにはだ。日本全土をフォレスティンが支配し統一すること。




 これしか考えられない。




 7大悪にして人口上昇率および人々の幸福度が最も高い。あの圧倒的政治力と安定性を保つ社会保障。その支配は自由がない、その欠点を望めるのであれば。社会は健全になるかもしれない。




 それ以外に平和の方法なし。






 だが人々は自由を求めている。強者は既得権益を守りたい。弱者は既得権益を潰して奪いたい。互いの権力闘争が火をつけている中でだ。フォレスティンの支配を受け付けるわけもない。強者も弱者も互いに望む社会をおしつけようと画策しているからだ。






 そこに悪の支配は認めない。




 フォレスティンは良くも悪くもだ。弱者と強者を同一化し、平等化して社会化を作り上げる。誹謗中傷を認めない政治。でも悪く言えば引きずり落としもできず、既得権益が常に固定化されかねない。また悪ゆえに手の速さが不安な点もある。




 独裁政治は民主的政治よりも行動がはやい。民主主義特有の人々や選挙によって行動を選択。人々一人一人の選択を尊重したうえで、多数決。数の差が物事を決めていく。その点独裁はたった一人の意志が物事を決める。




 フォレスティンが支配すればだ。




 大怪人ラフシアの考え一つで社会は変わる。




 怪人に人の心は理解できない。たとえフォレスティンが人間を重視し、社会システムに人間を起用してもだ。


 信用成らない。ただ人間としての感情が前に立つ。


 

 自身の思いとは別に、悪のくせに政策はまともだ。フォレスティンの政治能力は高い。優れた治安、他者への加害行為の抑制を人々自身が意識作らせている。奪い奪われの社会はフォレスティンの統治下にない。




 そのためか一定以上の能力をもつ人々が一都三県から流入。その一定能力とはファミリー層や若者とかの年齢や家族環境などの水準。自分のために考えられる人材がフォレスティンの支配下へ。




 一都三県は究極の少子化に加えてだ、社会の重要な労働層の流出が年々増加。




 一都三県の未来は絶望的。それでも人々は怪人を信じない。固執した思想が選択を狭めているからだ。




 


 怪人は信用成らない。




 悪は悪。






 そう思えば人間の政治家を望むのは無理がない。人間の支配を求めるのは無理がない。人の心をもたず、人よりも圧倒的な化物の何が信用できるのか。










 立野宮凛は悪の支配を望まない。弱者の願いすら受け付けない。弱者は弱者のままであればいい。何も行動せず、挑戦をせず、経験もしない奴らと思っている。恵まれた容姿と魔法の才能。それらを持ち合わせた自分に持たない者の気持ちはわからない。




 最近まではだ。こちらも被害者となって、加害者がいかれた集団だと知った際にだ。どうしようもない感情が湧き上がったのは自覚した。




 10億の依頼の件、騙された




 騙された相手を脅迫しようとしたのも事実。




 傲慢さは強者だけのもの。自分も相手も強者ゆえに行動を開始。されど相手のほうが上手だと自覚をしてもいた。自覚してなお、何もせずにはいられない。行動し失敗。








 立野宮は自覚している。自分よりも弱者は切り捨て、自分よりも強者には慈悲を望む。自分自身が強者に慈悲を求めている。






 それでいて自身の考えは甘えだということ。








 下唇を噛む。




 焦りが表情に現れている。未来の不安は尽きない。






 その瞬間だ。






 背筋を突き刺す視線を感じた。思わず身を構え、周囲を見渡す。きょろきょろと見渡すが街並みが日常と同じ。都会においての歩道に溢れる人々の数。




 弱者と感じれば搾取しようとする社会。






 周囲を歩く人々も。




 弱者を食い物にし、それでいて知らぬ顔して日常を満喫する。






 変わり映えのない世界があった。








 冷や汗が溢れる。立野宮は震える体を必死に抑えた。挙動不審とか、弱さを見せれば人々に狙われる。常に強者らしくなければ奪われる。油断大敵。弱者は敵、強者も敵。信じられるのは己のみ。






 自己責任社会は他人の存在が加害者に見えてくる。






 立野宮の正面から向けた殺気が届く。






 正面は人の行動で埋められていてだ。立野宮の視覚には殺気の持ち主は見えない。見えなくてもだ、立野宮を狙うものはいる。気配があってだ。奪われる側に立っていてだ。




 


 平然としているわけがない。






 立野宮は殺気を浴び、臨戦体制と移行。






 人の視線があろうともだ。






 関係なく魔法少女へと移行しかけた。






 でもだ。魔法が発動しない。魔力が動かない。体から放出させようとした魔力が外部から封じ込められていた。服の上から強制的に誰かの魔力が包んでいる。






 魔法少女になれない。






 その事実が立野宮の心情を荒らす。人生に感じたことのない焦り。




 




「うそでしょ!?」




 小声でぼやく。力が使えない。安全を担保し、時に周囲を爆散させる火力。範囲攻撃の優れた担い手。それが自信をもたせ、今まで生かしてきたわけだ。




 自慢の力が使えない。




 絶望に似た感覚。






 ここには日常がある。人が蠢いている。だが狙う相手が被害を厭わないものだったらだ。特に7大悪だったら人々など関係なく攻撃を仕掛けてくる。








 魔法少女にもなれない。




 魔法も使えない。




 そんな人間は、弱者ではないのか。










 焦りを隠せず、殺気に対し背を向けた。思わず駆け出す。持ち前の動体視力で人混みの隙間を縫うよう走る。鍛えた体。平均以上の体力ぐらいならあった。






 抜ける先、まだ人の気配はたくさんある。






 都会は店だらけ、似たような場所もたくさんある。仲間がいるかもしれない。都会の良さは人が多いところ、魔法少女の知り合いがいればだ。自分の置かれた状況を説明して共同戦線を張れる。もしくは状況を本部へ共有できるかもしれない。






 誰でもいい。




 味方が周囲にいないか探す。




 しかし見つかることはなかった。誰も味方はおらず、クリアになっていく思考。導き出す逃避先、目的地は一つになった。






 本拠だ。連盟の本拠へいけば安全。




 魔法少女連盟にも駆け込めば、所属員は保護される。上級魔法少女であり階級もそこそこ。少なくても見殺しにはされない。その核心があった。






 されど本拠へ向かう道の途中。




 思わず足を止めた。






 その道筋を先回りしたかのような殺気が届いたからだ。






 見えない、殺気の主がわからない。




 でも確実に狙われている。




 動悸が強くなり、背筋が凍っていく感覚。紛れもなく巨大な存在を殺気で感じ取っていた。






 7大悪だろう。






 見えないけれど、確実に狙ってくるのは心当たり一つ。






 ザギルツ、フォレスティンのどっちかだ。








 そして立野宮の魔法を外部から阻害できるのはだ。






「ザギルツ」








 絶望しかなかった。希望が粉々に砕かれる感覚。わずかに残った光が目から消えていく。視界から世の中が映らなくなっていく。連盟はザギルツと敵対しない。ザギルツも連盟へ直接敵対しない。






 殺気が常に突き刺さる。






 道を誘導するようにだ。




 先回りする殺気が強力でだ。背後から届く殺気はか弱い。左からも弱い殺気だ。右だけがない。つまりそこへ回れということだ。殺気がない右手へ視線を向けた。建物と建物の間に路地が一つ。その路地は薄暗い。それでいて先に開けた場所があるのがわかる。




 なぜなら路地の奥が光がさしている。






 救いはない。




 目線から溢れる涙。






 急に涙を溢れ刺した立野宮をみた人々。それらは一瞬邪悪そうな顔を浮かべた。奪い合いの瞬間を画策したのか。だが急激にまともな顔を見せた。立野宮は察していた。そう人がいる中でだ。いくら自己責任で弱者をみたら奪う人々でもだ。人前では証拠が残る。




 証拠と言ってもだ、バレても犯罪にならない。




 社会に沿ったやり口をとる。奴らはルールを守り、ルールの中で人を貪る。社会に最も適した人種、常識人。今の世の常識を理解しすぎる一般人。自分の周囲を通り過ぎていく人々全員がそうだ。






 こいつら全員巻き込んでやりたい。






 皆不幸にあえばいい。




 


 強く思い、この場で戦闘を始めようと思い始めた。だが止めた。無謀な思考と巻き添え精神。それは発揮せず、この場ではない場所を選択。




 連盟のフレイムスピアにも評判がある。




 後輩思いの優しい実力者って思われている。






 自分の感性では弱者を切り捨てたい。でも連盟の魔法少女たち、後輩には優しくしている。優しくして助け合えばだ。少なくても奪い合いの関係性を魔法少女同士はしなくてすむ。自分が安心できるように恩で縛り合う。




 みんなそう。




 優しいのは自分の権力を奪わせないため。




 それでいて居場所を守りたい。






 魔法少女からの風評を気にして、一人での戦闘を決意。




 逃げ場所もなく、誘導された路地へ出向いた。






 人が二人ほど並んで歩ける程度の狭さ。殺気が背後から届くだけだ。誘導されるように進んだ。開けた場所へ辿り着く。路地の狭い道から開けた場所の変化。明るいことだ。頭上を突き刺す光。日光だ。それでいて誰かがいてもおかしくないカビ臭さ。




 ゴミが散乱。




 腐敗した生ゴミ。敗れたビニール袋。薄汚いネズミが地面を走っている。そんな不潔な場所でだ。背後に大きな気配。振り返った。大きな気配は大きな体格によって示される。先ほど出てきた場所を塞ぐように二体の異物があった。




 蛇をモチーフにし、白い鱗の下級怪人。白蛇怪人




 ジャガーをモチーフにした白い体毛の下級怪人。白ジャガー怪人








 ザギルツの下級怪人が2体ほど背後の路地を封鎖。本来の力であれば完勝する実力差。フレイムスピアになれるならばだ、下級怪人など一瞬で消し炭だ。




「下級怪人のくせに」






 それでいて後ずさった。




 後ずさるのと同時に再び気配を感じる。その方向は先ほど見ていた中央だ。白いローブを纏うのがいた。降り立ったように捲れ上がってもいた。右手にもつ金属の輝きをもつ棒状のもの。それでいて曲解した刃が先端にあった。死神の鎌そのもの。






 めくれた頭のローブにあるのは虫の顔。白い外殻をもつ甲虫。強靭な顎が口先の左右にひとつずつ生えている。間に生える小型の空洞。また両目と思われるものは複眼だ。




 カミキリムシをモチーフにした怪人。






 ザギルツの幹部。




 ローグだ。








 そのローグが鎌をこちらへと向けた。丸みを帯びた切先がないほうを向けられた。背後には2対の下級怪人。正面にはローグ。立野宮は変身すらできない。





 絶体絶命。




 立野宮は絶望を隠せなかった。






 そんな立野宮を相手が言葉で出迎えるようだ。目の前のカミキリムシ、ローグが顎を動かし、小型の口に見える空洞が音を出す。








「フレイムスピア、お前は死ぬ」




 殺気が届く。ローグから発せられる脅威。人間として感じる相手の強大さ。変身すらできない魔法少女に勝ち目はない。背後の下級怪人も合わせて殺気を飛ばしてもくる。足が震え出す。






「だが安心しろ」






 何も安心できない。




 死にたくない。




「やだ、やだ」




 未来が見えかける、死んだ自分の肉体が想像上で浮かび、口が否定の音を出している。




 生きたい。






 思いの丈と異なる現実。願いは届かず、死が目の前へと迫っている。背後からの急激な接近を感じたのは油断したからだ。接近してきたのは白いジャガー怪人だ。反応し、一瞬で動き出す。相手が背後から狙う回し蹴り。虚空を刻むような音とともにだ。狙われたのは腹部。それを立野宮は回避できずにだ。両手をクロスさせることで防御。体内で動かせる魔力を無理やり動かして肉体強化。




 


 両手の上腕が大きく振動。重い一撃がクロスした両手の防御を振動。無傷とはいかないが防ぎ切った。だが一撃だけでだ。両手が麻痺した。二度目は耐えれない。一撃を与えた足が地面へと再び落とされる瞬間。立野宮は駆ける。その隙間、下級怪人が先ほどまで塞いでいた路地を狙う。






 だが一撃目を終え、二度目へと移行した白ジャガー怪人。






 また白蛇怪人も大きな舌を勢いよく放出。狙いは己の首だ。殺気の届く場所へ痺れた左手を向かわせた。できる限りの魔力を纏わせ、一撃を弾く。ぬるりとした感触。気持ち悪さを感じてもだ。生きることへの渇望はたまらない。






 半ば諦めた命。だから誘導された。






 でもだ、自分の命が奪われる瞬間にだ。




 黙っていられなくなった。






 必死の意思が逃げを選択。この場の怪人たちから背を向けて走る立野宮。






 でもだ。その背に嫌な感覚。






「お前は魔法少女として死ねる」




 静かな声が届く。耳に入り、一気に心が冷えた。それは下級怪人たちのものでない。ローグの強い意思すら感じる。




 確実に殺すという意思。






 立野宮は意思が挫けそうだった。






 ザギルツの強さは対魔法にあること。それでいてザギルツは魔法使いから恐れられている。




 この場にいないザギルツの大怪人。




 ダスカル。




 ダスカルに魔力は届かず、魔法は効力を発揮しない。それでいて大怪人。圧倒的身体能力を有している。魔法も効かず、ヒーロー同士とも台頭に渡り合う戦闘力。また部下からの信頼も厚い人格者。






 だが一番恐れられているのはダスカルじゃない。魔女クラスの魔法すら無効化する大怪人は所詮戦闘屋。








 本当に怖いのはだ。






 人間社会に溶け込むように動く。人間社会のルールを理解した上で、それを厳守。厳守して行動して、時に裏切る。こういうことをやりくりしてきた怪人。






 それがローグ。




 ローグは魔法使いの魔力を外部から操作する。さすがに体内魔力にまで操作は届かない。だが外部へと溢れる魔力を強制的にカット、もしくは魔法の行使に必要な魔力を遠隔で操作。他者の魔力操作を勝手にいじくる技術をもっていた。






 10億襲撃の際。




 得意の爆炎が出せなかったのはだ。






 ローグに操作されたからだ。








 魔法少女が魔法少女として動けない。その特出すべき技術がローグにあったからだ。






「あ、あ、あ、ああああああああああ」




 逃げられない。絶望が極致に達し、涙が溢れた。両手で顔を覆う。泣き顔を隠したいわけじゃない。現実を逃避するために視界を遮った。




 手が覆う薄い暗闇。




 魔法少女はザギルツに勝てない。




 ローグに勝てない。






 二体の下級怪人が二度目の猛撃を開始。立野宮が気配で察しつつも対応はしない。左右に広がる二体の下級怪人がそれぞれの一撃を放とうとしている。右からは白ジャガー怪人の上段蹴り、胸部を狙った白蛇怪人の舌の発射が左。それぞれが生命を奪おうとする位置を狙っていた。




 カミキリムシの顎が音を発するため振動。




「さようなら」






 ローグの冷めた声が届いた。





 魔法少女は暴行を受けない。性的暴行のみ受けないと強調されている。でもだ基本的に魔法少女を拷問することは悪はしない。フォレスティンほどの政治的に浸透させた組織であれば別。それ以外の悪は7大悪であってもリスクはさける傾向。






 立野宮を襲う一撃が迫る。覆う指の隙間から外が見える。




 目をそらせなかった。




 自分の命が潰えるのを、暗闇で味わいたくなかった。






 走馬灯が呼び起こされる。






 生まれからここまで恵まれていた。常人よりもその他大勢の武芸者よりも、上級魔法少女としての才能があった。親も信用してない。親戚も信用していない。自分だけが正しく、常に挑戦を繰り返した。




 挑戦に一度失敗、それが今。






「さいあく、さいあく、さいあく!!!!」




 嘆きがこぼれて、死を覚悟した。左右を囲む下級怪人の一撃が到達。その後きっと惨たらしく死ぬんだろう。その最後の無様さを想像。




 


 でも悲劇は訪れなかった。






 眼前へ銀が舞い降りた。上空から地上への落下。音も立てず着地した銀の正体。それが肩口までのびた髪型であることを認識するまでにはだ。




 全ての攻撃が防がれていた。




 


 顔を覆う両手をほどき、立野宮は唖然としていた。




 銀が眼前で舞う。美しいほどの銀髪がまい、それでいて血肉が飛び散っていた。放たれた舌の弾丸は上空へ待っていた。その凶撃を防ぐ銀髪の横顔が見えた。




 麗しき令嬢と錯覚する。




 令嬢が一撃をつかみ、無理やり引きちぎったもの。放たれた上段蹴りは細い片手で受け止められていた。軽々と指二本で受け止められている。その事実が目の前にあった。






 美しい女性。見惚れるほどの横顔が見えた。




 令嬢と思わしき綺麗な人間。




 そんな人間が立野宮の正面にいたからだ。








 それでいてだ。




 金属音が届く。先ほどまでの絶望的な静寂は嘘のよう。激しい火花を交差させた戦闘音が中央から届いた。先ほどまでの余裕が嘘のようなローグの表情。虫の外郭ですら表情がわかる防衛戦が起きていた。




 それは襲撃だ。しでかしたのは凶悪面の男。まぶたの上下に切り傷があった。黒の短髪で薄く角のたつ髪型。そんな男がローグを襲撃。




 いきなりローグを襲うように凶悪面の男が空から降ってきた。降ってくるのと同時に腰にさしたロングソードを振りかざす。重い一撃を上空からの飛び降りで勢いよくだ。






 受け止めたローグの足元が沈んでいる。アスファルトがえぐれて下へ。






 それは見えた。




 だがローグは人間が容易に押し込めるほど弱くない。






 そんなローグが慌てふためくようにだ。鎌を振り回し、相手の連続の攻撃を防ぐので一杯の様子。






「まさか!」




 予想外といった様子に見えた。ローグがただなすがままにされている。その様子を魔法少女として立野宮は絶句するしかない。人間が怪人と渡り合う。




 ヒーロではない。






 魔法少女でもない。






 冒険者に見えた。






 見下していた時代遅れの職業。






 立野宮は息を呑むしかなかった。






 冒険者は所詮過去の産物。持久力とそこそこの戦闘力があるだけだ。魔物や魔獣がメインだった過去の時代。そんな過去の時代に生まれた職業。怪人が生まれる前までは武力の象徴。でもだ怪人が生まれ、悪の組織が生まれた。その時から社会のバランスは崩れた。




 冒険者は所詮異能の力を手にしただけの人間。




 戦闘力のインフレが起きていたのだ。魔物と魔獣を相手にしているだけのお遊び。本当の戦いは怪人や悪の組織によって行われる。そう名打たれても仕方ない。それだけの戦力差があった。魔物や魔獣は人類の脅威ではあった。でも過去の脅威でしかない。




 現在の脅威は悪だ。悪が連なり、怪人を束ねた組織。7大悪であったり、地方悪だ。




 魔物も魔獣も所詮野生生物。知恵ももたず、暴れるだけだ。殺して、殺されての単純生命活動。生きるために殺して食うだけの食物連鎖。




 組織とすらいえない、統率とすら言えない。群れるだけだ。強さも怪人よりも格下。




 冒険者と魔物や魔獣が一対一で戦えてる程度。






 冒険者は怪人に歯がたたない。








 怪人と冒険者は一対一で戦いにすらならない。冒険者は怪人に圧倒される。個の圧倒的戦力差を、パーティーとして複数の人間が手をとりあって怪人と渡り合う。そんな状況と冒険者の数が足りないこともあってか。確かに武力の価格は引き上げられていく。でも、そのうちに魔法少女やヒーローが世に生まれ出す。




 ヒーローも魔法少女も持久力はない。




 でも短期決戦における強力な戦力。冒険者とは比べものにならない戦闘力。怪人と一対一でも対等に渡り合える才能。そうした新規の戦力が市場に出回り出すと冒険者の役目が一段と下がっていく。複数の人間がいなければ怪人とも渡り合えない。そんな武力の人件費が高いためだ。




 魔法少女やヒーロー一人当たりの人件費。




 冒険者パーティーの人件費。




 それぞれを加味した上でだ、冒険者は社会武力の市場から徐々に衰退させられていく。




 冒険者は隙間産業へと転落。






 そうした中、冒険者の地位低下を重く見た組織。冒険者ギルドは重い決断を実施。組織のトップ変更。代表の変更が行われ、郡司新に変わる。そのトップを変更し、組織改革。




 社会の主力へと再び返り咲くこととなった。






 方針の改革。




 魔法少女とヒーローの隙間時間を狙った方針。戦闘時間外の防衛を担うこと。企業全体の防衛をヒーローや魔法少女たちよりも格安でうけること。それでいてヒーローや魔法少女の変身外を保護すること。魔物や魔獣といった野生生物の駆逐もそう。より民間に特化させた。常人に敵わないものを、冒険者が代行する。魔法少女もヒーローも対怪人の費用としては安い。しかし魔物や魔獣との対策費用としては割高。




 それぞれのデメリットを冒険者が埋めるように動いたことだ。






 魔法少女とヒーロー。これらの弱点は戦闘力が高い状態が常にないことだ。冒険者は持久力が特化している。それは初めから自然に戦力として鍛えたものによるもの。それに対し姿を変えることで戦闘力を激増させるヒーロー、魔法少女。これらは無限に強くなく、その強さの時間は非常に短い。その隙間はどうしても弱い。社会的にも武力的にもだ。そこを埋めたのだ。




 魔法少女とヒーローの変化前を保護。




 企業たちの防衛コストをより安く。




 それでいて冒険者の手では厳しいが、対処はできる。そんな案件はヒーロや魔法少女へ依頼するように移行。何から何まで自前で補える冒険者ギルド。それをあえて外部へと発注することで金回りを良くした。






 政治力によって冒険者ギルドは成り立つ。




 危機を救ったのは時代おくれの職業。

 

 見下していたものたちによって、命は救われた。


 そう立野宮は信じ込むしかなかった。



 裏にどんな事情が含まれていようとも、無料で命は助からない。



 


「なんで助かったのよ」

 


 こぼした恐怖は体を震わした。助かる命以上の価値、それを誰が仕組んだのか。考えれば考えるほど立野宮は不安に呑まれていった。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 待ってました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ