悪なおじさん少女と優しい世界 4
少尉が返り血に塗れた姿で立ち上がる。その様子に人々は息をのみ、僕は冷静に見つめていた。軍人のまとめ役だろうか。テロリズムだろうか。それにしては殺しすぎていない。殺気に満ちた狂気を見せていないようにみえた。
少尉が血をぬぐいもせずに口を開いた。
「逆らったり、逃げなければ殺さない。我々は返品しにきただけだ。押し付けられてきた自己責任を」
この場にいたのは数百ほどの人々。それらを囲む軍人の数は少ない。しかし武装の数が違い、突撃銃、小銃を懐に忍ばせる軍人には太刀打ちできない。一般人はその命の危機におびえるしかないのだろう。しかも周囲の視線は包囲の内側、外側に転がる人だったものだ。
少尉が片手をあげた。その動作に軍人たちは両踵をあわせ、背筋を伸ばす。だが武器はそのまま、包囲したまま。姿勢のみを少尉に掲げている様子。
「誰も殺すな、虐殺を好まない。我々が押し付けられた被害を、こいつらに味わわせる。自己責任を、被害者になれば自己責任。失敗をしたら自己責任。たっぷり味わって一生背負ってもらう、今後の出来事すべてお前たちの責任だ」
死んだのは100名以上。死体も肉片も転がり、赤の海が排水溝へと流れる。歩道は車道より一段ほど高めなのだが、その段差の一部分には下流から逆流していて浸食。
壊れた馬車数十。
今度は軍人が店から人を連れ出してきた。だが一部の人は店の裏口から逃げたのか、完全には捕まえられなかった様子。もともと店にいた人の数と連れてこられる数があっていない。
その事態を理解してか、店から人をあつめて車道の中心へ引きずってきた末端の兵が少尉のもとへ。
少尉の耳元に口を近づけ、手でその様子を覆い隠す。伝え終えたのか末端の兵は少尉から離れ、敬礼。少尉も合わせて敬礼。その後末端の兵は軍人たちの包囲に紛れていった。少尉はそれを見送り僕たちのほうへ視線を向けた。
「高齢者は膝を破壊して、歩けないようにしろ」
少尉が相指示すれば囲む軍人が大きく笑う。今まで社会上低い立場だったものたち。それらの反撃の意図を僕は察した。軍人たちが握りこぶしを空にふるう。見せしめの原始的な暴力。それらをアピールされ、指定の年齢層であった人々が大きく後退。
「高齢者の諸君、かつて君たちは弱者や底辺に自己責任と優しくしてくれた。だから君たちの老後には我々弱者から自己責任を利子付けて返してあげよう。もちろん助かる道がある。君たちより若い人が変わってくれれば助けてやる。その代わり助けた奴らは膝を壊される」
震えと恐怖で詰まっていく中、希望の言葉が少尉の口から飛び出てきた。
ほかの人々に高齢者たちは視線をめぐらせた。
できる限り若い人へと視線を合わせ、会った人間には歩み寄る。
必死の形相で肩をつかんだ。
「助けてくれ!残りの人生は穏やかに死にたいんだ!こんな目に合うために頑張ってきたんじゃない!
!」
高齢者たちはそうして、男女問わず自分より若い人に助けを求めた。高齢者の男は自分より若い女性の肩をつかむ。高齢者の女は男のほうへ救助を叫ぶ。
「お願い!助けて!壊されたくない!こんな老後はいやよ!あんたが代わりになってよ!老い先短い私のために!お金なら3000万出すから!ちゃんと若いころ頑張って貯金したお金あげるわ!嘘じゃない!小切手だって上げる!契約書だって書くから!!」
「お金は出せないが、感謝はできる!俺たち高齢者が苦しいのは、お前たちのせい!年金が貰えないのは若いお前らが子供を作ってこなかったからだ!その恨みは忘れてやるから、変われ!歩けなくなるだけで怖いものなんてないだろ!保険だって入ってるだろ!俺たち高齢者は保険金が下りても少額なんだ!元なんて取れないんだ!お前たちなら数百万以上もらえるぞ!」
よりリアルな地獄。
忘れてはいけない。
人間の醜さは高齢者だけじゃない。中高年にもあるし、現役世代にもある。こういう知識を交えて、リアルな言葉に乗せていく。そうやって恐怖を作るのは知識層だったものたちの特徴。より具体的に、より現実的に伝えていく。
しかし目線をそらされ、むしろつかまれた肩を無理やりはずされた。高齢者の力で自分より若い相手の力には抗いきれない。むしろ肩をつかまれていた女性が高齢者の男を平手打ち。その衝撃と拒絶されたことによって喪失状態となった高齢者。また必死に自分より若い男へ保護を求めた高齢女性。その女性は思いっきり相手から睨みつけられた。
それでいて押された。転ぶほどの力ではないが、拒絶。
そうやって人間ドラマが繰り広げられた。
誰も助けない。
少尉はどす黒い感情を隠さないようだ。やけに闇を感じさせる暗い視線をもって、それらを見つめていた。
「タイムアップ、高齢者の諸君」
少尉は小銃を身近な高齢者に向けた。その男は諦観した様子。絶望にそまり、未来が終わる。二度とまともな老後は訪れない。その現実を下唇で間で表現しているようだ。
「自己責任の時間だ」
その膝に銃口が向けられた。
発砲音。
「あああああああああああああ」
膝が砕け、思わず高齢者がその場に倒れた。倒れてうずくまり、両手で膝を抱え込む。地べたを転がり無ざまさを晒していく。だが少尉はその痛がる様子を気にせず、近寄った。そのまま膝を抱えていく男の脇腹を踏みつけた。動きを片足でふさぎ、ちょうど真上にあった無事なほうの膝へ銃口を向けた。
「片足じゃない、全部だ」
再び発砲。
もはや悲鳴じゃない。
老人が両ひざに銃弾をうける。二度と歩けず、二度とまともな人生は歩めない。高齢者の足が壊れて完治するころには寿命が来るだろう。それどころか、精神面も肉体面も参り、現実逃避が始まる。そこからの病気などが発生する。
「やれ、高齢者に自己責任をつき続けろ」
軍人はそれぞれ銃を握り、抵抗する高齢者に暴行を加えた。銃弾だけじゃない、徒手空拳による両ひざの破壊もあった。銃をバットに見立てたフルスイングでの破壊もあった。それぞれがやりたいように破壊していく。
地獄絵図があった。その光景を僕たちは目の当りにしていった。
高齢者は全員、両ひざを壊された。
痛みにのたうち回り、絶叫。そのうち体力もなくなり、激痛からか動くのをやめた。地面にのたうち回れば、血の海に体を埋めることになる。だから高齢者自身はけがをしてなくても、赤く染まっていく。その姿はもはや死体にそっくりだった。
「次は中高年、お前たちだ」
少尉は壊れているように見えた。精神を損耗する事態に出会ったのだろう。人間の狂気が増幅されている。精神汚染されている気配はない。正気で狂気に陥ったようだ。この僕は静かに周囲を睥睨。
「お前たちも兵士にならなくて済む普通人たちだ。いいなぁ、銃を握らずにすんで。いいなぁ、命をかけずにすんで。中卒になったのは親のせい。親が悪いから子も悪い。教育もできず、学校に通わせられない。理由が貧困とか片親だからでもだ」
少尉が嗤う。この僕がよくやる口端をゆがめる表情だ。
「年上がいうんだ。恨むなら親、ひどい家庭環境でも努力して成り上がったやつがいる!できるやつがいる以上、できないのはお前自身のせい!そういわれるんだ!違くないか?普通ってそんなにすごいのか?お前たちができたから、できないやつは人間失格ってか?環境自体が駄目ならどうにもできないだろ?」
少尉が銃口を向けた。中高年たちに次々と銃口が向けられていく。一人また一人と照準を向けられ、おびえた様子で口をつぐむ。下手な行為は怒りを買う。それを悟っているから黙っているようだ。
「そうやって個人のせいにしてきたもんな。お前たち全員そうだ。お前たちも不況時代に苦しんできた。そこは同情する。時代の被害者なのは認めるよ。だが、被害者だからといって、若いやつにマウント取る意味ってなんだ?常に垂れ流す、自分たちのほうが不況で酷かった。それでも頑張ってきた、今の若い人は甘えているってな」
銃を握る手が震えている少尉。
感情が暴発する寸前なのだろう。
「お前たち、兵士になってねえだろうがよ!日本国憲法が国民の手にあってだ!障害年金も生活保護もあってだ!至れり尽くせりだろう!そんな生ぬるい環境で偉ぶってんじゃねぇよ!覚えたての子供みたいに、年上が年下に自己責任って吠えるのはどうなんだ!?」
引き金を押し込む少尉の指。その放たれた弾丸は空を切る。誰にも当たらず、被害をもたらさない。しかし銃弾が発射されたこと、高齢者の末路をみてだ。余計に人々の震えは高まっている。
「だからお前たちにも自己責任だ」
その言葉に悲鳴が上がる。中高年以上の男女が恥をわすれて泣き叫ぶ。感情とともに地団駄を踏む。だが暴れないのは理性がなすことだ。
「両手を切り落とせ、もちろん自分より若い奴らが助けてくれたら見逃してやる!助けた奴は両腕を切り落とされるがな!」
中高年が生贄を探し出す。エスケープを使って自分の身だけ安全を図ろうとする。その意図が周囲をきょろきょろと見渡しだしたわけだ。そのうちの一人、周囲よりも小柄な男が僕と目が合った。その瞬間、頬がつりあがり希望を見たかの様子。擦り付ける気があるのだろう。
目を大きく見開き、必死の形相になって歩み寄ってくる男。
だが僕は自分の首に親指をそえて、真横に切った。
そのジェスチャーに激情のためか、一瞬で顔を赤くさせた男。だが冷静を取り繕って、周囲を見渡す。中高年よりも若い人たちは目線をそらすか上空や真下をみたりしている。両目を閉じたりしないのは、もし無理強いされた際に抵抗できるようにだろう。
誰もが目をそらし、中高年たちの視線を除けないのは僕だけだった。
中高年世代の視線が僕に集中。
だが僕は鼻で笑って、肩をすくめた。
「君たちの自己責任だよね」
むろん凶行には抵抗できる。この僕がロッテンダストになれば一瞬で軍人を皆殺し。制圧も容易。僕が少尉が浮かべている嘲笑を浮かべて返す。そうなると凶行に陥る表情を見たものたちは諦めをみせた。だが数人ほどあきらめきれない人間もいたようだ。
肩口を背後からつかむやつ。正面にたってジャージの襟をつかむやつ。遠くから犠牲になれと恨み言を告げるやつ。
これを計画したやつは性格が悪いようだ。
抵抗せず、逃げなかった奴は殺さない。しかし希望を奪う。どこまでも残酷に、無意識にやられたくない傷を未来永劫残す。
しつこい奴らに僕は冷めた表情で見下した。感情を殺し、見下す視線を直接正面のやつに向けた。
「君たちは自己責任って言ってた世代じゃん。誰かを否定して、上に立つ。なんとか社会に居場所を作ろうとする年代だ。どうせ叩いてたんだろ。諦め悪いやつは、そういうことするやつ多かったからね」
反応に困りそうな反応をしつつも、犠牲を擦り付けようと動く相手。目元が泣きそうで被害者ぶる姿は滑稽。加害者が弱者になりかけたとたん、このありさまだ。
もちろん、慈悲はある。
僕は思いっきり足を上げ、正面の男の腹部に膝を叩き込む。体が衝撃でくの字になるのを片手で抑えた。相手の肩をつかみ、上半身が下にむきかける。下がった男の後頭部めがけて攻撃を開始。肘をうちこむ。その瞬間に膝を腹部に押し込むのも忘れない。相手の攻撃の衝撃が膝によって固定されたことで、そのまま肘うちの重みをうけた。
破壊はしない。
肘と膝を離し、上げた片足を地につけた。そのころには滑り落ちるように地面に倒れた中高年。
だが一瞬で無力化し、相手の意識はあるが、自由が利かないようにした。神経を一時的に殴打した感覚だ。時間がたてば戻るが、それは致命傷。突然の暴力に諦め悪かった連中が目をぱちぱちと見開く。踵を軸にその場で一転。背後のやつへ視点を向けた。
それは中高年の女性だった。
だが関係なく拳を腹部へ叩き込む。
肉体耐久度的と感触的にこの一撃で終わる。僕の体に寄りかかってきそうなのを、さっと横によけて回避。支えもなく女性は地面に正面から倒れた。
そのころには僕への企みをするものはいなかった。容赦なく暴力を振るう以上、かかわると損とわかったのだろう。
ただ銃口が向けられていた。正当防衛をした結果、少尉の警戒する視線と周囲の軍人の息をのむ姿だけがあった。
薄気味悪い笑みを僕は作る。
そして両手を挙げた。
「僕は何もやってない!」
言い訳と開き直りを白々しく行った。迫真の演技とふてぶてしい態度。そういう演技をしながらも景気愛は怠らない。銃口に視線をむけ、殺気に注意を払う。周囲にいる軍人が突撃銃を僕に向けている。背後にも回られ、側面にもだ。そのくせ仲間内を避けるように銃口は僕の足元へ向けられていた。
「僕は被害者!ちゃんと見てたよね、一方的に生贄にしようとする悪しき中高年たちを」
演技しつつ、周囲を観察。隙を作っているが攻撃される意図はなさそうだった。胴体を狙って発砲してくれればよかったのに。
そう思いつつだ。だから演技を続けることにした
「怖かったなぁ、殺してやると言ってたから、足がガクブルしてたよ」
少尉が目を細くし、観察をしてくる。この僕の素性はなにか探っているのだろう。だが少尉の知識には何もないはずだ。今時でもあまりいないジャージ姿のおじさん。そんなすっとぼけた格好の人間。大した影響力などあるわけがない。
「僕は小さく言ったんだよ、いやです、やめてくださいってさ。でも聞いてくれなかったんだ。だから被害者だ、そんな記憶は一切ないけど、絶対被害者!そしたら急にうずくまったり倒れたりしてたんだ!これって偽装工作だよね、僕を加害者に仕立てようとする!なんてひどいやつらだ!」
そんな迫真の演技でわめく僕。何度も吠えていくが、軍人たちの顔が引きつっていた。
軍人たちの誰かがいう。
「いやお前が暴力をふるったろ」
そう冷静な意見をはける軍人もいた。
少尉が僕を忌々し気に睨んでいる。この僕の一連の動きと態度に強い警戒心を抱いたのだろう。すぐに発砲といった手段には出てこなかった。この場の誰も僕に相対する勇気が取れなかったようだ。
当たり前だ。
この僕が周囲に殺気を飛ばしている。人間の気配と本能に訴えるべく、強い憎悪の念を飛ばし続けていたからだ。こんなテロリズムなど成功しない。巻き込まれた恨みを込めた牽制はうまくいく。
一時的な膠着状態を引き起こした。
「この状況でも減らず口を」
少尉がこぼすが、僕は笑う。
「いくら喋っても口は減らないよ?あっ君たちの口は喋ると減るんだね!いやぁごめんね!お口を開いても無事な僕と減っちゃう君たちじゃ立場が違うもんね。ごめんね、貴重な口を減らしてね!」
あちゃあと額に手を置く僕。だが冷笑を作って、少尉に向き合っている。感情的になるのであれば、そのすきを狙って逃亡をはかる。さすがに人々の視線の前でロッテンダストにはなれない。青筋が浮かび上がりつつある少尉の眉間。
ふてぶてしくもお遊びをする傍ら。僕は周囲を探っていた。
いやな気配がまだ残っている。
強いエネルギーを感じる。
相手の余裕が崩れていないのが証拠。年若い軍人たちの武装蜂起。テロを都軍が見逃すわけがない。このような虐殺および暴力行為を排除にかかるはずだ。
来週には武力改定がまっている。
現政権の目玉政策の一つだ。
一都三県三大武力。その3組織、冒険者ギルド、魔法少女連盟、ヒーロー連合。
その三大武力維持費用と使用料はすさまじい金額だ。県軍、都軍といった国家戦力も無料じゃない。税金を使用し、円を刷って作った資金。その大半が武力費用に流れていた。国民生活を悪化させ、市場を閉塞させていく。不況がさらに拡大する要因でもあった。負担の減額を誰もが求めていたが、国家権力でも難しい。
一都三県三大武力は民間組織。下手なことをすれば、反撃が待っており国家命令が利かない。しかも3大組織は互いに談合と協力、共調、共同を掲げている。これらの組織一つでも敵に回せば、全部が敵に回る。
そんな武力利権、軍隊などの出費が財政を圧迫させていた。
毎年拡大しつつある巨額の出費。武力費用の減額を財務省が推し進めていく改革。財政再建を掲げた当選した現政権。
代行政府のGDP5.1パーセントが武力、軍隊らの総費用だ。
崩壊前のGDP2パーセントを超えて、その倍以上の金額が飛んでいる。
多額の税金を国民から奪う理由。社会福祉を失ったあとの代わりの出費が武力だった。
代行政府はこれ以上、増税は難しい。国民感情が悪化しすぎており、とくに若い世代が高度スキル特化型人材になっている。増税を突き進めると、学歴が上昇していく。それだけならばいいが、現場作業者が減っていく。増税をすれば市場が冷え込む。市場が冷え込めば、誰でもできる仕事から減給が起きる。減給が起き、文句をいえば知的層からの見下し、自己責任論が現場をたたく。そうなると現場の人間は知恵を高め、自分たちの子供は高度な人間へ育て上げる。そうして高度な知的層ばかりが増え、現場はいなくなる。
若者は悪の道へ突き進みかけている。人間社会より悪社会を好む傾向がでている。中絶を禁止したものの、出生率が大幅に減少。子供を作れない社会、それらを国民一人一人のせいにしつつも限界が近づいていた。恋愛離れ、普通離れ、所有離れ、車離れ、努力離れ。様々なレッテル張りも効果が薄れていった。
多額の増税ができず、資本家や企業は国民の自己負担の増加をいまだに求めている。そうして財源を政府に確保させ、法人税や所得税の引き下げを願っている。所得税を一度下げて、再び上げた政策。国民感情が暴発し、大規模抗議が起きたからだ。そうした原因の増税を再現させようとしている。
政府は国民を抑えきれない。
政府は経済界を抑えきれない。
武力はもってのほかだろう。
しかし政府は武力改定だけは進めなくてはいけない。国民も経済界も武力の費用減額を求めている。そうして空いた税金で所得税や法人税、もしくは消費税の減額を求めている。
支持層の数と資金だけは政権にあった。
その中で武力の反乱だ。
名誉ある都軍の暴走。
これらは現政権に泥をぬりたくる行為だ。この際の影響力は全体に及ぶ。国家権力を再び国民に戻す動きもあるだろう。また武力改定における減額政策も3大組織に足元を見られかねない。
だから鎮圧するはずだ。上空を飛び交う殺気が急速に減っている。ビルの中に潜むスナイパーたちが地上を見下ろす殺気が消失していっている為だ。完全に消えることはない。しかし地上に向けられたポインターが消えていき、地上戦力のみの監視がメインとなった。
大通りを挟んだビル群。そのビル群の上空から複数の影が地上に反映。気づくころにはドスンと重みをのった衝撃が足元へ伝わった。落下してきた物の衝撃によってアスファルトに亀裂。飛び散った破片は転がる血まみれの高齢者を直撃。体がぐしゃりとへし曲がった。
落下してきたものは両足でたっている。
その見た目は割れそうな姿に見える。見た目だけなら美術品にも見える。
反射鏡のように水晶状の外装。関節部分は白のゴム状のもの。動作を邪魔しない必要十分な柔軟性があるのだろう。側頭部には両面には二つの角。眼部分にはルビーによく似た赤い輝き。うっすらとした鼻部分と動くことのない口の横線。肩を保護するプロテクターのふちに白のライン。そのラインは上半身から下半身にまで部位ごとの区切りについている。
上半身、下半身も透き通った透明感。体の一つごとのパーツが図形を持ち合わせたのか、丸みが一切なかった。胸部のアーマーもピラミッドをひっくり返した形。直角が外側に向いている。そうした造形が全身に当てはめられていた。
地上の赤の惨劇が映り込む具合の透明感。
都軍に所属するヒーロー。正しくは都軍が所有する劣化ギアを装着した正規兵。
鏡のヒーロー。グラスドールの変身ギアを基にした大量生産品。魔法などの特殊攻撃や遠距離攻撃に関しての防御力は高い。反射する本体が攻撃の殺気を感知すると自動的に幻影を周囲に投影。変身者に狙いを定めても、実際の場所とは誤差が生じ、届きにくい。また遠距離攻撃が届いても、滑る加工によって他所へいく。そういう特殊能力を所持。
また意外と肉体戦闘能力もあり、変身者の戦闘力を引き上げる。クリアボディーに反射した風景すべての映像が、変身者の視界と共有される。そのため死角が少ない。
それらヒーローが一人だけじゃない。3人地上に落下した。
そして無言で仕事を開始。周囲にいた軍人に攻撃を開始。振り上げた手には鉈が握られている。そのまま軍人の頭部をかちわった。反応すら許されず、軍人は口をぱくぱくさせて地面に倒れた。
残った軍人たちは動揺を隠しきれていない。また人々も救いが現れたからか、先ほどまでの絶望から希望を手にしたようだ。姿を現したさいに火花が銃口から飛んでいる。狭い口先から飛び出る破壊の弾丸。それらは鏡のヒーローたちに届くが、外殻に火花をほとばしらせた。だが傷つけることもない。跳弾し、関係のないものへ被害をもたらす。
集められた人質の腕をかすめて、引きちぎれた。その突如の刺激と被害に悲鳴をあげる男性。しかし誰も心配をせず、軍人は人質関係なく銃弾をヒーローへ。少し暴走気味な気もするが、だがパニックになっている様子はない。慌てているのにもかかわらず、攻撃がぶれていない。
僕は警戒を怠らず、少尉からも目を離さない。
口を思わず動かし、相手の反応をうかがうことにした。
「これでおしまいかな?」
「そうだ」
その相手の言葉は短い。しかしながら狂気が冷めていない。まるで予想していたようだ。そもそも少尉になっている以上、無能ではない。士官など基本優秀なやつがなるものだ。
「みんな終わりだ」
その言葉が引き金となった。
少尉が大きく両手を掲げ、空を見上げる。
「今こそお力を!ヴァルーさま」
その言葉に応じるように地中が振動する。地下から地上へ勢いよく向かってくる。その振動が足元から伝わり、僕はその場を飛び跳ねた。地中が皹が入り、血の海がそこに流れていく。割れていく石畳が赤を吸い上げていき、徐々に振動が強くなる。
そして頭部がアスファルトを突き破ってくる。
大きな一本角。土砂と石による粉塵によって染まっているが、異質すぎるほどの赤。血に染まったからの変化でない。元々の色が赤に交じり、血によって更に赤が強調。徐々にせり上がり、肩が地上へ。顔には目がない。人型にして目がなく、鼻筋もない。口部分はイソギンチャクのような触角がいくつも点在。
全身の筋肉が第一印象。筋肉が強調されるだけでなく、膨れ上がった骨肉が皮膚の下につきつめられている。強固さを示す肩口からの上半身。上半身全体が筋肉隆々なのも合わせ、強固な骨骨が外皮下全体にめぐっている。皮膚上からでも見て取れる。
無骨と筋肉の塊。それらを保護する皮膚下の骨骨の防壁。
地上へ降り立つ凶悪な怪人。
ヴァルー。
僕がお遊びをやめ、臨戦態勢となった相手。
東京7大悪ハッピーエンド
幹部クラスの上級怪人がわざわざ姿を現したわけだ。
都内で急拡大していく宗教組織、神罰の誘い。その名を掲げて組織名を偽装。表向きハッピーエンドとはかかわりないように演出。この事実を知るのは数少ない。一都三県最大宗教勢力をもっているために、資金力も人材も豊富。ネット上や政治上においての絶対的情報統制能力を誇る。国家権力にまで食い込み、犯罪組織認定も回避。
盲信と洗脳によって培われる自主的奉仕。これらを信者一人一人に強制することで、確固たる社会的地位を保ってきた。
そのヴァルーは僕を気にせず、少尉に一瞥。少尉は敬服し、手を鏡のヒーローへと向けた。
「これがお前たちの敵か?」
空気を振動させる渋い音。打楽器の音で声でも作ったようなものだ。そうした声で少尉に確認する怪人。それを少尉はうなずいてみせた。
「ヴァルー様、そのとおりです。我々の邪魔をする都軍の戦力です」
少尉の言葉にヴァルーが大仰にうなずいて見せた。そうして動き出す。鏡のヒーローはテロに加担した軍人たちを排除している。執行、つまり殺害。拳による殴打にて、軍人の顔面を砕く。または首をへし折り生命活動を停止。男女の軍人問わず、暴力行為にて排除していた。
その行為もヴァルーが地下から姿を現した際に停止した。
3体のヒーローが瞬時に警戒し、ヴァルーを囲む。人質となった人々などよりもヴァルーを強く警戒している。いまかいまかと体勢を低くし、とびかかる算段だ。ただヒーローの前身は足元が震えている。
武者震いか
もしくは恐怖かだ。
ヴァルーは上級怪人。
劣化ギアのヒーローが相手にする怪人ではない。僕は計算するまでもなく、劣化ギアのヒーローが敗北することを想像した。
そして予想通りだ。
ヴァルーが巨体に見合わず、瞬時に近くにいたヒーローへ肉薄。巨大な両足からの移動、足元のアスファルトを貫き、足跡を残す踏み込みだ。振り上げていた拳がヒーローの顔面を殴打。防御力があったはずの、マスクを粉砕。鏡の断片と血肉が飛び散り、首と体だけを残して倒れた。
空気が凍る。
人々も。
ヒーローたちもだ。
戸惑いが誰にもしょうじ、そのすきに別のヒーローへヴァルーは接近。大きなけたぐりが無防備なヒーローの腹部を殴打。鏡の破片を数百以上の数にして破損。蹴りかかられた胴体は姿もない。頭のついた首、両手両足がちぎれて転がった。
最後の一人。それらの事態を呑み込めたのか、右手を前へ構えた。構えたヒーローに対し、ゆっくりとヴァルーが歩み寄る。
「よわっちぃな」
その一言を述べて、拳を振り上げた。ヒーロー側も右腕左腕を瞬時に前に出している。防戦を意図する構えが功を奏したか。殴打に対しての衝撃に粉砕することはなかった。ただ衝撃に飲まれ、両足がすれるようにアスファルトに傷跡を残しながら後退。
火花が生じて、煙すら出る地面。
たった一撃を防ぎ、満身創痍なのだろう。
息も絶え絶えのように顔を下に向けていた。変身は解けていないが、続くこともない。ヴァルーは休憩する暇もあたえず、接近していた。巨大な肉体とヒーローが接近し、その距離は息が届くほどのもの。ただヴァルーが薙ぎ払うような裏手の一撃。それに反応も抵抗もできず、側面からの一撃にて吹き飛ばされた。
その吹き飛ばされた先は僕の近く。
アスファルトに火花と黒こげを生じさせながらの到着だった。
鏡の外装が徐々に溶け出し、中身が見えた。人間であるのはそうだが、男性の姿だ。利発そうな男だ。30代付近もしくは超えただろう肌。短くしすぎた髪。スポーツ刈りにして、顔の造形が濃い。体育会系の男だった。
その男の手に握られた、指揮棒。クリスタル結晶によって作られた劣化ギア。握りしめる手の生命線すら透けてしまうほどの透明感。不純物のない水を氷にしたような冷風性すら見て取れる。その指揮棒、オリジナルと同じ材料を使っている。製造工程も基本は同じ。材料と工程が同じなだけで製造設備や技術者は違う。部外者が真似しただけのもの。ジェネリックギアとすら言われている。
ヴァルーは退屈気味そうだ。
退屈気味そうだが、油断はせずだ。軽く腰を落とし、足腰に力が入った様子。両足に込めた力が筋肉に膨張を与えている。
そして加速
僕の足元へ転がったヒーローめがけてだ。
あまりの猛速度に数秒もたずに正面へ姿をみせている。勢いよく振り上げた拳は配慮がない。倒れた体育会系の男ごと僕をすりつぶす気だろう。だが、そのぐらい予測している。
もう行動を起こしていた。
地上へ落下する日光を反射する劣化ギア。水晶体の輝きは光を反射し、宙をまっていた。宙を舞う原因はもちろん僕。
体育会系の男が握りしめた手を蹴っていた。劣化ギアを救い上げるように、容赦なくつま先で蹴り飛ばす。そのさなかに男の片手指を容赦なく蹴り上げた。手加減もほぼせず、さらなる苦悶を男が浮かべた。また突如の暴行に痛みと正気が振り切れた目を僕へと向けていた。だけどもだ。劣化ギアの変身が解け、ダメージを負った男に抵抗する力はない。
蹴られた劣化ギアが空を舞う。
舞っていた劣化ギアをつかむのと同時にヴァルーが僕のもとへ肉薄した。
振り上げられた拳が、鉄槌を下さんと迫る。それまでに僕は告げている。
「転」
クリスタルの指揮棒を握りしめ、相手の上腕にそれを合わせるようにふるう。
「身!」
その静かにも覚悟をもった僕の言葉。それに反応し劣化ギアは力を貸してくれる。僕の全身を包み込む水晶体。体内にあったエネルギーが外へ放出される感覚。この僕の内蔵エネルギーは尋常でなく、一部抜けた感覚程度。
鏡のヒーロー。
地上や上空を反射する透き通った外殻の姿。それが僕の姿になった。




