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悪なおじさん少女と優しい世界 2

高品質なベイビーパウダー。久しぶりに見た気がする。時期は定かでないけれど、かなり前に実物を手にしたことがあった。茨城に流通したのもそう。一都三県で闇市場に流れていたのも見かけた。路地裏や表通りの客引き。繁華街にも隠れて販売されてもいた。キャバクラもホストクラブでも隠れて販売。探そうと思えばどこでも簡単に見つかる。




 ある時期を境にベイビーパウダーは市場から姿を消した。フォレスティンが東京7大悪に成り上がったのと時期は同じ。記憶にある中で、ベイビーパウダー生産工場。その拠点をフォレスティンが襲撃し、支配下におさめたからだ。その場所が東京の田舎部分であった。一部とはいえ東京は東京。また一都三県へ出荷していた地域へ大規模襲撃もあった。


 そのとき鵺にも依頼があった。茨城内のベイビーパウダー生産工場。それの襲撃と破壊。報酬に目がくらみ依頼は受けた。食料品、水、服、子供用品から大人用品などの生活必需品。それを数千人規模の報酬だ。インフレが進み、物価高が鵺の財政を悪化させていたときの申し入れだ。快く引き受けた。


 依頼主はフォレスティン。


 フォレスティンの台頭が赤子の加工商品を根絶させた。



 先ほど触ったベイビーパウダー



 人間性分80パーを超えて、残り20パーの混入物。それは魔物や魔獣の生殖器であったり、内臓であったりする。眼球もたまに入っていたりするけどもだ。ベイビーパウダーの本質は赤子成分ではない。赤子成分は粉薬をのむ際のオブラートみたいなものだ。魔物や魔獣の肉や皮はエネルギーの塊だ。あれほど莫大な魔力であったり霊力であったり含まれたものはない。栄養価も高い。


 しかし高すぎるがゆえに直接取り込むことは危険だった。



 


 それらは少量でも莫大なエネルギーを有する。理論上は全部のエネルギーを取り込めれば、常人でも冒険者クラスになれるほどの力がある。だけどもだ人間は基本的にそれらを口にしても吸収できない。一般的な食料ですら基本吸収できる栄養素とは一部だ。普段口にする食事など全部エネルギーに変換できやしない。人間は未熟な消化器官しかない。


 人間は弱い。


 直接取り込めばどうなるか。


 過剰なエネルギーが人間を内部から破壊する。異質な栄養素は人間に適さず破壊しか残さない。もちろん適合できる人間もいる。大体は冒険者や魔法使いなどの才能をもった逸材ばかりだ。



 あくまで才能をもったものだけが取り込める。常人は内臓程度でも腹を壊し、一生の傷を負うことになる。ただ一部の魔物の肉体は常人でも食べれるけどもだ。基本は人間に受け付けない。



 異質で莫大なエネルギーを有する素材。それをある加工方法であれば、常人でも適応できるとすればだ。


 試すのが人間。


 可能性の塊、未来性ある文化的生物の探求心が発揮されていく。

 


 人間に適さないのであれば、人間すらも素材にして混ぜて加工すればいい。こうした取り組みが技術を発展させていった。異質で莫大なエネルギーをよりよく体内に取り込むために、人は異常性を発揮。



 実験を開始。


 男性を素材にした際の作用、女性を素材にした際の作用。それらの大人たちの肉体すらも加工して試し、結果は吸収性が悪い。それでいてデーターをとり、今度は子供たちを加工。未来あるものたちを素材にすると適応力が高くなるという結果。



 ならばと赤子を素材にしてみたら、体内吸収がよくなり反作用も少ない。赤子の成分70パー以上、残り30パーを魔物や魔獣の素材で粉上に加工。これが理想の配分。赤子の成分パーセントを高くすればするほど、残りの混入物のエネルギー要素が高いことになる。


 低品質なのは赤子のパーセントを減らしたりもする。人間の赤子成分と称して、大人の死体を粉上にしたりもある。小麦粉とか家畜の肉片を粉末にすることも多数。もしくは赤子の成分のみとかもだ。いくつもの汚い手法で低品質なのは量産されている。


 今回のは高品質すぎた。

 


「まさか少子化の時代に赤子を加工するなんてね」



 僕はくっくと含み笑いをみせた。今の時代、平気で赤子を売り飛ばす親もいる。出産する費用、育てる費用、妊娠している間の肉体的制限。それらを加味して、育て上げたとしても利益はない。老後が豊かになるだけで、そこまでの過程を背負うには負担が大きかった。様々な人生リスクを負うに値しない。


 妊娠も自己責任。


 育てるのも自己責任。


 少子化問題に誰も責任をとらず、社会が支えるわけでもない。行き過ぎた個人の責任が、リスクを負うことを回避させていった。そのためか代行政府の出産数は年々減少。それどころか妊娠した際の対処法、育児でなく中絶といった命の取り消しが横行。


 年間妊娠数の半ば近くが中絶されることとなった。


 覚えている限り、きっと数年前の記録。


 年間出産数46万5429人。


 中絶数20万8311人。


 

 高校までいかせなければ兵士になる社会。個人の自由は国家に握られる。自由を奪うくせに責任は自己責任。マイナンバーで職歴、犯罪歴も健康状態も把握されてしまい、個人情報が簡単に企業に見られて共有されてしまう。


 親族に犯罪者がいれば、人生が積む。


 親族に無職や問題ある人間がいれば、未来はない。


 家族はリスクだ。増えれば増えるほど負担だけが増すマイナスのもの。



 そう誰も子供をつくらず、育てない。家族はネガティブな要素になった。作るのは一部の人だけだ。未来を考えない人物か金持ちのみだけだろう。自由恋愛という価値観も消え去り、人は立場と数字のみを背負って生きていく。



 

 中年男性が嫌悪する顔を僕へと向けている。嗤っている僕の態度もそう、社会そのものに嫌悪しているのだろう。



「不愉快だ。赤子を利用するなど以ての外だ」


 吐き捨てる男に僕は補足するべく口を開く。



「効率主義と合理性によるものだよ?君たち年上がしっかりしなかったからじゃん」


 覗き込むように伺えば、顔をしかめる男の表情があった。若者しか子供は作らない。だが肝心の若者は作らない。悪いのは社会か、原因は若者か。育てやすい社会を構築しなかったのは、年上の人間だ。産める、作れる男女の若年層を見捨てて、切り捨てた社会を作ったのもだ。



 高齢者だ。中高年だ。


 結婚もしないのは当たり前の時代。そいつらが若い時代に一人が普通であるという基準を作った。


 結婚をぜいたく品にし、子供の未来を自己責任にした張本人。


 

「君たちのせいだよね?」


 年上である相手に、僕は容赦なく言葉を浴びせた。その言葉に罪悪感があるのか表情が硬かった。だが意見があるのだろう。


「だから気に食わないんだ」


 感情交じりの意見を言ってきた。



 不愉快といった態度、そのくせ罪悪感があるのか目をそらした。若者とくに幼くみえる雪代状態の僕の目線。視線を合わせられないのは、僕の姿から若者たちの悲劇を想像してしまったからだろう。



 だが目線をそらした先で言葉をつづけた相手。


 


「ベイビーパウダーは根絶させる」



 確固たる意志を感じた。だが僕は追撃を開始していた。



「若者の収入源を奪うの?また年上が若者の権利を奪うの?赤子を加工するのはおかしいって、恵まれた時代を生きた人間が言うの?今の常識を過去の常識で語るの?なんてひどいやつなんだろうね。君たちが原因なんだから黙ってなよ」





 赤子を育てる費用が数千万。


 赤子を出産して売買する利益が数百万。


 育てず、出産して売り飛ばす。


 ではこのサイクルが生まれたのも理由がある。




 相手が反論しようとしたが、僕のほうが早かった。




「君たち年上が余計なことをした。老後を心配したんだろうけど。国家の未来を憂うという建前で、酷い制約を与えたじゃないか。老人が老人の介護をする未来。老人となった自分の介護を誰もしてくれない。それが目先に迫り、鬱憤の矛先を若者にむけたじゃん」


 赤子の問題と高齢者の問題。


 これらはつながっていないようで、大きく関与する。


 育児も介護も家族の問題。


 本来であれば家族の面倒は家族が見る風潮。昔でも変わらないかもしれない。しかしながら介護というのは本業がいる。無料でやるには精神も労力も手間もわりに合わないからだ。いくら家族であっても避けたい問題。そもそも今の高齢者は子どもを作ってもいない


 誰かが作ると期待。自分は作らず、他人の子供が国家を支えると期待したわけだ。でも人間似たり寄ったりだ。自分がすることは他人もしている。結婚はしても小梨夫婦を選択したものもいた。子育てのリスクと負担、うまみのなさは誰もが知っている。



 そうして少子化現象が情報では伝わっていた。しかし今の高齢者が現役世代だったときには、未来の予測情報でしかなかった。誰かが解決すると信じていたのだ。もしくは誰も解決しないが、自分は今のところ必要としない。だから対策をしない。いつまでも他力本願。そうして出来上がった社会が最悪のものに出来上がった。


 現役世代は介護職を選択しない。


 介護は地獄だ。それを金でやってくれる人たちは社会にとって必要だ。


 しかし社会に高齢者を助ける人材はいなくなった。


 人手不足だ。



 

 社会はより過酷になった。


 

 人身売買が当たり前となった出来事。社会はひっ迫していた。とくに介護問題という流れで大いに焦っていたのだろう。中高年以上の人間は親の介護もある。また自分の介護が差し迫ってきた。そうした事実が老化とともに現実化してくる。



 その焦りが地獄を作ることとなった。


「さすがに中絶禁止はやりすぎさ」


 中絶禁止法案が国会によって可決。労働力の低下、人口減少の国力低下への対策。


「…わかっている」


 相手は間を開けて答えた。居心地が悪いのだろうか、両目をとじ下唇を噛んでいた。



 年間出生数の半分以上が中絶数になってしまった。そのせいで労働力が大幅に低下。若者が極端に少なくなっった。そのためか社会を存続させるために老人は働かなければいけなくなった。貯金数千万程度ではインフレに耐えられない。老後の年金もない。生活保護もない。介護をするための人員すらいない。


 若者がいなければ社会は回らないのだ。自身より若い現役世代の労働が老後を安定させる。


 

 労働力なき社会に金の力は衰退する。資産家ぶることは高齢化社会に求められていない。



 資産があっても、効力がない。金で動く人材がいない。数少ない若者は職を選び、誰かを助ける仕事に就かない。自己責任という自覚を若者がもった弊害。また一部の若者は搾取されるのを拒否し、金で動かなくなった。金でも物欲でも社会的地位を与えるとしてもだ。年上や社会を信頼しなくなったのだ。


 若者は働かず、自分の人生を保護する傾向に至った。その場合、中高年以上の人間はどうなるかだ。資産を若いうちにためても効果はない。金で動く労働力はない。ならば資産があっても価値がなくなったことと同じ。


 円という通貨の価値が暴落したのと一緒だ。金で動く社会は終わりかけていたのだ。


 若者の将来は悲惨。高齢者の老後生活も悲惨。

 

 介護施設もないため、貯金があっても自分の身内の面倒を見なければいけない。年をとればとるほど暗い人生が頭をよぎっていく。


 その未来が見えてきたころに、中絶数の問題が起きた。高齢者が働く社会は、高齢者にとって面倒なものだ。老後、働かなくてもいいように作った貯金。若いころから高齢者になるまで労働でためた資産。それが価値がなくなる事実。


 貯金をした人間。


 貯金をしてこなかった人間。


 その人間の差が老後に如実に出るはずだった。


 しかし出なかった。


 若いうちから作り続けた貯金は効果がない。老後も気にせず、好き勝手に遊んできた人間と立場は一緒。年金も生活保護もなく、自分たちの人生の虚無差を突きつけられた。その実態だ。



 その原因が少子高齢化だ。



 貴重な若者、将来の労働力。その基準を軸に人道的な視点も交えた考え。理性と感情をごちゃまぜにし、自分たちに差し迫った恐怖を消そうと試みる。


 そうして代行政府と一都三県の中高年以上の年上が強く動き出す。



 その考えは自分たちに被害がなく、年下のみに影響がある策だった。それでいて自分たちにメリットがあるはずだった。自分の介護が迫るまでに中絶数を減らし、未来の老後を安定させる。どこまでも自分勝手な発想だ。


 その対策が中絶禁止法案だった。若者の男女含めた猛反対があったが、代行政府は可決。人権も憲法改正権を握った政府にはかなわずだ。中高年が代行政府を支持し、若者がどうなろうと関係なく推し進めた


 未来は助かるはずだ。その根拠なき憶測が将来を明るく希望にのめりこませた。



 そうして社会のゆがみが大幅に生じた。妊娠したと分ればすぐにマイナンバーに記録。どんなことがあっても中絶はできない。母体の意志など関係なくだ。たとえ無理やりによるものでの命でもだ。



 愛されない命をこの世に生み出すこととなった。


 それのおかげか出生数は多少改善した。だが二年以内には激減した。


 恋愛がなくなった。男女共に異性に恋焦がれる風潮が消え去ってしまった。恋愛を現役世代は遠ざけたのだ。その当時の結婚価値観、男女の自由な意志と家族の合意。それらによってなされるものだった。だが現役世代が生んだ子供が、他人の老後の世話をするために使われる。


 子供の未来が老人のために。


 子供とは夫婦の希望だ。見ず知らずの高齢者のためになどではない。しかし社会はそう突き進む。


 夫婦にとって、自分たちの希望が絶望に染まる瞬間だった。そうした志向が恋愛拒絶方針へ突き進めた。


 


 子供はリスクとなり、自由がより奪われると意識が作られた。


 性行為自体が嫌悪されるものとなった。それでも悲劇はある。無理やりな行為による妊娠。行為自体に嫌悪はなくても、避妊の失敗といったものによって出来た命。


 命を育てる仕組みはどこにもない。病院にいってしまえば逃げる道はふさがれる。


 そんな社会で中絶だけを禁じた歪み。その歪みに乗じて動き出す者たちがいた。


 悪だ。悪が動き出してしまった。母体が妊娠した際、育てる費用のないものが救いを求める先。違法な悪の病院だ。妊娠した母体が悪の病院にかけこめば、出産するまでの住居、食事をもらえる。また出産した赤子の権利を放棄する代わりに、報酬として数百万もらえる。その際マイナンバーに記録されないため、母体や両親の経歴にも傷がつかない。


 そうした違法な病院が出現。その流れが市場を作ってしまった。


 赤子を人身売買してしまう流れ。


 

 産んで育てるより、作って売り飛ばすほうが利益になる。


 これの原因が中絶禁止法案だった。




 運よくうまれた若者は一都三県、代行政府の言うことを信じない。悪に与したほうが利益と権利が保障される。




 中年男性が閉じていた両目を開く。覚悟した男の眼光が挑発気味な僕の視線と衝突。僕をにらみながら語る男の表情はとげとげしかった。

 


「フォレスティンは若者の権利を保障している。この国の政治形態を我々は認めない」


 その言葉に嘘はなく、僕は煽る気もなかった。


 東京7大悪一番の政治力。フォレスティンの年間出生数は増加している。年間9000ほど増える赤子。代行政府よりも弱者生活の安定を重視。一定の自由を規制している中で、中絶禁止はしていない。されどフォレスティンでの統治下で中絶数は非常に少ない。年間数件程度だったはずだ。


 それもそのはず。


 育てられない、不意な妊娠で誕生した命。育てられない立場の両親に変わって、フォレスティン直轄の施設で育てるからだ。両親が赤子の権利を放棄することで、フォレスティンが代行で育てる仕組み。安定した社会の構築に、悪が力をそそぐ。



 悪のほうがましという異常事態。


 またフォレスティン保険がある。両親が加入した場合の補償の一つ、両親が死んだ場合の子供の未来保証がある。生存権利、学校の最低限度の権利。それら両親のいない子供への差別根絶保証もついている。月給の5パー程度の費用を毎月とっていくが、加入しない選択は誰もとっていない。



 悪の組織が子供の成長を後押ししている。



 出生数は増え続けている数少ない勢力だ。年間出生数は増加し、来年あたりには一万を超えるとされている。


 それでも疑問が残る。安定した政治と社会情勢をもつフォレスティン。疑惑が出た以上口を開くしかなかった。


 

「なんでベイビーパウダー持ってるの?」

 

 きょとんとした顔で思わず尋ねていた僕。

 

 フォレスティンの統治は優れている。その点は僕も認めている。だから赤子を売り飛ばして利益をむさぼる若者がいるとは思えない。さすがの法治国家を模倣する悪だ。赤子を売買することは禁止されていたはずだ。した場合は永久追放という罰則があったはずだ。


 フォレスティンの支配を勝る社会はない。ほかの組織、代行政府含めて安定した社会は形成できないはずだ。追放されるリスクを無視して弱者が赤子を売るだろうか。その疑惑が僕によぎったからだった。


 中年男性が山梨県以外に口を挟むとすればだ。


 東京での領地での問題だろうか。


 そういう答えが頭に浮かぶ。 


 だが僕の反応とは他所に険しくなった相手の表情。いわば敵対心すら感じる変化でもあった。相手は頬に元に大きな皺を作り、吠えかける様子が見て取れた。少し我慢したように口を閉じ、再び開いた。



「鵺が進出した場所で販売されている」


 相手が睨みつけて言う。鵺が進出しているというのは、企業を置いている。また鵺への協力会社が実は一都三県にはある。だが相手の言葉に僕が絶句した。完全に硬直する前に、態度姿勢は動かしておいた。


 僕は両手を顔面の前で組み合わせる。衝撃的すぎる内容に自分の表情が凍った感覚すらあった。


「ありえない」


 否定。強い抗議の目線を作って相手へ送る僕。中年男性は鵺がベイビーパウダーに関わっているといっている。それだけはありえない。人間を加工して作るものに価値はない。人間が作る製品には価値があってもだ。

 


 いちゃもんにしては言葉が重い。相手は仮にも官僚だ。フォレスティンの文官でありNO2。

 

 言いがかりなどでなく、証拠もあるはずだ。


 鵺が進出した場所で販売された証拠も。


 いくら嘘だといっても、真実にはなりえない。この僕が反発すればするほど疑いは強くなった。



 思考をしながら、僕は言葉を紡ぐ。沈黙は答えになってしまい、言いがかりは真実となるからだ。



「フォレスティン、君たちは鵺がベイビーパウダーを作っていると疑っているのかな?なら鵺でもできるのは僕だけだろう。でも違う。僕はそんな無駄なことはしない。攻撃される口実をわざわざしたりしない」


 強く否定し、真剣な面持ちをもって僕は応じた。一都三県の代行政府および他の悪。それらは名目上赤子の人身売買を否定している。しかしながら悪や犯罪組織は平気で赤子を売り飛ばして商品にする。発言と実行が異なるのは人間社会も悪社会も同様。


 しかし表向き鵺が人身売買をするならば攻撃口実になる。


 表向き反対する名目がある以上、大義名分がそれぞれ生まれてしまう。それらを考えれば鵺が手を出すうまみはない。


「…貴様がそんな馬鹿であれば、幾分か楽なんだがな」

 

 間をあけ、額に手を当てて応じる男。疲れたと演じるような表情を浮かべた相手。


 そう相手も鵺がやったと信じていない。僕の反応を見ているが、きっと答えは無実としっていたのだろう。僕と中年男性。お互い煽りあうし、潰し合うし、殺し合うけどもだ。それでも属性としては人を加工してまで利益をとらない。


 だから友好関係を築いていけた。


 フォレスティンも鵺も似た者同士の考えの組織。


「フォレスティンは鵺を疑っていない。だが鵺にかかわりがある企業で販売されている。その事実をどう受け止める?」



 相手が頭を抱えたうえで、尋ねてくる。その眼孔は覚悟を問うものだった。答えを間違えれば同盟は破棄され、最悪戦争になる。



 お互い軍事力は同等。


 ザギルツを互いの同盟中核としながら、戦争が起きる。その際、ザギルツがついたほうが戦争の勝者となることだ。

 

 固唾をのみこみ、視線をまっすぐ相手に見据えた僕。



「調べたうえで、事実ならしかるべき対応をとるよ」



 事実なら根絶する。該当企業に販売取り消しを要求。応じなければ即座に軍事行動にて排除する。その図形が頭に浮かんでいる。



 冷徹なまでの表情になった僕。そんな僕の様子に相手がいくばくか安堵した様子を見せた。



「なら問題はない。フォレスティンは今後も鵺との友好関係を維持できる」


 確認と踏絵をされた気分だ。事実、中年男性はこの僕を試しに来たのだ。正しくは鵺の行動を確認しに来たのだろう。鵺においての序列は3幹部の下についているが、交渉役としては僕が責任者だ。


 でも疑問が残る。


「わざわざ、そのためだけに来たのかな?」



 友好関係維持は重要だけどもだ。ベイビーパウダー販売の件もそうだけどだ。これは鵺側の落ち度になり、相手にとって攻撃するための口実になるのだ。


 なぜ親切に教えたのか。


 僕たちを他の七大悪、もしくは人類側への口実として攻撃誘導をすればいいのにだ。




「雪代、お前はこれを屈辱と感じるだろう?」


 僕の質問に嬉々とした態度に一転する男。わざわざ挑発するようなリズムをとってだ。その態度に腹を立てかける僕。


「最悪な気分になるほど屈辱」



 僕が嫌そうにすると相手は喜色の表情を作っていた。



「だから教えてやった」



 最低な人間だった。相手はここにきて、初めて愉快気に顔を歪ませる。この僕を相手に借りを作り、屈辱を感じさせる。そういうところが非常に煩わしく、消してやりたいところだ。でも鵺のための助言みたくもあり、我慢するしかなかった。



「いい性格してるね」


 拳を握りしめ我慢する僕。でも口と当てつけがしたかったので皮肉を込めて発言。でも相手も応じてくるわけだ。


「お前よりはましだ」



「ふん」



 むっとする僕。頬が膨れ上がっていくのを感じる。苛立ちが勝るが、恥も勝る。鵺の失態をカバーしてもらったが、むかつくところはある。なので悔し気に言葉を濁すしかなかった。



「見返りに何が欲しいの?」



 借りは作りたくない僕。大首領としても、博士としてもだ。相手は愉悦をもって何度も首肯してみせていた。その態度にイラつきながらも、言葉に乗せないようにしていた。なぜなら背後にクロウが静かに傅いている。生みの親である以上、できれば失態を見せたくもない。とっくに見せているけどもだ。恥は認めたうえで処置をしないといけない箇所もある。見せたくないけど、見せないといけないのも教育の一環。



「何もいらん」


 借りを借りとも思っていない。


 そんな態度だった



「は?」


 

 呆気ない態度に僕のほうが反応が追い付かなかった。口を開けてぽかんとしていると、相手はつづけた。



「フォレスティンと長く続く関係は鵺だけだ」



 一言だった。


 静かに告げられたものには感慨深さすらあった。




「フォレスティンも鵺も裏では潰し合うだろう。だがな、雪代。お前の邪悪さも鵺の企みも心地よいとすら感じている」



「君もいかれてるよ」



 きっとおかしなことだらけだ。地方悪である鵺、7大悪であるフォレスティン。この立場の違う関係性の悪。裏では策略ばかりで潰し合っているけどもだ。それでも友好関係であり、同盟関係でもある。



 この2組織の関係性は他所では通じない。




 仲良くはないが、潰し合う関係。でも他の悪よりは関係が深く、つぶれてほしくない。そういう歪んだ関係性があった。



 この僕ですら感じる、フォレスティンはつぶれてもいいが、つぶれてほしくない。その首領ラフシアは死んでもいいし、倒してもいいが、消えてほしくない。矛盾すら感じる関係性ができていた。




「鵺は滅ぶな、フォレスティンが生き残るために」



「君たちも滅ぼないでね、つまらなくなる」



 そう互いに潰し合うくせに、他所要因での崩壊は互いに望まない。どうせ潰れるなら自分たちの策略で滅んでほしい。その歪みが僕たちにあった。


 


 


 これが悪だ。


 


 常人には及ばない関係性。



 今すぐに襲撃して殺してやりたい。目の前の男を殺害してフォレスティンを弱体化させたい。でも弱体化して他の悪に滅ぼされてほしくない。組織が残ったうえで勢力を保っててほしい。目の前の男を殺しても死なないで生きてほしい。



 狂っている。


 これが悪の思考力だ。理解しなくていい。理解しようとすれば頭がおかしくなるだけだ。これらは悪に染まった人間が染まる思考そのもの。中年男性も僕も互いの組織を滅ぼしてやりたいけど、生存してほしいと願っている。



 この歪みが友好関係につながっている。


 

「要件は以上だ。私は東京へ戻る」



 本当に踵を返すようだった。出入口のほうへ進んでいく男の背。その背中に殺意交じりで、クロウへと指示を出そうとしたときだ。手を肩越しまで上げ、人差し指を相手の背へおろそうとしていた。もちろん戻る前に襲撃して殺害する目論見だ。



 その狙いがあったのだけど、相手は足を止めた。こちらを振り返ることなかった。



「私が東京へ戻る前に襲撃されたら、お前たちの仕業だと判断する」



 言葉だけを残し、再び動き出す中年男性。すぐ指示を出すのを中断。渋々だけども、おくびに出すこともない。表面上明るい笑顔を作っておいた。僕なら移動中を狙いやすいと判断して攻撃する。それを予測しての前置きだろう。


 指示を出していた指を横へ小さく振った。中止命令をクロウヘ向けた。そのくせ満面の笑みを相手の背に向けてあげた。



「僕たちが狙うわけないじゃん、同盟中だもん」



 きっと雪代状態の僕が一人だったら、相手も襲撃してくる。お互い潰し合おうとする同盟関係。でも本気で殺す気はない。油断をすれば死ぬし殺すけどもだ。その事実をお互い突き付けているだけだ。


 そうして笑みの中で冷戦が続く。次に開かれたものは互いへの感情。



 

「「くたばれ」」



 互いに罵倒をのせ、踵を返す男の背を見守った。男が拠点を出て駐車場へ向かう。拠点の正面にある駐車場には馬車が一台見える。入り口のガラスの扉正面に止めた馬車から怪人が姿を見せる。中年男性の姿をみれば、恭しく戸を開けて中へ案内。


 その怪人に見覚えがあった。


 植物系統の猿型怪人、フォレストシュガー。



 ロッテンダスト時の一撃を狭い車内でかわしたやつだ。ラフシアを僕が襲撃する際での出来事で、運転手である怪人は一撃で沈んだ。だが助手席にいた奴だけは、身を出来る限り横へそらすことで致命傷を裂けた実力者だ。


 ランクはたぶん運転手だった怪人より低いだろう。低いが、実力だけならフォレストシュガーのほうが高い。忠誠が高く、信頼もおけるとの情報。フォレスティンの古参怪人だ。その怪人が中年に敬意を示したうえで護衛についている。



 さすがはフォレスティンだ。


 認めたくないが、人間の強さと立場を怪人にしみこませている。



 そして中年は馬車に乗り切る前に、一度振り返る。こちらへ目線を向け、軽く手を振った。相手は笑顔だった。僕も笑顔で手を振り返す。友好関係の一環。でも互いに殺害する意図しか含めない。そういう関係性での成り立ち。




 馬車に乗り込み、その屋根部分にフォレストシュガーが乗っている。周囲を警戒し乗る姿、護衛のために全方位を見守る位置がそこなのだろう。あとはゆっくりと動き出し、その馬車が僕たちの視界から消えていくのを見守った。




 そのまま振り返らず、僕は声を出す。



「鳩部隊に護衛させといて。どうせバレると思うけど、上空から見守る感じでよろしく」



「ははっ!」



 傅くクロウに指示をだし、そのまま外へ。ガラスの自動ドアが音をたて、外の空気が僕へ当たる。じめじめとした空気だ。居心地が悪く快適とはいえない。入り口付近で立ち止まる僕のせいで、自動ドアは閉まらない。センサーに当たり続け、傅くクロウが不振に思ったのだろう、顔を上げてくる。



 見つめる僕と首をかしげるカラスの怪人。



「ベイビーパウダーの件はクロウに任せる。販売しているものへの警告、従わなければ排除しろ」



「はっ」



 鳩部隊は全てが僕の玩具。どんな命令を出そうとも承諾する。この僕の安全を理由に追従されることは好まない。それを望まない僕と理解しているのがクロウ。おくびにも出していないのだから、表情変化は得意になったのだろう。



 僕はセンサーの当たる場所から離れ、自動ドアが閉まりだす。


 その閉まる境界線でだ。



「僕のために、鵺として作戦を全うしてね」



 そう一言で終えた。僕の護衛が必要な事実。訴えるかのような懇願するクロウの目。もちろん無視して、僕は歩き出す。踵を返す僕に対して、取り残されたクロウは諦めてくれるだろう。



 ベイビーパウダー。


 これの出現は正直僕にとってはどうでもいい。人間が効率主義と合理性を極めた結果の産物。倫理観と道徳感が壊れたことが原因。


 院長ならこういうだろう。壊したのは社会。壊れたのは人々とかだ。


 もう手がつけられず、社会は崩壊へと向かっている。


 他人に倫理と道徳観を押し付け、自身は求めるだけで堕落した人々。


 そんな人々の集まりでもだ。数は数。一都三県は強大な力を有している。


 一都三県がまとまるための共通の敵になりかねない。まとまりがない一都三県が協調するための理由づくりに鵺が利用されれば面倒だ。矛先が向く前に対処はする。


 鵺直属の企業が問題を起こさないとは限らない。その出店に当たり、手を貸してくれたやつらの仕業か。誰の仕業かは知らないが、面白いことをしてくれたものだ





「やっぱり怪人よりも人間のほうが怖いね」



 白衣をたなびかせ下妻市内を歩いていくのだった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] もう少し優しい世界でもいいんじゃないですか?きっとスターリンも両手を叩いて喜ぶでしょう。
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