悪なおじさん少女と優しい世界 1
「…優しい地獄を」
この場に立つのは一人だけだ。年若い少女だ。襟から膝まで生地があるチェックのシャツ。シャツから出てきた黒のソックスを履く細い両足。足首を出した黒のショートブーツ。
背中の半ばまで伸びた髪。伸ばした先からすっぱりとした断面。統一された後ろ髪、前髪も左側を除き同様に統一。例外の左前髪は顔の半分を覆う。その少女は眠たげに周囲を見渡した。
「…すっきり」
間の抜けた声で軽々という。
この惨状を前にしてだ。
道路上に倒れた人が数百以上。
何があったか知らずに倒れたのだろう。代り映えもしない日常を反映した姿。そのままの表情で転がっている。人の表情それぞれだ。あくびをかく顔。誰かと談笑していただろう口を開いたままの姿。疲労感のある顔、退屈そうな顔。
幾つもの様相が転がるものたちにあった。
そして表情とは異なり、統一されたものが一つあった。
軍服だ。
迷彩服柄の軍服をきて、統一された兵器を装備した兵士たち。
年齢が極端に若いことだ。十代から二十代近くまでの年齢ばかりが大半。倒れたものは呼吸をしていなかった。生命の鼓動すら感じなく、死体そのものだ。銃を構えることも争った形式もない。弾痕もなければ、血しぶき一つない。険しい様子を浮かべた死体など何もなかった。抵抗した様子が一切なかったのだ。
未来あるものたちの輝きは閉ざされた。
殺した理由は簡単。
この場所に配備されたからだ。
アスファルト上に並べられた土嚢。道路の射線や民間住宅の土地などを撤去したうえでの設置。1kmにもわたって土嚢が敷き詰められている。これこそが防衛線だった。その内側に設置された機関銃も等間隔で設置。防衛線が仮に広がれば、それに合わせて兵器もそろえられていく。また各地にこういった防衛線はあった。
この場所は国道で、車の通りが激しかった地点。今では民間の車も通っていない。使用しているのは軍隊だ。この地点は軍事基地であり前線に対しての要塞だ。馬車が後方に設置、魔力式エンジンに切り替えた軍用車数台も後方。土嚢の先には滅んだ自治体だ。そもそも設置された箇所自体が滅んだ自治体だ。
土地の所有自治体。
幸手市。
杉戸町と幸手市を繋ぐ国道。かつては市民のメインストリートとすら扱われた場所。幸手市自体が高齢化による人口減少。および悪や人外の出現によって市民が他所へ退避。もともと高齢化が著しく滅びは見えていた。加えて新規の流入者もいなかった。
人口減少とともに行政がなりたたず財政悪化。再建の目途もたたずに滅んでしまった。
この基地の役割は間引くことだ。
型遅れの電気式発電機と電気式騒音機などを防衛線の先。敵地の先にいくつも設置。農道から国道、民間地に至るまで設置されてもいる。バッテリーも近くに設置。その機械らの稼働するエネルギーは自然エネルギーだ。太陽光パネルから電気に変換。変換したものをバッテリーへ充電。生物の反応を感知するセンサーを完備した。センサーに反応するとエンジンが作動し、魔物や魔獣がエネルギーに反応し近づけば自動で停止。その後遠くの騒音機や発電機が稼働。こういった流れで魔物や魔獣を誘導する。
誘導された場所がこの基地となるわけだ。
そして軍隊の機関銃掃射によって一掃。または突撃銃による弾幕もある。また防衛線の土嚢内側に入り込めば別戦力にて対処される。
独自契約による冒険者たちだ。この際の制服は軍服に統一されるが帽子だけが違う。迷彩柄ではあるが、黄色みが強いものとなっている。通常の軍人のは緑色が強いものだ。この区別によって軍人と冒険者を分ける。
その区別も空しく。
皆死んだ。
家族がいるものも、いない者も含めて皆死体。それら防衛戦力における事情を一切含めず、無差別に虐殺。
そして魔女が嗤う。
「‥‥よみがえれ」
魔女ペインがそうつぶやけば、死体がぴくりと動き出す。倒れた体がやがて起き上がっていく。意識がないのか呆けた様子をみせて、死体が息を吹き返していた。表情は死んだ状態のときのものと一緒。その目には光がないだけだ。
呼吸のために胸が動いた。立ち上り続けるために両足の筋肉が働き始めた。
殺害された死体が、生者となって元の形へ戻りだす。
「あれ?」
誰かが言った。
「頭がぼっとする」
誰かが言った。
「体が何か汚れてる」
倒れていたからこそ、アスファルトの表面にあった砂や石粒が服についていた。だから叩くものもいる。おかしく疑問に思いながらも復帰していく頭脳。きっとどうでもいいことと忘れていくのだろう。
全員が蘇った。
だが異物がいるのに気づかない。
ペインのほうへ目が向くものもいるのに、気にした様子がない
これがペインの掌握方法だ。
ペインによって命を奪われ、蘇生されたものは自由がなくなる。制御システムを魂に組み込まれ、いざとなった際の駒になる。
「‥‥武力改定の日までは生きていい」
そう残してペインは姿が霧のように溶け込んでいく。最後に聞くのは悲鳴だ。
「機器が全部壊れている!」
殺されて蘇った兵士が騒ぐ。異常さに感づいたか、もしくは義務的な仕事によって不調に気づいたのだろう。防衛線の電子機器が全部故障すれば、自分たちの命運が尽きてしまう。その不始末の前に命も始末書も問題だらけだ。自分たちの現状が理解不能に陥っている。倒れる前の記憶すらも曖昧にさせた。その理由も疑問に思うことすらない。そういう制御だ。
軍人たちの装備や設備への故障被害。
その事実のみが残り、あとは何もない。
その様子にほくそ笑んでペインの姿は消えた。
下妻市における鵺の勢力。そこに一人と数体の来訪者が訪れていた。僕と客人の逢瀬の場はそれなりの格がなければいけない。鵺の拠点の一つ、つぶれたショッピングモールを再利用した建物。建物自体は再利用しているので、格式事態は元々ない。
しかし鵺にとって重要な建物でもある。
その事実が必要だ。
たとえ崩壊前は人々が気軽に訪れた店でもだ。地元民がこよなく訪れた日常品や食品を買っていた場所。その建物内にあったはずの棚は撤去され、レジも排除。現金を回収し、あとは資源にできるものを分けてリサイクル。空間を妨げる敷居すら壊されていた。
広がる一面の空間。
足元を伝わるコンクリートの床。その上に塗装と滑り止めのコーティングを塗った床面。僕は笑顔を張り付けたまま客人を見つめていた。
視線の先にいるのは男性だ。肌自体が40台のもので、前髪が後退しつつある。人生の苦難さを示す額の皺の数々。中年男性だ。その独特の枯れた姿にも関わらず、眼光は生き生きと尖っている。眼鏡をかけ、レンズ越しだというのに僕を見る目は険しかった。
「雪代、貴様命を狙ったな?」
抗議のためか剣呑とした殺意すら漂わす中年男性。ロッテンダストを逮捕させた元凶。中年にしながら農林水産省の官僚トップになった男だ。官僚特有の回る頭が僕を犯人と決めつけているのだろう。
もちろん襲撃事件の企みだ。
「えー、言いがかりだよ?」
口元に指をあて、おちょくるように反論する僕。
フォレスティンのボス、ラフシア。
ザギルツの幹部、 ローグ。
鵺の最高科学者、僕。
三組織の交渉役が集まったホテルでの出来事。そのホテルを爆撃する事件があったのだ。3組織の代表がいる中での攻撃。外部の魔法少女による襲撃だ。表向き隣町、八千代が僕の命を狙うために画策した事件。そういうことになっているけども、僕が高梨を利用して仕組んだ罠だ。
その理由は怪人を倒すためではない。
目の前の相手、中年男性を殺害するためだ
「貴様以外にあんな小細工考えれるか」
吐き捨てるように告げる中年男性。
頭が回りすぎる、少しの情報で真実にたどり着こうとしてくる。国家組織の権力闘争で勝ち進んだ経験があるためだろうか。人間がもたらす悪意の企みは怪人とは比べ物にならない。単純構造思考の怪人なら軽くあしらえるが、官僚クラスの悪意は正直僕でも対処が難しい。
「八千代が僕を殺すために仕組んだ襲撃事件じゃん。少しは信じてほしいよ」
わざとらしく悲しそうに表情を作る僕。ただ愉悦のためか口端は少し歪んでいる。
「貴様は自分の命すら対価にしてくると思ってる」
僕の表情にも動揺しない。冷静なまま判断を下してくるような相手だった。
人間はどんな状況でも変化し対処する知性の化物だ。
そんな化物が官僚クラスまで進化したとなれば邪魔でしかない。
だから雪代香苗、スノウシンデレラを殺害するための仕組みを作った。むろん僕が仕組む以上、こちら側に被害はないようにしていた。でも犠牲者というか負傷者は出るように仕組んでいた。
その役目はクロウだ。
重症というか普通に背中を焼き切った被害だ。もちろん治療してある。その苦痛は紛れもなく本物だろう。でも玩具として作った以上、その役目は与えるつもりだった。
八千代側が仕組んだ襲撃として片付ける気だった。
「心外だなぁ、僕は自分大好き人間だから囮にすらしないよ」
僕は嗤って答える。嘲笑すら隠さずにだ。
「ね、クロウ」
そして背後に控える怪人に言葉を届ける。同時に振り替えるようにしてみれば、言葉に反応するものが一体。この僕、雪代香苗の護衛にして玩具の存在。
僕の背後で控えて成り行きを待っていた怪人。カラスをベースにした怪人が表を上げた。
「勿論です、博士はそのような危険な遊びをいたしません」
傅いたまま、この僕の意志を示したように反復する。真剣そうな表情を浮かべているが内心は違うだろう。このクロウは僕みたいに性格が悪い。ただ僕の玩具だから言うことを忠実に聞くだけだ。できる限り人間の理性を取り入れられるように作成。
多少は場に合わせられる。
「ほらクロウもいってる」
僕は無い胸を張るようにし偉ぶる。
中年男性の抗議の目がびしびしと届く。届くが一切気にした様子のない僕。その態度と姿に大きくため息をはいた相手。
「貴様は絶対にやるが、証拠がない」
肩を何度も振るわせて圧をかける男。
「僕は絶対にやらないから証拠なんて出ない」
肩をすくめて応じる僕。
疑惑を投げかけてもだ。真相は闇の中。この僕が僕を狙う建前で仕組んだ罠。この策略は数分で思いついた。
ただ実行したが結果はでなかった。
「襲撃なんて仕組んでないけど、君だって突然来なかったじゃん。あの時は襲撃があったから結果的に良かっただけだよ?本来なら問題だよ?結果良ければすべてよしとでもする?」
殺害しておきたかったが、相手のほうが上手なので仕方ない。官僚になり省のトップになる奴だ。悪意を察する能力が高いのだろう。
でも僕の言い分に一度頷く男性。
「博士を狙う襲撃を行うとリークがあった。官僚の道を究めるとだ、色々な情報が入ってくる。この身を案じるものは政治家や官僚仲間だけじゃない。立場が違うものは皆、この身を案じてくる」
貴様とは違うと告げられた。
そのまま続ける男性。
「この身を案じ、利用している方々が配慮してくれた結果だ。優しき協力者の顔を立てるために行かなかった。これ以外に必要か?」
情報網の違いという奴だろう。
この僕が仕組んだものは協力者によって知らされていた。
「鵺も無論大切だ。代役に相応しいものを送っただろう」
そう目の前の男の怖いところはだ。
行かなくても相応しき相手を送り込んでくることだ。こちらの顔をつぶさないための名目など作れる。不満げな僕が相手へと視線をぶつけた。
「君さ仮にも組織の長を送り込む?」
「ラフシアが行くのが一番確実だ」
腕を組み、僕の不満げさに対しても仏頂面だった。
目の前の男は自分が所属する組織、そのボスを交渉の場に送り込んできた。大怪人ラフシアを殺すことなど困難だ。雪代状態の僕では無理だ。クロウでも無理だ。ティターでも一対一にしたうえで、長期戦にせず短期戦に持ち込まなければ勝てやしない。
ザギルツの大幹部ダスカルもラフシアには勝てない。数時間後には死体になるほどの実力差だ。傷はつけることはできてもだ。頑強な体、異常な再生能力。生命に満ちた体をひん死に追い込むには時間が足りない。能力が届かない。
「でもお隣さんの魔法少女にボロ負けだったじゃん」
僕がくすくすというと、むっとした顔を相手がする。
地方悪 鵺。
その隣の勢力、八千代。
八千代の魔法少女ロッテンダストがラフシアを完封した事実。
中年男性のむっとした顔は少しばかり面白い。抗議に満ちた目線。口元がぴくぴくと怒りに震えているところもだ。事実が事実なだけに納得がいかない様子。
「あんなのがいるなんて信じられるか」
吐き捨てる相手の態度。
ロッテンダストがラフシアの弱点を突けるだけだ。
生命に反作用する最低最悪外道技。
腐敗魔法。
この魔法は余りに卑怯で、大多数の怪人が性能を発揮することができずに沈む。この魔法の腐敗工程は生命の本能に嫌悪感を抱かせる。死んだものがいく末路を生きたまま味合わされる恐怖。見た目の見苦しさ、常軌が逸した行いを精神面、肉体面から責めていく。
「鵺も八千代が怖くてね、いつも震えているよ」
僕が朗らかにいえば、相手は睨みつける度合いが強くなる。
「策略に利用しただろう」
「してないよ、君だって鵺の拡大阻止を八千代に依頼したよね」
「してないが」
相手の言い分、僕の言い分。互いにゆずらず攻めては否定される。断言などは取れないし、お互いわかっていてしている。思考力は相手のほうが勝る。悪意は僕のほうが上だけどもだ。
都軍に逮捕された際、鵺の拡大を阻止すべく対策を打とうとしたことは忘れない。ロッテンダスト状態の僕に対し、鵺への抑制機能を命じたこともだ。もちろん拒否権はあったし、拒否しても追及や仕返しなどはされていない。
だが税金関係、八千代側でしている企業の税金の大幅減税をされた。従業員の給料に関しても大きく影響する社会保障費なども減らしてもらった。大企業優遇の仕組みを農林水産省がどうしてできるのか。官僚の横つながりとはいってもだ。限度がある。
限度を超えてもなお、八千代側に配慮した。
裏にある真実、鵺の邪魔をしたいのだろう。八千代側の勢力を制度で後押しすることで、関係を中年男性とつなげる。また八千代側を強固にすることで、鵺と張り合わせていく。この僕が大首領で、八千代と鵺での黒幕だから平気だけどもだ。
茨城の内部闘争での同士討ちでも狙っているのだろうか。
仮にも同盟関係になったというのにだ。裏では殴り合っている。互いが譲らない関係の中、一度話を崩そうと別アプローチをかけることにした。
「君に優しい協力者がいるように僕にもいる」
暗黙にだ。表向きにしているけどもだ。上半身を軽く傾けるようにし、相手の表情をのぞき込む僕。愉悦気味な表情を隠さず会話を続行。
「君の周りは本当に信頼できるかな?周りだけじゃない、君が命じるものたちは全員信用できるかな?この僕の周りがきな臭くて仕方ないのに、君だけ信頼関係が確かなわけがないよね?」
中年男性の権力があるからといって信頼があるわけじゃない。自分に旨味があれば平気で裏切るのが人間だ。投げかけて煽るよう抑揚つけた。
「問題ない。私の協力者や部下には全員監視をつけている。裏切る兆候があれば引きずり落とす。そのため影響はない」
「都軍は?」
僕がクスクスと嗤う。この男が周囲を疑いだせば、それだけで一番ましになる。全部が全部監視できるほどフォレスティンは優れていない。政府や軍の動き、企業や資本家の動き、自治体の動きなどを全部監視できる人材が豊富とは思えない。
一都三県には7大悪のほかに中小悪だっている。悪が揃いもそろっておとなしくするわけがない。皆が皆監視をつけ、動向を探る。その監視網の中、自分の監視網だけが仕事を果たせるわけがない。都合が悪ければ情報や相手方の監視役の排除など当たり前にある。
「都軍にもつけている」
「つけているだけで仕事はしてないようだね」
疑惑を投げかけていく僕。相手がそれでも堂々としている姿。僕の言葉に極端に反応することはない。しかしながら自信がある様子だった。その自信を崩すように情報を出したわけだ。
ロッテンダストを逮捕した際、都軍が囲んでいた。その囲んでいた者たちが情報を僕に流したのではないか。
そういう疑惑を問うている。
「あの都軍はな、フォレスティンが送り込んだスパイたちだ。ロッテンダストを逮捕した際の士官は違うが、フォレスティンのものだ。裏切るような教育はしていない。鵺とは違ってな」
「なら鵺の邪魔をすることを認めるってこと?」
「してないが?貴様が策略を我々に仕組んでいるから、相手もしていると疑惑にいたるのだろう」
本当にやりづらい。表向きほくそ笑む僕だが内面舌打ちをしていた。大怪人ラフシアとかローグのほうがやりやすい。あいつら小馬鹿にしてもだ、思考力が人間には勝てない。だから好き勝手言えるし、皮肉をいっても気づきやしない。
こいつは理解して応じるし、反撃してくる。人間の思考力は本当に厄介。組織に人間を組み込んだ悪の安定性は異常だ。
7大悪最大の政治力。高い経済力。人々を完全に支配し、飢えや貧困からの脱却した数少ない勢力。
統一したフォレスティン思想。宗教は全面的に禁止。表現の自由もない。だが恋愛や日常ベースの創作漫画程度は許されている。怪人への侮辱も人間同士の侮辱も全面禁止。感謝といった明るいもののみを全面的に押し出す。卑屈さも僻みも禁止。ポジティブな要素のみを強制させた。
思想に自由はない。だが労働時間に制限を設け、人間らしく生かす環境を生成。それらを成したのは山梨県の公務員たちを取り込み、日常生活基盤を整えさせたからだ。
治安も道路も市民生活も維持する公務員の労務。
これらに従事するものへの安全と安心を徹底保証。
文官を人間にさせ武力を怪人にさせた。
それでいて怪人をトップに担ぎたてた。
人間を怪人のフォローに回させる仕組みは上手くいく。
その組織作りがフォレスティンを大きく成長。人間の管理は人間しかできない。そして人間の摩耗と消耗を徹底的に削減した。そのためか人口が増え続けている。両親が死んださいの子供の生存環境も保証。皆が皆安心して子供を作り、育てられる。その保護する悪が強大でもある。
思想や宗教の自由は制限されているが、その代わりに人間らしく生きられる。
目の前の男がそれをなした。ラフシアは飾りだ。大怪人があんな組織作りできるわけがない。怪人は馬鹿だ。ラフシアは中年男性に全部を投げ渡し、好き勝手にさせたのだろう。そうしたら理想の組織ができていたとか。
フォレスティンのNO2。大怪人ラフシアの次に偉いやつだ。この男が強力な組織構造を作った張本人。今すぐにでも殺しておきたい相手だ。支配下の人間、山梨県民はもはやフォレスティンを妄信しきっている。
ここまで妄信されると下手な策略すら届かない。分離工作などをしても効果がない。それどころかフォレスティンに通報し、すぐ工作が排除されて対策される。同盟を組む前に何度か離反工作もやったが効果はなかった。
らちが明かない。
会話が殺伐とし続けている。同盟中だというのにだ、お互い信用していおらず、謀略を仕込み相手の勢力をそぎ合っている。
その流れが再び続くのを避けたかったのか。相手は一度口を閉じた。そのうえで冷静さを取り戻すように額に手を当てた。その後僕のほうに目線を向けてきた。
「今回はそんな話をしに来たわけじゃなかったな」
相手が会話を別方向へ切り出してきた。きっと本題なのだろう。懐に手を伸ばした相手に僕は指先を向けていた。
警告のように鋭くなる僕の視線。
その視線に気づき、中年男性は鼻で笑ってみせた。懐へ手を入れる行為は人間相手にする場合、武器を取り出すしぐさに見える。そのために視線を鋭くして見せた。今の時代、人前で懐に手を入れるだけで警戒される。
僕は平気で懐に手を入れるけどもだ。だが相手は僕を無視して事を進めるようだった。
その後取り出したのは小瓶だ。
肌色のような、赤身を帯びたような粉末が入った小瓶。それを掴んで僕へ差し出してきた。思わず受け取る。手に取った際に魔法反応を確かめる。軽く魔力を流し、術式が小瓶に刻まれていないか確認。罠の有無がないことを把握。
小瓶を手に取って、眼前へと僕は持ってきた。
「これなに?」
「お前ならわかるだろう?」
怪訝そうな僕に相手は憮然とした様子を見せた。その小瓶に向けられた相手の視線はどこか殺気だっている。さすがに小瓶からではわからないこともある。
ただ予測はついていた。
眼前まで持ち上げた小瓶を揺らし、内部の粉末がビンの中で舞う。
眼前から降ろし、僕は蓋を開けた。蓋を開けた際、粉が少しこぼれた。空間に粉塵が一部漏れ出すけどもだ、気にしない。その匂いと粉末の舞い方。ちょうど空に舞う粉を指でつかんで見せた。一粒の砂にも見えた。
だが触った感触。
小瓶にその指をつっこんだ。
つっこみ粉塵を指にくっつけたあと、自分の鼻先へもってくる。嗅ぐ。嗅いで指を小瓶に戻し、残った粉塵を叩き落とした。あとは蓋をしめて、相手へ押し付けるよう返す。
正体は予測していた通りの物。
「正規品だね、純度80パーは超える純正品だ。ケチもつけられないほどのものだし、誠実な商品だよ」
僕が不敵な笑みを作って答える。相手はそんな僕に軽蔑した様子を見せた。押し返された小瓶を懐へしまった相手。憮然としつつ、頬が怒りのあまりに震えている。
これは僕に対してではない。
だが僕は愉悦をもって語るのだ。
「ふうん」
有名な劇物。
ただ麻薬ではない。
この世界、この時代に適合された劇物。この世には生まれていけない製品が確かにある。精神衛生上、倫理と常識の価値観に反した製品。
「ベイビーパウダー」
赤子を加工して粉末にしたものだ。
人間の赤子は国家の未来と両親の希望を背負う。その大切な未来は商品となった。労働力としても何十年の価値。それ以外にも命を一瞬で消すことで、ベイビーパウダーのような高額商品にもなっていく。
赤子は使い道ができた。
新自由主義、効率主義、合理性主義がまじりあった産物。自己責任がそれらを拡大させ、このような商品が世に出た。
昔の大人たちが望んだ社会。弱者を切り捨て、見下す人々の思想。他人へ厳しく、自分に甘い。その一端がベイビーパウダーを世に登場させたのだ。




