表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/62

少女でおじさんな悪 24 (弱者のあがき4)

 院長が観衆の前にたつ。かつては小学校だった場所。その校庭だ。背後の校舎は廃校だ。昭和時代から何十年もあった学校。少子高齢化によって廃校になった。結城市全体の学校の統廃合が繰り返され、そのなごりで消えた校舎だ。3階建てで基本的な学校の機能はあった。古びた外壁、割られた窓ガラスたち。教室からエントランスに至るまで全部われている。


 校舎内から外壁も落書きだらけだ。その落書きも歴史を感じるほどに古かった。もはや廃墟に落書きをする人間自体少ない時代だ。これらは人々の生活の歴史、世代の価値観すらも校舎一つで語れるものだった。


 少子高齢化が騒がれていない時代。子供が学校にあふれた名残。ノスタルジックすら感じる場所だが、今は誰も必要としていない。


 比較的奇麗な土地がここしかなかった。そのため選び、人々を集めた。元居た複数の悪の支配。その支配下の人々の数は1000を優にこえていた。



 集めた理由は権力者が変わったこと。


 力で奪い取ったことを、力で示すため。


 朝礼台に上った院長を不躾に見定める人々たち。眼前に広がる人々の視線を前にして心が怯える。



 1000人以上もの人々の様子は懐疑心ばかりあった。疑惑からか隣人と話を共有しているものもいる。見た目が貧困や弾圧からのくたびれた姿。服も数年前以上のものをリサイクルし、修繕したものばかりを着ている人々だらけだ。ほつれ、穴空き、異臭。風呂も入れなかったのだろう、不衛生による悪臭、不潔さが漂っている。


 環境が劣悪。思わず呼吸を止めたが、すぐやめた。誰だって惨めな姿をさらしたいわけでもない。その悪臭への条件反射を理性で抑制。表情にも出さないよう気を付けた。



 院長は油断もしないようにしている。


 劣悪な場所での生存は人間の自意識を悪化させる。


 

 弱者はより卑屈になり、わがままになる。



 そのくせ遜る。弱者に常識は通じない。人の物を奪わない、殺さないという常識などを期待しない。皆生きるのに必死。必死なものに満たされた人間の考えを当てはめることは傲慢だ。



 院長は知っている。


 

 それでいて傲慢にも視線への配慮はしなかった。視線があえば決してそらさない。朝礼台を囲む武力たちがいる。下手な投石などもないし、あっても防いでくれる。背後の階段付近には令嬢の護衛。前方の朝礼台の下には凶悪面の男、団長が護衛。



 人々を大きく囲む外周には黒狼8匹。その黒狼にのる武力8名。魔獣騎兵部隊で人々を薄く包囲。赤メッシュの女性が指揮を執り、周囲を警戒。




 もし暴動を起こせば鎮圧なども可能。


 人々の視線へ真っ向から立ち向かい、冷酷なまでの無で撃退。院長と視線が衝突したものは、自分から目をそらしていく。成すがままになってきた者と権力と責任を担い暴力を指揮した差だ。無を持つ院長の冷酷さは支配者らしくあった。



 貫禄が人々を容赦なく視線でも叩き潰す。




 がやがやと騒がしい。院長を見て、視線での衝突にも勝てなければ逸らす。院長を見ないように、人々は互いの誰かと会話を続行。騒々しさが勝り、この場面での院長がしたいものへと移行できない。



 だからだろう。



 手に握るマイクの電源を切った。ワイヤレス式で充電するタイプ。スピーカーは配線などは余りなく、バッテリーを内蔵したタイプのものだ。マイクからの電波を受け、スピーカーから音を吐き出す仕組み。それらは複数個あり、人々の足元などに置かれている。院長がたつ朝礼台の近くにもある。安物のため音量があまり出ない。


 騒がれると人々に届かない。




 今の時点で注意をしても届かないだろう。




 院長は片手を上げた。一瞬人々が院長の様子に目を奪われるが、また隣人との会話に戻る。支配者が怪人から人間になったことでの鬱憤があるのだろう。人間の特徴として自分に似た者には強く出るというのがある。自分とは異なるものに常識は求めないくせにだ


 元支配者を倒した院長のことへの不満の声



 この場に集められたことへの不満。



 自分たちとは違う環境のものへの不満。



 八千代の武力に向かう視線も不躾だ。不満そうなものもある。解放されたから幸せなどでなく、その後の生活基盤はどうなるかといったものもある。どれほどに力の差があっても、人間相手には常識があると思い込む。



 その基盤を院長は叩き潰すことにした。




 両耳につけられたワイヤレスイヤホン。そこに指をあて、スイッチを押す。音を遮断する機能をもって、外部との音が消えていく。完全に遮断したわけじゃないが、それでも外部との隔離された感覚があった。




「やって」



 院長が前を向いたまま、指示を出す。



 その言葉に反応はない。返事として真後ろの暴風が巻き起こり、院長の後ろ髪が大きく揺れだす。だが即座に風も院長には当たらなくなった。朝礼台を囲む団長以外の武力達が魔法での制御をしたからだろう。


 巻き起こる暴風は院長の後ろから前へ。人々の眼前を支障なく叩く。怪我するものでもないが、突如として吹き出す風のものに絶句。



 正直院長にはわからない。



 前を向いているからだ。



 だが、人々の表情が懐疑心から凍っていくのを見た。院長の後ろを凝視し、無駄話もやんでいく。悲鳴があちこちから立つ。一部逃げようとする人たちもいた。だが即座に魔獣騎兵がロングソードを引き抜き

威嚇。


 逃げれないよう囲み。



 朝礼台を囲むものたちが弓を構えた。院長への暴風遮断とは別にだ。その射線上は人々だ。


 団長もまたロングソードを引き抜き、空へ掲げている。





 人々が大きな悲鳴をあげた。音を遮断しているからこそ聞こえにくい。聞こえにくいが届く。九死に一生、絶望的な状況下での悲鳴。



 そして爆発したかのような激しい音が後方でなった。遮断してもなお届く音の勢い。頑強なものが力づくで破壊される感覚。朝礼台が大きく揺れだすが、それもすぐに止む。これも上から押し付けるような感覚で封鎖。武力たちの干渉で院長の場所だけは安全だ。



 ただ人々の上空には多くの破片が向かっていた。木材からガラス片。コンクリート片から金網などのものが空を埋め尽くさんほどに攻めかけていた。それも人々へ届く前に動きを止めていた。空中で固定されるような形だ。ただ揺らいでいる、誰一人けがを負ったものはいない。



 風の障壁によって破片は人々に届かない。



 院長が手を口元へ運ぶ。その掌にあったのは情景を真逆に移すもの、手鏡だ。安物の銀縁の手鏡。掌に収まるサイズのものを、人々に悟られないようにしていた。


 手鏡で顔をみるわけじゃない。


 背後を見た。



 そこにあったものが粉砕していた。廃校は倒壊し、なぎたおされていた。崩れているコンクリート塀。3階ほどまであった廃校が今や一階部分にまで圧縮された。その屋上だった部分には火災が発生。燃える部分がないのにも関わらず、激しい火炎が半分ほど包んで、黒煙をまきちらす。散らばった破片が人々のところから、校舎後方まで飛んでいる。学校敷地内を軽々と超え、道路や廃屋の元民家などを押しつぶしていた。


 その破壊者は副長だ。


 銀髪の令嬢がロングソードを振り切っていた。まとまりつくであろう炎の渦。その切っ先が下りる地面には一線上の太刀筋があった。その太刀筋が校庭から校舎までを容赦なく叩ききった。炎と風の魔力操作によって強化された剣の一撃。




 軽々と行い、剣を空を切るように振る。音すらも遅れて届くかのような綺麗な太刀筋を披露したあと、鞘へと納めた。


 



 

 

 院長は手鏡にて後方の確認をしたあと、手を降ろした。


 騒がしく人の話を聞ける様子がなかった。武力の一部をみせ、破壊をした。突如の暴挙を起こせばどうなるか。その結果はもう出ていた。



 緊迫と絶望による沈黙があった。その中で口を開く院長。マイクの電源を入れ、スピーカーと連携したかは確認せず。もしつながっていなければ恥ずかしさもある。


 だが臆面にも出さずに一言告げる。

 

「静粛に」


 


 もう人々は絶句して、恐怖のまま黙っている。その中での言葉はよく届く。言葉の主に人々の視線が集中。口をぱくぱくし、もはや無駄口や不満そうな表情は全部消えた。同じ人間である際のクレームの気配もない。



 怪人を見るような目が院長に届いていた。



 絶対的恐怖。暴力の象徴に対しての怯えが見て取れた。




 院長は無視して、マイクを握りしめて口付近まで持ってくる。




「半分だけですけど、結城市は解放されました」



 物静かな言葉がスピーカーから届く。院長の耳に届かない。イヤホンの遮音機能を維持したまま、自分勝手に語りだす。




「人々の権利を侵害し、搾取される義務を押し付けた悪はいません。あたしたち八千代が消しました」



 事実だけを淡々と述べる。優しい嘘も説明もほぼない。人形にすら見える無表情。その視線はできる限り冷酷に見えるようにだ。


 

 表向きの言葉などいらない。



 強者は強者なりの傲慢さがある。外行きの丁寧語など必要なかった。




「皆様が戦ったからじゃありません。皆さんは何もしていません。奪われていただけで、行動したのはこちらです。あたしたちが強かったから、弱い悪は消えました」



 空いた片手を揺らす。音の指揮を執るように自分自身で揺らす。



「皆さんを弾圧した支配者は弱かった」



 院長が息を吸う。



「皆さんはもっと弱い」



 なぜ相手の弱さを非難しなければいけないのか。自問自答すら脳内で浮かぶ。しかし告げる。事実をつげ、思考させる。人間に建前をつかっても、ある一定数の人間はうのみにしてしまう。言葉を選ぶことは時として失敗する。


 事実のみをつげ、残酷にも非情さを突き付ける。



 現実がすべてだ。



「権利を奪われ、搾取される義務を押し付けられました。弱い悪なんかに皆さんは苦しめられた。悪いのは誰か、一都三県の常識、世間一般の視点で答えましょう」



 院長は目を閉じた。一瞬広がる暗闇、すぐ光が視界に差し込んでくる。開いた眼と口にはできる限りの勇気がこもっていた。




「皆さんのせい、皆さんの自己責任です」




 院長は周囲を睥睨する。見渡し、絶望した顔を浮かべる人々の視線を見た。1000人以上の圧巻する環境下、慣れない人々の前にたつ苦労があった。事実だ。強者が弱者を支配する。その強者を上回る強者がいて、その強さがルールを作る。



「世間は皆さんを正しくみない。皆さんの実体を正しく知らずに、勝手に決めてかかることでしょう。住むことを選んだのは自分たちと。怪人を相手に逃げれるほど甘くない。悪に逆らえば、逃げれば命はない。その事実を直視せず、叩くことだけにのめりこむ。安全な環境からの上から目線が、皆さんを侮辱します」


 

 自己責任と片付けてくることだろう。



「皆さんが全部悪い。そう決めてかかれば世間は気持ちよくなれるからです。本当の真実を知ったと思いあがる。情報に翻弄された方々の妄想。くだらない妄想が、真実になるよう風評を流され、皆さんを加害者より悪いとしてしまう」


 人々が猛進する本当の真実ブーム。


 本当の真実など転がっていない。情報社会に流れるものは顔の知らない誰かが流したもの。好き勝手に信ぴょう性もないものを、正しい風に演出されればそう見える。


 簡単に人は騙される。本当の何かという少数しか知らない情報。その少数の真実を知ったと誘導されるわけだ。実態は誰にも見れる情報に過ぎない。



 本当の真実とやらを知らない誰かを否定する。見下すツールとして、よく利用される。誰かが利用して流せば、無知な誰かが情報に騙される。だまされた誰かは同じ情報を流し、それを知らない誰かが現れれば見下す。


 この連鎖が被害者を叩く社会にしてしまった


「でも、あたしはそう思わない」



 直前の否定を述べる。空いた手の人差し指。それがリズムを刻むように揺らす。無表情だが、耳を遮音機能で外と自分の声がわからない。だから指の動きで全部を把握する。全体の動きを、自分の声を、把握するための指揮。



「世間の戯言に惑わされないでください」


 人々を追い詰めて、どんよりとした人々の表情。その中での院長の変化。思わず顔を上げる人々に対し院長は言葉をつむぐ


「皆さんは被害者です。悪いのは誰か、皆さんを傷つけた奴らに決まっています。どんなに被害者が悪くても、手を出した時点で加害者が悪い。これが本当の真実。そのことを皆さんは忘れてしまったんです」



 法律が何のためになるのか。



 支配者が支配しやすくするためのルール。それだけじゃない。人々が人間らしく文化的にいきるためのルールでもある。支配者にも人々にとっても大切な常識。



 誰かを加害することは悪いこと。その大切な常識は憲法と法律が保証してくれている。隠す気もないのに、隠れてしまった正しい情報。


 暴力を他人に振るってはいけない。その一般常識こそが本当の真実そのものだ。



「忘れさせたのは世間です。忘れたのは皆さんです。その原因が悪たちで、皆さんから常識を奪ったんです」

 


 冷酷な目を作り、人々を見る。高みから人々を見下ろす院長。八千代の武力を率い、鵺とも渡り合う。三和王国すらも植民地にした弱者の行動。




「結城市は皆さんのものです」



 淡々と告げ。




「結城市は独裁じゃなかったはず。政治は市民の手に、市の管理は市民の手に。悪が一方的に独裁にしただけで、本来は皆さんのもの」




 胃が痛い。


 心臓がばくばくする。


 院長の心は叫びそうだった。悲鳴と地獄を自ら開拓する気分。



「皆さんの手に主権を取り戻しましょう」


 

 静かに。


 冷静に。


 務めて語る。

 

「主権を取り戻す第一歩。皆さんの代表を決めなければいけません」



 なぜ自分がこんな目に合わないといけないのか。心の叫びが体全体に悲鳴をあげる。こんなことしたくないという思い。本心とは異なる言葉を院長は吐き出す。



「よって今ここに宣言します」




 かつては民主主義。


 かつては悪による独裁。


「結城市の市長選挙を行います」



 侵略した八千代が主導権を握った。その代表が主権を市民の手に返す。そういう建前を残しつつ、実体は結果が決まったこと。



 マイクを握りしめる力が強くなる。


 


「あたしが結城市市長に立候補します。もし覚悟があるならば皆様も立候補してください」


 手の平を向け、無表情のまま宣言。



「あたしの公約は皆さんに安心と安全を。市長になれたなら市民の一般的権利を悪に奪わせません。奪おうとする方々には弱い皆様の代わりに、あたしたちが排除します」


 弱い自分が何をいっているのか。


 他人任せのくせに。自己嫌悪がすさまじくなる



「市長を目指すなら、市民の命を守れることが条件。立候補される方々もきっと考えていることでしょう」



 院長は吐き気が喉奥から届きそうになる。でも薬と人々の前、武力の前にひたすら耐える。言葉自体も淡々としているが、内心が狂いそうだ。




「もし落選すれば、あたしたちは撤退します」


 撤退との言葉に人々の表情が凍る。上空で揺れる校舎の残骸。空中を埋め尽くすほどのものを止め続け、なおかつ校舎を一人で押しつぶした令嬢。また周囲に展開する魔獣騎兵。院長はわかっていてやっている。


 悪名高き八千代の名。


 その代表が動けば、悪は滅ぶ。


 代表が撤退すれば、再び悪は目覚める。



 過酷な現実を何度も突き付けた。



「もし政治を取り戻したければ、自由と笑顔を取り戻したいのであれば」



 冷酷なほどの視線を思わず人々へ送る。



「あたしに清き一票を」





 院長は政治安定のために民主主義を採択。鵺は独裁主義。八千代の戦力は滅ぼす戦力しかなく、支配する戦力などではない。民主主義を定着させることで、別の形でのアプローチが周辺にできる。自治区という形でもいい。鵺による独裁方式だけじゃない、別の安心感を与えれる。



 政治安定を保つなら民主主義に勝るものなし。



 たとえ院長しか選択肢がない環境でもだ。


 他の立候補者は現れない。この解放された状況かで下手に立候補してしまえば強者ににらまれる。その強者は院長のことだ。八千代によって解放され、その意向を無視できるほどの剛腕っぷりはできない。金もそうだが、武力もない。



 そのなかで院長を選挙で負かせば撤退される



 八千代の手を振り払えば、別の悪が動き出す。結城市が支配すれば地獄が再現される。良くも悪くも八千代の悪名は怪人だけじゃなく人々にも届いている。



 その圧倒的武力もだ。



 だから相手が悪かった。


 院長自身が汚い手を使っている自負




 立候補者は一名。



「選挙は明日、この場所で行います。立候補される際は公約を明日までに考えておいてください」




 一方的なルール。一方的な選挙。本来の立候補における年齢制限も無視。


 でも院長には誰も文句をいえない。悪を倒し人々を開放した。その実力者が言うのだから正しい。金持ちが貧乏人よりも価値がある。体格の大きなものが小さなものより優れている。暴力が強いほうが偉くて、弱いやつが蹂躙される。知能が高くて、よい仕事についていれば上。肉体労働とかの仕事は底辺。


 上に立ったものが、他人の権利を奪っていい。


 その優性思想がはびこる世の中。


 そんなわけがないと院長は思っている。



 どんな人間も民主主義は一票とみる。付加価値があるからといって上回るわけじゃない。実態がどんな形であれ建前は皆平等だ。



 院長はそう思うが、人々は思わない。一都三県の人々もそう。



 現実的で優性思想にのまれた実力主義社会。新自由主義で自己責任で効率主義。地方は乱世だ。強いやつが偉い。なんて生きづらい地獄。



 そんな隠れた人々の思想を利用して、武力で脅迫する自分。




 自分にすら嫌悪する。しかも人々は受け入れている様子。諦めた気配すら沢山あった。だがここで折れてはいけない。自分のことへの嫌悪、人々の優性思想にも嫌悪。



 

 無表情を取り繕い、気にすることもない風を作っている。


 マイクを両手で握りしめる。手汗が微妙に出ているし、緊張も吐き気もきつい。



 



「本日は集まりいただき、ありがとうございます。投票用紙は明日、こちらで配布します。気を付けてお帰り下さい」




 院長はそう言って人々に背を向けた。もう用はないといった動きでのアピール。その背に人々の視線が集中するが気にしない。マイクを切り、大きく息を吸う。激しく鼓動する心臓。からからになった喉。




 朝礼台の段差を降りた先で令嬢が待機。その令嬢にマイクを渡し、院長は進む。翻す姿は弱者ながらに覇者の風格すら漂わす。そういう演技だ。



 八千代の武力は魔獣騎兵は人々が出ていくまで、その場で待機。


 朝礼台を囲っていた武力はすぐ院長の周囲を護衛しだした。凶悪面の男、団長が院長の隣へ駆け足でよってくる。横目で見ていたため、その動きに合わせるよう視線も向けた。人々の上空にあった残骸などは遠くへ放り出された。揺れながら風に乗せられ勢いよく飛ぶ。行先は不明。敷地をこえ、道路を挟んで飛んだ。



 院長が凶悪面の男へ目配り。



「明日どうせ来る人は少ないと思います」


「はっ」



 感情も載せない声になった。無機質ではないが、暗いものだ。それを団長は威勢のよく小さな音量で返す。



 武力で脅迫してまとめ上げた。悪を上回る人間組織。どちらがましか程度のものだ。どうせ人々は諦めている。選挙をしても変わらない。しなくても変わらない。その意識と強さへの恐怖。



 だから少ない。


 それほどの脅迫を本日した。



 しなければ地方はまとまらない。すれば人々の心は離れていく。非常に難しいが、必要措置だった。優しい態度をとれば弱者はつけあがる。圧迫すれば文句をいいながらも付き従う。奴隷思想、かつての社畜思想が根幹にはある。



 優しくしない。


 生かさず殺さずを実行。



 それが一番効率的で、平和的だった。




 物語の主人公みたいにいかない。底辺を這いつくばる弱者の精いっぱい。かつての支配者を模倣し、権力の誇示をする。これが一番効果的かつ平和だなんて信じたくない。しかし事実だから、仕方なしにやる。


(あたしは間違っている)


 自分の思考が権力者としては正しくてもだ。院長自身は弱いまま。立場と個人の意見との食い違いが起きていた。その違和感を抱きながらも突き進むしかなかった。


 

「来た人には食事の準備を。来なかった人からは賄賂とか言われそうですが、そんな常識は地方から消えています」




 来る人が少ない以上、食事の準備をしてもてなす。それを公開することはない。来た人だけの特権。自分の義務を果たす人へのご褒美。かつての法では許されない行為。公務員や政治家などのものが他者に利益を渡してはいけない。プレゼントも奢りも全部禁止、賄賂や買収行為とみなされるからだ。




 そんな常識を院長は無視。問題になろうがなかろうが、管理者は院長。解放者も院長。全部が全部自分たちの手によるものだ。部外者や何もできなかった人々が口を挟める道理はない。



「選挙に来た人から優先的に仕事を与えます」



 歩きながら囲む武力達に通達。



「義務を果たす人々に普通を」




 その決意。弱者が弱者目線で語れない。弱者はより強者を比較し、負けないようあがく。廃校の敷地内から公道へと出る一行。




 自分から進んでやる、自主性。


 権利と義務を果たす、積極性。



 どれも今の地方には必要だ。どんな人間でも行動しないのは邪魔者。動かず口だけの文句を垂れ流すのは公害だ。口も動かし、行動する人々が望ましく。一番は口は動かさず、行動する人々だけどもだ。


 実力主義ではあるが、その実力をつけるのは行動のみ。




「選挙に来たひとの識別、住所氏名の記録。これらは信頼のおける八千代の人々にやってもらいます」



 八千代の人口70前後。


 結城市にいる人口1000人以上。


 この圧倒的な差は院長が追い出しただけだ。不穏分子や問題ある人間を追い出す。元々地元に住んでいた人間は残している。故郷愛がある人間は故郷への厄介ごとを出来るだけ避けてくれる。ただ二人しか地元住民はいない。老夫婦で白菜農家。かつて八千代の特産だった白菜をつくり、人々へ配布している。


 白菜だけは一都三県やパンプキンから購入しない。



 ほかの人間は真面目でとりえもなく、主張もしたりしない。誰かに自分をゆだねつつ、不満を愚痴るだけのもの。でも暴力行為や窃盗行為はしない。陰湿さが目立つが、誰かへの危害は一切していない。


 そういう人々だけを残して追い出した。



 浅田がいくら人を拾ってこようが、問題ごとを運ぶ人間はいらない。そういうのは他所に送り付けて、知らない顔をするのが一番。


 

 だから八千代町の人口は極端に少なかった。


 そういう人生に何も考えず、不満だけを溜めこむ。問題ごとを起こさない人々に選挙を手伝ってもらう。事務作業をだ。どうせ責任も取りたがらず、与えられるだけの仕事をこなすだけ。不平不満はあってもやってくれることだ。


 公道を歩きながら院長は支持を出す。


「八千代の人々への通達。それは副長に任せます」



「はっ」


 後ろを追従する令嬢の覇気ある返事。



 八千代を主体とした各自治体の連合組織。


 その自治体は民主主義、他候補者がいないため実態は独裁。民主主義で院長だけの候補。人々に選択肢などないのだから、院長は当選する。仮にほかに候補者がいてもだ。院長以外に武力を持たないため悪に蹂躙される現実。それらを加味すれば院長は確実に当選する。




 勝ちが決まった選挙ほど楽なものはない。



 いずれは人々へ政治を返す。



 今はその時期じゃなかった。




 



「早急に食料、水の確保をします。パンプキンと鵺にも要請はしておかないと」



 八千代だけなら自給自足できる。しかし結城市の人口までも支えるほどのものはない。だから悪との裏取引だ。パンプキンとの円取引による食料売買。もしくは武力侵攻しないための貢ぎ物としてでもいい。ただ鵺の植民地だ。勝手をすれば鵺からの印象も悪くなる。そのため最初に鵺に話を通しておく必要もあるだろう。



 だが鵺もパンプキンも悪。信用したくはない。



 だが取引自体に嘘はない。信用と信頼を作った組織は取引でも比較的まともだ。一度裏切れば二度目はない。悪事態が悪評まみれだ。悪は何をしてもおかしくない。その風評があるため、一度の裏切りすら許されない。


 裏切りの可能性も低いとみて、取引が成立する。

 

 ほかに一都三県からの購入も考えている。坂東市を経由して野田市での購入もある。だが一都三県はあれでいて複雑な事情があった。野田市ばかりに頼れば、他自治体の干渉も受ける可能性。八千代が保持する武力は一都三県でも喉から手が出るほど欲するものだ。


 また野田市の一言で必需品の確保が危うくなりかねない。なので必需品は各自治体から薄く広く買う。安全上の分散購入方式だ。悪にも一都三県にも頼り切ることはない。


 春日部、杉戸、野田、柏。


 悪による前線自治体。比較的八千代に友好的な自治体を利用して、生存を図るしかない。良くも悪くも八千代の悪名は前線自治体の負担軽減につながっている。地方に潜む悪たちが動きを止めているのは、ひとえにロッテンダストの外道によるもの。


 ロッテンダストが作る院長への悪評集中でもある

 


 人間の怖さ、外道性をばらまいているから、皆目を付けられないようにする。




 これが生存戦略だ。院長は頭を抱えたくなる。だが武力たちの前ではしない。平然としつつ無表情を貫き通した。



 武力達と共に歩き続ける。責任を負う限り、権力は自分の手にある。権力があれば武力が使える。自分に一切ない力。他人の力を責任を負うことで行使。この権利がたとえ浅田に与えられたものでもだ。



 今だけは自分の物。




 静かに握りしめた拳。



 前を見据えて、逃げたくなる心を打ち消す。そうやって院長はできることを着々とやっていくのだった。







 結城市市長選当日。曇り気味で陰鬱としてる。雨が降りそうな天気だ。どんよりとした湿った空気が市内を包んでいる。



 院長の予想通り、投票しにくる人々の数は少なかった。廃校から事前に抜いた生徒の机。2つほど校庭に置かれた机の上。一つは段ボールがのっている。クラフトテープで閉じられた箱。上部分の中心に投票用紙が入る程度にくりぬかれた穴。投票用紙は隣の机に置かれている。


 ボールペンが何本もおかれている。


 その投票所には令嬢や赤メッシュの女性陣に監視させた。


 校庭を囲むよう歩兵が待機。一部魔獣騎兵も展開されているが数は2騎程度。その実態を見てから院長たちは行動を起こす。校庭に置いた投票所の武力はそのままだ。




 院長が市内を車で走る。残りの魔獣騎兵が並走し、その一つの騎兵には団長が手綱をにぎっている。



「本日、結城市市長選」


 全開になった車の窓からスピーカーがむき出しだ。ハンドル近くに設置したマイクに向け、院長が無機質に放送。市内放送を自分の車でだ。周辺における魔獣や魔物は事前に駆逐した。人間の領域、選挙所へのルートの安全性は確保。現地の怪人、スズロにも治安活動に参加させている。


 そのため一時的に車のエンジンをふかしても問題はない。もちろんエンジンでの魔獣や魔物の加害を危惧する人々はいるだろう。



 その抗議する人々の目線は受けた。



 受けたが、睨み返せば大体相手が目をそらす。


 

 市内を一日中宣伝しながら回った。途中休憩を挟みつつ、日が落ちるまで宣伝し続けた。喉の痛みがでたときには録音したものを放送。


 他の立候補はなかった。急な日程もあるだろうし、周辺勢力の危険性。安全の確保が義務。そのための武力が人々にはない。現実を知った人々の自主的な支持。自ら提供できないものを口だけでも語れない。だから立候補はないのだろう。夢でも語ればましだ。でも夢を語るうちに、現実を思い知るだけだ。


 力なき安全はない。その現実を思い知り、誰もが矢面に立つことを避けた。


 半分かつされた結城市の人口1900人未満。そのうち投票しに来たのは337人。


 院長を選んだのは273票。


 残りは棄権票、無効票。



 人口の一割以上、二割未満の投票によって院長が当選した。選挙に来た人たちの意志によって、残り来なかった人間の意志が決まる。たとえ候補者が一人でしかなく、選ぶ必要がない。そんな理由で選挙に来なかったとしてもだ。


 政治など誰を選んでも変わらない。


 そういう意志があってもだ。



 権利を放棄することは、院長を認めたことと同じ。少数の意見と意志が政治の場に生きていく。多数の意志を少数が導く政治。これは崩壊前、憲法改正権の時と一緒だろう。



 投票しないのは、本人の意志。決まったことに文句を言う権利はある。だが放棄することは、既存の政治家を認める行為に他ならない。その覚悟もなしに放棄することは愚かだ。



 

 権利は行使してこそ価値がある。


 行使もせず、自分は選んでいないから無罪。政治の過程と結果をみて、無投票の人間が逃げの口実をしても価値がない。



 行動したものが、行動しない者への未来を縛る。

 

 だから院長が勝利した。




 次の日。


 ついでとばかりに八千代でも投票した。


 院長が勝利した。70人中、70票。全員一致によるものだ。住人に不満はあれど、院長以外に安全対策を打てる人材がいない。周辺でも危険集団の手綱をにぎる傑物。選挙前から院長は八千代の代表だった。今まで選挙などの住人投票はなかった。



 選挙を実施し、正式な代表となった。


 決め手は、八千代の住人に日常がある。食事と水と仕事がある。住居もある。人権もある。八千代町のメイン道路であれば車の移動もできる。悪の支配と違い、人間の支配。周辺勢力の中で人間の統治は八千代町しかいない。下妻は鵺、坂東市はパンプキン。古河市から独立した三和王国。


 悪に挟まれた人間勢力。


 周辺で二大勢力とまで成り上がった。


 その実績を無視できるほど、馬鹿はいなかった。


 また2人のみの地元住人。その老夫婦が主導して院長を支持。地元住人の意見を無視して、押し通せる住人もいない。


 満場一致で院長が選ばれた。



 

 その偉業をなした傑物。


 院長は限界を迎えた。八千代の代表当選した夜、体調を崩した。精神的疲労とストレス。肉体的疲労も込々。体のけだるさ、吐き気。幾つもの症状が院長を襲った。誰にもいえず、自分だけで耐えていく。やるべきことがあるため休めない。


 市販の薬や高いポーションなどを多用。



 部屋での仕事方式にした。誰も部屋にいれず、許可も出さない。体調が戻るまで誰とも顔を合わさない。体調不良に気づかせないよう、仕事が立て込んでいるふりをし続けた。



 自分の弱みは、全体の歪みに生じる。



 だから体調不良も隠すしかなかった。



 幸い二日もたたず、動ける程度に回復。通常の対応へと戻した。無理をすれば体に軋みが出る。体調不良の不具合は残るが、熱はない。風邪でなくストレスによるもの。頭痛、吐き気、胃の違和感。精神面から起きる不具合の数々。様々な要因を複数の薬でごまかす。最終的にポーションでごまかす。


 吐き気止め、頭痛薬、胃薬。その副作用で乱れた体を回復ポーションで治す。



 動けるのだから無理をした。



 そして今後も無理をしていく。





 今は一都三県だけが究極の新自由主義。その文明は弱者に厳しい社会だが、生きる明日はやってくる。必死に頑張るだけで生き残れる社会。必死に頑張っても尚届かないのが地方。



 院長は運がよかった。



 苦しむだけで、心が限界を迎えて、疲労を抱える程度で生きていける。大体はそれを通り越して、皆死んでいく。絶望したまま死ぬのが優しいぐらいだ。


 死を選択できる人間は思い切りが良い。


 院長は死を選べない。生きたいからだ。



 院長は明日がほしい。未来がほしい。確定的な将来を保証してほしい。そんなのは誰だって無理だ。だから自分の手でつかむ、そのために権力が必要だ。



 だから無理をして、権力を保持し続ける。誰にも頼らず、己の手で闇を抱えていく。

 

 


 弱者はあがかなければ、明日の朝を迎えられないのだから。





 

弱者があがくお話。殴り書きの後書きなので、文章を気にする方は読まないほうがよろしいです。


一応背景説明。


院長、作中最弱。ロッテンダストおよび武力集団の命令権を有している。周辺勢力へ武力介入を頻繁に行っている。また侵略された際の過剰防衛は院長の指示でもある。武力介入時は魔獣騎兵による電撃戦を指示。速やかに相手に被害をあたえつつ、迎撃が来る前に撤収させる。この介入で結城市、および筑西市の元支配者を殺害。分裂させた。


 茨城県西においての二大勢力。八千代と鵺。この二つの周辺への影響力は凄まじい。周辺が手を組んでも滅ぼせない軍事力。その軍事力を有する二大勢力。質の八千代と数の鵺。その二大勢力は互いを意識し、警戒しあっているため拡大できずにいた。軍事力をよそに少しでも回せば、互いの攻撃が防げない。奇襲すらも防げない。また互いの戦争を回避する目論見で、刺激しないよう部隊を展開できずにいた。展開しても数時間程度に抑えている。


 周辺が互いを食い荒らそう中、二大勢力は内内に力をためていた。それらに転機がおとずれる。


 鵺との交渉で、お互いに停戦条約を結ぶ。その原因は都軍によるロッテンダスト逮捕。この抗議として停戦を選んだ。停戦をしたことによって、一都三県の戦略方式が大きく変わるほどの影響が出る。良くも悪くもロッテンダストの悪評、八千代の悪評は周辺を比較的安定化させていた。悪が人々を虐殺しない、人命に関しての一定の配慮をさせるぐらいの安定度。


 千葉県の一部、埼玉県の一部、栃木県の大半、群馬県の大半。茨城全体。


 上記の場所に潜む悪をおとなしくさせていた。それも停戦によって変化。悪と八千代の関係はより近くなった。八千代と交渉ができるという希望が生まれ、悪は動き出している。八千代と敵対しても回避できる手段があると錯覚させた。その結果暴れす空気が出ており、その変化に気づいた前線自治体は都軍に猛抗議。


 停戦後、鵺が筑西市に武力侵攻。


 八千代側は見て見ぬふり。


 筑西攻略を鵺がおえて、結城市へ侵攻。それに合わせて八千代側も結城市侵略を開始。鵺側は上級怪人率いる2部隊を投入。八千代側は魔獣騎兵全騎投入。歩兵5人。団長、副長の戦力を投入。過剰すぎる戦力を二正面で抱えた結城市の悪。勝ち目などあるわけもない


 結城市の悪は敗北。結城市は二大勢力のものとなった。その際の交渉内容。結城市を半分かつすることで互いに手をひき、停戦を継続するといったもの。


 互いの敵が争わずにすむ建前


 その建前を軸に内政に勤しむ院長。



 強引な選挙を通し、結城市市長になった。選挙のルールをほぼ無視したが、民主主義にのっとっての多数決は守った。人口一割以上二割未満の投票率だったが、勝利。ついでに八千代の代表も選挙でなった。


〇支配地および勢力圏


 八千代町全域。結城市半分。三和王国(古河市の八千代に面した部分)


〇現在の肩書


 結城市の代表、八千代の代表。


〇現在の悪評


 ロッテンダストと同等。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  少し…大分話がずれますが、持ち時間3時間の将棋で多大なるプレッシャーとストレスで吐き気が酷く頭痛が止まらず、それでも毎日5局以上指し続けた狂気の夏休みを思い出します。  将棋自体は楽しいで…
[一言] >幸い二日もたたずに回復し、通常の対応へと戻した。 なんだかんだで院長も超人だよね? 自称一般人、いや逸般人ってやつ。 本当の意味での“普通の人”ならとっくに死んでるか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ