少女でおじさんな悪 22(弱者のあがき2)
鵺からの大攻勢、八千代からの攻撃。過剰で圧倒する勢力たちからの侵略。防衛するにも、まとまらない悪たちでは絶対に勝てない。また己の苦戦が娯楽になった演出。それらによって自暴自棄と無気力による自信喪失が起きた。
三和王国の参戦。だが実態は戦闘してはいない、八千代側におびえて従っていた様子しかない。しかしながら三和王国が八千代の植民地とのアピールをされた。終始Dランク怪人が院長に媚びをうる姿ばかりだ。
それらが結城市の悪から抵抗を奪った。
だが全員殺されることはなかった。一応人々に対し、善政を敷いた零細悪がいくつか残った。それ以外は八千代や鵺の手によって崩壊させられた。
生き残ったものたちは、それぞれが強者の判断によって命運が決まった。
小山市や筑西市に面した悪は、鵺側の勢力圏に組み込まれた。かつての組織名はなくなり、そのまま鵺の構成員として組み込まれた
それ以外の地域での悪は八千代に組み込まれた。生き残った悪は一つだけだ。組織名はかえて、あくまで自主性は重んじる形で残した。
役割は結城市の治安維持としたうえでだ。
結城市市街地での邂逅だ。元々インフラの壊れた環境だ。廃墟だって修復されない。崩れた土壌によって、畑と道路の違いがわからない。それほどに土壌が散っていた。また積み上がっていたゴミの山が雪崩を起こして、周辺の道を封鎖。
結城市の悪は、環境整備も政治も行う能力はなかった。
だから悲惨な実態が広がっていた。
餓死した人間の遺体が悪臭を漂わせて、縁石に乗り上げている。首が跳ね飛ばされた頭蓋骨が街灯に幾つも吊るされている。虐殺という甚振りの痕跡が残っていた。見せしめかもしれないが、下品だった。
酷いときはガードレールのカーブした部分に死体を一列に乗せていたことだ。対面のガードレールも同様のことがされている。
片道一車線の道に正面を向く形だ。後ろ髪をむりくりひっぱっり、後ろ手に縛る。
強制的に顔が道路へ向く。
死体の顔が道路を歩くものを出迎える。歩道を歩くのは腐敗臭がすさまじく難しい。だから車線の中心を歩く形で移動するのが大半だ。
だが中心を歩けば、死体の顔が出迎える。
当時はまともな顔をしていた死体だろうが、腐乱が進んだ顔では男女の区別はできない。
この光景が悪によるものだ。
周辺で勢力を保つのは、まともな政治能力を行えるからだ。鵺もパンプキンも八千代も三和王国ですら、このような有様をしない。結城市の悪はバラバラだが、元々政治を行う気がない。だから人間の数がへり、労働力が減ったことで生産力も残らない。
結城市の悪が殺され、新たな飾りとなった。殺された人間の無残さと加害者である怪人の死体。人と怪人の死体コラボがあった。
ますます最悪な絵面だ。腐乱死体と怪人の死体なんて視界にすらいれたくない。
勿論、新しい人間の死体もそれなりにあった。だが大体が悪の構成員だ。八千代側も鵺側も民間人への攻撃は禁止している。周辺二大勢力が強大なのは、これらの注意力と統率力があるからだろう。死んだ結城市の悪もこれぐらい能力があればよかったのだ。
この時代に生きる弱者は戦争が起きれば、すぐ逃げる。それこそ優れた逃避能力を発揮するため、大体が無事だ。もちろん被害がないにこしたことはないが、結局のところ悪の匙加減次第だ。人質にされれば巻き添えを食うこともある。自分から悪に与すれば、その力を容赦なく使われて排除されることもある。
どうしたって被害はなくならない。
その腐乱死体が見守る二車線の道路。
滅び、降伏した悪が列をなす。総勢16ほどの怪人だ。結城市の怪人はコンセプト同士の数を見れば、少ない。しかしながら数だけであれば、それなりにいた。40ほどだ。だが悪同士の主義主張の違いからの争いがあるため、どうにもならない。
様々な怪人たちだ。元々ノヴァの勢力圏だった市、当時の怪人コンセプトは虫だ。虫怪人の勢力圏がすさまじく、動物系などの他種族の居場所はほぼなかった。虫怪人の主導のもと、激戦区は他種族系の怪人を投入したりもする。
そんな元ノヴァの勢力圏にしては、様々なコンセプトの怪人がいた。
八千代の介入によって、虫怪人主導を進めたものたちが殺害されたからだろう。
おかげかコンセプトが違う悪同士が対立した、乱世とかしたわけだ。
その結城市内での争い。自治体規模の戦争。市そのものをめぐる元ノヴァ同士の争い。
様々な闘争があった。その生き残りたちが集結していた。
怪人たちは消えかけた中央の車線を基準に立っている。その車線から見て、片道射線の端に数体ほど並び、逆側も同じように並ぶ。
ただ並んだ位置が違うのは理由がある。
降伏した勢力の主が違う。
また怪人が前列を示すならば、道路の二車線の端、歩道側に並ぶのは人間だ。鼻を抑えるものや、悪臭に苦しむもの。気を失いそうな人間。吐き気を催す人間。まともな感性をもち、悪に与した構成員たちだ。
ガードレールにかけられた腐乱死体。
その死体を直視する形で、道路へ向きなおらされる。
視線の先には勢力の主たちがいた。中央車線をまたぐことなく、境界線としたうえで対面する形。
一体は蛙の怪人。シルクハットをかぶり、渦巻き状のキャンディを思わせる杖。巨大な魔力を隠すこともない。圧倒的力が本能を刺激する。脅威さならこの場の誰もを圧倒するだろう。その隣にたつは、周辺勢力でも有名なものたちだ。
羽アリの怪人。鵺の処刑人と呼ばれるものがいる。それが後ろに手を回し、両足を軽く広げて立っている。
提灯を頭部からぶらさげたアンコウベースの化物、提灯怪人だ。鵺の同盟相手、パンプキン。居心地悪そうに立っている。
それと対面するのが無の少女。感情も表にださず、冷静な視線だけを残す。人形のように物静かであり、涼し気ですらある。周囲の圧力にすら平気そうだった。
誰よりも弱い、存在。降伏した悪の人間の構成員にすら負けるほどのものだ。
そのくせ弱者らしからず、相手にのまれない。自分の世界をどこまでも繰り広げ、強者を相手に臆することもなかった。
ただ手にもつお菓子がじゃまだ。
包みを広げて、つまんで口に運んでいるため、口元がもごもごしていた。
もごもごして、飲み込んだ。食べ終わったのか、包みを丸めて閉じた。肩越しに包みを差し出し、背後からの手が受け取った。受け取り主は銀髪の令嬢だ。受け取った後、数歩引き少女の背を見守る形。
誰よりも弱いくせに、この場を圧倒する化物たちをこき使う。
化物を支配する最弱。
院長だ。
その護衛は銀髪の令嬢だけでない。
少し後ろにたつは、凶悪面の男だ。団長と呼ばれるものが院長の左隣にたっていた。その真後ろにたつ銀髪の令嬢。
ほかにもいる。
院長の隣には植民地とアピールした勢力、三和王国の首領が立っていた。ピエロの怪人、ピロット。
八千代の勢力は何ら変わらず堂々としている。しかしピエロは違うようだ。居心地と対面するティターノバの圧倒的強さに怯えたか。震えすら隠せないようだった。また八千代勢力の僅かな身じろぎ一つでも体を反応させているようだ。
この腐乱死体が見守り、新しい死体が転がる環境下。周囲には怪人がいて、結城市の降伏した悪たちがいて、八千代の勢力がいる。
二大勢力が結城市を勝手に二分化する話合いだ。強者のエゴが弱者の領地を勝手に分けていく。これに対し不服をもたない結城市の悪ではない。だが見守るしかない。
最弱が率いる化物たちと。
周辺最強が率いる化物たちと。
どちらを敵に回すかを考えれば、余計なことを考えないほうが楽だった。つまるところ思考停止。結城市の悪たちにとって、これらを敵に回す気など一切なかった。
最弱の院長が口を開く。
「結城市は半分もらいます」
無の視線が大怪人ティターノバをとらえ、宣言。
「鵺のほうが領地を多くとったがね」
ブラックホールのような黒の目。どこまでも呑み込まんとする目が弱者を睨む。それを冷笑で返す少女の強かさ。人形が冷笑し、蛙がむっとした顔をする。
剣呑とした抗議のようにも見える。
結城市の悪たちが見守る中、両者は互いに矛を収める。長話は必要ないのだろう。
半ば諦めのごとく溜息を吐く鵺の首領。やれやれといった風に肩をすくめてみせた。
「わかっているとも。八千代に半分くれてやると。小山市に面した部分と筑西市に面した部分はもらってよいのだろう?」
「八千代よりの部分と古河市に面する部分はこちらが」
それ以外の領地は仲良く分け合いっこ。元結城市の悪が感じる複雑な思い。自分たちの領地が他人に切って取られる。気分が良いものではなかった。
だが生き残っただけでも行幸。
その勢力に組み込まれただけで儲けもの。
これが強者のエゴだ。
それが弱者の務めだ。
どうにもならない現実だけが押し付けられた。
八千代の代表と鵺の代表による会話は数分で片付いた。互いの会話が終われば、数十秒ほど無言が続く。この冷めた空気に耐えかねる悪たち。この一瞬で殺し合いが始まっても仕方ない。これが地方の実情だ。
互いのトップがいて、狙えるのだ。
襲撃、奇襲など悪は平気でする。自分たちがするから、他人もするといった考え。
だが殺し合いは起きなかった。
蛙の大怪人がゆっくりと離れだしたからだ。視線だけは八千代の代表を眺めながら、道路の車線をたどっていく。その動く姿をみて、院長も背を向けた。視線は向けず、気にした様子もない。
最弱の堂々とした姿。
蛙の疑うような様子。
蛙がやがて院長から視線を外す。院長は初めから視線を合わせていない。互いが離れだし、声が届く限界の距離あたりで、二者はいう。
人形が口を開き。
「さようなら」
「さようなら」
蛙も合わせて返す。淡々とした物言いの中に含まれたもの。互いは同等の力をもち、決して引くこともない。
二大化物が覇者の風格をもって、この場を去った。残された悪がようやく動き出す。対面にいるものに警戒をしながらだ。同じ市内のものであっても、敵同士。元々仲間の勢力圏であっても分裂した時点で敵。
鵺と八千代に分かれたものたちが終始睨んで、去っていく。行く先は互いの代表の後だ。追従し、この場に残ったのは腐乱死体のみだった。
院長が鵺との会談を終えて一息つく。軽く手を伸ばして、軽く息が漏れる。足を止めた先は、壊れた市街地の一つ。比較的ましな道路の前まで戻ってきた。院長の私物、車が置かれた地点だ。見渡せば、半端に砕けたアスファルト。縁石も容赦なく砕けちり、街灯らしきものが粉砕されて地面に転がっている。
木々を横なぎに倒し、めくれた土壌が覆いかぶさっていた。
建物群も住宅地も崩れたものばかりだ。廃墟という言葉すら生ぬるい。
地獄絵図だった。
院長がそれらを心にとどめていた。そのせいだろう、背後にぞろぞろと追従する勢力たちを気にしなかった。隣にいる相手すらも視界にいれようとすらしなかった。
隣を歩く三和王国のピエロ。
八千代の令嬢がピエロとは逆の隣を歩く。背後には団長が前方、後方を殺気で威嚇しながら追従。
複数の八千代の武力集団が二手にわかれてついてくる。団長の後を続くのが数体。その間に挟まれたものたちを挟むように最後尾を数体が警戒。
二手に分かれた武力たちに挟まれたのが結城市の悪たちだった。
魔獣騎兵はこの場にいない。制圧した地域の治安維持活動。悪側残党もいるだろうが、本当は人間同士の争いを回避するためのものだ。ただ人間同士の争いであれば、数が圧倒的に足りない。八千代の人間武力では同じ人間ということで暴走に歯止めは聞かないだろう。
異業種、怪人らしい怪人が治安維持に回ったほうが早い。
言葉が通じて、通じそうにないやつらが一番馴れ合いを防ぐ。同じ民族、同じ人種同士であれば文句やクレームが多発する。だけど他民族、他国の人が相手だと文句もクレームもほぼない。馴れ合いから生じる上目線が物事には大きく作用する。
院長が視線を向ければ、結城市の悪が体をびくらせる。
八千代に下った結城市の悪は飛行をコンセプトとしている。鳩部隊よりも圧倒的に勢力も実力も劣る。だが飛行を一応は担えるため、それなりに使える能力だ。
「スズロさん」
呼ばれたのは雀をモチーフにした怪人だ。薄い赤みを混ぜた茶の体毛が全身を覆い、背には体格と同等の羽が折りたたまれている。口元の小さなくちばし、鋭い目だが、常時のため細めのようだ。目元に黒ぼくろのような模様。
呼ばれたことで、道を譲るよう団長が脇によった。開けられた道をスズロたち、結城市の悪が進んだ。院長との目線が届く距離まで近寄ってくる悪。それを脇によった団長が片手をあげて静止させた。
院長が静かな視線を送る。
雀の怪人がすぐさま傅いた。条件反射のようにだ。人形のような目線が届くと弱者らしく応じてみせた。また背後のスズロの部下も同様に傅いた。
皆が皆、怯えは一緒のようだった。小さなくちばしが閉じきれず、ぱくぱくと動いている。羽がばたつき今にも逃げそうだった。
「八千代が結城市を奪いましたが、何か異論は?」
「ございません!」
勢いよく声をあげたものだから、怒鳴ったようにも聞こえる。眉間にしわをつくった表情を作る院長。耳に大きな音が流れたものだから、許容できる範囲を超えただけだ。耳がきーんとなって、我慢しているだけだ。
だが院長の僅かな変化が雀怪人スズロを大きく震わせる。
院長は弱者であり、八千代の化物を支配する化物だ。
そんな化物の気分を損ねることは、死に直結する。
怒っていない院長と死を覚悟した様子のスズロ。
小さな勘違いがここで起きていた。院長は気づいたが、あえて訂正もせずつづけた。
「結城市の行く先は教えてあげれません。でも、スズロさんたちの力が必要です」
耳がようやくきーんとしたものから回復していく。音の入りが悪かったのが、治れば表情も戻っていく。
少し歩み、スズロが傅く前に立つ。
見下ろす感情のない目。
人形のような表情。
「協力してくれますか?」
冷酷なほどの無が、怪人を見下す姿。八千代の化物を手駒に、ロッテンダストを支配する人形が表舞台に立った。
「…」
スズロが反応を返さない。院長が訝し気にすることなく、見下し続ける。スズロは口をひらいて、ぱくぱくと動かしている。しかしながら音がでない。喉奥に空気でも詰まったのだろうか。返事がないため、院長はスズロの部下たち数体に視線を向けた。
全員が地面に視線を勢いよく向けた。だが少しばかり目線をあげ、上司であるスズロの背中を見ていた。注視するのと同時に焦る様子も見て取れた。
スズロへ返答することを急かしている様子だ。
返答がないのが数十秒続き、殺気がこの場に満ちた。周囲の八千代のものたちによる殺気。院長が背後に横目を向けた。凶悪面の男がロングソードを引き抜き、銀髪の令嬢が右手に炎を出現させていた。また数名の部隊も同様にロングソードを引き抜いていた。
すぐさま制圧にかかる準備を殺気と共に展開。
圧倒的強者による殺気にスズロたちが、がたがたと震えだす。声にもならない悲鳴が場を満たした。しかしながら、院長が肩越しに伸ばした手が止めた。
「脅せなんていってない」
つまらなそうに院長が言葉を告げた。
抗議の目線が武力集団たちに届く。武器や魔法をしまいだす一同。それで収まることを院長は知らない。冷徹な目線を全員に送り出す始末。
銀髪の令嬢が目線をそらす。
凶悪面の男が頭をさげる。
複数の八千代の武力が院長の指示通りに動き出した。
圧倒的手際さだ。できるなら初めからおとなしくしていてほしい。そう思いつつも院長が溜息を吐いた。再び、スズロたちへ向き直った。
強者を目の前で従わせる風格。
堂々とした振る舞いが立場を悟らせてしまう。軽く屈んで目線を相手へ合わせた院長。
「あたしたちと共に」
これ以上は言わなかった。二度も与えるほど甘くはない。もし答えなければ必要ないと判断。即座に武力をもって排除する。
これが院長の答えだ。
だがスズロは期待に応えて見せたようだ。院長の機嫌を損ねないようと、ゆっくりと嘴を開いた。
「もちろんです」
歯向かう気などないのだろう。粛々とした物言いで雀の怪人が応じた。緊張が走っていたため、言葉にならなかった。そう判断した院長は立ち上がる。
風が吹く。
髪が風によってなびいた。弱い自然風だ。髪が多少舞い上がるだけのもので、前髪は手で抑えた。すぐ止んだ風。
忌々し気に吹いた方角を睨みつけた。
「鬱陶しい」
小さな表情の変化でしかないが、鬼気迫る変化にも思えた。自然風、ささやかなものに対しての反応ではない。
余裕があるものとしては間違った態度だろう。
物事の順序に基づき、院長も自分の失敗に気づいた。
また視線が集まっていたのに気づいた。自然風ひとつで態度を変化させたのは失態だ。取り繕うことも諦め、そのまま応対。だが権力者の変化はいつだって周囲を威圧する。
急激に変化した機嫌の悪さ。
その視線が三和王国ピロットへ向いた。
ピエロが院長の睨みに即座に屈した。
「なにもありませんでした」
ピロットの慌てての取り成しだ。傅くことはしなかったが、両手を大きく上げ降参を主張。院長は一瞥したのち、他の悪へと興味を移す。結城市側の悪へと向けられた視線。
その代表雀型怪人、スズロが応じる。
結城市の悪は頭を下げて見せた。スズロが頭を下げれば、手下も同様に合わせて見せた。院長が無言のままの圧を態度で示す中でだ。
「なにもありませんでした」
スズロが傅くまま告げた。頭を下げて視線を地面へ落とした。ピエロとスズロの統一された意見をもって、院長はうなずいた。
「はい」
何事もなかったように院長は答えてみせた。機嫌が悪かった様子から、無へと再び戻る。仏頂面のまま次のように語る。
「あたしたちは鵺との競争戦争の最中です。数的にはこちらが不利です」
院長が告げる内容は、この場のものたちにとって、よろしくない内容だ。だが誰も変化はない。黙って聞いていた。
「鵺のやり方は組織の同一化。あたしたちのやり方とは違う。異なる組織を鵺に合わせたやり方、独裁方式です」
鵺の拡大速度は早すぎる。元々八千代がおぜん立てしたとはいえだ。侵略と支配を行い、同時に成功させる力量。かつての支配者の残党をことごとく根絶やしにしたわけでもない。侵略して配下に加えたものたち、吸収した力を維持したまま次の戦線へ。
その組織制御力はすさまじいものだ。
支配した地域を鵺のルールに従わせる。
言葉では簡単だが、命には命ごとの思想やルールがある。それを鵺のやり方に統一して、時間を立たずに次の戦争にするのは非常に難しい。
宗教問題、経済問題もそうだ。自由主義の民や社会主義の民の思想が異なるようにだ。国家主体の考えと国民主体の考えもそう。それらを鵺の一式に組み込んでいくのは至難の業。
いくら茨城の一自治体だとしてもだ。
そこを支配する悪は怪人を有している。
怪人の怖いところは一体が壊滅的な被害をもたらすことだ。それらが複数いる。また怪人は人類と違い、効率主義も新自由主義も関係なく動く。感情と本能だけで動くのだ。急に大量虐殺などしてもおかしくない。
怪人は暴走する。人間とは異なる、感情や本能が優先される生物だ。価値観を人間と共有することもできない。理解ができない化物だ。動物よりも判断が難しいかもしれない。昆虫の本能よりも多動で、動物の理性よりも先行する。
自分勝手にして、制御が効かない化物。
しいて言うなら年齢一桁の人間の子供に力を与えた感覚に近い。
理性が非常に乏しい怪人も多い。
それらを制御するは力。
圧倒的な武力をもって、生存本能を刺激してのみ支配できる。
「鵺の首領、ティターノバは怪人のくせに、人間らしさもあります」
鵺の大怪人ティターノバは珍しいことに理性が上にたつ。院長の観察はそう告げている。この場の誰もがそうだ。ピロットにしてもスズロにしてもだ。理性がたつから虐殺をしない。感情が先に立つものは弱者を甚振り、とりあえず殺すことをしてしまう。
殺した後に残るのは死体と虚無。
無駄な労力で殺しても、何も残らない。人間という知的財産を失えば、労働力も知恵も手に入ることはない。旨く利用して自分たちの力に組み込むのは常識だ。
それができるからピロットもスズロも生かし、勢力圏に組み込んだ。それぞれの異なる組織と自治体によるもの。
それを統括するのが院長だ。
「怪人クラスの力をもって、人間並みの理性と知性をもつ大怪人。この鵺の統制は異常なほどに優れています」
鵺は巨大で、理知的だ。
ティターノバの強大な力はアピールしつつも行使しない。
生み出した配下に力を行使させている。配下の怪人と首領が自ら作成した怪人。これらの齟齬があるとすれば、怪人らしさを出していないことだ。力を誇示し、感情や本能の赴くままに暴れるといった感じにだ。
怪人は暴走するものだ。どう理性的にあろうとしてもだ。
その強大な幹部たちは怪人のくせに理性が効く。
力におぼれず、大虐殺に入らない時点で十分理性的だ。
だが圧倒する力は平気で使うし、侵略も支配も敵対者の排除は容赦がない。理性と暴力の狭間を行き来してくる悪。人間からすれば理解しやすく、怪人からすれば自身の力のアピールにもなる。
怪人は力を使いたいし、暴れたい。殺したいといった最低な野望。
人間は能力を発揮したいし、静かにもくらしたい。殺し、殺されの世界からの脱却を望んでいる。
人間と怪人のお互いを理解しやすくさせた構造社会。学べば組織理念が手に取るようにわかる。
鵺の理念、自由。
独裁主義にして、自由をもって成立する。もちろんルールの元での自由だが、基本的な考えは崩壊前の政府がしていたことと同様。怪人にしても同様だ。力で支配され、統一されたルールを強制的に守らせる。
それらを管理する3幹部
鵺の処刑人といったプロパガンダ。
大怪人ティターノバが強大で、独裁主義。崩壊前の政府と同様に支配下のものは自由。いくら怪人があばれようと首領にはかなわない。幹部にもかなわない。そもそも幹部たちや首領に反逆する前に処刑人が排除。
圧倒的武力の行使を内政でしている。その苛烈さが怪人たちの心をひきつけ、従わせる。圧倒的強者たちによる統制。
「あたしたちは鵺とは違うやり方しかできません」
首を軽く横に振る院長。
八千代のやり方は鵺みたいなことはできない。鵺のように怪人がいるわけじゃない。強力な戦力においては鵺と変わらずにあるというのにだ。
ロッテンダスト。
団長、副長。
24もいる武力集団。
圧倒する少数精鋭が鵺とも渡り合う。
町一つを守るならば過剰な武力、だけどもだ。支配地を増やすならば余りにも少ない数だ。支配するための戦力、管理するための戦力。全然足りない。
支配など数が足りないが、滅ぼす戦力は必要以上。
鵺のような戦力数はない。自分たちのルールに従わせる強引なやり方はできない。その支配を八千代がするとなるとガタが来る。
「三和王国さんのように、自分の土地は自分たちで管理。現地の人による自分たちのための組織を作ってもらいます。それらを八千代を中心とした連合に組み込むしかできません」
八千代が人材をあまり出さずに済む、現地主義だ。
元の支配者を駆逐した後、新しく支配者を挿げ替える。八千代の都合のよい人材にだ。されど現地には現地のルールがある。そこも踏まえて考えなければいけない。
自分たちで管理せず、現地のものにやらせるルール。
植民地。
植民地制度を各自治体ごとに設定。そこに付属する命令権、財政面などの権力を八千代の意のままにした支配。組織としては脆くなりやすいが、責任問題や管理問題を考えれば遥かに安い。
自分たちで管理する場合、現地のものからの恨みもかう。現地の者に管理をさせれば、恨みつらみは全部現地のものへいく。最終的な支配者への被害は少なくなるといったものだ。
人間の心理的、経済的コスト、安全面的コストも含めれば安くなる。
圧政をしけば崩壊する。いくら八千代が強くても永遠に強くはない。
緩和的かつ融和的にの方針を立てていた。
「結城市には申し訳ないですけど、今のところは八千代が介入します。ここまで自治機能が崩壊してると、さすがに厳しいと思います。なので一旦八千代が介入した後、しかるべき対策をうって現地の方にお返しします」
半分かつされた結城市。それらもインフラどころか生存も難しいほどに基盤が崩れている。元々支配していた悪たちが管理をしていないからだろう。弱者は弱者のまま奪って殺すしかしていない。生かすことも残すことも考えていない。
茨城に住む人間、現地のものというより余所者が多い。
余所者を怪人という余所者が圧政をしく。それで縊り殺すだけのことだ。
これらの奪い奪われの連鎖を八千代側で修復し、管理は結城市の現地に住む者たちへ返す。その院長の言葉にスズロたち結城市の元悪が黙って頷くだけだった。
院長はその様子も観察したうえで考察。
奪って奪われの繰り返し。
ほとほと心底呆れてしまう。
その点、三和王国は賢いと院長は思った。
初めから八千代に降伏することで、こちらから手を出しづらくなったからだ。本来であれば支配者を挿げ替えて有利にするはずだった。ほどほどに賢く、ほどほどに無能な奴にだ。しかしながら、八千代が手を出す前に独立しての降伏。そうして自治権を確保するに至ったピエロ怪人。
八千代の武力を軸に生存を図っている。
また戦争していないことによって、恨みも辛みもない。
八千代にとっての片腕に近い立場を手にしたわけだ。内政やトップのものに口を挟むことはできなくなった。
「三和王国さんはそのままでお願いします」
院長の思考する先に、茨城の獲得戦争が激化することを確信。
領地の立ち位置的に筑西を取られ、結城市の半分を奪われている。下妻も坂東市もだ。茨城方面に乗り出すルートがほぼ潰されている。半ば蓋をされた形だ。これ以上西に行けば一都三県が目の前に立ちふさがる。県西付近に位置する八千代と下妻。
「伝えるべきことは、いっぱいあります」
幾つもの課題がある。悩める思考と共に今すべきこともある。これらを含め人生とは順調にいかないものと実感した。
今は安定だ。八千代の勢力権を拡大するのもそうだが、安定した環境を作ることだ。
「ですが一つに絞るなら」
院長が唇をかむ。乾燥しかけた唇を濡らし、言葉をつづけた。
「裏切ったら殺します」
脅迫をもって、この場を震えあがらせる。無表情で殺伐とした言葉をもって制す。遠回しな言葉では怪人に届かない。絶対的にわからせる劇物でなければならない。
殺すといった上目線の圧力。
八千代の戦力なら片手間でできる。滅ぼせる。八つ裂きにしたうえで、晒すことすら可能。実際院長は似たようなことを指示したこともある。ロッテンダストに命令を出し、怪人を半殺しにしたまま放置といった指示をだ。
ただロッテンダストの半殺しは、上半身だけにして下半身は引き裂くといったものだった。死なないように傷口は丁寧に加工して、長時間の死んでいく恐怖を味わせた。また晒すことで、ロッテンダストの所業を周囲に見せびらかした。
院長が望んだ半殺しは、当分動けない程度の暴力。
ロッテンダストが意図を察したうえで余計なことをした。性格の悪さによる、わざと死ねない程度の悲劇を作ったのだ。
ロッテンダストの悪行は周囲にとって地獄そのもの。
それを指示したのは院長。風評流したのはロッテンダスト。
院長はロッテンダストすら上回る外道となっていた。そう評されているのを知って訂正はできなかった。誰も院長の言葉を信じないだろう。また会話自体が成り立つ環境でもない。暴力と死が連鎖する中で奪い合う。
その風評を利用すれば、悪を束ねる強さとなる。院長の殺す発言の後、悪たちの気配が変わったからだ。全員が肩をふるわせ、隠そうとする。そのたびに隠蔽の反動が体の一部で起きる。スズロの羽が羽ばたきしだした。ピエロも口は閉じているが、自身の両手を合わせた手に力がこもった様子。
院長の言葉がこれら化物を制したわけだ。反応を確かめ、成功したことを確信した院長。
「皆さんから伝えたいことは?」
院長が静かに尋ねたが、返ってくる返答は沈黙だ。静寂と共に起きる無が意志と判断。
「なら、解散といきましょう」
院長はそうして話を閉じた。
ピロットへの護衛として副長である令嬢を。スズロたちへの護衛として団長を。その他の武力たちは周囲の警戒をさせた。その間、院長は一人だった。さすがに一人になるといった際強く反発を受けた。団長、副長および武力たちも同様に猛反発。
ピロットもスズロも同様だった。ただこの二体に限っては八千代の武力たちが殺気を容赦なく飛ばすものだから合わせた感じだろう。下手な返答すれば首が飛ぶ。その圧と勢いが場にはあったからだ。
だが目線で黙らせた。
全員を感情のこもってない目で睨みつけた。
そうすると誰もが意見を言えなくなった。
渋々と指示に従い、この場を去っていく。ピロットもスズロもその護衛に回したものたち。周囲の治安警備と称して送り出した武力たちもだ。
皆が皆、院長に逆らえない
その武力たち、周辺を制するピエロや雀の怪人たちの姿が遠くなっていく。その背を眺めていった。姿が消えるころに、院長がほっと溜息をついた。
この場にいるのは院長のみだ。
「やっと」
先ほどまでになかった疲労感。零した重いとは裏腹に、感情が残らない無表情。
立てて合わせた両手で口元を覆う。ため息を両の掌に吐いた。静かな吐息に湿ったものが手に残る。多大なストレスがかかっていたことを悟っていた。
「一人になれた」
張りつめた心を、そっと降ろす感覚。幾ばくもない僅かな一人時間。この一時だけは院長だけの空間。背負うものの重さから解放されていた。
ネタバレします
院長の戦闘力は強くしません。魔法少女とかにもしません。特殊な力に目覚めたとかもありません。一部を除き、作中最弱です。あがき続けるだけです。どんなことがあっても、弱いままです。
ネタバレ終わりです。




