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少女でおじさんな悪 19

 恨みつらみはあった。感情の思いつくままに叫んだあと、僕は冷静になった。吐き出したい思いは沢山あるけども、時間は有限。この思いに蹴りをつけるべく、部屋に山積みとなった死体の対処をすることにした。




 一人では効率が悪い。




 このビルに現在いる人物。




 高梨を呼びつけた。僕が呼びつければ、慌てて駆けてやってくる。小太りのためか、腹部がやたら揺れている。だけど真摯な様子で職務を全うする大人の姿だ。短い距離でありながら、部屋前までで額に汗をかけていた。








 戦闘があったことは理解しているようだった。無事かどうかを聞かれたけど、誤魔化した。破壊音、戦闘音を訪ねても聞こえなかったそうだ。僕が部屋から一向に出ず、壁に耳を当て音を探っても何も聞こえない。只事じゃないことを察したそうだ。




 だからか部屋に対して、強い警戒心を持っていた。僕は安全とだけ告げ、扉を開けたまま部屋に入る。心の準備だけをするよう告げてから、中へ呼びかけた。僕の声に誘導され、準備を終えて中を覗き込んだ高梨。




 すぐに愕然としていた。部屋の荒れ具合もそうだ。そうだけども、すぐ目に付くのは死体の山。リーダーになった際の部下、スラムで過ごした周囲の人間たち。かつて息をし、会話を共にした姿はどこにも残っていない。命は途絶えていた。物言わぬ躯となって、山積みになっていた






 その凄惨な光景が刺激したのだろう。




 口元を押さえる姿。吐き気を催したようだった。すぐさま駆けていく。更衣室のほうへ走っていった。その背を僕は無心で見守った。やがて数分後戻ってきた様子がげっそりとしていた。部屋の様子を見るのが嫌なのだろう。非常にぎこちない行動だった。




 本心が拒絶をしているけれど、義務感が動かす形。




 僕は高梨の様子を見て、無視した






 部屋を片付ける旨だけを伝えた。




 黒基調のドレス、くすんだ灰色の王冠。ロッテンフォームへと姿を戻し、死体を一体ずつ降ろした。そのまま遺体を探り、所有物だけをよそにおいた。死体の懐などを探る行為。高梨が僕の行動に非難する気配を見せた。顔を見なくても、大体が気配でわかる。




 窃盗行為と勘違いし、諫めようとするものだ。




 変なところで善良だなと思う。




 死体の横で両膝をひきながら、懸念を払しょくすることにした。




「人の私物を盗むほど、落ちぶれてないよ。たとえ死んでても、僕の部下だったんだ」




 死体に手を当て、黒炎が噴出。死体を腐敗の炎が包んだ。その瞬間に腐敗臭が出てきそうだった。だけど時間はかける気はない。匂いすら残さないように一気に肉体を腐敗。塵となる現象を数秒以内に加速。




 肉体は滅び、骨だけが残った。




 それでいて脆い。




 骨の一部、あばら骨に触れれば、崩れ去る。砂のように塵が床へ散らばった。






 僕は財布を手に出現させた。変身前に持っていたものは、念じれば出せる。安物の財布。黒の牛皮財布だ。あちこちほつれていて感慨深さもある。カード類を抜いたあと、高梨のほうへ放り投げた。






「骨壺24個と線香を買ってきて。少しぐらいならちょろまかしていいし、お金抜いてもいいよ」






 そういって僕は骨をぐしゃぐしゃとまとめていく。横から伸ばした両手は足から胴体部分の骨にそえられた。あとは中心へ引き寄せた。脆すぎる骨が塵となりながらも破片が一か所に集まっていく。残った部分も同様にしていく。一か所に集められた欠片と塵。






 一人の骨をまとめた山ができた。その山頂に事前に抜いた私物を乗せた。




 一人分が終えてなお、高梨の視線が届いている。僕は向き直ることもない。




「僕の代わりに君が死体を片付ける?」




 催促をしたら、高梨は慌てるように部屋を出ていった。先ほどまでの視線は指示が聞こえなかったか、理解が及ばず混乱していたかの二択だろう。人間案外単純な作業でも頭が混乱することある。こんな死体の山があって、一人を骨にしてみせた。それを見て状況に溶け込めるやつなど少ない。




 廊下へどたどたと走っていく音が響く。その音が反響していくうちに2人目を降ろす。一人目の灰の真横あたりに寝かせた。先ほどの応用で骨にかえ、一か所にまとめて山をつくる。まとめる際の塵も同様。






 そうした作業で全員が骨と化していく。




 弾丸で撃ち殺した際の灰もまとめておくのを忘れなかった。








 骨壺24個。死体の数24人。買ってくる時間は結構かかっていた。僕が全員をそれぞれまとめ終えてなお、帰ってくる気配はなかった。骨壺といっても販売場所など限られている。それに気づくのが遅れたけれど、高梨は力が常人と変わらない。一度に持てる数は少ないはずだ。二階に上がった様子はないけれど、耳をすましてみれば一階での物音がしている。




 買った荷物を一階で降ろして、また買いに行く。何回も店とスラムを往復してビルへと運んでいるのだろう。








 仕方なしに僕も一階へ降りる。階段を降り、通路を渡る。一階エントランス入り口に大型のビニール袋が複数おかれていた。袋の中身を覗き込めば、大型の箱につまったものが数個入っていた。一つ手に取り中をかけてみれば、紙が何重にもくるまれたものが入っていた。めくり、中身が骨壺なのを確認。




 僕は箱をしまい、袋へと戻す。




 大型のビニール袋を持てるだけ手に持ち、先ほどの部屋へもっていく。来た順を戻り、部屋へとたどり着く。廊下側で足をとめ、大型の箱と骨壺の包み紙をとった。とったものは廊下へ放り投げておいて、部屋へ骨壺だけを運んだ。






 骨の破片や塵を骨壺につめていく。骨壺には死体の名前をマジックで書いておき、私物は骨壺の前に置く。一人に一個ずつまとめて部屋に並べていく。骨壺を何個もうめて、何個も順序良く部屋へと並べる。その作業が終われば一階へおり、骨壺を二階へ持ち上げる。あとは繰り返しだ。全員分が終わるまでひたすら繰り返す。






 高梨が最後に二階へ上がってくる際に手にしたもの、線香があった。そのころには僕は変身を解除しておいた。白衣は黒く染めておいた。帽子も外しておく。年若い容姿、それに見合った艶のある白髪がなびいた。




 ロッテンダストではなく変身前の姿。




 少女姿の僕を見た際、高梨が仰天していた。部屋の前から僕のことを何度もチラ見していた。壁に体を隠して、探るようにだ。時折天井を見ていた。ロッテンダスト時の姿とのギャップ。印象が違うのだろう。良くも悪くも外道魔法少女である以上、こんな姿とは思っていなかったようだ。




 見た目だけなら、見るものを魅了する少女だ。白髪なのも印象的だけど、老いなどと無縁の若さ。明るく笑えば、周りを引き込むほどの魅力。




 こんな少女が外道をするわけがない。




 そういう風評と印象操作を残す姿。






「線香貸して」




 高梨の反応が予想通りだった。このままだと時間がかかるため、高梨に告げておく。手をあらかじめ差し出しておいた。受け取るよう意図した手だ。僕にいわれ、はっとした様子で部屋の僕へ急いでやってきた。僕が差し出した手に線香の箱と財布をのせていた。






 受け取った後、箱をあけて線香だけを出した。箱はそのまま廊下へ投げておいた。財布はしまう前に、中身を確認。レシートが数枚入っていた。レシートに記された金額と財布の残額。使用された金額があっていて、減った金額も数字の変動にあっていた。




 抜かれていない。




 あまりにもつまらないので、財布から3万ほど抜いた。あとは懐へしまう。僕の変身前になれないのか、何度も横目で見てくる男。その高梨の手をとって、三万をにぎらせた。あとは無視。渡した後は背中を向けた。




 その背に再び仰天の気配が届いたけど、無視した。






 手にした線香に魔法で火をつけた。




 一気に着火させる気はなかったけれど、加減がわからず一気に炎が噴出。線香全体に同時に火がいきわたってしまった。ただ形もギリギリ残り、白い燃えカスが手からこぼれていく。風魔法の応用で、扉を操作。気圧の変化によって扉がばたんとしまった。




 その様子に高梨はびくりと跳ねた様子。






 床に順序良く並べた骨壺。骨壺には名前が書かれ、正面に私物が置かれている。その中で僕たち二人はたって、見守った。線香が燃え尽きるのは早く、匂いが充満するのも早かった。死の匂い。線香が導く静かな死の香りは、沈黙を引き起こす。








 手の中の線香は灰となって、掌の隙間から漏れていく。




 僕は手を離し、灰は周囲に舞った。でも僕たちにはかからない。風魔法が灰を空でまとめ上げ、ぐるりと部屋の隅をまわっていく。隅でまって、外周をただようよう回らせた。






「高梨さん」




 僕は骨壺から目を離さない。だけども出した声は真摯なものだ。




「ごめんね」






「え?」






 突然の謝罪に高梨が小さく驚愕を残した。でも無視した。きっと僕が謝罪する奴に見えなかったから、驚いたんだ。僕だって謝るほど素直な人間じゃない。だけどもだ、背負う以上役割があった。






「君の部下は死んだ。僕が雇った中で生きているのは、高梨さんだけだ。…いや、もう一人いるかな。でも君だけが生き残った。僕と深くかかわって、君だけが無事だった」






 高梨に依頼させた魔法少女の襲撃。襲撃が失敗し、とらわれた魔法少女。そのまま見捨てようとした際、高梨が救助の依頼を出した。10億の借金を背負ってまでだ。高梨の生涯給料を一日で軽く稼ぐ相手をだ。年下の若者というだけで、借金を背負う。




 その金額は決して返せるものではない。




 わかっていて、覚悟を試した。




 搾取はしているし、今後もする。




 その中でさらなる経済的困窮を担えるかということを問うた。それでもなお、依頼してきた。高梨自体善良なのだろう。本来なら年下の少女に襲撃依頼など出したくないはずだ。でも、出したのは仕事だからだ。年下の今と自分たちの環境。高梨が背負っているのは会社の皆だ。だから心を無理したはずだ。




 でも救助依頼は仕事じゃない




 その範囲をこえ、己の領分を大きく損なってもだ




 大人として、子供にみせる覚悟の有様を見せつけたのだ。




 決して本人に悟られることもなく、褒められない。






 僕は言わないだけで、高梨を尊敬している。弱者でありながら、矛盾を抱えて年下を襲撃者にした。罪悪感から救助を願う大人をだ。






「君だけは何をしてでも守るから」




 この僕の部下である限りだ。悪は傲慢だ。自分の手元にあるものを壊されると非常に苛立つ。この高梨は借金で縛ってなお、僕たちに従うそぶりをみせている。嫌がることもない。




 信頼できる人材だ。




 だから慈悲を出すことにしていた。




「君の借金は僕が払おう。浅田にはそういっておくから」






 10億の借金返済は肩代わりするといった内容。浅田と僕が同一人物である以上、そこに金の流れはない。この依頼自体がなかったことになる。そもそも数カ月払ってもらえば、どっかで金額を大きく減らすつもりだった。覚悟を聞いた以上、実際にもらわなければ、こちらの顔が立たなくなる。高梨の顔だって泥をかぶることになる。




 高梨がきょとんとして、その後笑みを浮かべた。




 その動作に僕が首を傾げた。




「何?おかしなことでもいった?」




「い、いえ。自分たちは人間扱いされていたんだなって。ずっと捨て駒だと思っていました」






 手を顔の前でぶんぶんと振る小太りの男。高梨はそういいつつ嬉しそうだった。こんな状況でも笑える心の強さ。




 高梨が続けた




「スラムの人間は死にます。社会にも復帰できない。どうあがいても普通には復帰できない、こんな地獄。誰かを救えば、当たり前となって要求されます、誰も助けてくれない。社会から転落したら最後です」



 情報社会はマイナンバーに経歴が残る。犯罪者は永遠に社会から除け者だ。加害者も被害者も同様だ。



 感慨深い。実感がある重みを高梨は出した。






「スラムに墜ちた時点で、自分たちは死んでいます。救い上げたのは貴女たちです。浅田さん、ロッテンダストさん、院長さん。他にも社長がいますが、貴女方がいなければ、助けてくれませんでした」






 社長、商人のことだ。もと暴力団である以上、弱者を搾取する側。今は社長として面倒な実務を丸投げしている。その社長の管理は院長がしている。逆らえば院長の判断によって処罰がなされる。一都三県は正義以外、誰も他人を救わない。だけど善意は強要し、当たり前とさせる風習が残っている。






 だからと高梨が言う。






「貴女たちだけが、自分たちに本気でした。真摯に向き合ってくれました。使い捨ての駒だったとしても、与えられた社会復帰は、決して嘆くものじゃない。部下はわかりませんが、自分はいつでも捨てられる覚悟がありました。でも捨てられたくなかった。必死に頑張ったのは居場所が守るためでした」



 ぼそりと高梨の瞳から垂れていく感情。言っているうちに心が抑えきれなかったのだろう。過去を思い返し、今を感じる心。その余裕ができたのは、社会に復帰できたからだ。その環境だって与えられたもので、慢心をする気はなかったようだ。






 本気で頑張るから、感情が渦巻くのを知っている。






 高梨は自分の感情に気づき、あふれ出す涙を手で拭う。






「嬉しかったんです。自分たちは捨て駒じゃない、人間扱いされていたって。部下たちの遺骨も骨壺にいれて、線香をあげてくれる。こんなこと、家族にすらしてもらえない」






 よかったと両手で顔を覆う。抑えきれない涙は両手の隙間をぬぐって垂れていく。




「部下も本望だったと思います」




 顔を隠しながら頭を下げられた。綺麗な角度で曲げた背筋。それを見下ろした。




 部下はただ殺されたと思う相手にだ。どうして口が動いてしまうのか。




「よみがえった部下を殺したよ」






 何で告げてしまったのか。知らず知らずのうちに、隠せないと悟った。いや、違う。本心は隠したくなかったと訴えている。この高梨は善良だし、借金を背負わされても必死だった。その真剣さに嘘をぶつけるのが嫌だった。




 沈黙と居心地の悪さが部屋を満たす。






 僕は何となく視線をそらしていた。珍しく感じる緊張感があった。だけども高梨からは何の気配もなかった。




 息を大きく吸う音が近くからする。そして、僕の前へ回り込んできた。高梨は意を決した様子をもって、僕のほうへ立ち向かう。






「ありがとうございました」




 今度も頭を下げられた。二度もだ。部下を救えず、殺されて、殺して。その連鎖をもって尚、高梨は頭を下げてきた。


 尋ねてもこないままだ。


 事情があることを察して、理由すら聞く気もないのだろう。





 高梨の態度に思わず、口ごもる自分。居心地が悪かった。




 努力は素晴らしい、あがくのは素晴らしい。素直なのも素晴らしい。どんなに失敗しても、どんなに地獄があっても、善良でいる男の姿。小太りの見た目はだらしがない。そのくせに対応が予想を超えてきた。


 僕は話を変えるように思考を切り替えていた。





「き、君の功績は素晴らしいものだった」




 噛んだ。この僕が噛んだ。でも高梨は気にしていない。だけど僕が気にする。白々しくも頬をかく自分の指。恥ずかしさが意外とあった。無理な話の転換に口が追い付いてくれなかった。でも、すぐ気を取り直してつづける。




「依頼をしてくれたおかげで、会社は法人税減税などを手にした。これも魔法少女救出を願った、君の善意がもたらした」






 片手を掲げ、高梨へ向き直る。




「ほしいものがあれば、できる限り用意するよ」




 望むのであれば10億を逆に渡してもいい。借金を背負った額をなかったことにして、逆に渡すのも一興。善意には報いがなければいけない。善意が褒章ありきに歪んだとしてもだ。最初の一歩は間違いなく、本人の意志。






 僕は微笑んで見せた。




 高梨は頭を軽く上げた。僕を見上げて、唇を閉じた。それからすぐに大きく開く。






「10億の借金は自分が必ず払います」




 掲げた手が力を失った僕。予想と違う。思わずだらんと下げた手を再びあげた。思わず、顔が引きつった。何とか優位性を見せつける微笑みも強張った。




「き、聞き間違い?」




 予想外すぎる展開に、この僕が尋ね返す。慌てたわけじゃないけども、口が回らなかった。






「借金は借金。報酬はそれを願います」






 微笑みが崩れ、理解が及ばず頭を抱える僕。変な風に善意がある、変わった人間だった。ここまで進むと逆に生きづらそうだ。






「理由を聞いても?」






「借金があるうちは、首にならないと信じています。それに子供を襲撃に利用して、何もないのは心が痛むんです」






 核心をもったように高梨が言った。僕は平気で首にする人間だ。善意ではなく、悪意によって動く。だけど借金は無くすといった以上、撤回はできない。でも報酬に借金を望むのも否定できない。悩みに悩んだ結果。






「雇用している間は、金をとらない。やめたりした際は払うのはどうかな?」




 これが譲歩。本来払わずに済むものを払おうとする。もし妥協する気がなければ、借金自体無くしてやる。その妥協案を高梨は数秒悩んだ後、答えを出す。




「それでお願いします」




 再び頭を下げられた。何度も大人は頭を下げる。年下と思える僕の見た目にもだ。厄介なものだ。本来ならプライドが邪魔して、若い人間に頭を下げるのを躊躇うのにだ。高梨は一切躊躇しなかった。




 この社会環境で、きっと地獄を見る人間だ。






「君みたいな人間は初めてだよ」



 初めてだけども、予想はできる。口に出さず、相手の覚悟だけを心で褒めたたえる。



 10億の借金は消えず、追加の報酬もない。善良で責任だけを背負うとする人材。世の中、こういう人間は搾取され、善意だけを強要される。


 だから皆は善意を捨てた。自分勝手になった。


 だけど高梨が善良なだけじゃないのも事実。

 


 スラムまで落ちたのは現実だ。自分勝手さを手にする機会があり、実践もしたはずだ。高梨が抱える本人だけの過去。居心地の悪さは生きるために仕方ないこと。誰かの犠牲が己を生かす。そうして罪悪感を抱きながら、誰かへ被害を出して生きていく。


 雇用されるまで生きてきた。そこまで命を紡いだことが証拠だ。誰かの犠牲が生じたことで繋げた未来。誰かの不幸が高梨を生かし続けた。スラムの人間全員そうだ。誰かを犠牲にしたくなくても、犠牲になるよう物事はできている。


 その不幸が己か他人の違い。


 現在の高梨が善良なのは、普通だからだ。文化的生活を行えているからだ。給料が安くても住居もあるし、電気水道といった文明に復帰できた。まともな環境ではないけども、スラムよりは遥かに上質な居場所。居場所を手にしたことで、善良さも姿を現したのだろう。


 雇用する前の高梨は、スラムの常識に従っていた。悪意にのまれていた。


 普通がなければ、人は善意を保てない。


 居場所がなければ、誇りを守る気もしない。



 弱者が悪となって、強者は好き放題生きていく。強者だけが質の良い教育を行われ、道徳も倫理観も培える。だが、そういう文化強者も弱者の暴走に負ける。自暴自棄のテロ活動などをされ、知的層の強者も餌食だ。


 強者も弱者も皆共倒れ。


 強者の基準は誰かに迷惑かけずに生きること。


 崩壊前の国民ができていた、常識。


 人を殺さず、殴られない。他人を無意識に信頼できる強者社会。


 今の時代の非常識でもある。


 世の中、いつ誰が被害者に合うかわからない。いつ誰が加害者になるかすらわからない。常に人生ランダム要素がはびこる、共倒れ社会だ。



 高梨は就職したことで居場所を手にし、善良さを取り戻した。その時点で弱者からの脱却ができたわけだ。だから失うのが怖いのだろう。


 惨めな悪事を働き、自分勝手なスラムの住人。



 社会人として仕事をして、誰かのためになる自分。



 最低の過去から脱し、ようやく常識も取り戻す。己の過去への反動が、善意に傾いた。悪事は目にもするだろうし、行ってきた。善意よりも悪意のほうが身近だったはずだ


 簡単に悪事ができるから、抑えがつかない。経験したことの再現は人間の得意とすることだ。


 善意を失えば、再び薄汚いスラム住人に戻ってしまう。そういう焦りと恐怖によるもの。だから善意に執着してしまう。悪意を恐れ、遠ざけようとする。



 10億の借金を消さないのもそう。


 その大金を背負えば、己に戒めができるからだ。



 二度と過ちを起こさない戒めとしてだ。



 だから僕の誘惑をはねつけて、必死に背負おうとする。間違えた人間だけの経験。更生しようとする様は格好が良い。




 悪事に染めてきた分、善意にのめりこむ。

 


 覚悟が気に入っていた。


 再び悪事へ誘惑する弱い心。人間の脆さを理性で耐えて、戦い続けるしかない。



 高梨は善意を取り込み、武器とした。その武器をもって、己の弱さと立ち向かっている。




 そう、人は変われる。

 


 覚悟と勇気があればだ。



 ダメ人間でも、立ち直る気さえあるのであれば。



 この僕のものであれば見守ろう。手も足も口も出さない。邪魔もしない。犯罪者の有無も関係ない。男女関係ない。人間かどうかも関係ない。


 無様を晒せ。地獄を見ろ。



 表面上笑うけども、覚悟を笑わない。失敗ごときで見捨てない。100回でも失敗しろ。100回じゃ足りなきゃ千回しろ。千回じゃ足りなきゃ万回でもすればいい。繰り返せばいずれ、成功する。


 あきらめずに、生き続ける。



 それだけでも強い証だ。


 高梨が無意識でしていることでもある。




「かっこいいよ」


 誰にも聞こえないようつぶやいた。高梨のたゆまない善意への取り組み。そこに尊敬の念を込めて、褒めた。


 この僕の部下である限り、否定しない。



 非効率で感情的で独裁的な思想。一都三県とは、真逆の思想が悪にはあるからだった。


 

 




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[良い点] 正義大好きおじさんな主人公。逆に新しい。 ああいや『悪の組織のトップ』としてはよくあるけどね正義大好きカリスマカンストイケオジとか。波打つ金髪鋼の肉体はデフォ。 [気になる点] この主人公…
[気になる点] 逃げる逃げるって言うのやめませんか?
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