少女でおじさんな悪 16
僕は指を鳴らす。勝ち誇った様子を表にだし、少し前に乗り出す姿勢になった。
「えー、ぼくぜんぜんしらなかったー。人が失敗をすれば、こぞって叩く一都三県が、まさか悪の手によって生かされていただなんて。悪に与するやつは敵じゃなかったのかな?悪が作ったものを食べて、悪のおかげで生きられて、悪を憎んで叩く人がいるって本当なの!?」
感情をこめず、棒読みだ。そのくせ白々しくも、勝ち誇ったままだ。
口早に言葉を紡ぐ。
「国もどきの法律では問題にならないの?悪に関する法律があったよね?あれれ?悪に関与した者は罪になるんだよね?知らずとはいえ悪が作った食料を食べてもいいの?ダスカルを逃がしたときは盛大に叩いたくせにね。一都三県の皆さん、僕よりやってること酷いじゃん」
楽しくなってしまい、言葉が止まらない僕。一方的に正しく殴れるのは素晴らしいことだ。愉悦気味に乗り出したまま嘲笑が加わっていく。
「悪が作ったものを買ってたら、ますます強大になるよ?自分たちが生き残るために、自分たちの敵のものを買う。経済支援じゃないかー。自分たちの敵を育ててるってほんとうですかぁ?」
ひたすら煽り続け、この場のものたちの空気が冷めていく。中年男性の怒りが強くなるのを感じ
つつ、周囲は僕の変化についていけない様子。
「じーこーせーきーにーんー。はーんーざーいーしゃー」
逮捕されて、拘束されて、機関銃に囲まれている。
兵士が多く駐在する都軍基地。
ほかにも予備兵員はいるし、問題をおこせば外部からも戦力を引き出せる。
「発言に責任をもつべきだ。悪を逃がしたら叩く以上、悪のものを食わずに生きて、有言実行してほしいものだよ。言ってること、やってることを一致させるべきだよ」
その中で煽り立てる僕の姿は異形に見えるのだろう。都軍の基地で、孤立しているのにも関わらず、自由にふるまう。恐れも知らず、牙をむく。
「でも、みんなの選択だもんね!皆がしたいことだもんね!生きたいし、叩きたい。上から目線で偉そうにしたい。悪を叩き、僕を叩いた皆様の実体は屑。どうしようもない、一貫性のない屑って気づきたくないもんね」
武力行使をして、僕を黙らせるには力が足りない。都軍もわかっているはずだ。大怪人2体を相手に戦闘を行えて生き残っている。
「でも地方には関係ないよね。一都三県が何とかすべき問題だよ。こっちは関係ないよ?自己責任だよ、悪がなきゃ生きられない。悪がいなきゃ滅んじゃう。そういう社会にした皆様の責任。自己責任で仲間割れをした責任だ」
大怪人一体に苦労する以上、この僕の戦力は脅威になることだ。
好き勝手に吹聴し、全力で相手の感情を逆なでにする。弱みを徹底的に、一都三県のしたことすべてを叩いて煽る。
「滅ぶのも当り前さ、自己責任だよ。滅びたくて滅ぶ奴らのお遊びに付き合う暇はないんだよ」
その間、この場の誰もが黙った。怒りをもつのは一人だけだ。中年男性だけで、他は唖然として、こちらを見ていた。
煽り行為も満足し、僕は乗り出した体を元に戻す。背もたれに体を預け、手を相手に向けた。順番を譲るようにだ。
「どうぞ、貴方の番だよ?」
僕が譲り、相手の顔は真っ赤だった。すごく満足して、すっきりしたのも、相手には真逆。至福のひと時と一方的な煽り、罵倒は相手のストレスに変わったようだ。
満足げな僕と対照的だった。それでも相手は大人だ。必死にこらえている。今にもとびかかってきそうなほど頬をひきつかせていた。必死にたえている様子にくすりと笑いだしそうになった。
こちとら逮捕をされている。この程度で済ませるなんて優しいものだ。
「…言いたいことはわかるな?」
「うん!」
警告のように、重圧をかける口調。中年男性が睥睨するので、ニタニタと意地悪く返事をした。
「東京7大悪、フォレスティンに手をだすな、でしょ」
悪魔のごとく、歪み切る僕の表情。相手の意図を見下しまま、言葉にしてやった。
代行政府は企業も資本家も制御できない。労働者も社会の風潮に従ってしまい、自己犠牲もしない。
「…そうだ」
間をあけて、認める中年男性。悔し気に、忌々し気に向ける敵意。それでいて男性はつづけた。
「フォレスティンがいなくなれば、この国は崩壊する。食料がなくなり、国民は飢え死にする。飢え死にを黙っているものはいない。他者から奪うことになるだろう。奪い合いはやがて殺し合いになる。強さだけが生き残れて、弱者はそのまま死ぬ。技術がある人材も金がある無しも変わらない。他人を殺せる強者の時代がやってくる」
そう言いだすのは、懸念からか。苦境を吐露するように男性は言う。
ラフシアが言っていたことの繰り返しだ。大怪人も中年男性も同じ意見なのは面白い。
一時的に金持ちが武力を整えても、文明が崩壊するのであれば金の価値はない。武力はやがて暴走し、金持ちの制御を振り切り、歯向かってくる。企業も同様。労働者を金で支配しても、金が意味がなくなるのであれば、暴動によって崩壊する。
武力の時代が起きる。
その時代に強いのは悪だけだ。
人間の武力よりも、はるかに強い人外の悪が、一気に攻めかかる。人間と人外の殺し合い起きるだろう。人間同士の殺し合いもある。紛争が地獄が蔓延し、文明は崩壊する。崩壊したうえで尚争いが基準の社会になっていく。
どこまで死ねば、どこまで壊れれば、元の社会が戻るのか不明。
しかも悪が支配する以上、社会はお先まっくらだ。
「フォレスティンはまともだ。悪の中で最も話が通じ、都内への拡大が遅い。奴らは、この国の農業事業者と共存をしている。新規の大規模農地などは邪魔してくるが、既存の食料生産に関しては口を出さない。奴らは極端な安価で市場を壊さない」
それは最終通告のように聞こえた。
フォレスティンはこの国を壊すものでなく、生かす組織。一都三県の延命装置だということだ。脅迫のように顔を険しくする相手。額につく皺の数もこういう仕事をしたことによるものだろう。
「フォレスティンに手を出せば」
「僕を逮捕したままってことかな?」
中年男性の警告を最後まで言わせない。僕が言葉をかぶせ、相手がその勢いを失う。口を数回開いて、閉じた。
この逮捕劇、拘束には理由があった。フォレスティンのボス、ラフシアを倒しそうになった。大怪人ダスカル、ラフシアの戦闘。それと鵺の介入によって、互いが敵対する原因を見なかったことで見逃した。
それがあるから誰も死ななかった。
だが見なかったことにする妥協を受け入れなかったら、どうなっていたか。その未来は絶望しかない。
ラフシアが生存し、生き残れたからこその未来がある。その最悪の可能性を中年男性は考えたはずだ。
ラフシアを殺害。フォレスティンのボスが消えれば、この国は地獄と化す。その懸念が僕を逮捕させたことへつながる。一日もたたず動き出す手法は凄まじいものだ。
中年男性は僕の言葉に頭を振った。
「正式な逮捕じゃない。あくまで容疑だ」
「なるほどね、つまり返答次第では逮捕になるわけだ」
膝の上に片手を横にした。それに肘をのせた頬杖をもって首肯した。だけど甘い。逮捕されるぐらいで僕は止まらない。
「逮捕されても逃げれるよ?どんなことをされても逃げれるよ?手段を択ばなければ、どんなことでもする」
逆脅迫をかけた。ロッテンダストはできる。公衆の面前でダスカルを弄び、ラフシアを甚振った。番組の主演者たちにも煽り立てた。その行動は事実として認められ、立派な証明になる。
都軍の連中は、僕の言葉にぎょっとした様子を見せた。機関銃に触れそうになりながらも、何とかこらえた様子。僕と視線が交わった兵士が大きく後ろへのけぞった。
殺気を交えてやったからだ。魔法少女は強い。一般兵士よりも冒険者よりもだ。怪人と一対一で戦闘できる時点で、化物に違いない。
悪評急上昇中のロッテンダストの殺気だ。
震えても仕方ないだろう。
「知っている、お前のことは調べた」
組んだ両手をほどいた男性。血まみれの手をそのまま懐へ忍ばせた。爪によってえぐられた手の皮膚。痛々しいものだ。
そして取り出したのは一枚の書類。血まみれな手によって、書類は赤に染まる。
折りたたまれた書類をゆっくりと開く。
開いた書類を強化ガラス側に押し付けた。片手を伸ばすように書類をガラスに押し付けた。手からは血が垂れているので、書類は赤く染まり続ける。
その内容にふざけた様子を抑えていく。
「…なるほど」
この僕が引くに値する内容だった。煽る表情は真面目なものへと変化させた。据わる視線と落ち着く様子を表に出した。頬杖をやめ、姿勢を正す。両手を膝の上に乗せた。
「法人税、5パーセント。大企業なみの待遇だね。消費税から何から何まで好待遇だ」
税金の大幅減税。本来であれば法人税は高い。しかし一定の条件を満たせば安くなる。特に大企業の法人税の負担率は非常に低い。中小企業が数十パーセントに対し、大企業は数パーセントがほとんどだ。
大企業は数パーセントでも中小企業よりも収める税は多い。
だから競争理念によって税率が減額されても問題ない。
法人税5パーセント。大企業並み。永続的な処置だ。
各種税金を5年間減税。中小規模の企業の通常税率より大幅に下がったものだ。半額以上に下がり、その分を利益に計上しても問題はない。人件費における税金もほぼ半額以上減っているし、何から何まで居たせりつくせりだ。
また輸出する際の、還付税。消費税の還付制度も何故か記載されていた。輸出などしないけどもだ。その条項を拡大解釈し、地方茨城からの人材や製品などに対しての還付制度が設定されていた。これは5年後、一部効力を減少させる旨を記されていた。
「飲めば、保証する。逮捕はしない。今後とも関係を続けたいからな」
この中年男性の管轄を超えている。あくまで担当は別のものだ。この書面は明らかに税制関係の省庁に口利きをしている。そうじゃなければ、こんなの作れるわけがない。
司法取引も真っ青のやり口だ。
「さすが無茶をする。逮捕はしなくても容疑は晴らす気は?」
悪戯気に追加要求をしてみる。逮捕はされずとも、疑いは被り続けないといけない。疑いじゃなくて事実だけどもだ。
「ない」
応じる気もなく、断固として否定された。
「なるほど、僕には矢面に立ち続けろってやつだね。了解したよ」
僕がしたことは事実。その事実をもって、中年男性は矛を収める気だ。また利用する気でもいるためか、矢面に僕を立たせたいわけだ。今後の関係からも泥をかぶれとの要求。
しかしながら、税率のお得さは異常だ。中年男性は僕を調べ上げ、妥協させるラインまで持ってきた。これをされて尚、フォレスティンに手を出すメリットがほぼない。倒す気はほとんどなかった。
半殺し程度はしただろうけど、殺す気はなかった。
その事実をいう気はない。僕が危険人物とみなされたからこその処置。またロッテンダストの力に価値を見出すからの好待遇。その判断と評価は妥当そのもの。むしろ過剰なものだとすら思った。
だからうなずいた。
「いいよ、君の言うとおりにしよう」
「もう一つ依頼がある」
中年男性は其のまま告げた。
「鵺の拡大を止めろ」
「無理」
僕は笑顔のまま否定する。相手は訝し気だ。ロッテンダストを調べ上げた時点で、鵺との対立を知っている。その前提で依頼をすれば、受けるとでも思ったのか。相手の眉が上がる中、僕が語る。
「僕には権限がないんだ。一都三県での指揮権はあるんだけどね、茨城での問題は全部、責任者の仕事さ」
僕が逮捕されれば、浅田がいなければ。
院長は動き出す。
周辺勢力との調整をだ。
「君がそういう以上、鵺は拡大路線に入ったわけだね。なら上司は僕が逮捕されたことを受けて、和解でもしたんだろうね。八千代と鵺の和解によって、拡大が引き起こされている。それは侵略の成功があっての懸念かな」
院長は優秀だ。人を観察し、周辺状況を理解しようと努める逸材がだ。動かないわけがない。僕の予想では鵺とパンプキンとの戦闘は絶対しない。停戦を呼びかけ、八千代の境に配置した戦力を戻して、別のほうへ向けるはずだ。
それでいて安定を狙うはず。
鵺は鵺で筑西を狙う作戦を立てていたはずだ。雪代姿の僕主導作戦だ。2部隊による武力で筑西市を奪う。そこから先は予想外だけどだ。他の市町村も獲物のはずだ。この逮捕劇を利用した、一都三県側の責任とする動きがあるはずだ。
間違いなく拡大準備を進めているはずだろう。
僕は情報を得ていない。この部屋には電波も通っていない。スマホをみても圏外だ。だから外部からの情報なしに語っている。
しかもその様子を見て、相手が絶句している。
僕は常に監視され、誰からも情報を受け取ったりしていない。
なぜわかるのかといった顔だ。
「和解をしたことで、八千代も鵺も手が空いて、それぞれが好きなように動く。だとしたら鵺が狙うのは茨城内での拡大とみた。野田市はないね。開放して以降、防衛戦力が増強されたはずだから。
柏市を狙うにしても、きっと対策済み。占領はできても被害が出てしまう」
本当は僕が野田市侵攻を認めないからだ。あくまで臨時的な処置でしかなかった。いくら防衛戦力を増強しても、鵺の戦力であれば支配できる。柏市も同様だ。
何年も貯めこんだ戦力が、たかが一か月にも満たない増強で抑えきれるものか。だけど相手に説明する以上、納得できるよう誘導した言葉にするのみだ。
「茨城での敵はほぼいない。一部鵺の敵はいるけどもだ。なら止められない。僕たち以外に止めれるものは誰もいない」
院長がわかるのは、鵺が次に狙う場所は筑西市になることのみ。地盤硬めじゃないけど、茨城での勢力圏を拡大して、戦場を広くする。鵺の本拠地、下妻の被害を抑えるには、他を戦場にしたほうが早いからだ。
「狙いは茨城での拡大だから、一都三県には影響はないよ。八千代と鵺は停戦をした以上、手も出せないからね。それでも止めたければ、自分たちで止めるべきだ。八千代に一都三県が介入できる権限はない」
あくまで代行政府。もし本格的に国家を名乗るなら、それ以上の出費を一都三県は支払わなければいけない。
「どうしてもというなら、出せ。金を。地方交付金でもいい。ふるさと納税でもいい。一都三県からの地方へ恵みをよこせ。そしたら鵺の拡大を止めてあげるよ。金額は僕たちの言い値を呑んでね」
地方交付金からの出費をだ。そんな財政を地方に割り振るほど、奴らは優しくない。ふるさと納税、都市部の住民税などの一部を地方へ割り当てる制度も消えた。返礼品もないから、金は入ってこない。
支払いがなければ従いもしない。地方が国のいうことを聞くのは金のためだ。日本政府は都市部の金を地方に分配もしてくれた。それがあるから言うことを聞く。何もないものを何もないまま動くほど、善意などない。
悪意だけが社会の根源だ。
一都三県内でのルールは守るが、地方は地方。地方ルールによってのみ動く。代行政府の権力は地方に届かない。
「僕たちの責任者は停戦をした。その選択だけが優先される。君たちの都合など知ったことか」
笑顔のまま、吐き捨てた。
院長の選択は正しい。僕でもそうするし、僕よりも上手くやる。周辺マップを作製したからこそ、わかるはずだ。
鵺の拡大は八千代にとっての防波堤になる。
八千代に筑西を管理するほどの戦力はない。だから鵺に与えることで、管理を丸投げする。元々支配している悪は頻繁に八千代に偵察に来る。それを迎撃していくのも実は手間がかかる。それなら鵺に丸ごと押し付けてしまったほうが、人材が浮く。
停戦中に八千代と戦闘するわけがない。鵺にも常識部分があるのを知って、戦略を立てたはずだ。
確証はなくても、どこか共同で動いたことに気づいている。
鵺は悪であり、敵でもある。だけど直近の敵とは限らない。
そう院長は判断するはずだ。
あの少女は自分がもつ武力の怖さと評判をしっている。鵺を唯一抑えられる戦力。その戦力を無意味に遊ばせることをしないだろう。
院長の判断が停戦ならばだ。鵺の拡大路線に同調するのであればだ。それの責任は院長が担ったことになる。だから僕は口出しをしない、邪魔をしない。
院長が負った責任に対し、協力を惜しまない。たとえ誰が相手でも、妥協する気はなかった。
「…そうか」
「食い下がらないのかな?」
相手がすんなりと納得した。そのことに僕のほうから尋ねた。だが相手は小さく顔を横に振った。
「私が逮捕させたからだな、これは失態になるだろう」
そう言いつつも気にした様子がない。所詮は地方。遠い茨城での出来事だ。一都三県が被害にあうのでなければ、相手も深くは考えない。ただ重要な懸念として拡大する鵺の脅威があることだけだ。
それを進めたのは僕の逮捕だ。
そのことを思えば相手も素直に納得したのだろう。
この好条件の税待遇をもってして、相手はなぜ引き下がるのか。疑惑に思った僕が尋ねようとした時だった。
中年男性の後ろの扉が開いた。
扉が開いた先にたつのは、僕を逮捕した際の士官。少尉の姿だった。中年男性がゆっくりと振り返った。視線が後ろに向けば、少尉は敬礼をし、中年男性へ挨拶を交わす。礼儀をもって、応じてみせる少尉の男性。
中年男性がうなずき、再び僕のほうへ向きなおる。
その背後で少尉が続けた
「身元引受人を基地前で待機させています」
その言葉を粛々と伝えた。相手に対する緊張があるのだろう。真剣な態度には、硬さがあった。緊張による硬さだけども、職務を全うする仕事人。少尉の人となりを見た。
その少尉の報告を受け、僕へと声をかける中年男性。
「お前のところの、高梨さんを呼んである。国家転覆罪の疑惑による拘束だ。疑惑だが、確定ではない。拘束をしたのはこっちの都合だ。こっちの都合だが、引受人がいなければ解放できない。ルールとは本当に面倒なことだ」
高梨の居場所は会社だ。都内の複数あるスラムのうちの一つ。そこに置く僕たちの会社。その社員でのリーダー的立ち位置。
一都三県での身内もいない。
身元引受人に値する身内がいない以上、最も僕に近い人材をと選べば高梨ぐらいだ。立場上の社長もういるけれどだ。別の業務で東京にはいない。だから高梨が必然的に代表となった。
都軍の士官もわざわざスラムの会社にいくとは大変だろう。
僕が勝手に事情を察し、感心していた。
そんな僕の様子をしり目に、中年男性は懐から何枚もの書類を出した。
「ロッテンダスト、お前の拘束に文句を言っていた所がいくつもいる。千葉県の2市長、野田市市長、柏市市長の連名抗議。埼玉県からは杉戸町、春日部市もだ。前線自治体からの苦情がすさまじい」
疲れた様子をもって、書類をびらびら見せびらかす中年男性。
「お前の働きは、間違いなく一都三県のためになっている。大事にする気はない。抗議がなくてもだ。だが東京は信頼がないようだ。都軍に対しての抗議と政府に対しての猛抗議が書面をもって送られてきた」
一都三県のためになった僕に対しての処罰は元々ない。それを嘘か本当かはしらないけど、暴露してきた。
それでいて、東京や都軍の信頼のなさ。そこに嘆かわしいと中年男性はつぶやいた。
「今回の拘束は警告だ。だが減税処置は、お前の今までの功績に対しての見返りだ」
そういって席をたつ中年男性。疲れた様子、怪我をした手の処置もせずにだ。肩を鳴らし、僕に背を向けて歩き出す姿。ラフシアを倒しかけたことへの警告はすんだ。だけど今までの自主的な報酬は見返りとして減税処置になった。
相手が少尉のもとへたどり着く。
そして小さく振り返った。顔だけを振り返らせた中年は言葉を残す。
「釈放だ。高梨さんが基地前にいるから送っていく。もちろん私も見送ろう」
そうして、拘束劇は終わる。中年男性だけの案内によって、出入り口まで連れていかれた。案内の終点目印が高梨だった。
高梨が基地前で待っている。自動ドアが開く入り口付近。そこに高梨が居心地悪そうにたっていた。小太りの体系が浮いている。、皆、兵士ばかりだ。重労働によって鍛えた兵士に太ったものは少ない。
ぶしつけな視線を高梨に送る兵士が多数。居心地が悪いだろうなと思った。
門には兵士が何人も待機している。ただ警察の出入り口とは違う門だ。もともと警察署を改良リフォームしたため、構造自体は同じものだ。敷地の囲いであるフェンスは鋼鉄製の厚い壁になっていて、門は巨大な鉄扉になっているだけだ。
その門の内側、外側に兵士が見張りとしていた
その内側の兵士が高梨に視線を送っている
その鋼鉄製の囲いのうちに、元警察署、現在都軍基地があった。
シャッターをくぐり、高梨のもとへたどり着く。
「迷惑かけたね」
僕が微笑み、高梨はようやく荷がおりたような様子だった。
「ロッテンダストさん、心配しました」
「うんうん、この礼は必ずするよ」
僕は高梨に軽く頭をさげた。その様子に慌てふためく高梨。ロッテンダストは高梨の上司。その上司が部下に迷惑をかけた。だから頭を下げたのだけど、相手からすれば焦ることのようだった。
「ロッテンダストさんには、迷惑をかけてしまいました。かけてしまったものを挽回できるもは自分としても大歓迎です。気にしないでください」
何度も手を顔の前でふる高梨。慌てふためく様子にくすりと笑う。口元へ片手をおき、微笑む僕。その様子に中年男性が戸惑っていた。
「ロッテンダストは、部下には真面なのか」
「部下とまともに接することは、誰だって同じだよ」
中年男性の疑惑に、切り返す僕。僕の言葉の刺々しさに中年男性は鈍い顔をした。だが一瞬のことだ。すぐ切り替えをし、仏頂面をみせた。
「とにかく忘れるな、お前のしたことは問題だ。だが功績を知るものは正しく評価している。孤立しているだけじゃない。お前のしたことは決して悪いことじゃない。私は、お前を正しく評価して、今回の報酬を与えた」
「わかってるよ、貴方には強く感謝している。逮捕…拘束されたことは不慮の事故だった。それでいいよね」
「ああ」
そうして会話が終わる。僕と中年男性の会話を眺める高梨。やがて僕たちは背を向けた。シャッター前での会話。中年男性はシャッターの内側に、僕たちは外側だ。互いに背を向け、進むべく道を歩みだした。
その間、会話はない。
基地の鋼鉄な扉を潜り抜け、兵士たちの視線を背で感じる。
その間、僕と高梨は無言だった。無言のまま進み、都市をぬけていく。発展した都市の中で、ぎゅっと濃縮された人々の混雑。その繁栄の中の混雑した環境を無言で抜けていった。
そして、人が減っていくスラムへたどり着く。
「高梨さん」
監視カメラもない。人の目線もない。スラムはもうスラムじゃない。僕たちが管理する会社の従業員になった。だから住居も仕事もある。無法はなくなった。表向き、無法をつくるよう処置はしているけれどもだ。人払いのための対策でしかない。
誰もいない。
そんな環境のなかで僕は告げることとなった。
「僕と会話をしていた男がいるよね、あれが僕たちの敵だ」
そう暴露して物事は進みだす。
相手への理解がある人物。僕へ正当な評価をし、過剰な報酬を与えた相手。それは国家の重要な立ち位置にいる人物。
管轄外の都軍にも口を出し、税関係の省、財務省にも口利きができる逸材。厚労省にも同じことをし、色々な省庁に根回しをしたであろう逸材。
この僕を拘束し。
利益をもたらし。
恩をうった。
相手への配慮も立ち位置も理解したうえで無理強いしない。
話がわかる逸材だ。
「高梨さん、魔法少女連盟に依頼をするようにしたことがあったでしょう。鵺の科学者との談合を襲撃する依頼。それの本当に消したかったのはね」
僕はぼそりと告げる。どこまでも暗く無表情な表情をもってだ。その表情をみた高梨が息を呑んだ。
「先ほどに出会った男性なんだよ」
中年男性は権力を握っている。
農林水産省、国家の食料を担う重要な機関。政の世界での代表が政治家であれば、裏方は官僚だ。担当大臣が省のトップであれば、官僚としてのトップもまたいる。
その官僚でのトップが中年男性だった。
官僚は激務だ。国家の重大な存続につながる危機を、担当している。一人一人の労務時間は民間企業よりも長い。
だから官僚は脱落する。権力闘争から労働による精神の摩耗。様々な理由で引退するもの多数。民間よりも非情な社会があり、一般庶民が味わう別の地獄が広がっている。
事務作業もあるし、一つのミスが国家全体の損失となる責任。それらを担って日々体を壊していく。その中で権力を握った中年男性が甘いわけがない。馬鹿なわけがない。激務の中、思考が回らない状態もある。だがどんな状態でも権力闘争は常にある。
油断をすれば命取り。そういう社会で権力を握ったのだ。
その中年男性を殺すために、浅田状態の僕が高梨に代理依頼をさせた。僕の正体を悪側にさらさせず、高梨を利用した。だけど高梨の安全は保障している。魔法少女連盟にいらいさせ、大金をふりこませた実働。
単純に僕の体が一つだから、手が回らなかったのが理由
代行政府の省庁。その官僚の命を狙っただけではテロリストだ。
でも、理由をしれば納得するはずだ。
「フォレスティンの幹部なんだよ」
一都三県の食料事情は悪に奪われていた。農林水産省がフォレスティンの幹部によって支配されていた。一都三県の食料はフォレスティンが担い、行政もまたフォレスティンが有利に進む。
鵺の代表として、雪代博士になった際、常にあう男が中年男性だった。いつも言葉の応酬と関係の確認。友好関係の協調をもって終わらせて来る。凶悪な相手。
時には鵺にとって不利な状況を作ってくる。その頭脳戦は僕でも追いつかないことがある。なぜなら相手は官僚だ。官僚は常に権力闘争で生きている。相手の失態などの弱みなど、すぐ攻撃手段に加えてくる。
日頃培った、権力闘争の技術が僕へ突き付けられてきた。だから非常に手こずったわけだ。僕以外のやつが相手になった際、絶対に呑み込まれる。その危機感から排除を狙った。
「えっ」
高梨が絶句。僕の言葉によって表情が固まり頭が回らない様子。醜悪な権力闘争は悪も行われる。それでいて、代行政府の官僚が悪の幹部だったなんて、衝撃だったのだろう。事態が呑み込めない様子を高梨は見せた。
初めから僕は相手が幹部だと知っている状態。ゲームでのネタバレ状態だ。だから油断もせず、煽り散らかした。
フォレスティンの幹部が、フォレスティンを有利に進めるのは当たり前。
そのなかで僕を立てて、利益をあたえた。共通の道を模索して、取り込む。
これが官僚のやり方だ。
これがフォレスティンの脅威対処法だ。
「この国もどき、もう終わりなんじゃないかな」
そう嗤って告げる僕。高梨は絶句して硬直したままだ。何も言えず、唯一音を出したのが固唾をのんだ時だった。
相手に配慮ができて、まともな人材が善良とは限らない。
この世は悪がはびこっている。優秀な人材が人類側にたつばかりじゃない。悪側にたち、悪による有利な社会をつくることが普通。
たとえ僕に対し正当な評価が出せてもだ。
「本当に酷い世の中だよ」




